11.名前はまだないですわ
「はい」
「くっ」
「こっち」
「手前!?」
練習場にわたくしとハナの声が響き、二人の間をボールが行き来しています。
帰宅したわたくしたちは、本日の復習を始めたのです。真面目な良い生徒ですね。
ボールは革を丸めて縫い合わせたもの。
それを盾の魔法で弾き合って落としたら負け。
ただし、地面に描いたコートから出るのは禁止で、コートの外に落としたら最後に触ったほうの負け。
そんな簡単なルールです。バレーが近いですね。
本日習った盾の魔法はごく基本的で、かつ芸術的ともいえる防御魔法です。
文字通り、半透明な板状の魔法の力場を作り出し、低級の無属性攻撃魔法と物理的な攻撃を遮断します。
板状でしかないので、盾同様迂回されると防御出来ない弱点がありますが、それ以上に圧倒的な展開速度という利点があるのです。
これと同等の防御力で自信を囲う鎧の魔法や物理結界は、盾の魔法の三倍以上の時間がかかります。
盾の魔法は咄嗟に一挙動で展開でき消費する魔力も少ないため、前述の弱点を補って最初に覚えるべき魔法として選ばれている層です。
どんな強い防御魔法も、間に合わなければ意味がありませんからね。
その他の仕様についても教わっています。
盾の表面はつるつるで、受け止めるよりも弾く、流す使い方が推奨されると言うことです。やや手前に傾けるように出して上に受け流すと良いということです。
逆に言えば正面から受け止めたり跳ね返したりするのはとても難しいわけです。
重心と面をピッタリ合わせなければ摩擦のない盾面にあたり変な方向へ飛んでいく
ことになります。
ですから盾の魔法でボールを弾き合うことで、盾を自在に扱う練習になるというわけです。
コートは卓球より広く、テニスの四分の一ほど。
あまり広いとわたくしが有利なので。
というのも、風魔法使いは空間認識能力が嫌でも鍛えられるからです。
他の属性でも必要な能力ですが、風属性は射程と範囲が優れているため、より必要になるのです。
「あっ」
それでもピンポイントでボールを当てるのは完全とはいきません。
ここまでは狙った場所に返せていたのですが、突然ラインぎりぎりに飛んでいきます。
ぽてん。
「ミルカ様、線の上はどっちですか?」
「線の上はインですわ」
「くっ……!」
この遊び……練習法を考えたのは先ほどですが、悔しそうにしているハナを見ると考えてよかったと思います。悔しいと上達しますからね。
遊びにして練習する手法は実績があります。この世界で物心ついてから家族や使用人を相手に同じように遊んで練習してきたのです。
よく褒めてもらったので、きっと末娘がかわいいからとか、主人の娘だから誉めていただけだからというわけではないでしょう。たぶん。
「もう一回やりましょう!」
「魔力は大丈夫?」
「おかげさまでまだ余裕はございます」
「ではそちらからどうぞ」
ボールを風で飛ばして引き寄せて、ハナの正面にした投げで放るところから再開です。
「ところでミルカ様、お尋ねしたいことがあるのですが」
「なあに?」
今度はお喋りで気をそらす作戦のようです。
ハナは侍女として教育を受けているのでマルチタスクが鍛えられています。
ですがわたくしも負けません。
前世はシングルタスクガールでしたが、今世は複数の魔法を同時展開できるくらい特訓しています。魔法伯爵家に恥じない最低限の実力と言われればやるしかありませんでした。もちろん遊びにして練習したのですが。
「本日の行動についてです」
「本日の?」
うふふ。オウム返しは負担が少ないのよ、ハナ。
「園芸部の件です」
「園芸部?」
「うまく行けば地属性魔法の地位が。ミルカ様の目的とは逆なのでは」
「そうねえ」
わたくしの目標は風属性の地位の向上と話しています。
対して、園芸部で新作物の普及や品種改良が成功すれば、地属性の地位向上につながるでしょう。
現状の評価は地水火風の順番です。地属性は最も評価が高いのです。
戦闘はもちろん、食料生産は地属性に大きく依存しており、そして都市の城壁を作る地属性は貢献度が最強なのです。花属性も地属性の派生と考えられていることもあります。
いえ、もちろん魔物の力を減衰する光の結界を維持している王家よりは下となるのですが。
貴族に限ればトップということ。
「まず、わたくしはほかの属性の足を引っ張りたいわけではないのです」
「はい」
「皆協力して魔物から国を守り、生活を維持しているのですから」
「そうですね」
「そして次に、わたくしの考えを実行するには、まず食糧生産力を高める必要があると考えているので」
「どういうことですか?」
「わたくし思うに、現在この国には余裕がありません」
「余裕ですか?」
いつの間にかオウム返しする側が入れ替わっています。さすがはハナ。できる子。
「皆様頑張って働いてようやく維持できています」
「がんばって働くのは当たり前のことではないのですか?」
「それはそう。ですが」
「ですが?」
「日常的に頑張らないといけないのでは、それ以上の負荷がかかった時限界を超えてしまう可能性が高いでしょう?」
「限界を?」
「二人で二交代で見張りをするとして、片方が病気で倒れたらどうなります?」
「……なるほど」
「毎日同じ魔物を倒している方が、ちょうどその魔物を倒せるだけの戦力しか持っていなかった場合、もっと強い魔物と予定外に遭遇したら?」
「おっしゃりたいことはわかりました」
「そしてギリギリですから、ちょっとした変革をしようにもその余裕がないのです」
「毎日仕事が忙しくて家族と過ごす時間が足りないといったようなことですか」
「ええと、まあそういう場合もあるかしらね」
百花の家はそうなのでしょうか。
地属性筆頭のルビエラの態度を見れば、花魔法使いが忙しいだろうことは予想できますから……。
少し心配になります。
「ではわたくしは全力を尽くせばよいのですね」
「そうね。相談にも乗ります。口止めされていないことは共有いたしましょう。おいしいものがたくさん作れるようになればいいですわね」
「はい。今日食べた根の花はとても甘くて素敵でした」
「最大にうまく行けば、百花家の陞爵もあるかもしれませんわよ」
「ええっ! あっ」
動揺したハナがボールを大きく弾いてしまいました。これでわたくしの連勝です。うふふ。
「風車の功績と同等以上と評価されることはあり得ると思います。もっとも、磐座の主導ですから、功績の分配がどうなるかはわかりませんが」
「そんなにですか?」
「花魔法使いが競い合うような環境を整えるよう進言してみましょうか」
今の遊びと同じです。競えば成長は加速するというもの。
そして成果を出した者が評価されるということでもあります。
わたくしは勝利の笑みをハナに向け、成功すればですけど、と付け加えました。
その後、食事の時間前に様子を見に来たお母様にボコボコにされました。
風魔法使いではないお母様が、初見のこのゲームにこれほど強いとは……。
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