8.闇との再戦②
空中に、赤が散る。
「——————っ!」
悲鳴は、なかった。
吸血鬼の爪がソフィアを切り裂く。さらに吸血鬼はそのままその体を蹴り飛ばす。ソフィアの体が宙に浮く。否、そのままミーニィの上から振り落とされ、地面に落ちていく。
「キュィア!!」
ソフィアを追うようにミーニィが宙を駆ける。悲痛なその啼き声に、クレイルが、イルシュアが、はじかれたように動き出した。
「ソフィア!!」
ソフィアの落ちた先にクレイルが駆け寄ろうと走り出す。
だが、そのクレイルの前に、吸血鬼が降り立った。
「次はあなた」
「ど、いてください」
「なぜ?」
クレイルは剣を構えなおす。ソフィアの様子を見に行きたい、が、軽く首を傾げただけのこの吸血鬼は許してはくれなさそうだ。
ソフィアが落とされた今、この吸血鬼の相手を自分がしなければならない、一人で。
「キュアァ!」
「大丈夫!生きてる!」
ソフィアのもとに降りたミーニィの鳴き声、それから、その声をうけてイルシュアが叫ぶ。
クレイルは胸をなでおろした。ソフィアが頑丈でよかった。吸血鬼はそちらを見ていたが、ソフィアに止めを刺しに行く様子はなさそうだった。戦闘不能にしたのであれば、ひとまずは置いておくということだろうか。
「に、逃げた方がいいんじゃないか?」
「作戦は崩壊してるから、そうしたいところなんだけど」
入り口近く、ソフィアから離れたところで様子をうかがっていた祐一が顔を真っ青にして震える声で言った。それにイルシュアが答える。
クレイルも撤退は視野に入れた、入れていた。だが。
「ソフィアが気絶してる、彼女を連れて逃げきれない」
「ミーニィがつれてけないのか?」
「通路が狭すぎるよ、気を失ったソフィアを乗せてミーニィが移動するには危険すぎる」
ミーニィはソフィアを守るように、その身を抱き込んで威嚇をしている。
イルシュアもソフィアの元には向かいたかったが、祐一を庇ったうえで闇対策をしながら、彼女の元へ駆け寄るのはどうにも厳しかった。
やるしか、ない。クレイルが、ひとりで。
クレイルは剣を構えなおす。吸血鬼とにらみ合う。
吸血鬼は動かない。思えば、彼女はソフィアが動いてから迎撃をするタイプだった。戦場が静かになる。誰も動かない。否、動けない。
最初に動いたのは吸血鬼だった。
翼を開くと空中に飛び上がるように身を翻す。そしてそのまま急降下。爪を突き出すようにクレイルに襲い掛かる。
「っ!」
クレイルは剣を構えてその攻撃を防ぐ。爪を刃で受けて上に弾いた。
ぎゃり、と、硬い音がする。
吸血鬼の動きは早い、刃に魔力を乗せている暇がない。
だが、防戦一方でも居られない。
クレイルはなんとか隙を見て剣を振る、だが、あっさりと影に潜まれた。
そしてクレイルの右から現れる。どこから来るかわからない攻撃に、どうしても反応が一歩遅れる。
「く……っ」
イルシュアがなんとか合間を縫って光を当ててくれてはいるが、光があればどこかに必ず影ができる。影がある以上、吸血鬼は自在に場所を移動できる。
「なんとか……動きを制限、しないと…」
アミュレットを発動している時間なんかない。クレイルは落とさないように、そのチェーンを首にかけて服の下にしまう。そして剣を構える。
だが、不意にその時吸血鬼が視線を変えた。
クレイルに向けていた視線を少しその斜め後ろに。そこには、先ほど倒れたソフィアがいる。
「しま……っ」
吸血鬼の攻撃を防ぐのに精いっぱいで、位置取りを間違えた。
この位置取りだと吸血鬼の攻撃が容易に瀕死のソフィアに通る。
吸血鬼が地面を蹴る。クレイルは駆けだす。間に合わない。
「キアァ!」
「っ、無理か」
だが、ミーニィが一声あげた。ソフィアを守るように牙を剥き、姿勢を低く翼を広げた。気絶したソフィアを守るためなら、その前に自分を倒せと言わんばかりの威嚇。それを見て、吸血鬼はわずかに目をひそめ、ソフィアから距離をとった。
幸い、ソフィアを守るようにその体を抱いているミーニィは、その場から動かないがまだ戦意を失ってはいない。クレイルは安心もつかの間、改めて位置取りを考える。
動けるのが自分しかいない以上、気を付けないといけないことが多い。
このままではじり貧になる。なんとか、対抗策を考えないといけない。
クレイルは細く、息を吐く。
(でも、何で影移動でソフィアを狙いに行かないんだ?)
そして、ふと地面を見る。地面には、祭壇の光源と、イルシュアがところどころ灯した光が影を作っている。どこにでも潜れるのなら、先ほどのように直接ソフィアの隣に影を出せばいいのに、吸血鬼はそれをしなかった。
「……条件がある?」
その間も吸血鬼の攻撃が止まることは無い。影から影へ、時には空中から。
クレイルは守りに集中しながら、その動きを見る。
クレイルが攻撃を振る。影に潜む。瓦礫の影から姿を現す。
空中から飛び掛かってくる。剣で受ける。上に飛びのく。
そして気づいた。
「……潜んだ影と、つながっている影にしか移動できないんだ」
そう、ミーニィの尾からソフィアの背中に行ったときは、ソフィアの影が尾からつながっていたからできたのだ。
だから今、壁際で少し離れたところにいるソフィアには、つながっている影がないから移動できない。
クレイルは息を吐いた。汗が頬を伝う。息もだいぶ上がってきている。
あまり、悩んでいる時間はない。はやいところ決着をつけないと、ソフィアも心配だ。
「イルシュア!僕の言うところに光出して!」
「クレイル?」
「祭壇右の柱!」
クレイルは言いながら走る。イルシュアはその意図はわからないが、その言葉に従ってその柱に光を灯した。
吸血鬼の背後の影が消える。
代わりに正面に影が出る。クレイルはそのまま正面から踏み込む。
「勝負をかけに来たの?」
吸血鬼は飛び上がってそれに応える。焦れているのは、お互いにだった。吸血鬼もそろそろ盤面を動かしたいところだろう。クレイルはほぼ防戦一方となっていたが、それだけでは決着はつかない。
だからこそ、どこかで、自分が攻める必要があった。
「それとも、ヤケになった?」
吸血鬼の言葉には答えず、クレイルはその姿を仰ぎ見る。
そして走る。
「僕の着地に合わせて!」
言いながら飛び上がる。剣を振り下ろすが、それがよけられるのはわかっていた。
わかっていたからこそ地面に足をつけると同時に左に転がる。
吸血鬼の爪が先ほどまでいた場所を撫でる。
「祭壇!」
床を転がりながらもう一声。そしてその光に向けて走る。
先ほどから、クレイルは自分が向かう先にイルシュアの光を出してもらっている。
光のある方向に影は移動できない。だから、安全地帯を作ってからそこに向かう。
「遅い!」
「……くっ」
祭壇へクレイルより先に、吸血鬼が間に割り込んだ。
吸血鬼の動きは速い、クレイルが光のもとへ行くより先にその進路を妨害することは造作もない。クレイルの逃げ込む先がなくなる。
と、吸血鬼は思っただろう。
クレイルの目的はそれではない。否、それも一つの目的ではあるが、それだけではない。
イルシュアに放ってもらった光は未だその場に留まっている。光の魔法は、ある程度の持続性がある。
それらの光は、洞窟の祭壇にもとからある光源と干渉し、影を作る範囲を変えていた。
それは、吸血鬼に影移動をさせないためではなく、移動する影を制限させるための光源だ。
クレイルは剣を構えたまま目を閉じる。そして叫んだ。
「僕と彼女の間!」
そして、その声とともに、クレイルと吸血鬼の間に、閃光が差し込む。
「つぁっ……!」
吸血鬼の悲鳴、瞬間、地面に影が落ちる。同時に目を閉じたままクレイルは剣を振る。
その剣先はソフィアほど早くもない、そんなことは分かっている。だが、光に目を焼かれた吸血鬼は、迷わず影に逃げ込むだろう。
そして現れるのは、クレイルの背後だ。そこにしかつながっている影はない。
吸血鬼がクレイルの背後に立つ。そして、その爪を、迷わずクレイルの腹めがけて突き出してきた。
「っ……!」
体をひねって何とか避けたが、わき腹をかすめて血が噴き出た。だが、それでいい。
クレイルは目を開く。剣を捨ててその腕を掴む。そしてそのままその手を引いて、吸血鬼の身体を抱き込んだ。
「なっ……?」
「―――光あれ!」
驚きの声をあげる吸血鬼の反応より先に、自分の魔法で地面に光をぶつける。
これで、もう、影から逃げることはできない。
クレイルは腕を離さない。腕を離さないまま、首から下げたアミュレットに魔力をこめた。
「今」
クレイルは、アミュレットをずっと首から下げて、服の下に入れておいた。
魔力さえこめられればいいのであれば、身体に触れてさえいればいい。1対1になった時点で、手に持つのはあきらめて自分の胸元に忍ばせていた。
クレイルの、胸元が光る。
ゼロ距離で、拘束魔導が発動する。
「や……っ」
吸血鬼の瞳に、初めて、焦りと、それから、恐怖が浮かんだ。
クレイルの胸元で発動したそれは、光の帯が噴き出すように空中に舞い上がり、やがて自動で編みあがり4本の鎖となる。
それが、対象者、吸血鬼の少女の手足を絡めとり光の中心へ引きずり込む。
「や……やだ!離して、離しなさい!!」
悲鳴のような声をあげて吸血鬼が叫ぶ。
だが、拘束術は止まることなく彼女の四肢を拘束すると、それぞれの先端を地面に縫い付けていく。少女は何度か抵抗をしていたが、びくともしない。
「いやあああ!!」
そうして、光の奔流が静かになるころには、部屋の真ん中に、地面から延びた鎖に取り押さえられている吸血鬼の姿があった。




