7.闇との再戦
「……いる?」
「いないね、前もこんな感じだった」
「よし、じゃあ一気に行こう」
部屋の入口で祭壇の部屋を確認、視認できるところに吸血鬼はいなかった。
先ほどは何もわからず部屋に入って、急に遭遇した故に対応が遅れたが、今度はそうはいかない。もうわかっている相手なのだから、一気に行こう、ということで、ソフィアが部屋に飛び込んだ。
「ほらほらほら!また来てやったわよ!」
先ほど彼女がうるさいことを嫌っていたことを思い出したか、ソフィアが大きな声をあげながら部屋に入る。ガンガンと槍を地面にたたきつけ、これでもかというばかりに騒がしく部屋に入っていく。
「ちょ、ソフィアさん?!」
「出てくるなら出てきなさいって言ってんのよ」
「キェアア!」
「ひぇ!」
まさかそう行くとは思わなかった祐一が慌てて声をかけるが、お構いなしにずかずかと部屋に踏み込んでいく。さらにその後ろを、ミーニィがぴったりと寄り添い、主人に合わせるように吠える。その声に驚いたか、祐一が慌ててクレイルの後ろについた。
案の定、その鳴き声に祭壇上の棺が動く。
「……うるさい」
今度は先ほどよりもあっさりと、少女が姿を現した。
そして一同を視認、そこでわずかに眉をひそめる。
「ドラゴン……?」
先ほどはいなかった姿を視界におさめて、瞳を細める。ソフィアはすでに臨戦態勢に入っており、クレイルも剣は抜いていた。
祐一はできるだけ邪魔にならないように、イルシュアの後ろに位置をとる。祐一は部屋の外で待っていても良かったのだが、それはそれで何かあったら怖いので、イルシュアの後ろについてもらうことにした。
「今度はさっきと同じようにはいかないからね!覚悟なさい!」
「……しつこい、おとなしくしていれば逃がしてやったのに」
「誰がそんな言葉を信じるもんですか!」
肩を怒らせてそう叫ぶソフィアに対して、吸血鬼の少女は不機嫌さを隠さずにただ一同に向かって言葉を落とす。そして、ゆっくりと片手を上げた。
「そう、じゃあ、終わりにしてあげる」
その言葉を皮切りに、吸血鬼は翼を広げる。ソフィアはミーニィへと飛び乗った。
そしてその吸血鬼が飛び出す前に、クレイルが走る。
ソフィアとは異なる方向から吸血鬼の元へ距離を詰める。だが、目的は攻撃ではない。あまり近づきすぎない距離を保ちながら、後ろへ回る。
吸血鬼がいくら強いと言え、後ろにも目が付いているわけではない。警戒対象が散らばれば、当然意識は分散される。無論、一時的なものでしかないだろうが、それでもあるのと無いのとでは違う。
吸血鬼は視線だけでクレイルを追った。クレイルが一定以上の距離を詰めてこないことを見ると、彼女はすぐさまクレイルから視線を逸らす。その判断は早かった。
だが、それでいい。彼女の動きを一瞬でも封じられればそれで。
「らぁ!」
「っ」
その一瞬の動作の隙をついて、ソフィアとミーニィが空から強襲する。空中から風を切るように飛び込んだ彼女らは、しかし吸血鬼がそれを躱すのを確認すると、すぐさま空中へ戻り旋回。
上空からの奇襲、そして退避。竜騎士の真の強みはここである。
「めんどうな……」
とはいえ、この吸血鬼がこの程度で攻略できるわけでもない。彼女は両の手を前に出し、指をぐいと折り曲げた。ちょうど、人形師が操り人形を手繰るような、そんな引き上げるような仕草。
それに合わせて、地面を闇が駆けた。
その闇は宙をのび、2本はミーニィとソフィアを捉えにかかる。それだけではない、同時にクレイルと、離れたところにいるイルシュアと祐一にもそれぞれ伸びている。5つの方向に伸ばした闇をすべて同時に操った吸血鬼。それを無言で繰り出すのだから相当なものだ。その闇は一同を絡めとりその動きを奪うべく襲い掛かる。
だが、それの対策もすでに済んでいる。
「ほいっと」
「……なん…?!」
こちらも同様に呪文なく、大小3つの光の玉を生み出して、イルシュアが伸びる闇を的確に打ち抜いた。その正確性に吸血鬼と、それから傍にいた祐一も息をのむが、とうの本人はあまり気にした風もなく、目の前の吸血鬼を見つめていた。
「やっぱり、彼女か」
そのとき、クレイルはイルシュアがそう小さくつぶやくのを聞いた。彼女、ということは、イルシュアはこの吸血鬼を知っているのだろうか。
だが、それを確認しているような余裕が今はない。
闇でからめとることができないのなら、と、クレイルが一歩彼女へ攻め入る。クレイルは剣の腹を左手で撫でるようにして魔力を乗せる。クレイルの役割はあくまで拘束ではあるが、剣士である自分が前に出なかったら、吸血鬼を警戒させる要因にもなるだろう。なので、攻められるところでは攻めに入る。
闇属性には光属性が効く。これは相互関係にある2属性の基本だ。逆もしかりではあるが基本は後打ちが有利。闇が封じられている今なら問題なく通ると判断して、刃に光を乗せた。
「はっ!」
だが、その剣撃は避けられる。続いてのソフィアの攻撃も見切られた。イルシュアが器用に光を放って吸血鬼が影に逃げ込むことを防いでくれてはいるが、彼女はそれでも的確に二人分の攻撃をかわしている。
だが、一方で吸血鬼のほうも決定的な攻撃に転じることはできずにいた。闇魔法が封じられた今、素手での対応を強いられているが、いかんせん武器を持つ二人だ。しかも片方は光をまとっている以上うかつに触れることは憚られる。
局面が拮抗している。現状、見守ることしかできない祐一がイルシュアを見た。
「な、なんかこう、イルシュアが魔法でどーんとかできないのか?」
「んー、できないことはないけど、みんなを巻き込んじゃうからねぇ」
「でも、なんか、こう、ああっ」
拮抗している、ように見えるが、こうなったときは基本体力勝負になる。その場合、この吸血鬼の少女と、クレイルたちだとどちらに分があるのかがわからない。
一見すれば体力がないのは小柄な少女だが、吸血鬼と人間であることを考えると、吸血鬼に分があるようにも思える。
「ユウイチ、もう少しこっち」
やり取りを目で追うことしかできない祐一を、安全圏にイルシュアが誘導する。
気が付けば、少しずつ戦場が祭壇より入り口側にずれてきている。入口付近にいるより、少しそれたほうがいいだろう。
このまま、体力の消耗戦になるか、と思われた時だった。
「ちぃ!」
先に焦れたのは、吸血鬼のほうだった。彼女は翼を広げて、地面を蹴る。地上でクレイルとソフィアの二人を相手取るのはやめて、空中のミーニィとソフィアを打ち落とすことに決めたのだろう。
「竜騎士に空中戦を挑むとはいい度胸じゃない!」
「うるさい!ドラゴンの補助がなければ何もできない人間風情が!」
ソフィアの挑発に、苛立ちを隠すこともなく少女が吠える。
竜騎士は空を飛んで位置取りを調整するドラゴンと、その上に乗る騎士で、異なる位置を見ることができる。そのうえ、空中であれば、味方を巻き込む恐れがないドラゴンも、ブレスを使うことができるようになる。ミーニィのブレスは咆哮だ。小竜のため、まだ完全なブレスを吐く器官は発達していないが、空気を震わせるその叫びを空中で受けたら無事ではいられない。
吸血鬼とて、竜騎士に空中戦を挑むのが悪手であることは理解していた。だが、それでも、地上と距離を取りたかった。
手を出すことのできなくなったクレイルが、二人を見上げながら祭壇前に駆け寄る。吸血鬼はソフィアと一定の距離を保ちながら、不規則に位置取りを変えていた。
「わかってるなぁ~」
その動きに、感心したようにイルシュアが声を出す。
あのまま同じ位置に留まるようであれば、イルシュアは光球をソフィアの背中側に放り投げる予定だった。だが、吸血鬼は空中で一か所に留まることをせず頻繁に位置を変更している。これでは光球を放っても、場合によってはソフィアやミーニィの視界妨害になる。
さらに彼女はその状態で、イルシュア、否、祐一にも意識を向けていた。
「ひぃっ!」
「させないよ」
祐一の足元に伸びてきている闇をイルシュアが光魔法をぶつけて払う。
現状、この中で一番彼女に対抗策を持たないのが祐一である。彼に対する攻撃はイルシュアがカバーをしているが、それに気付いて、彼女は隙があれば祐一を狙おうとしている。故に、イルシュアも祐一の傍から完全に離れることができずにいた。
この場合、地上に残ったクレイルには手出しができない。不利になったのはこちらのほうだ。
そう、吸血鬼に思わせるのが、彼らの狙いでもあった。
クレイルを警戒対象から外してもらう、そのうえで、拘束を決める。
クレイルは祭壇の傍でじっとソフィアと吸血鬼の少女の動きを見守った。
「せいっ!たぁ!」
ソフィアは攻撃の手を緩めることは無い。ミーニィとの連携で、吸血鬼の動きを徐々に制限していく。左手でミーニィの手綱を握り、右手で槍を振り回す。
吸血鬼は、それを最小限の動きで躱していた。
ソフィアが突きを行えばその外に抜けるように右へ。
避けられたことに気付いたソフィアがそのまま槍を横に払えば上に飛び上がる。
「ちょこまかすんじゃないわよ!」
「それはこっちの台詞」
それをすぐ追ってミーニィも上昇、そのブレスも上に避けるが、天井近くでは下に避ける。
そのころにはソフィアが槍を構えなおしているので再度突きが入る。
その繰り返し。
(右、上、上、下、右…………)
クレイルは祭壇からそれをじっと見つめている。都度、位置取りを微調整する。
ソフィアの動きはある程度パターン化されていた。否、パターン化してもらった。突きをしたら横に払う、ミーニィの動きも3パターン程度で最小限に。そうすればクレイルからしても互いの動きを読みやすい。
当然、吸血鬼もそれには気づく。
吸血鬼のほうが自分たちよりはるかに格上だ、そんな動きをしたらすぐに見切られる。
ソフィアの動きは早いが単調、読み切れば回避は難しくない。
そして、それを、未熟ゆえのソフィアの癖だと読むはずだ。
格上、故に。
(右、……上、上!)
ソフィアが手綱を引いた瞬間、先を読むように吸血鬼が下に降りる。
「……速い」
クレイルは呟いた。案の定、吸血鬼の対応が一手、早くなっている。
ソフィアが動いた瞬間、ほぼ同時に動く。吸血鬼側に余裕が生まれる。
余裕は、油断になる。
吸血鬼が動いた。
「終わりにしましょう」
ソフィアの振りの後、ミーニィのブレスを待たずに下へ回り込む。そして、ブレスの間に無防備なソフィアに襲い掛かる動き。ブレスの間にミーニィは動けない。
だが、吸血鬼の動きが速すぎて、ミーニィはブレスをまだ吐いていない。
「ソフィア!今!」
「わかってるわよ!」
クレイルは祭壇から飛び出して叫ぶ。ソフィアもそれに応えるように即座に手綱を引いた。
ミーニィはブレスの代わりに体を捻り、その太くしなやかな尻尾を吸血鬼に向けて振り、薙いだ。
「っ……!」
それは、致命傷ではない。ただ、吸血鬼の動きを一瞬止める意味はあった。
目的は吹き飛ばすことではない。
尾はそのまま吸血鬼の胴を滑るように回り込み、ぐるりと身体を締め上げた。
「今!」
クレイルはアミュレットを掲げる。
ミーニィの尻尾に絡められた吸血鬼を視認。
吸血鬼は目を見張る。だがすぐには体勢を変えられない、動けない。
それを確認してクレイルが。
瞬間、吸血鬼が消えた。
「———?!」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
どこに、と思う間もなかった。
そして、ソフィアの後ろ。ミーニィの背に跨ったソフィアの影から、吸血鬼が姿を現した。
「影——っ」
その言葉を言ったのが誰だったのか。クレイルか、イルシュアか、ソフィアか。
影は、なにも地面に落ちるばかりではない。光と、ものがあれば影は生まれる。
吸血鬼が、ミーニィの背中におちたソフィアの影から出てきたのだと、理解したころには、吸血鬼はもうソフィアの肩に手を置いていた。
「終わりだと、言ったでしょう」
静かに、穏やかに。ソフィアの背後からそっと耳元に口を寄せた吸血鬼が、甘く囁いた。
吸血鬼の右手が開く。いつの間にか、その指先に生える爪が、長く、鋭く尖っていた。
彼女はそれを振り上げて――――――。
「ソフィア!!」
クレイルの声が、遺跡の祭壇の間に響いた。




