6.作戦会議
「じゃあ、吸血鬼に再戦するにあたり、しっかり準備をしておこうか」
方向性が決まるや否や、イルシュアは飛び上がりミーニィの首にかけていた鞄の中から何やら荷物をあさりだす。
「まずソフィアは体力を回復、クレイルも…魔力が減ってるよね」
「ああ、うん。結構使ったかも」
「それなら回復をしよう。二人とも受け取って」
ごそごそと、鞄に頭を突っ込んでいたイルシュアが、ふたつほど色の違う液体が入った瓶をソフィアとクレイルに放り投げる。ソフィアには黄色い瓶。クレイルには青い瓶だった。
ソフィアはそれを受け取ってから、少しだけ口をとがらせる。
「あるならさっさと出しても良くないそれ」
「何言ってるんだ、回復薬は貴重だよ。帰るだけだったら必要ないからね」
そんな話をしながら、受け取った二人はその小瓶の中の液体を飲み干した。回復薬は少しだけ苦みがある。だが、それが喉を通った瞬間に、クレイルはその体に魔力が通るのを確かに感じていた。
「回復薬とか、あるんだな……」
祐一はつぶやきながら、感心したように二人を見る。クレイルのほうは見た目に変化はないが、ソフィアは、赤く腫れあがっていた腹の傷が、見る間になくなっていくのがわかる。まじまじと見るまでもなく、その効果は一目瞭然だった。
「回復魔法もあるんだけどね、薬のほうが、効果がはやいんだ」
祐一の言葉を引き継いだのはイルシュアだ。治癒魔法というのもあるにはある。だが、使い手が少ないのと、燃費が非常に悪いという欠点がある。イルシュアも使えるらしいが、彼はできるだけ治癒は魔法に頼らないほうが良い、という方針だった。
「へぇ、やっぱり薬って高いのか」
「食費1か月分くらい」
「げぇ」
しれっととんでもないことを言ったイルシュアに祐一が変な声をあげる。実際そうなのだ、イルシュアの持っている回復薬はかなり良いものだった。どうせ治癒をするなら命は大切にしようということらしい。
ひとまず、回復に関しては回復薬でどうにかなった。
それから、一同は机を囲んでそれぞれ座り込んだ。
作戦会議の開始である。
「さて、じゃあ、相手は吸血鬼ですが、何か対策が思いつく人」
ものすごい大雑把にイルシュアが議題をあげる。そんな雑な。と思ったものの、すぐにソフィアが手をあげた。
「はい!私とミーニィで突っ込む!」
「それで一瞬で後ろとられたんじゃなかった?」
「うっ……」
ソフィアの突きは遅くはない。むしろ、並みの戦士よりも早く、非戦闘民であれば反応しても避けられはしないだろう。ただ、それ以上に吸血鬼の動きが速かった。あれは、あの場にいた誰もが把握するよりも早く、いつのまにかソフィアの裏を取っていたのだから。
移動した、というよりは、いつの間にかあそこにいた。という印象を受ける動き。
クレイルが何か気が付いたように口を開いた。
「彼女、速いっていうよりは、あの動きちょっと不思議だった」
「不思議?」
「ソフィアの後ろをとったとき、彼女、いったん消えたように見えたんだよね」
「消えた?」
そう、速すぎて見えなかった、というよりは、本当にあのとき姿を消したのだとしたら。
闇を操る吸血鬼、ソフィアの背後に回る時は姿が見えなかったが、そのあとの一撃を躱すときは飛び上がる動作が見えていた。ということは、動きの全てが視認できない速さではないのだ。
あれは。
あの時ソフィアと吸血鬼は触れ合うほど近くにいた。瞬間移動というわけではないだろう、だとしたらあとはすり抜けたか、別のどこか。
「消えた……、……影…とか?」
クレイルが可能性をあげる。一度言葉にしてから記憶を探ると、確かに、彼女が黒く沈んだような気がする。
「影移動……?」
クレイルのその言葉に、イルシュアが大きくうなずいた。答え合わせをする教師のようなしぐさだった。
「そうだね、吸血鬼にはその能力がある。おそらく地続きであるソフィアの影を利用された」
「つまり、影の中に潜めない位置であれば……」
「空中ってことね!」
「きゅい!」
そう、宙に浮いてさえいれば、影ができてもそこに直接到達することはできない。あの広間は遺跡だがかなり天井は高かった。多少の空中戦は可能だろう。
「つまり、ソフィアは徹底して空中戦を意識すること。彼女も飛べるだろうが、それだけでスピードの制限はできる」
ここにきてミーニィ合流の意味が格段に上がった。空中戦は竜騎士の得意とする戦法だ。それが使えるのであればかなり有利になる。
「あと防ぎたいのは、あの闇攻撃じゃない?」
「それを防ぐのは簡単だよ、はい、クレイルはどうした?」
「光をあてる…?」
「そうだね」
さらに、続いての難所の解決案もすぐに出る。闇に対抗するのは光だと、昔から相場が決まっている。現に先ほどの一戦でも、とっさに出した光の玉に窮地を救われたというのはある。
だが、問題は、その光を戦闘中ずっと維持できるだけの魔力と魔法操作を、クレイルはまだできないということだ。
「でも僕じゃ魔法をずっと維持するには魔力が足りないよ」
「そういうもんなのか?」
クレイルの言葉に祐一が口を挟む。魔法を使うのには魔力が必要。それは祐一も理解ができる知識のうちのひとつのようだが、誰がどの程度魔法を使えるか、というところはわからないのだろう。
「そうだねぇ、人間っていうのは、魔力がそんなに多くないから、訓練が必要なんだよね」
魔力の総量は個人差がある。人間は魔力が多くないが、訓練次第では増やすこともできる。クレイルは生まれつき人間にしては魔力が多いほうだった。だから戦闘でも魔法が使えるのだが、魔力を伸ばす訓練のほうはしていなかった。
クレイルは魔法剣士である。あくまで魔法も使える剣士であって、メインは剣の方なのだ。魔法の方は補助でしかない。戦闘の訓練も剣の方を重視しているから、精密な魔法の操作や、長時間の維持などはクレイルにはできなかった。
「魔法って、誰でも使えるもんなのか?」
ふと、魔法という言葉に興味があったのか、祐一がイルシュアに問いかける。
「向き不向きはあるけど、学べばほとんどの人は使えるよ」
「じゃあ……!」
「学べば、ね」
何か期待を込めて目を輝かせた祐一だが、続いた言葉にがっくりと肩を落とす。この世界の生命は、多かれ少なかれ魔力というものを持って生まれる。だが、魔法というやつは一朝一夕で覚えられるようなものでもない。
この世界の人間は生まれたときから魔法が生活に入り込んでいるため、自然に魔力の使い方から魔法までを学ぶが、祐一はそうではない、ということも加味しているのだろう。
「あと、残念ながら、異世界人は基本的に魔力を持っていない」
さらに追い打ちとばかりにイルシュアはそう言った。これはクレイルも知らなかったのだが、異世界からきた人間は、魔法が無い世界に生きていたからなのか、魔力というやつは基本的に持たないらしい。祐一が大変ショックを受けたような顔をしているのが、かわいそうだが少し面白かった。やはり、異世界人には、自分たちの世界に無い文化に憧れるところがあるのだろう。
とはいえ、実のところ、魔法を使える人間はいれど、使いこなせる人間はあまり多くない。種族的に、魔法が得意な種族ではないのだ。
魔法使いとしてしっかりと学んで、魔法の仕組みを正確に理解をしているならともかく、吸血鬼である彼女の闇と対抗するには、にわかかじり程度のクレイルでは力不足である。
「まぁ、そこはボクが担当しよう。彼女の闇に光魔法を都度ぶつけるくらいなら簡単だよ」
結局、魔法に関してはこのパーティの専門家であるイルシュアに頼ることになりそうだった。イルシュアにどの程度光属性の魔法適性があるのかはクレイルも知らないが、イルシュアはできないことをできるとは言わない。ならばこの場面は任せていいだろう。
これで実質闇操作も封印できた。ただ、今までの話はあくまで対策である。ここからさらに吸血鬼に対抗できる攻撃手段を持たなければ、結局削られるのはこちらだ。
「吸血鬼の弱点ってなんだろう……」
クレイルが考え込むように押し黙る。ソフィアもお手上げといったように頬杖をついていた。
「え、日光とか、十字架とか、ニンニクとかじゃないのか?」
そこで祐一が思わずポロリと言葉をこぼしたその言葉。一斉に視線が祐一に集まった。
祐一は、変なことを言ったかと一瞬固まった。それから視線を泳がせる。
「や、うちの世界だと、吸血鬼にはそうだって……。あ、でも、その常識が異世界では別に全然関係ない設定のほうが多かった気もする、やっぱり今のなしで……」
言っているうちに自信がなくなってきたのか、ごにょごにょと言葉を濁し始めた祐一に、イルシュアが明るく声をあげた。
「そう、よく知ってるじゃないか、やっぱり異世界人って変なところの知識があるね」
「え、合ってんの?今までさんざん空ぶってた異世界知識が?」
イルシュアの口から出た肯定に、なぜか驚いた声をあげたのは祐一のほうだった。クレイルもその異世界知識というやつには驚いた。意外と、この世界との共通点が多いようだ。
「まぁニンニクは、なんだ、弱点っていうよりは好き嫌いの問題の面が強いかな、あれ臭いもんね」
もっとも、全部が全部祐一の言う設定通りというわけでもない。確かにニンニクで退治できればそれはもう吸血鬼の脅威がまったく無くなってしまう。ニンニクの香りを漂わせている人間には、吸血鬼だろうが人間だろうが近づきたくない。避けてはくれるだろうが、負けてはくれないだろう。
「じゃあ、十字架は?」
「十字架って?」
「知らないのか?こういう、十字の形をした……」
十字架と聞いて、ソフィアが疑問を口にした。それに祐一は、指で十の形を作って答える。
十字架という言葉にはクレイルも覚えがなかったが、祐一の示した形でおおよその内容を理解する。イルシュアも、それを見て言葉をつなげた。
「聖躯のことだね。昼の光……つまり、光属性だとか、あとは教会が使っている聖力を籠めるのに、その形が一番適しているから、吸血鬼に有効だっていわれているやつだ」
「ん?つまり、十字架に弱いんじゃなくて?」
「十字の形は、吸血鬼が苦手としている力を通すのに一番有効だと言われている形状、っていう感じかな」
続いて、それはありかもしれない、とイルシュアが引き継いだ。十字は光属性をこめやすい。光は吸血鬼に痛手を与えることができる力だ。
無論、吸血鬼を消滅させるためには教会で手に入れられる聖なる力が込められた正式なものが必要であろうが、今回は吸血鬼を完全に退治する必要はない。
「目的をしっかり決めておこう。今回は吸血鬼の捕縛、完全にやっつける必要はない」
「捕縛のほうが難しくない?」
「いや、今回ばっかりは、動けなくする方が消滅させるよりもはるかに楽だ。教会がよく使ってる拘束の魔法、それさえ吸血鬼に発動できれば、勝機はある」
本来、相手を完全に気絶させるなり殺すなりをするほうが、拘束するという手段をとるよりは楽である。だが、イルシュアは今回捕縛を選んだ。
というのも、「吸血鬼を捕縛するための方法」というのが一般的な方法として流通していたからである。それが、先ほど祐一が言った「十字架」というものにも関係してくる。
「専門的な話をすると、十字っていう形そのものが、二方向から力を交差させて固定するのに向いてるんだ。教会では聖力を通す形としてよく使われてる」
言いながらイルシュアが両手をクロスさせることで十字を表現する。
「聖力ってやつは教会関係者しか使えない。けど、同じ形で、魔術を二方向から交差させて応用することもできる」
「なんか難しいな」
「まぁようは、十字の形の道具に拘束魔法を組み込んで、魔導具みたいなのを作るってこと」
わかったような、わからないような。色々と理屈を説明したが、簡単な話、十字の形をした何かに、拘束魔法を込めて対吸血鬼専用の拘束具を作ろうという話らしい。
「結構簡単に言うけど、まずそんなに都合がいい十字なんて……」
「……ある」
「あんの?」
祐一がそう言った時、クレイルが思い出したかのように声をあげた。十字のアイテムなら、心当たりがある。この依頼を受けたときに、レナから預かったアミュレット、あれが、十字の形をしていた。
鞄からそれを取り出すと、イルシュアがちょうどいいと笑顔を浮かべた。
「ちょうどいいね、これ。この宝石部分に魔力も込めやすい」
「ちょうど良すぎない?まさか知ってたとか……」
「さすがにたまたまじゃないかな。この形のアミュレット自体は珍しくないし」
言いながらイルシュアはそのアミュレットを受け取って眺める。透明な色をしていた宝石はいつの間にか青白い光を放っていた。遺跡の奥まで行けば色が変わると言っていたのを思い出す。
「拘束魔導をこめるのはボクがやる、重要なのは、それを発動するタイミングかな」
拘束魔法自体はイルシュアが魔術を組み立てる。祐一がなんだか腑に落ちない顔をしてイルシュアを見た。
「何かわかんないけど、イルシュアがそれ全部やったらなんとかなるんじゃないか?」
「やだなぁユウイチ。それを言ったらクレイルとソフィアのためにならないじゃないか」
「えっ」
「冗談だよ、冗談。僕は後衛だからね、この拘束術は、発動に結構細かい条件があるんだよ」
イルシュアは笑いながら祐一にそう答えて、すぐに魔道具の制作に取り掛かった。実際のところ、イルシュア一人で何とかしろと言われたらなんとかできてしまいそうな雰囲気はある。彼はそれを否定も肯定もしなかった。
そのイルシュアが言うには、アミュレットに込める拘束魔法は、そこまで万能なものではない。発動までに一瞬の時間を必要とする。距離は近距離から中距離。自動で拘束してくれるものではないので、対象をしっかり視認している必要があり、相手が発動中に場所を移動してしまったら当然拘束失敗となる。
「つまり、拘束が完成するまで、逃げられないように動きを止めておく必要がある」
「どれくらい?」
「一呼吸でいい。とはいえ、その吸血鬼相手の一呼吸がどれだけ大変かは君たちのほうが身に染みてるんじゃないかな」
言いながら、イルシュアは拘束魔法を込めたアミュレットをクレイルに向かって放り投げる。
「まぁ、発動自体は難しくない、魔力を少し込めれば発動するよ。でもチャンスは一回だ」
「もし失敗したら?」
「その時は再戦をあきらめて逃げようか」
その言葉に、壊れた槍のスペアをミーニィの荷物から取り出していたソフィアがクレイルを振り返った。諦めるという言葉が嫌いなのだ、彼女は。
「絶対失敗するんじゃないわよクレイル」
「ええ……?」
そんなソフィアの圧を受けながらも、クレイルはアミュレットを握りしめた。どうにも責任が重大な気がする。
だが、少しずつ、話し合いを進めて徐々に勝機が見えてきたのも確かだった。
目的は吸血鬼の拘束であり、討伐ではない、その前提を改めて共有したうえで、拘束具の扱いと、それぞれの動きを確認していく。
ソフィアとミーニィが追い込んで吸血鬼の動きを止める。
イルシュアは闇攻撃と影移動の妨害。
吸血鬼の動きが止まった瞬間を狙ってクレイルが発動。
光のささない遺跡の下で、時間を忘れたかのように綿密に、その作戦会議は進められた。
「……よし、じゃあ、いこうか」
そうして、クレイルたちは再戦を挑む。
遺跡に棲み着いた、吸血鬼へと。




