4.そこには闇があった
何もない遺跡を歩く足音が三人分。
あの守護石像との闘いから歩くこと数分、残念ながら、出口にたどり着く様子はまだなかった。
「なんか、静かだな」
辺りを見回しながら祐一がつぶやく。いくら一人ではないと言え、出口がわからない状態で歩き続けるのは不安が多い。自然と気を紛らわせるための口数が増えてしまうのだろう。
周りの景色が変わりにくいというのも問題だった。
「そうね、ちょっと物足りないかも」
「そういうことを言う……」
祐一に反して、先頭を歩くソフィアはさらりとそう答える。ソフィアとしては、こういう状況は不安よりも退屈が勝つものだった。だからと言ってまたアクシデントを起こされてもこまるのだが。
「だって、アンデッドと守護石像そのぐらいしかモンスターもいないし」
「いないって、元々言ってたじゃん。守護石像だって事故みたいなものだし」
「また出てくれないかしらね」
「そういう物騒なこと言わない。僕らがアンデッドになったらどう……」
そう答えて、クレイルは一度言葉を飲み込む。
そういえば、あのアンデッドはどうしてあそこにいたのだろう。
「クレイル?どうかしたか?」
祐一が考え込むクレイルに一言声をかけた。
クレイルはその声に一度顔をあげて口を開くかどうか迷う。異世界人である祐一にこれを伝えてもただ不安を煽ることにならないだろうか。
アンデッドとは、人間の死体が大量の魔力を吸うことで魔物化した存在である。なので、ダンジョンで迷った冒険者がアンデッドになる、ということも少なくない。
それ故に、ダンジョン等で亡くなった死体というものはアンデッドにならないように火葬をするか、粉々にするか、浄化をするか、なんにせよ動く死体として機能しないように処置をしなければならないのだ。それが行われなかった死体はアンデッド化してしまう。それ自体は珍しくない。
だが、そもそもそうなるためには、人間の死体が無いといけないのだ。
この遺跡には野盗はいても、魔物はほとんどいないと聞いていた。
この遺跡に住んでいた人間、たとえば盗掘者などが、死んだ後にアンデッドになった。そう考えればアンデッド程度の魔物がいることはおかしいことではない。
だからあのアンデッドはそのあとに住み着いた野盗かなにかなのだろう。それはその服装の様子などからも推察はできた。
だが、なら、その野盗は何故死んだのだ?
「あ!見て!」
だが、それを考えるよりも、ソフィアが声をあげるのが先だった。
言われた先を見たら、今までとは違う、明らかに大きな部屋のようなものが視界に入る。どうみても、出口、では、なかったが。
「これって……」
まず目に入ったのは、大きな両開きの扉。
今更ながら、今までの部屋には扉らしきものは付いていなかった。その分余計に異質に見える。明らかに、何か大事なものがこの中にある、という雰囲気だった。
「最奥、ってこと…?」
祐一がごくりと唾を飲み込みながらつぶやいた。何か感じるところがあるのだろうか、祐一の瞳には、何か恐怖とは別の、好奇心に似た感情も浮かんでいるように見えた。冒険者でなくても、やはりこういうところは思うところがあるのかもしれない。
一方でクレイルは言いようのない不安を覚えていた。別に、ここはもう調査済みの遺跡なのだから、中を見たところで何も得られるものは無いだろう。ないはずなのに。
「開けるわよ!」
「あ、ちょっ……」
しかし、そんなクレイルの不安はソフィアの前では意味はない。彼女は特に悩むこともなく、その両開きの扉に手をかける。そしてクレイルが制止するよりも早く、その扉をあけ放った。
■ ■ ■ ■
最初は、ちょっとした違和感だった。
クレイルは祐一を襲っていたアンデッドの状態を知らない。ソフィアに言われて浄化をしただけなのだ。だが、その前に、別の部屋で二人の人間の死体は見ている。あれは、自然に亡くなったものではない。明らかに、何者かに殺されている。
ならばその盗掘者はなぜ死んだのか?
この遺跡に、彼らを殺した何者かがいるはずなのだ。自分たちが事故で起動させてしまった守護石像ではない、何か。
その違和感を違和感のままクレイルは放置した。してしまった。
その部屋には「闇」があった。
「……なに?」
最初に声をあげたのはソフィアだった。最初にこの部屋に足を踏み入れて、何か、他と違う感じを覚えて立ち止まる。今までよりも少し広い空間、天井の高さはそう変わらないが、奥に、柱が二本と、その先に祭壇のようなものがある。
建物としては、最深部にあたるのだろうか。あるいは儀式でもするための部屋か。
「最奥、かな……?」
「きれいなとこだな」
クレイルもその異様な空間に小さく息を吐く。白い息が空気を震わせた。祐一もあたりを見渡しながら部屋の中に足を進めていく。
息が白い。ということは、他の部屋よりも気温が低いということだ。それから明かりが少ないということにも気が付く。
この遺跡は、地下だというのにうっすらと壁全体が光を帯びていた。そのおかげで暗闇に覆われることがなく歩くことができていたのだが、この部屋は広いからなのか、他の部屋よりも薄暗く感じる。
否、それだけではない。
その祭壇には、光が一切差し込んでいないこと、そこに、クレイルはようやく気が付いた。
「ソフィア、祐一、待って」
違和感を覚えたクレイルが、部屋の奥の祭壇へ向かおうとした二人を引き留める声が一つ。それに重なって、ズ、と、何か、石が擦れるような音がした。
音のほうに目を向ける。祭壇の上に、何かが置かれている。暗くてわかりにくいが、それは、箱のような形をしていた。
その箱の上のほうが少しずつ動いている。否、それは、開きつつある何か。
棺だ。
祭壇の上に置かれた棺の蓋が、少しずつ、ずらされている。
その周りにある「闇」によって。
そのことに完全にクレイルが気付くよりも早く、「闇」が動いた。
視認できる「黒」が、一斉に壁を塗りつぶしていく。
「なっ……」
「ひっ」
誰かが、何かを反応する暇はなかった。壁を塗りつぶした闇は、だがクレイルたちを素通りして、そのまま祭壇の中央、棺の上に集まっていく。いつの間にか棺の蓋は完全に開いていた。
その闇はゆっくりとそこに集まっていき、やがて、ゆっくりと形になっていく。
最初は細長い筒のようなもの、それがゆっくりと形を変えて、やがて、人の形を象った。人間の、目の位置にあたるであろう場所に、赤い光がふたつ灯っている。
守護石像のような荒い造りとは違う、明らかに、人の形のそれ。
クレイルたちは動けない。本能が理解していた、今、動いたら。「それ」に認識されてしまう。
「それ」は、緩慢な動きで、体を起こす。そして小さく己を抱きしめるような動作をすると、その背中から真っ黒な翼が生えた。
ぶわ、と。
それを皮切りに一斉に空気が動き出す。
「わぁあああああ!!!」
「祐一!」
その空気に弾き飛ばされるように、祐一が転がった。クレイルやソフィアは踏みとどまれたが、戦闘経験がない彼は、その目の前の状況に理解が追い付かない。
「な、なん、なん?!」
「祐一、落ち着いて、立てる?!」
慌ててクレイルが祐一に駆け寄る。しかし、祐一は混乱しているのか、足に力が入っていない。
そうしているうちにその影がさらに形を変えていく。
「…………うるさい」
それは、少女だった。
真っ白い肌に真っ黒な髪。無造作に切られた髪はわずかに肩を撫でている。闇と同じ色のワンピースに身を包んだ、細い手足をすらりと伸ばした少女。
ただ、その背中からは蝙蝠のような羽が生えており、瞳は真っ赤な血の色をしていた。
「さっきから、この遺跡の中で暴れてるのは、おまえたち?」
ゆっくりと、そう、口を開いたその口元には、鋭利な牙をたたえている。
棺から出てきた、闇の使い。その少女は。
「……吸血鬼?」
誰ともなく、その名を呼んだ。
その吸血鬼の少女は、ゆっくりと一同を見渡す。すでに武器を構えているソフィアを見て、まだ立ち上がれない祐一を見て、そのそばにいるクレイルを見る。
そして、ゆっくりと祐一に向かって手を伸ばし。
「そこから狙うのは良くないんじゃないの!」
先に動いたのはソフィアだった。祐一に狙いを定めている吸血鬼に向かって一気に突きを放つ。狙いは心臓。
しかし、ソフィアの攻撃はあっさりと宙を掻いた。
「なっ…」
「あなたも、うるさい」
いつの間にか吸血鬼はソフィアの後ろに立っており、その後ろから耳元に声をかけた。
「なっめんじゃないわよ!」
だが、ただ後ろをとられてソフィアも止まってはいない。素早く反応して、そのまま槍を後ろに薙ぎ払う。しかしそれも吸血鬼は軽く宙に舞ってかわしてから、あろうことかその先端に器用に飛び乗った。
「しずかにして」
言って、長い爪が伸びた指を、ただ、つい、と横に動かした。
その動きに呼応するように闇がソフィアの前を横切る。それだけで、カラン、と、彼女の持つ槍がふたつに折れて、刃が地面に転がった。
「は…?」
「ちょっと寝ていてほしいな」
そのまま吸血鬼は手のひらをソフィアの腹に叩き込む。動きは優雅だった、だが、勢いが強い。
「っ」
たん、と、空気の爆ぜる音がして、ソフィアは後ろの壁まで吹き飛ばされた。だん、と、壁にぶつかる音が響く。壁に、確かな亀裂が走った。
「ソフィア!」
「くっ……は」
クレイルが声をかける。ソフィアはすぐに反応を示さなかったが、まだなんとか意識はあるようだ。目の前の吸血鬼は少し首をかしげてその様子を見た。
「加減、間違えた……?まぁいいか、静かになればそれで」
少し手のひらを握ったり閉じたりしていたが、すぐに納得したかのように顔をあげた。
幸いにもソフィアを追いうちするような、そういう気配はないようだ。
「つぎ、あなた」
そしてそのまま軽く飛び上がり、舞うように祐一の前に降りてくる。
「ひっ……」
「あなたは、一番声が大きい」
そう言うと先ほどと同じように指を少しだけ動かした。今度は、下から上へ。
瞬間、祐一の足元から一斉に闇がせりあがっていき、やがて彼の首まで到達する。祐一は、恐怖で、ただ叫んだ。
「―――――っ」
「だから、うるさい」
それが、音になる前にその闇が祐一の首を絞める。声を出せなくなった後も、吸血鬼はじっとその様子を見ている。闇を緩める気配はない。このままでは、意識を失うまで絞め上げられる。
「――っ、光あれ!!」
クレイルは、とっさに叫んだ。
あれが闇なら、光で払えるはずだ。それだけだった。ただ光を出す、それだけの魔法をぶつける。
どれだけ効果があるかわからなかったが、だが吸血鬼の少女はその光に少し驚いたかのように身を引いた。祐一の首まで達していた闇もそのまま剥がれる。
「つぎはあなた…?」
不愉快そうに眼を細めた吸血鬼がクレイルに目を向ける。クレイルは、その動きには構わずに祐一の手を取った。祐一は、二、三度咳き込んで、クレイルの方を見た。
クレイルはそれを確認して、そして、走り出す。部屋の入口へと。
「ソフィア!逃げて!」
視界の端でソフィアが立ち上がっていたのは確認した。なので、彼女に祐一を預けるようにひき渡す。その後で振り返り、吸血鬼の少女の追撃を確認した。
彼女は、あの場から動かずに、じっと地面を見ていた。
否、見ていたのは地面ではなく、クレイルが投げた魔力の塊――とっさに生み出した光の残滓だ。それを彼女は顔を顰めてただ見つめていた。
しばらくして、掌をそれに向ける。そっと、闇で包み込み、消し潰した。
部屋に、闇が落ちる。
「クレイル!」
「大丈夫!走って!!」
祐一を支えながら走るソフィアが声をかける。ソフィアは悔しそうに吸血鬼の方を見ていたが、すぐに使えなくなった槍の柄を捨てて撤退を選ぶ。
クレイルはその声にこたえて、振り返ることなく出口を目指した。
闇から逃れるようにただ走る。
勝ち目がないことは、この一瞬のやり取りで理解した。誰も、何も言わず、ただ、足を動かしている。
彼女が追ってくる様子は感じられない。だが、油断はできない。ここは地下遺跡だ、闇を支配する吸血鬼であるなら、彼らを追うことは造作ないだろう。
できるだけ、できるだけ遠くへ逃げなければ、せめて、明るいところへ。
ただ、荒い息遣いと、走る音だけが、通路に響いていた。




