3.迷子になるから迷宮という
「そういやさ、クレイルたちって、二人パーティなのか?」
「あ、いや、違うよ」
「というかどういう過程で冒険者してるんだ……?」
気を取り直して歩き始めてしばらく、祐一がふとそう聞いてきた。
ソフィアとクレイルは長い付き合いだ。それもあって、ソフィアの振舞にもある程度慣れているところがある。
「ソフィアとは、まあ単純に、一緒に冒険者になろう、って話でなったんだけどさ」
「……え、それって、幼馴染ってやつ?!」
「そうとも言うかも」
「マジか……テンプレじゃん……」
「何それ?」
祐一が震えながらクレイルの方を見た。その言葉の意味が分からずにクレイルは首を傾げるが、祐一はただそういうことってあり得るんだ……と小さく呟くだけだった。
とはいえ、剣士と槍使い、二人で旅をしている、というパーティもあるにはあるが、自分たちはそうではない。クレイルはひとまずその前の質問に答えることにした。
「あとはもうふたり……、いや、んーと、二匹…?いるよ」
「にひき…?」
「一緒に来たんだけど、はぐれちゃってさ」
クレイルのパーティにはほかにイルシュアとミーニィという仲間がいる。だが、転移の罠を最初に踏んだ時にはぐれたのだ。先行していたソフィアが罠を踏み、あわててその手を掴んだクレイルが巻き込まれた。
とはいえ、はぐれた二人のことはあまり心配していない。魔物らしい魔物もいないし、出口で合流できればいいだろう。
しいて言うなら、この遺跡の地図を持っていたのがイルシュアだったというのが問題か。
「クレイル、行き止まりだわ」
そのとき、少し前を歩いていたソフィアが部屋に入ってそう言った。
クレイルも中に入って部屋を見る。確かに、四方の壁に何もない行き止まりだった。
「どういうことだ?」
祐一がクレイルより先に口を開く。先ほど転移して出てきた部屋から、まっすぐ進んでこの部屋に来た、そしてすぐ行き止まりにあたる。ということは。
「行き止まりの部屋と行き止まりの部屋を繋いでいるだけ、ということになるね……」
「つんでないか?」
この遺跡の転移の罠は基本一方通行だ。罠を踏んでどこかに飛ばされる。飛ばされた先がどこにつながっているのかはわからない。何かしらの規則性はあるのかもしれないが。
ソフィアがクレイルを見る。クレイルはそれに頷いてから、少し考えた。
「……完全に行き止まり、というわけじゃないと思うんだよ」
「なんで?」
「例えばこれが、侵入者を阻むための罠だとして、罠を踏んだものをここに閉じ込める罠だったとする、その場合、一度入ったら出られない」
「罠としては正しいわ」
「もしここが完全な行き止まりなら、前に飛ばされた人の痕跡が残っててもおかしくないと思うんだ」
「……ああ、死体がないってことね。骨とか、荷物とか、壁の汚れとか、恨みの言葉とか」
「端的に言えばそうだけど、もう少し、こう……」
クレイルの言葉にソフィアが頷く。クレイルは少し言葉を濁した。
案の定、祐一が少し怯えた目を向けている。自分たちは冒険者だからこういった出来事にも慣れているが、祐一は異世界人、いわゆる非冒険者だ。死体とか、危険とか、そういうものとはあまり縁がないだろう。あまり直接的なことを言って怖がらせたくはないのだが、ソフィアはそう言ったことはあまり気にしていない。
「まぁ、ようするに、人がいた痕跡が全部自然に消えるわけじゃない」
「誰かが消したのだとしても、それなら消して戻った人間がいるってことね」
「そう、だから、出口なり、どこか別のフロアへ抜ける方法はあると思うんだ」
「転移がどっかからできるってこと?」
「あるいは、隠し扉とか、そういうものがあるか」
そういいながらクレイルは少しかがんで床を見る。特別目立った汚れのない石造りの床。目を凝らしてみてもすぐにはそれらしいものは見当たらなかった。
「とにかく、いったん探してみよう」
「じゃあ私は隣の部屋見てくるわ」
「よろしく、祐一は休んでていいよ」
「え、いや、俺もなんかするよ」
クレイルがそう声をかけたら、祐一は慌てたように返した。
クレイルとしては、自衛能力を持たない祐一に、あまり危険のあることはさせたくない。
だが、祐一もただ二人の様子を見ているというわけにもいかないのだろう、心理的に。
「でも罠とかあったら大変だし」
「う、それもそうか……」
「ひとまず、両方の部屋の様子だけみてまわってくれる?」
クレイルは少し迷ってから、ひとまず自分の近くで様子を見ていてもらうことにした。
そうして再度床に目を凝らす。薄く魔力を流して様子を見た。
実のところ、こういうのはクレイルもソフィアも得意な方ではない。得手不得手にかかわらず、冒険者というやつはある程度こういうことは自分でこなさなければならないのだ。
まれにこういうのが得意で、その技術を主にして冒険者をしている者もいるが、クレイルたちのパーティには残念ながらその手の専門職はいなかった。
だから、個々でそういう技術を磨いている。
こういうのは経験だと、パーティ最年長のイルシュアは言っていた。
だからクレイルも、こうやって地道に違和感を探してはいるのだが。
「――――――せいっ!!」
ドガンと、けたたましい爆音と、石の崩れる音が隣の部屋からしたのは、分かれてすぐのことだった。
■ ■ ■
「ソフィア?!」
爆音に慌ててクレイルがソフィアの向かった部屋に向かう。
そこにいたのは、遺跡の壁前で、槍を地面につけて仁王立ちしているソフィアだった。彼女の隣の壁には大きく穴が開いており、石の壁が散乱している。
「……どういう状況?」
祐一が恐る恐る声をかける。クレイルは、なんとなくソフィアのしたことがわかっていた。
ソフィアはクレイルと祐一を見ると、満足げに息を吸って見せる。
「壁が薄そうな感じがあったから、壊してやったわ」
そう、意気揚々と宣言した。
「それやる前に声かけて?!」
「なんでよ」
「壊さないで開ける方法があるかもしれないからだよ!」
クレイルが慌てたようにソフィアに駆け寄る。
彼女の開けた穴からは、確かに同じような通路が伸びていた。隠し扉、だったのだと思う。
石の塊になったその壁だった壊れた部分を見る。魔力を流してみたら、うっすら陣のようなものが浮かび上がった。本来は、魔力を流して開けるドアか何かだった可能性がある。
「開いたんだから良くない?」
「いいか悪いかで言うと、壊したのは良くないと思うよ……」
「細かいことは気にしないの」
それだけいってソフィアは開いた通路に足を踏み入れてしまう。
どうにも彼女は、こういうところがある。よく言えば行動が早い、悪く言えば、考えなし。
「……ソフィアって、脳筋?」
「ノーキン?」
「ああ、いや、なんでもない」
祐一がポロリと零した言葉に、ソフィアは首を傾げた。その言葉の意味を理解されなかったことに祐一がふと目をそらす。クレイルは絶対に口には出さなかったが、その言葉の意味は分かっていた。あまりにも否定しづらかった。
まぁ、どちらにしても壊してしまったものはしかたない。クレイルも祐一に声をかけてから、ため息とともにその通路の先を覗き込む。
そして、目が。あった。
それは、石造りの人間だった。
人間というにはもっとおおざっぱだが、顔らしきものがあり、身体があり、手と足のようなものが2本ずつ生えている。シルエットに凹凸はなく、四角い石の塊をただ積み上げて人の形を象らせたもの。
「なあ、……あれ」
「……ゴーレム、かな」
身長はそこまで大きくない。クレイルが見上げる程度だから180前後か、人間の目にあたるところがぼんやりと赤く光っている。それが、クレイルたちを見ていた。
遺跡の機構か、何かだと思う。グライフェンの遺跡がかつて都市だったのなら、それを警備する目的で動いていたかもしれない守護石像。それが、何かの拍子に目覚めてこちらを見ている。
何かの拍子、とは、疑うまでもない。
ソフィアの壊した隠し扉に反応したのだろう。
ギ、と、ゴーレムがかがむように足を曲げた。
「散って!」
瞬間、クレイルは祐一の手を引いてその場を飛びのく。ソフィアも素早く身を引いた。
三人が立っていた場所に石の守護石像が飛び込んでくる。それは、重い地響きと共に空気を震わせた。
「な、なになになに!」
「祐一は下がってて!」
「面白くなってきたじゃない!」
クレイルはそれを見て剣を抜き、ソフィアが向かいで槍を構える。
丁度守護石像を挟む形でクレイルとソフィアが並び立った。
「守護石像だ!多分、隠し扉を壊したから起動した!僕らを敵だと認識してる!」
「えっどう、どうすんの?!」
「簡単!壊せばいいってことでしょ!」
言うが否やソフィアが槍を振りかぶる。
だが、相手は石である。硬い金属音に阻まれてはじかれた。
「ちぃ!かったいわね……!」
ソフィアの槍はかなり丈夫な金属で作られている。彼女の腕力もあり、大抵の石だったら砕くことができる代物だ。だからこそ、扉という壁をぶち破れたわけだし。
だが、その守護石像には傷ひとつ入った様子がない。
ソフィアが攻撃を仕掛けたことで、守護石像は排除対象をソフィアに定めた。その腕を振り上げながらソフィアの方に向かっていく。だが、動きはそこまで早くない。ソフィアは横に飛びのくことでその攻撃を躱した。
そしてそのまま槍を一突き。だが、こちらの攻撃も通らなかった。
「ソフィア、魔法障壁かなにかが、張られてるんだと思う!」
「いっちょ前にやるじゃない!どうすんの?!」
クレイルは剣を突き出すように構える。物理が効かないのなら、魔法ならどうだ。
「其れは空を裂き、鋭き一矢となる。疾く翔け、穿て――ウインドアロー!」
クレイルの剣先から風の矢が鋭く宙を裂いた。それは背中を向けている守護石像にまっすぐに伸びて、その体にあたる。だが、こちらも大した手ごたえはなく、石に阻まれて霧散した。
「き、きいて無くないか?」
「そうみたいだね」
守護石像が振り向く前にその場を離れたクレイルは、祐一を通路の奥に誘導しながらその動きを観察する。その間、ソフィアが何度か石像を叩いているが、あまり大きな変化は見えない。
だが、クレイルは慌てない。
自分たちは、こう言った手合いと戦うことは別段珍しいわけではないのだ。
「ソフィア!頭を突ける?!」
「はぁ?ちょっとでかいんだけどこいつ!」
「無理なら肩でもいい、上の方!」
クレイルは祐一を通路に押しやって、戦場に戻りながら声を張り上げる。一人で守護石像を相手取っていたソフィアに叫ぶと、彼女は少し機嫌の悪そうな目を一瞬クレイルに向けた。
「無理だとは、言ってないわ!よ!」
言っていったん距離をとる。そして足を大きく曲げて、屈んだ。目線はまっすぐに守護石像を見ている。守護石像が開いたソフィアとの距離を詰めるために高く飛んだ。それに合わせて、ソフィアも真っ向から飛び上がる。
――――ギャィン。
と、硬い音を立てて、空中でソフィアの槍が守護石像とぶつかり合う音が響く。
互いに勢いをつけている。それでもソフィアの槍はその石像に突き刺さることは無い。槍の刃こぼれこそしないものの、石像にも傷はついていなかった。
「っ!!」
衝撃の反動で守護石像もソフィアも地面に落ちた。ソフィアは後ろに飛びのくように身をひるがえして一回転。石像は地響きを立ててその場に垂直に落ちる。
「めっちゃくちゃ硬いわよほんとに!」
地面に落ちたソフィアがそう毒づくが、その硬さと張り合えるのがソフィアの強みだ。今のやり取りでも手が少し痺れたようなそぶりしか見せない。
そして、その一連のやり取りをクレイルはしっかりと見ていた。
ソフィアとの打ち合いの瞬間、その衝撃のさなか、守護石像の右肩がわずかに揺れた。石と石を魔力でつなぎ合わせて動いている守護石像だが、その接続が弱い箇所がある。高い位置に衝撃を与えるとその箇所が震えるのだ。
胴体と右腕の接続部分、この守護石像のつなぎ目はそこだ。
「ソフィア!右肩!」
「それがわかれば十分!」
クレイルは走り出す。走りながら左手で剣の刃に触れて小さく魔力をこめた。
守護石像はクレイルの気配に気がついたか、後ろを振り向こうとする。だが、その動きはソフィアの振り上げた槍に防がれる。守護石像の右腕を、下から打ち上げるようにソフィアがはじく。わずかに上がった肩。クレイルが飛ぶ。
「ここだ!」
すとん。と。
その胴体とのつなぎ目を縫うように、クレイルが上から刃を通す。いままでの攻防が嘘のように、その刃は下に通って、クレイルが地面に足を付ける。次の瞬間、空気が抜けるような音がして、その守護石像から腕が落ちた。続いてばらばらとその形が崩れて、あっという間に人の形から、ただの石の塊になっていく。
「…………やっ……」
祐一が何かを言いかけて、それから慌てたように己の口をふさいだ。それを見てクレイルは笑いかける。
「終わったよ、もう出てきて大丈夫」
「だ、大丈夫なのかほんとに、また起き上がってきたりとか……」
「大丈夫」
そういうクレイルの後ろで、ソフィアが散らばった石を槍で転がしている。そして、石の山から二つの光る宝石のようなものを取り出した。先ほどの守護石像の目にあたるものだ。
「核ってこれ?」
「多分ね。内部に入ってなさそうだから、それでいいんだと思う」
「固さのわりにしょぼいわね」
「まぁ、探索し尽くされた遺跡で、わずかでも見つかったからいいんじゃない?」
「それはそうだけど…」
言いながらソフィアは腰に下げているポーチを開けて、その宝石を中に入れる。
祐一が恐る恐る近づいてきてクレイルを見た。
「……核?って、この守護石像とやらを動かしてたなんか、みたいな?」
「そう、よく知ってるね」
「いやまぁ、セオリーではあるからな……」
「そうなんだ?そっちの世界でも」
クレイルとソフィアは石の山を乗り越えて再度通路の奥を見る。今度は奥には何もいなさそうだった。祐一に手を貸してから、改めて通路を進んで部屋を後にする。
祐一は、後ろを振り返りながら二人の後についてきていた。
「なぁ、いつもこんな感じなのか?」
「こんな感じって?」
「いや、思ったより、クレイルたちって行き当たりばったりなような……」
祐一の言葉にソフィアが足を止める。クレイルは困ったように笑った。
「何とかなってるから良いじゃない」
「ほんとに?ほんとにこれ何とかなってる?」
「まぁ、なってる、には、なってるんだよね」
もう一度何かを言いかけた祐一の言葉を待たずにソフィアがまた歩き出す。
祐一の、言いたいこともまぁまぁわからないこともなかった。だがクレイルは、ソフィアの暴走を止める手段を持たない。その行動をフォローする手立てはあるのだが。
でもまぁ、こういう迷子になるのも、冒険者としての日常でもあった。
そうして通路の先で、一同はまた立ち止まる。
「……通路、行き止まりじゃない?」
「ちょっと待って、さっきのと同じ構造なら、こっちも隠し扉なのかも」
「壊せばいいのね」
そして、言うが否やソフィアが壁をぶち破る。もはや祐一もクレイルも何も言うことは無かった。
「……まぁ、いいか」
そうあきらめて、ソフィアがぶち抜いた壁を抜けて新たな部屋に入る。
そこは、今までの遺跡と何も変わらない新たなフロアだ。
とりあえず行き止まりでは無さそうなのは、奥に新たな通路が伸びていることから理解できる。
何とか、閉鎖された区画からは抜け出せた、ということだろうか。と、クレイルは改めて壁を見る。
ふと、少し先の石壁に、血の跡があるのを見て眉をしかめた。まだ、新しそうな。遺跡の守護石像か、何かにやられた人間がいたのだろうか。
「……クレイル?」
祐一が足を止めたクレイルの方を見る。クレイルはその言葉に、すぐに笑顔を浮かべた。
「大丈夫、行こう」
祐一が気づいていないのなら、あえて指摘することもないだろう。彼を無駄に不安にさせる必要もない。
この遺跡の、出口はまだ遠いのかもしれない。




