2.そして遺跡に迷い込む
異世界転移者である祐一に、自己紹介とともに、依頼を受けて保護をしに来た経緯を説明して、クレイルは一息つく。
「え、待って、そしたらその受付嬢さんも異世界転移者ってこと?」
「うん、たぶん、時間なくて詳しくは聞いてないけど」
先ほどまで、その話を静かに聞いていた祐一が、クレイルの最後の一言で声をあげた。
クレイルも頷く。黒髪黒目の異世界人。レナからのその情報があったからこそ、一目でクレイルは祐一が対象者だということを理解したのだが、その内容は互いに驚くべきことであった。
「でも、そっか、へぇ……」
祐一はしかし、浮かしかけた腰をすぐに下ろして改めて息をつく。情報を少し整理しているような顔をしている、その顔は、どことなく落胆しているように見えた。
そしてため息とともに、もう一度あたりを見回した。
「ところで、ここ、ほんとうに、大丈夫、なのか?」
現在、クレイルたちは、先ほどの祐一が転移してきたと思われる場所から一つ先の部屋へと移動している。祐一がアンデッドと遭遇した部屋だ。
誰かしらが拠点にしていたと思われる部屋で、それこそ先ほどのアンデッドになってしまったひとが生前住んでいた部屋かもしれない。たいまつが灯っていることはもとより、椅子や机といった簡単に休憩できる環境がそろっていた。
クレイルたちはいったんここを休憩所に利用することにした。
当然、祐一はここにいることを躊躇いはした。そわそわとあたりを見渡しているが、先ほど彼が別の死体を見かけたところに視線を向けるも、何もない。
「あの、ほら、さっきの死体みたいなのがまた動き出したりとか……」
「大丈夫。他のも浄葬しておいたから、アンデッドは出ないよ」
「じょうそう?」
「あー……と、こういうところで死んだ冒険者とかを、魔法で燃やしておくこと、かな」
「まほう……」
落ち着かない様子ながらも、クレイルの説明を受けた祐一は、その言葉をひとつひとつ噛みしめるように反芻している。祐一も異世界人とはいえ、まったく異なる文化圏の出身ではないのか、ある程度説明しなくても理解できる個所はあった。だが、細かい世界の常識や用語などはその限りではないようだ。
そのあたりの話はクレイルもなんとなく把握をしているので、できるだけわかりやすく、専門用語を省いて説明をしていた。
「魔法は、わかる?」
「あ、ああ、なんか大雑把な概念みたいなもんは、たぶん」
「へぇ、すごいね」
祐一と話をしてみて、クレイルは素直に感心をしていた。出発前にレナから軽く聞いていた話よりもずっと、この祐一はこちらの世界の用語に詳しい。
知識には個人差があるらしい。魔法、ダンジョン、冒険者ギルド、この辺は異世界人の世界には存在しないため、知識がないものもいると聞いていた。
「魔法とか、そういうのが存在しない世界だって聞いたけど」
「なんだろうな、創作物とか、架空の物語とかでよく出てくる。ファンタジー小説ってやつ」
祐一はどちらかというと知識があるほうの人間らしい。創作物として、その手の概念はあるらしい。クレイルはなんとなくそう考えた。自分たちが異世界に行ったときに、もしかしたらあちらの世界にはこの世界に無い、おとぎばなしに出てくるようなものがあるのかもしれない。
「おとぎ話とかの?僕達で言うところの、自動車とか、月とか太陽みたいな感じかな」
「そうそう……、って、月と太陽がない?」
「空に浮かんでいる発光する球体なんでしょう?すごいよね、よくわからないけど」
クレイルがそう祐一に告げたら、信じられないものを見るような目でこちらを見ていた。彼らの世界には当たり前のようにあるらしい、どうやって浮いているのだろうか。
もしかしたら他にも、色々こちらにあってあちらに無いもの、あちらにあってこちらに無いものがあるのかもしれない。
そうおもえばクレイルは異世界出身者のことをほとんど知らない。出かけ頭にレナが異世界出身かもしれないという衝撃的な話を聞いただけだった。
今だって、依頼に関係のある部分しか聞かされていない。これは帰ってからレナに異世界転移者とはどういうものか、異世界について確認しなおしてみるのもいいかもしれない、とクレイルはこの依頼の後の指針を立てる。
まぁ、予定を立てたところでこの指針通りに動けたことはほとんどないが。
「ねぇ、まだ~?」
思考にふけるクレイルを引き戻したのはソフィアだった。
ソフィアはクレイルが祐一に説明をしている間、この部屋の入口の見張りを担当していた。少し飽きてきたのか、移動を急かすように声をかけてきた。彼女は体を動かしている方が好きなタイプだから、この膠着状態は苦手なのだろう。
「ええと、そうだね、祐一は大丈夫?」
「ああ、うん、だいぶ状況は飲み込めたと思う」
「じゃあ、そろそろ行くわよ。話は歩きながらでもできるしね」
そう言われてしまってはクレイルも立ち上がらないわけにはいかない。祐一の様子をうかがうと、彼も大きく頷いてから立ち上がった。助けた直後はだいぶ委縮していたようだが、自然な様子で立ち上がったのを確認してクレイルも安心する。
「こっちで良いわよね」
「うん」
ソフィアが肩で槍を弾ませながら行き先を決める。クレイルはそれに異論は唱えない。祐一もそれに従った。そうして一同は遺跡の中を3人で歩き始めた。
■ ■ ■
道中、クレイルは祐一にこの世界についての説明を簡単にすることにした。
まずはこの「グライフェンの遺跡」についておさらいをする。言いだしたのはクレイルだったのか祐一だったのか。どちらにしても、幸い魔物も出てこないし、のんびりと話しながら歩く余裕があった。
ソフィアが先頭を歩き、その後ろをついていく形で、二人が話をしている。
「遺跡自体は古いものだと思うんだよね、いつできたのかとかは誰も知らない」
「何のために作られたのか、とかも?」
「そうだね、人は住んでたんじゃないか、とは言われているけど」
遺跡について、クレイルはそう説明した。任務を受けるにあたって、レナにもそう聞いている。遺跡自体は探索され尽くした遺跡だが、それがいつからあるのかはわからない。誰もそういったことは調査をしていない。というよりは、そういう調査ができていない。
クレイルたち冒険者にとって、遺跡とは洞窟や迷宮と同義だ。いわゆる「ダンジョン」というものに分類されている。
魔物が出る。罠が設置されている。その二つを満たした場所をひっくるめて「ダンジョン」と呼ぶ。厳密に基準があるわけではなく、おもに一般人が訪れるには危険が多い箇所、そういうものがまとめてカテゴリ付けされている。
だからこそ、そういうところの遺跡の調査なんてものは行われない。危ないから。
ちなみに、そういうところにはたいてい、いくつかの宝や報酬がある。
正確に言うと、魔物が住み着く前に住んでいたものの遺品とか、そういうものなのだが、たまにわざわざ用意されたものだとか、自然発生する魔石などもある。
そのあたりは見つけたものの所持品としていいことになっている。そのうまみを得るために、冒険者はダンジョンに挑むのだ。
そして、そういう場所を「探索し尽くす」には、それなりの期間を要する。
つまり、魔物だ罠だ宝だのが、「もう出ない」と判断されて初めて、探索され切ったと認識される。
グライフェンの遺跡は、転移の罠がそこかしこに仕掛けられていたらしい。そのため、ただ探索をするだけでも結構な時間はかかったらしい。その後、捨て置かれた。
「探索が終わった後に調査はされなかったのか?」
「調査をするのにもお金がかかるからねぇ、適任者がいなかったんじゃないかな」
その辺は、色々と調査をするのにも手続きがいる、ということらしい。クレイルは専門家ではないから詳しくは知らないが。
「遺跡ができたのは少なくとも、1000年前とかそういう単位って言われてるくらいかな」
「はー……まぁ遺跡ってそんなもんか。こっちの世界でもそうだもんな」
「そっちにも遺跡はあるんだ?」
「あるよ。考古学者とか、偉い教授とかそういう人が何年も研究してるはず」
祐一曰く、その考古学者もただでは調査ができないから、資金繰りが大変なのだという。その辺はどの世界でもそうなのだろう。結局のところ個人で調査できることなどたかが知れている。
「しかし、住んでたのか?こんな罠だらけの場所に」
「外部からの侵入を防ぐため、っていう目的なら罠があってもおかしくはないよ」
「それはまぁそうか……」
「地図とかがあれば安全に移動はできるんだろうね」
言いながらクレイルは前を歩くソフィアを見た。彼女は自信満々に歩いているが、別に地図を持っているわけではない。ただ単に自信満々なだけだ。
そのとき、ソフィアが足を止めた。
何があったか、とクレイルと祐一もそこで足を止めて、たどり着いた部屋の中をみた。
そこは、部屋だった。一見すると何もない。
ソフィアが足を止めるような異変は、と思ったところでクレイルも気がつく。
その部屋には何もない。壁以外のものは何一つ。
つまり、その先に通路もない。
「……なぁ」
「うん?」
祐一はたどり着いた部屋の真ん中に立ち、壁を見る。
「どうみても行き止まりじゃないか?」
「……そう、だよねぇ」
祐一がこちらを見ているのがわかる。
途中、分かれ道のようなものはあった。地図を持たないソフィアは迷うことなく、それらすべて、左側の通路を選んできた。クレイルはそれに従った。それで壁にぶち当たった。
祐一がソフィアを見ている。ソフィアは不機嫌そうに眉をひそめた。
続いてクレイルを見てきた。クレイルは、曖昧な笑顔を浮かべることしかできなかった。
「もしかして、もしかしてなんだけどさ」
「……うん、言いたいことは分かるよ」
祐一が言わんとしていることを察したクレイルは神妙に頷く。せっかく救助をしてあげた祐一にこれを告げるのは忍びなかったが、もうごまかすことはできないだろう。
祐一がつづけた言葉をクレイルはただ聞いた。
「もしかして、道に迷ってないか?」
ぴくりと、その言葉にソフィアの肩がはねた。
「よくよく思い返してみれば、最初のあの部屋、俺たち左の通路を出てきただろ?」
「うん」
「でも、もう一本道があったよな」
「あそこの部屋からは3本通路が出てたね」
「そっちだったんじゃ……」
そこまで言ったら、勢いよくソフィアが振り返った。
「戻るわよ!」
「あ、おい!」
ものすごい勢いでそう振り返り、声を張り上げて宣言。
そして返事を聞くまでもなくツカツカと歩き始めた。
クレイルと祐一は慌ててそのあとを追う。
「ちょ、ちょっと待ってソフィア」
そして部屋の出口に差し掛かった瞬間、カチリと。何やら場違いな音がした。
今までほぼ無音だった遺跡の中で、明確に何かの意思を持つ音。
その音が何かと考える前に、目の前が光りだした。
「は?」
否、光っているのは足元の地面だった。部屋の出口、否、入口だろうか。入ってすぐの床が強く光を放っている。
見れば、何やら魔法陣のようなものが浮かび上がっていて。
「う……っそ、ここで?!」
いち早く状況を理解したのはクレイルだった。クレイルは隣にいた祐一の腕をつかむと、そのままソフィアのもとへ走りこむ。光を増していく地面に、このままでは離脱は間に合わないと判断して、ソフィアを抱き込むように飛び込んだ。
三人の視界の中が真っ白に染まる。祐一は突然の出来事に強く目を瞑るが、ソフィアとクレイルには覚えがあった。
それは、転移罠だった。
■ ■ ■
やがて、小さく光が収まり、そっと目を開いたとき、三人がいたのは、先ほどの通路ではない。
見たことがあるつくりの、ただ、全く異なる場所の部屋。
恐る恐る目を開けた祐一が、一度傍らのクレイルを見て、ソフィアに視線を移す。
何とも言えない表情をしているふたりを見て、ゆっくりと口を開いた。
「どういうこと……?」
「いや、あのさ、ここって、遺跡としてはもう発掘されきってて、何もない遺跡のはずなんだけどね」
それに言葉を選ぶように返したのがクレイル。だが、少々要領を得ない。
何とかごまかそうとしていたが、結局祐一の視線に耐え切れなくなったクレイルは大きくため息をついた。
「要するに、祐一に会うまでにも、僕らなんどか転移の罠を踏んじゃってて……」
「……つまり?」
「つまり、……どうしようもなく迷子です」
「はぁあ?!」
言葉を選ぶように説明したクレイルに、祐一がいよいよ大きな一度声をあげる。
「な、なんでそんなことに……」
「いやぁ僕もまさかこんなことになるとは思わなかったんだよね」
この遺跡は本来危険がない場所のはずだった。
探索をされ切っているということは、罠も確認されている場所だった。なのに、誰も見つけていなかった罠を運悪く踏んでしまった。それが転移の罠で、クレイルたちは転移させられた先からやってきていたから、出口がわからない。
正真正銘迷子である、しかも、結構重大な。
嘆いたところで状況はかわらない、とはいえ思わずソフィアに目を向けたら、ものすごく機嫌が悪そうな彼女と目が合った。
「なによ!私のせいだっていうの!?」
「そ、そうは言ってないから落ち着いて」
それまで沈黙を貫いていたソフィアが、祐一の視線を受けて真っ赤な顔をして声を出した。
誰もそんなことは言っていない。何も言っていないが、その反応で祐一がひらめいた顔をする。
「あー、なるほど、罠を踏んだのはこのお嬢さん…ソフィアなわけか」
「ちが……っ」
状況を理解した祐一が軽口を挟む。ソフィアはそれを否定しようとしたが、否定しきれずに強く槍を握りしめた。
「そ、そうだけど!でもその先にあなたがいたんだから!」
そう叫んで苛立ちを鎮めるように、ソフィアが地面にガツンと槍の柄を一回たたきつける。
そうしてそのままくるりと体を回転させると、転移した先の道を歩き始めた。
それを慌ててクレイルと祐一が追いかける。
「ちょ、ソフィア待って」
追いかけつつも、ふぅ、と息をついたクレイルは祐一に視線を向けて、ごめんね、と一言囁いた。
ソフィアの藪をつついたのは祐一なのだが、クレイルは祐一をとがめることはしなかったし、ソフィアを責めることもなかった。
「いいのか?ミスはミスなんじゃ…」
「うーん、じつはね、結構あるんだよこういうこと」
「あるのか!?」
眉をしかめた祐一に、のんびりと、クレイルはこたえた。
祐一のツッコミもキレが良い。だいぶ慣れてきたのだろうか。
「んー、でもさ、これって運がいいかもしれないんだよね。とにかく罠には引っかかるんだけど、結果的にいい結果に終わることが多いんだ」
「それって、運がいいのか…?」
「だって、罠にかかってなかったら祐一を助けられなかったと思うし」
クレイルがそう言ったら、祐一は一瞬息を止めた。
そう、彼の救助に間に合ったのは、クレイルとソフィアがあのときあそこにいたからで、あのときあそこにいたのは他ならない、自分たちが「罠にかかってあそこ飛ばされていた」からだ。
だからひとえに転移の罠を踏んだことが、悪いとも言い切れない。
悪運が強い、ということなのかもしれない。
もっとも、クレイルは自分の運は悪いとは思っている。毎度毎度ソフィアに巻き込まれているのだから。
ただ、どっちにしても、クレイルはこの程度でソフィアに苛立ったりしたことはなかった。これを、失敗とは見ていない。
「てことは、さっき罠にかかったのは…」
「もしかしたら帰り道が近いかもしれないよ」
そう、そう思えばもしかしたらあの罠にかかったのはまた何かしらのラッキーかもしれない。
「そうだったら私に感謝しなさいよ」
先頭を歩きながらも話は聞いていたらしい。いつの間にか少しペースを落として話に加わってきたソフィアが、先ほどまでの不機嫌さをなくしてそういった。クレイルのフォローに幾分か気をよくしたのかもしれない。
何にしても彼女の機嫌がいいのはいいことだ。そう思いながら、遺跡の先を進んでいく。
異世界転移者救助のはずが、迷宮探索になっていることを指摘する人間はいなかった。




