1.本当の始まり
「異世界転移者?」
「が、いるかもしれない、という話です」
ギルドでその話を聞いたとき、その書類に視線を落としたクレイルと、その隣にたたずんでいたソフィアは、同じような反応をしてしまった。
山間部の中心にあたるハイト街に拠点を置いているクレイルたちには、もはや馴染みとなっているこの冒険者ギルド。
まだ昼前ということもあり、ギルドのロビーは多くの冒険者たちでにぎわっていた。ハイト街のギルドロビーは、冒険者たちの待合いのほか、宿屋とも連結しており、ちょうど今の時間では、早めの昼食をとるものなどの声も飛び交っている。
そして、このギルドの常連である自分たちに、少し変わった依頼がある、と紹介されたのが、その「異世界転移者の保護」だった。
「依頼主は誰なの?」
「んー、私です」
「レナさん?」
「いえ、正確には、このギルド、ですかね」
そういって首をかしげて笑うのが、ハイト街ギルド名物の受付嬢のレナである。
この国では珍しく、黒髪黒目をした小柄な女性だ。ギルドに来るようなものはみな血気盛んなものが多いが、それを優しく受け流すレナ嬢は、ギルド内どころかこの町の中でも人気がある。
緩くまとめあげられた艶やかな黒髪、賑やかなギルド内でも良く通る明るい声。ふんわりとした見た目のわりに肝の据わった女性。顔もそれなりに美人であると評判。
そんなレナが、地図と依頼書を二つ並べてクレイルたちに説明する。
「ここから北にある、グライフェンの地下遺跡、わかりますか?」
「あー、あの、なんもない洞窟でしょ」
「何もないってことは……あるんですけど」
「だって、もう探索され尽くしてるって、そんなところに行くの?」
グライフェンの地下遺跡は、今は訪れる冒険者がいない遺跡だ。ハイト街ができたころにはもう探索の手が伸びていたとかで、とっくの昔に探索され尽くしてしまっている。特段珍しいものもなく、ただ薄暗いばっかりで何もないから観光にも使えずに捨て置かれた遺跡。それがもう50年近くも前の話だ。
「そこに行って、人がいないかの確認、いれば保護してほしいというものです」
確かに変わった依頼だった。話を聞いていた二人は顔を見合わせる。
依頼の内容としては、いるかわからない人間を保護しろ、ということになる。
「それって、別に行かないで、行ってきました~ってことにしたら?」
「さすがにその辺の対策はしてますよ。こちらを持って行ってもらいます」
依頼書を持ちながらとんでもないことを言うソフィアに、レナは気を悪くした様子は見せずに、何やらアミュレットのようなものを取り出した。丈夫そうなチェーンの先に、十字の形をした金属が取り付けられている。その交差する中心部分に、透明な宝石が、キラキラと光を受けて輝いていた。
「何これ、魔道具?」
「魔力を蓄積する効果のある魔石です。遺跡の最深部には特殊な魔力がこもっているので、そこまでいけばこちらの魔石の色が変わります」
「最深部までいかないで戻ってきた場合、色が変わらないってことね」
なるほど、確かにこれならズルはできない。ちゃんと最深部まで探しにいって、そのうえで見つからなかったのなら仕方がない、ということなのだと、レナは付け足した。
「終わったらその宝石は差し上げます、報酬の一環として」
ソフィアはそのアミュレットをしばらく見ていたが、すぐにクレイルのほうに向きなおった。
「面白そうじゃない、すぐ終わりそうだし、やってみない?」
どうやら彼女はだいぶ乗り気のようだった。
ソフィアのいいところはこういう即断即決のところである。それはパーティメンバーのクレイルどころか、受付嬢のレナも知っている。
実際、ソフィアが振られた依頼を断ったことはほとんどない。それは彼女が考えなしに受けているということではなく、目の前で起きている出来事で、自分ができそうなことはなんでもやるという性格であるからだ。もちろんレナのほうも、受付嬢として、無理そうな依頼を彼女に振ることもしないという信頼もあるだろう。
一方、クレイルはその依頼をもう一度見て、少し考えこんでいた。
クレイルにはこの依頼、気になる点がひとつあった。
「……依頼の内容に対して、報酬が高すぎない?」
「そうなの?」
「そうだよ、ソフィアは金銭感覚ちょっとずれてるよね……」
普通、こういう人探しの場合、その保護対象を見つけて、さらに安全に保護した状態で任務完了となる。そしてそれが大体2日分くらいの食糧が賄える程度の金額だ。
だが、これは行くだけでその値段になり、さらにその該当人物を保護できた場合、その3倍の報酬が出る。さらに探索に使用したアミュレットまでもらえるという。
「なんもない遺跡でしょ?つまんないから高くしないと誰も行ってくれないとかじゃない?」
「探索にスリルを求めるのはソフィアくらいなんだよ」
「え~、そんなことは無いわよ、クレイルが消極的すぎるの」
先ほどソフィアも言っていたが、グライフェンの遺跡は、すでに探索され尽くしている遺跡だ。宝物庫のような場所はもう空で、行っても罠ばかりで何もないと聞いている。ただ、逆に言えば罠だけをどうにかできれば、行って戻ってくるのは大変なことでない。罠が即死級とかでもない限りは。
クレイルは恐る恐るレナへと向きなおる。
「これって、何か危険があるとかじゃ……?」
「まぁ、クレイルさんならそこが引っかかると思ってました」
すると、レナは待っていましたとばかりに笑顔を向けた。
クレイルの懸念は当然である。依頼の内容に対して報酬が高いということは、それだけの危険がある場合か、あるいは、緊急性がある場合か。
「実はこの異世界転移者、見つけて報告したら国から報酬がもらえるんですよ」
そこでレナは、少し声のトーンを落とし囁いた。
レナが言うには、異世界転移者とは、本来、国が管理しているはずの人間だという。国がとある事業の一環として異世界召喚をした、それはクレイルたちも知っている。だからこそみんな「異世界転移者というものがいる」ということは知っている。
ただ、ここからはこの街のギルドしか知らないことなのだが、どういうことか、その国が管理しているはずの異世界転移者が、たまにこのグライフェンの遺跡に迷い混んでしまうことがある。
なので、ハイト街のギルドは、グライフェンの魔力値を観測しており、その兆候があれば異世界人を確保しているのだと。
「そんな大事なこと、なんで国に報告しないんですか…?」
「私たちもお金を稼ぐのに必死なんですよねぇ」
怠慢じゃないか、と思ってクレイルが囁いた言葉はレナに笑顔で封殺される。
そのいわゆる「野良の異世界転移者」を見つけて保護しています、という報告を国にあげると、国から特別な補助金と報奨金がもらえる。だからハイトはあえてその遺跡で見つかることを伏せている。ということらしい。
見つかるといっても、3年に1度あるかないかだ。どのみち報告したところで、最終的にその案件はハイトが監視するようになって終わりだろうから、国に気付かれるまでは知らないていでお金をもらっておこう。という考えである。
「……国に報告します?」
「しません……」
「さすがクレイルさんです」
「褒めてはいないですよね……」
結局それ以上の追及はクレイルはやめた。一個人の冒険者がどうやって国にこの状況を報告するのだ。否、できないことはないのだが、やめた。クレイルは別に正義感にあふれる騎士というわけでもなくて、ただの冒険者なのだし。
なによりも、あまりそういういざこざに首を突っ込みたくなかった。良く言えば慎重、悪く言えば事なかれ主義、クレイルの特徴でもある。
「だから、ギルドとしては少しばかり上乗せしてでも欲しいんです、その人」
何はともあれ、報酬が少しばかり上乗せされている理由は分かった。冒険者に出す報酬より、国からもらえる褒賞のほうが高いのだろう。
「もちろん、人命が関わっている、とか、ソフィアさんの言う通り、ある程度報酬が高くないと動いてくれないからっていうのもありますよ」
ただ、金額に関してはそういう理由だから、危険があって報酬が高いというわけでもない。とレナは説明を区切った。
それから少しだけ間をおいて、ダメ押しとばかりにもう一言。
「あとはまぁ、クレイルさんたちって、割と依頼の達成率いいじゃないですか、だからこちらとしても、信頼して、お願いしたいっていうのもあります」
「まぁあれはほとんどイルシュアのおかげっていうか……」
「またまたご謙遜を。そういえば、イルシュアさんは?」
そして、出てきた名前にレナがロビーのほうに目を向けた。このパーティはクレイルとソフィアの2人だけではない。いつもいるはずの存在を探す。するとクレイルが答えた。
「今はミーニィと買い物に行ってる」
その返答にレナはどこか満足したようにうなずいた。
話をつめに来た、とクレイルは察する。多分、ここにイルシュアがいたら、彼もこの依頼料の高さを少し訝しんだことだろう。彼はその外見に反して頭がよく、彼が乗り気でなかったらクレイルももう一つ決定を後ろに回していた。
どんなにソフィアが即決しても、このパーティのリーダーはクレイルなのだ。
ソフィアが即決しても、クレイルが渋ったときに、彼がノーと言ったらクレイルは依頼を受けることをしない。
だが、そのイルシュアがいない場合、クレイルはソフィアに押し切られる傾向にある。
だから、このままソフィアを落としてしまえば、依頼はクレイルたちに受けてもらえるだろう、という判断かもしれない。
「私はこの状況ならほぼ確実に異世界転移者はいると思っています」
「そうなの?」
「ええ、ソフィアさんは気になりますよね、異世界転移者」
たたみかけるようにレナはソフィアに話を振る。
異世界転移者、とは、知らないものはほとんどいないが、それでも珍しい存在でいることは確かである。大体が王国の管理になることもあるし、まずもって絶対的に数が少ない。それの保護に直接かかわれるのであれば、冒険好きのソフィアは絶対に行くというだろう。
「そうね、いるんだったらやっぱり保護しないとね」
「グライフェン遺跡はほとんど魔物はいませんけど、野盗とかは出ますからね」
「そうなの?」
「彼らはどこにでもいますから」
ただの退屈なお使いではないぞ、というところもちゃんと強調しておく。嘘はついていない。誰も訪れなくなった遺跡というやつは、野盗のような街に居場所が無いようなものにとっては絶好の拠点なのだ。そんなに大きな盗賊団が出た話は聞かないから、まぁいても2,3人だとは思うが、嘘ではない。
そんな気軽な雰囲気で会話を弾ませる女性二人をみて、クレイルは小さくため息をついた。野盗で話を弾ませるのはどういうことだとも思うが、野盗程度だったらまぁ自分たちでもあしらえないことはないだろう。
だが、こちらに来たばかりの異世界転生者は、基本的に戦闘力を持たない村人程度だと聞く。万が一そういう盗掘者とかそういうのに鉢合わせたときに危険もあるというのは確かだと思うし。
「と、いうことらしいわクレイル」
「……わかったよ」
結局、にっこりと、有無を言わせない圧を含んだ笑顔を浮かべたソフィアに、クレイルが折れるのは早かった。受ける、と決めた内容には、イルシュアもノーとは言わないだろう。
クレイルはレナからその依頼書を受け取って、受注の認証とサインを済ませる。
「よかった。クレイルさんたちに受けてもらえて」
「なんで?」
「だってほら、あなたたち、人当たりがいいですから」
レナがにこりと笑う先には、ギルドのロビーで話している冒険者の面々が目に入る。彼らも悪い人物ではないのだが、どうしても冒険者というやつは、いかつい雰囲気を持つことが多い。
その点、クレイルたちは、17歳程度の少年少女だった。
クレイルは剣士だがまだ発展途上で、本人の性格もあってなのか物腰が柔らかい、気の弱い印象を受ける少年。ソフィアは竜騎士で、見た目に反して筋力がすごいのだが、それでも本人はいたって明るくて活発な少女だ。
「あなたたちなら怖がらせることもないかと思いまして」
異世界転移というまだ何もわからない状態の人間が出会うのであれば、彼らほど適している人もいないだろう、とレナが付け足した。
そこまでおぜん立てされてしまっては、ますますその転移者とやらを見つけてこなければならない気がしてくる。
「ミーニィとイルシュアは?」
「買い物もう終わるでしょ、合流して一緒に行こう」
ここに今いないイルシュアも、見た目だけなら警戒心は抱かれない方だ。
唯一、彼らのパーティだと、ミーニィが少々懸念はあるが、まあクレイルとソフィアがいれば大丈夫だろう。
「では、グライフェン遺跡での異世界転移者調査、よろしくお願いしますね」
レナはそう言ってクレイルとソフィアを送り出す。
ふと、クレイルが思い出したかのように振り返った。
「そういえば、その、転移者の特徴とかあるの?」
「あー……、まぁ、あの遺跡にいる人がいたら、手あたり次第転移者か?って聞いてもらえばいいんじゃないかと」
「いい加減過ぎない?!」
確かに肝心なところを伝えていなかった。と、適当にレナが返してくるものだから、思わずクレイルが抗議の声をあげてしまう。からかわれているのだろうか、くすくすと、小さな笑いを浮かべてから、レナは居住まいを正した。
「すみません、ええと、そうですね。わかりやすい特徴としては…」
「特徴としては?」
「転移者の方は、大体黒髪に黒目だと思いますよ」
そういいながら、黒髪黒目の小柄な受付嬢は二人に笑って見せたのだった。




