18.誰を疑うべきなのか
エルは、男なのか女なのか。
そこに関しては、正直、本題ではない。クレイルの今夜の睡眠のことを考えたら一大事なのだが、元々そういう話ではなかったはずだ。
「元々は、……なんだっけ?」
「もう、お兄ちゃん!」
元々は、内通者がいるのではないか、という話だった。そこで怪しいのがエルとダルクだ、と続いている。
のだが、今この場にダルクがいることで、その話には若干戻し辛い。
ルセルがぼんやりととぼけたのは、わざとなのか、それとも本当に忘れたのかはわからないが、なんにしても疑わしい本人がいる前で話す内容ではないだろう。
「あの盗賊団の正体って何だろうねって話だったでしょ」
「そうだっけ」
「そうそう、ダルクさんとか何か心当たり無い?冒険者さんだから知識とか豊富でしょ?」
リリアが、ルセルのフォローを入れながらうまい具合に話を誘導してくれた。さすが人から噂話を仕入れるのが好きなだけある、これならダルク相手にも、不自然じゃない流れで盗賊団に関する話題を持ち込むことができる。
「あの盗賊団なぁ、俺様もチョーっとよくわからねぇんだわ。名前も聞いたことねぇし」
だが、ダルクは目を瞑って少し考えてからあいまいに答えるだけだった。当然と言えば当然である。内通者だったらその情報は流さないだろうし、本当に知らないだけだったら知らないというしかない。
そのとき、クレイルは思い出した。
「そういえば、あの盗賊団、名乗ってたよね、『幽冥の契り』って……」
そう、あのとき確かに盗賊団がそう名乗った。
その言葉にダルクがちらりとクレイルに視線を向ける。隣で、ソフィアが小さく唸った。
「それ、なーんか聞いたことあるような気がするのよね」
「そうなの?」
「なんだったかしら?」
何かを思い出すように腕を組んで考える仕草をするソフィア。ダルクがその隣でソフィアを見た。何か、発言を待っているかのような雰囲気がある。
その態度の理由は、クレイルにはわからなかった。一方で、ソフィアが悩んでいる理由はわかる。
「そう、それ、ちょっとおかしいんだよね。幽冥の契り、っていったら、有名な冒険者のパーティ名なんだよ」
「あ!そうよ、それだわ!」
クレイルが、そうソフィアの言葉を繋いだ。
あの時は戦闘中だったから反応できなかったが、クレイルも幽冥の契りという名前に心当たりはあったのだ。だが、クレイルの知っているそれは、王都で有名な冒険者パーティの名前なだった。盗賊団ではない。だからすぐに反応ができなかった。
「有名なやつ?」
「うん、えっと、冒険者ギルドのパーティにはランクがあるんだけどね」
ギルドに登録している冒険者は、パーティ単位でランクがある。ソロで活動する場合も、「登録者がひとりのパーティ」という扱いになるのだが、そのパーティごとにランク付けがされていた。
一番下が銅1、そこから三段階を経て銀へランクアップして、最高が金だ。
「わかりやすく言うと、銅1からはじまって、銅3までいったら次が銀1」
「銅1、2、3、その次が銀1、2、3、で、金1、2、3の順番?」
「そう、それで、金3が一番上、その上はない」
なりたての冒険者が銅1で始まって、一定期間の間に査定がある。その査定で一定の成績を収めていればランクが上がる。
ちなみにフォルテヴァラは銀1なのだが、この辺がだいたい中堅クラスだった。
「で、幽冥の契りは、金3のパーティ」
「最高峰じゃん!」
「そうだよ、だから冒険者だったら、みんな名前を聞いたことがあるはず」
現存している金3のパーティは、世界に4つしかない。そのうちのひとつに名前があがっているのが、幽冥の契りだ。
あまり他のパーティに興味がないソフィアが知っていたくらいである。冒険者になった以上、よほど物覚えが悪くない限りは、名前くらいは聞いたこともあるパーティなのだ。
そのうえでクレイルはダルクを見る。
「……ダルクさんも、冒険者としては、聞いたことありますよね」
「あー、あったかもしんねぇなぁ」
その質問にダルクが視線を逸らした。あからさまに逸らした。
盗賊団としての名前を聞いたことはなくても、冒険者である以上「名前を聞いたことがない」というのはすこしおかしい。
盗賊団としては聞いたことがないという意味なのか、それとも、意図的にその名前を隠していたのか。そのあたりを聞こうと思ったら、ダルクが突然立ち上がった。
「あーっとそうだ!俺様ちょっと見回りしてくるわ!そろそろエルちゃんと交代してあげないとな!」
わざとらしくそう付け足して、そそくさとその場から去ろうとする。
「リリアちゃん、ソフィアちゃん、またな!」
「あ、ちょっと」
それはもうすごい早さだった。
クレイルや他の人が止める間もなく、それだけ言うとさっさと野営地の奥に消えてしまう。
その背中を呆然と見送った祐一が一言。
「……絶対知ってるよな」
「だよね」
いくらなんでも誤魔化し方が下手すぎるだろう、と思った。
だが、逆に下手すぎるからこそ怪しくないというのもある。どっちみち、あの盗賊団がなぜ幽冥の契りと名乗ったのかはわからないし。
なんだか謎は山積みだった。
「……何の話?」
「あ、ジャンヌ」
そのとき、ダルクと入れ替わるようにしてジャンヌが話しかけてきた。
昼の間はとにかく馬車から出てこなかったが、夜になってようやく動き出した彼女が、抜けたダルクの穴を抜けるように焚火に加わった。
そしてソフィアに目配せをする。まだ夜は長い。見張りが交代制になることを考えて、一度寝てきたらいい、ということらしい。それを受けてソフィアが立ち上がる。
ソフィアが去ったあとの席に座って自然と輪の中に加わった。
ジャンヌがこの輪の中にいることになんだか若干の感動を覚えながら、クレイルが口を開く。
「この襲撃、おかしいよねって話」
「そうそう、それで、誰が怪しいかって話してたの」
「ジャンヌはどう思う?エルとか、ダルクとかについて」
そうは聞いたものの、彼女は終始荷馬車から顔を出すことがなかったから二人に関しての印象はあまりないかもしれない。エルに関してはこの二人が会話をしていた記憶すらない。一方で、ダルクの方に関しては何かしら思うところがありそうなのだが。
「……ダルク、あの男は信用してはダメよ」
「えっ」
「軽薄で不誠実。何をするにしても粗雑。その場しのぎの行動しかしない」
案の定、ジャンヌから辛辣な言葉が返ってきて一同がそちらを見る。
「え、もしかして、知り合い?」
紹介の場に居なかったリリアが意外そうに声をあげる。ジャンヌは、その言葉に心底嫌そうな顔をした。
「あれと知人であると思われることが不快」
「知り合いではあるんだ……?」
散々な言い様である。
もともと嫌いそうな態度はしていたが、正直、そこまで嫌っているとは思わなかった。
「まず何でこんなところにアイツがいるのよ、最初に見たときぞっとしたわ」
「もしかして、荷馬車から出てこなかったのって……」
「あれと顔を合わせたくなかったからよ」
そう吐き捨てるように言ったジャンヌが、そこまでダルクを嫌っている理由の本当のところは分からない。単に個人的な理由で嫌っているだけなのか、何かもっと根深い理由があるのか。
たとえば何かしらで裏切られたとかそういう経験があって信用するな、と言っているのだとしたら、十分に警戒に値するが。
とはいえ、ジャンヌの雰囲気からすると、あまりその辺を突っ込んで聞くのは憚られた。
「大体、冒険者ってのは本当なの?」
さらに不信感を募らせているジャンヌがこぼした言葉に息を呑む。
そこから疑うことは、さすがにしなかったが。
「いや、でも、レナさんからの紹介で……」
「顔合わせの時に彼女はいなかったでしょう。護衛する馬車の元にいた二人を、その護衛だと判断しただけじゃない」
「どこかで入れ替わったってこと?さすがにそれは……」
確かに、レナから聞いたのは「もう二人冒険者がいる」という部分だけで、誰と誰が冒険者の二人かは、現地に着いたときの流れで判断したに過ぎない。
たとえば、本来護衛するはずだった冒険者が、合流する前に襲われて、そこで知らない顔をして別人と入れ替わっていたとしても、クレイルたちにはわからないのだ。
エルは自己紹介の時に自分で、銅3のソロだと発言はしていたが、一方でダルクはどのパーティなのかも、ランクが何かも口にはしていない。
冒険者だと言っている盗賊である、という可能性は、否定できない。
「そう、それ私も気になってたんだけどさ」
さらにそれを受けてリリアが続ける。
「私、ダルクさんのこと、見たことないんだよね?」
「……僕も見たことは無いけど」
「ハイトで活動してる冒険者を、ギルドと併設している宿で見かけないことある?」
確かに。クレイルは冒険者全員のことを見ているわけではないが、リリアは別だろう。
「実はね、エルは、見たことあるんだよ。人を避けてるからあんまり食堂にも顔出さなかったけど、何度か部屋に食事持って帰ってることもあったし。でも、ダルクさんは見たことなかった」
エルもクレイルはこの護衛の任務で初めて顔を合わせたが、その言葉の通りリリアは何度か見たことがあるという。ハイトにいる冒険者は大体の食事をあの宿の食堂でとる。拠点として、個人で家をハイトに持っているのなら別だが。
だが、それでもダルクを見たことは無いのだと言った。
何よりあのダルクである。昼間にも活動している女好きの吸血鬼の話を聞いたことが無いというのは、妙だった。もしハイトにいたのなら、リリアに話しかけないはずがないし。
「吸血鬼だから人間と同じ食事してないとかじゃないの?」
ふんわりとルセルが良いほうの解釈を口にするが、ため息をつきながらジャンヌが首を振る。
「……何も私たちも人間の血ばかり吸ってるわけじゃないわ。あれは嗜好品だけど、食事は人間とほぼ同じものを食べるわよ」
現に、彼女も食事の時は席を共にしている。
ということはやはりダルクは元々ハイトにいたわけではないということになる。それらの情報を鑑みると、ダルクが本当に冒険者かどうかますます怪しくなってくる。
さらに、仮に冒険者だったとしてもおかしいのだ。
「護衛の依頼を受けるために、わざわざハイトに来た……?」
「ってことになっちゃうじゃん?」
これがハイトに来て初の任務だったとしても、ハイトにきて初日に、王都へいく馬車の護衛を買って出たことになってしまう。それでは何のためにハイトに来たのかがわからなくなる。
沈黙が、一同を支配する。
現状、エル妙な動きには一応の理由はつけられたが、ダルクの方の行動にはいまいち理由が見つからない。
だが、馬車が襲われた時に真っ先に動いたのはダルクでもある。それも符丁のひとつだと思えば、そうだともとれる。
今のところ7:3くらいでダルクが怪しいか。
「ふぁ……」
ややあって、リリアがあくびをしたことで一同が顔をあげる。話し込んでしまったが、野営に慣れていない人たちはそろそろ休んだ方がいいだろう。
目を擦るリリアの肩に手を当てて、ルセルが一同を見た。
「明日も移動だし、そろそろ寝ようか」
「そうだね、祐一も寝てきなよ、僕らは順番で夜警するからさ」
「もうそんな時間か、じゃあそうすることにするよ」
言いながら一同はそれぞれのテントに向かう。
ジャンヌはそのまま夜警に回るといってその場に残った。クレイルは一度テントに戻り、イルシュアの様子を伺いに行く。
「……と」
と、そこに、先客がいることで立ち止まった。先客、というか、先ほどテントを一緒にするといったエルである。
「ん……交代か……?」
寝ていたのだろうか、クレイルの気配で横になっていたエルが体を起こす。そのとき、クレイルは見た。
顔を隠していたフードがずれて、肩に落ちている。
フードから見えていた長い三つ編み、ミントグリーンの髪が柔らかくその顔を縁取っている。寝起きのためか、伏せられた眼にかかる長い睫毛。ゆっくりと開かれた瞳は大きく、エメラルドグリーンの宝石のような色をしていた。鼻筋が細く通っており、今まで見えていた口元が、全体と比較すると小さめであることがわかる。
クレイルは顔の美醜に細かいほうではないが、その自分が見ても、エルが目を引く美人であることは確かといえた。
ダルクの言っていた、所作が美しい、という言葉を思い出す。ゆっくりと起き上がったエルは丁寧にかけてあった布をどかし、両手でフードを被りなおす。
「クレイル?」
そこまでいってから、エルがクレイルに話しかける。顔を見られたことは、特別気にしていないのだろうか。隠してはいるもののそこまで徹底しているわけではないのかもしれない。
クレイルは呼ばれて、ようやくテントに入ってきた体勢のまま、エルを見続けていたことに気がついて、慌てて動き出した。
「あ、いや、そろそろみんな寝るみたいだから、いったん様子見に来ただけ。寝てたならもう少し寝てていいよ!1時間くらいしたら起こしに来るから!」
「そうか?……なら、そうする」
「う、うん、おこしてごめんね!」
そして慌ててテントから飛び出した。
いや、別に、なんでもない。なんだというわけでもないのだが、見てはいけないものを見てしまった気がして焚火の方に走っていく。
テントに戻ったはずのクレイルが慌てて戻ってきたことにジャンヌが訝し気な目を向けてくるが、すぐに興味を無くしたように森の奥を見る。
クレイルにも、それを気にしている余裕がなかった。
「みんなが変なことを言うから変に、変に気になる……!!」
もう、どこの何を、どう疑ったらいいのかがわからない。
クレイルは気持ちを落ち着かせるために、じっと焚火を見つめる。
そうしてなんだかよくわからないまま、野営の一日が終わるのだった。




