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17.疑わしきは何なのか

少し進んだ先の野営地で、今夜は野営をする。

その言葉に反対するものはいなかった。


冒険者たちは野営に慣れている。クレイルたちも依頼で少し遠い場所や長い期間必要な依頼で野営をしたことはある。王国兵ももちろん手際は良かった。

意外なのは、祐一も野営の設営に手慣れていたことか。


「キャンプとか、グランピングとか流行ってたからな」


キャンプはわかる。野営の異世界式の言い方だが、一方でグランピングは聞きなれない言葉だった。なんでもあらかじめテントが張ってあるのだとか、祐一の世界には不思議な文化がある。

野営地は、あらかじめ街道沿いにエリアが作られている。広く開かれた場所に馬車を寄せて馬を繋ぎ、その近くにテントをいくつか張る。

馬車の中の人達と、御者用のもの。その外側に、王国兵用と、冒険者用。


「エルとダルクどうする?男女に分けて一緒に使う?」


フォルテヴァラは本来一つのテントだが、今回はエルとダルクもいる、二人が個別にテントを張るとなると多くなりすぎるから、男女で分けたほうがいいかもしれない。


「あー、俺様は元々テント使わないからいいわ、好きにしろ」

「使わないの?」

「ヤローと一緒に寝れるかよ。女の子と一緒のテントなら大歓迎だけど」


ダルクはテントを使わない派らしい。吸血鬼であることを考えるとそれでもいいのかもしれない。とはいえ、それを考えたら彼はいつ寝ているのだろう。

エルを窺うと、彼は少し悩んでから頷いた。


「わかった、それでいい」


どのみち、夜警などで全員が同時にテントを使うことはほとんどない。エルはそれを了承し、テントの配置も決まった。






野営時の料理は、基本的にクレイルが担当している。ソフィアはほぼ食べるの専門だったが、イルシュアはああみえて料理はできる。だから、これはどちらかというとクレイルの趣味だった。

限りある食材から美味しい料理を作る、それを考えるのが楽しい。

他にも掃除洗濯、家事全般が好きだった。


今回はそれに王国兵の炊事担当と、エル、それからリリアがいた。


「移動の時は力になれないから、こういうときは任せて」

「大丈夫?休んでた方がいいんじゃ……」

「身体動かしてた方が、気もまぎれるし」


先ほどまで襲撃で恐怖に身を震わせていたが、彼女は野営になるなりそう言って炊事エリアにやってきた。そう言われてしまっては手伝ってもらわないわけにもいかない。彼女の料理の腕は確かだし、一緒にお願いすることにした。




クレイルは、料理を作りながら、昼間の言葉を反芻する。


『内通者が、いるのかもしれない』


あまり、考えたくないことではあった。

内通者が本当にいるとしたら、怪しいのはダルクか、エルか、という話になってしまう。


王国兵側にいるという可能性もないことは無いと思うのだが、クレイルにできるのは、まずは冒険者側から探るしかない。


手際よく食材を切り分けているエルをちらりと見る。相変わらずフードは目深に降ろされていてその表情を窺うことはできない。

だが、ふと、頬に傷布が貼られているのに気がついた。


「エル、それ怪我したの?」


クレイルが自分の頬を指さしながらいうと、彼は少し顔をあげて、ああ、と一言。


「今できた傷じゃない。古いやつだ」


そう淡々と答えた。どうやら先ほどの戦闘で怪我をしたわけではないようだ。前からあったのだろう。顔が隠れているから見づらかっただけで。


「そっか、ソロだもんね、結構大変じゃない?」

「……まぁ、慣れたよ」

「パーティとか組まないの?」

「ひとりのほうが、気が楽でね」


なんとなく話した感じも、別におかしな様子はない。彼が内通者だとは、あまり考えられないのだが、クレイルは人を疑うのが苦手なのだ。

その時、リリアが鍋を持ってこちらにやってきた。


「食材切れたら入れてくださーい」


言われてエルがその中に切れた食材を放り込んでいく、それからリリアがその鍋を持って立ち上がりながら言った。


「お水汲んでくるから、あっちで兵士さんのお手伝いしてもらっていい?」

「いや、俺が行くよ。重いだろ」

「そう?じゃあお願いしちゃおうかな、この辺まで入れてきてね」

「ああ」


自然と、リリアから鍋を受け取って、エルは水場へ向かう。野営地の近くの森の中に小川があるのでそれを汲んでくるのだろう。

冒険者側のテント側に足を向けるエルの背中に、ふとリリアが声をかけた。


「そっちより、兵士さんたちのテントのほうが近道だよ」

「ついでに水筒とってこようと思って」

「そっか、気を付けてね」


その背中をぼんやりとクレイルは見送る。今の流れに不自然なところもない。

ない、と、思うのだが。


「……エルってさぁ」

「うん?」

「王国兵、避けてる?」




考えてみれば、エルは徹底して王国兵と立ち位置がかぶらないように動いていた。

護衛の時だって荷馬車側にいたし、水辺にいくのだって王国兵側のテントを通ったほうが速い。先ほど兵士の手伝いをするのも自然と避けて出た。


それらは全て、王国兵を避けている動きに見える。


だが、どれもこれもクレイルの考えすぎの可能性も否定できなかった。

案の定、隣のリリアはその言葉にうーんと指を口元にあてた。


「どうだろ、あの人ってさ、基本人を避けるよね」

「ああ、そうだね」

「人が少ないところを選ぶ、ってだけな気もするんだよねぇ」


確かにそれもある。人が多い馬車よりも荷馬車を選ぶ、誰かと作業するよりひとりで水を汲みに行くのを選ぶ、王国兵が数人いるエリアを避けて移動をする。

ただ単に人混みが嫌いとか、そういう理由だったならそれも自然だ。


「あとさ、エルってすっごい美人なの、知ってた?」


そのとき、リリアが急に違う角度から情報を放り投げてきてクレイルは驚いてそちらを見る。


「え、知らない。いつ見たの?」

「フードかぶってるけどさ、私エルより身長低いじゃん?全然見えるんだよね」


言われて気づいた。

エルとクレイルはほぼ目線の高さが同じなため、エルにフードを深くかぶられたら顔が見えない。だが比較的小柄なリリアは、エルの口元あたりに目線が来る。

先ほどのような距離感で見上げれば、顔を覗き見ることはできるのだ。


「まつ毛長いしお人形さんみたい。びっくりしちゃった」

「そんなに?」

「うん、儚げな美少女って感じ。だからじゃない?顔隠して人を避けてるの」


言われて急にエルに対する印象が変わってきた。

冒険者で顔が良いというのはメリットでもあるがデメリットでもある。特にエルのようにソロで活動していた場合、顔の作りで舐められる、ということは往々にしてあった。


クレイルたちとて、最初に受ける印象が「親しみやすい」になるか「頼りない」になるか危ういところだ。自分たちは割と、得体のしれないイルシュアと、ドラゴンであるミーニィという存在がいるから、かろうじて舐められるところまでいっていないに過ぎない。


「じゃあ、怪しいってわけじゃないのかあ~……」


疑わしいところはあるといえばある。だが、理由を探せば疑わない理由もある。

どちらとも取れない状況になってしまってクレイルが顔を顰めて唸ってしまう。


「怪しい?怪しいって何?」


だが、その一言を、リリアは聞き逃さなかった。しまった、と思った時には噂好きの彼女がキラキラとした目をしてクレイルを見上げている。


「あ、えーと」

「クレイル、なんか面白そうな話抱えてるんじゃない?」


内通者がいるかもしれないという情報は、今のところ王国兵とクレイルの間で共有された話であり、本来なら、護衛対象である彼女らにこぼすような内容ではなかった。あまりにもリリアとの距離感に慣れていたため、うっかりしていた。

別に守秘義務もないのだが、あえて話す内容でもない。

とはいえ、この目をしたリリアからごまかそうとして逃げられたためしもない。


クレイルは迷う。迷ったうえで、こうなったらもういっそ、リリアたちも含めて少し話をしてしまってもいいのかもしれないと思い直した。

意外と、自分たちでは気づかなかった違和感を、拾ってくれているかもしれないし。


「……ご飯の後でね」


結局、そう答えてから、クレイルは、料理に意識を戻した。





■  ■  ■  ■





「内通者、ねぇ」


食事を終えて、各自で焚火を囲む。

休むものはもうテントで休んでもらい、冒険者と王国兵とでいくつかに分かれる。クレイルは、ソフィア、祐一、リリア、それからルセルと焚火を囲んでいた。


「いるかもしれない、って話だよ」

「なら、いる前提で考えておいた方がいいだろ」


備えあれば憂いなしだ、と、祐一の世界の言い回しで確認をしてくる。確かに、いないかもしれないと楽観をするよりは、いるかもしれないと警戒をしておくに越したことは無い。


「悪い人には見えないけどねぇ」

「お兄ちゃんは大体のひとのこといい人って言うでしょ」


のんびりとした口調でそう話すルセルを咎めるようにリリアが続ける。クレイルもそうだが、ルセルもたいがい、人を疑うことが苦手な人間だった。


「じゃあまずは、エルの怪しいポイントからね」


一方でリリアはこういう話が意外と好きなようで、積極的に参加してきた。人を疑うことが好きというよりは、噂話が好きだからなのかもしれない。人のことを話すこと自体が好きなのだ。

その言葉を受けて祐一が口を開く。


「エルなぁ、ひとりでいることが多いよな、孤高の剣士って感じの」

「あまり人付き合いする感じじゃないよね」

「私睨まれたわよ、あいつに」

「えっ」


ふいにソフィアが言い出した言葉に一斉に視線がそちらに向く。

エルは人を避けることはあるが、敵対するような動きはしなかったはずだ。イルシュアがやたらと話しかけていた時も、面倒くさそうにはしつつも邪険にはしなかったし。


「え、いつ?」

「食事の後、クレイルと仲いいのかって聞かれて、パーティだし当然でしょって言ったら睨まれたわ」

「んん……?」


慌てて話を聞いたら、返ってきた答えにリリアと祐一が目を合わせる。


「なんか話が変わってきたぞ」

「待って、エルって、え、待って?」


口元に手を置いて目をそらした祐一と、慌てたようにクレイルとソフィアを交互に見るリリア。

それからリリアが両手を頬に当てて、落ち着いたように焚火を見る。


「……エルって、すっごい美人なんだよね」

「え、うん、そうなんだね」

「あ、そういうこと?!」


そして先ほど聞いた話をもう一度つぶやく。クレイルは二人の反応の意味が分からずに相槌を打ったが、祐一がそのリリアの一言に何か気がついたかのように声をあげる。

何かわからないがこの二人で通じたものがあるらしい。


「え、あ、もしかして、それ、そういう?」

「私もそう思ってた、そう、そうなのかも!」


いい加減、何がそうなのか教えてほしい。そう思ってクレイルが口を開きかけた時だった。


「お、なんだなんだエルちゃんの話か?」

「?!」


突然後ろからかけられた言葉に驚いて振り返る。クレイルとソフィアは思わず立ち上がりかけて、相手の姿を見て息を呑んだ。


「ダルク、さん、いつの間に……?」


クレイルは声を絞り出す。話しかけられたことに驚いただけではない。

全く気配を感じなかった。

会話の内容が内容だけに、クレイルも周囲を多少警戒してはいたのだが、話しかけられるその瞬間まで全く気がつかなかったことに戦慄する。


当のダルクはあまり気にした様子はなく、しれっとリリアとソフィアの間に腰を下ろした。


「どこから聞いてたの?」

「エルちゃんがソフィアちゃんと喧嘩したって言う話のところ」

「喧嘩はしてないわ。睨まれたのよ」


ダルクの言葉に腕を組みながら少し体を反らしたソフィアが淡々と訂正する。

そもそも何故ソフィアが睨まれたのかもいまいちよくわからないのだが、それよりもクレイルは気になるところがあった。


「ダルクさん、さっきからエルのことエルちゃんって……」


そう、ダルクがエルのことをちゃんづけで呼んでいるのは何故なのか。すると、ふっふっふともったいぶるように含み笑いをしたダルクが返した。


「エルちゃんなぁ、俺は、女の子だと思ってるぜ」

「やっぱりそっちなの?!」


そのことばになぜか祐一が食いつく。やっぱりそっち、とは、先ほどの流れで祐一はその可能性を抱いていたということなのだろう。

顔はよく見えなかったが、身振りと話し方からクレイルは彼を男性だと思っていたのだが。


「あれは絶対『男装の麗人』だね。わざと乱暴にふるまってるけど、俺様にはわかる。元々の所作がかなり丁寧だ」

「でも、思いっきり俺って言ってるけど」

「それもわざとだろ、言葉遣いもあえて乱暴にしている感じがある」

「そ、そうか……男だって思われるために」

ダルク曰く、あの乱暴な男らしい身振りはあえてのものだという。

男らしく見せるためにわざと乱暴にしている、と。そんなことがあるのだろうか。

祐一はなぜか納得したようにかなりダルクの説に同調している。


「うんうん、そうだよ、そうかもしれない!」


さらにはリリアまでその説に乗ってくる。彼女はエルの顔を見ているうえでそう言っているのだから、妙な説得力はある。エルは女性的な顔ということなのだろうか。

なぜかわからないがリリアと祐一は、どうしてもエルを実は女性ということにしたいらしい。祐一はオタクのロマンとか何とか言っていたが、リリアはなんでそんなにそういうことにしたいのだろう。


しかし、それが事実なのなら大変な問題がある。


「……でもテントは僕と同じだよ?」


男女で分けたテントだが、その説が事実だとすると、エルはソフィアらと同じテントになるはずである。ところが、エルはクレイルとイルシュア側のテントに荷物を置いていた。

そうだった場合、クレイルは女性と同じテントで寝ることになるのではないか。別に何も起きない、起きないのだが、それはそれこれはこれである。


「じゃあ男か……?」

「いやいや、わざわざ男装をしてんだぞ、そう思わせるために徹底しているに決まってんだろ!」


その事実に一瞬、祐一が考えを改めようとするが、ダルクは頑なにエルを女性と言い張った。

まぁ確かに男だと思わせたい理由があるのであれば、テント分け程度でその事実が漏れるような動きはしないだろう。


それにしても、ダルクは何か確信でもあるのだろうかという断定っぷりである。やはり、吸血鬼だから男女の判別が種族単位でできるとかがあるのだろうか。


「何か、ダルクさんは確信があるんですか?」

「あー……」


クレイルが聞くとダルクは少しだけ言いにくそうに視線をそらした。


「男装の麗人に知り合いがいてな、アイツにすげぇ似てるんだよ、ふるまいとかが」


なるほど、種族的な確信ではなくて、経験による判断ということらしい。ということは、やはり決定的な証拠というものではないらしい。

エルが男性なのか、女性なのか、どちらにも決定的な根拠が出てこない。


「でも、そこまでして男に思わせる理由がエルになくない?」

「そんなん、聞いてないんだから何もわかんないだろ」


クレイルの最後の疑問も、祐一の当然ともいえる発言に打ち消される。

確かに、エルが男装をしているのだとして、その理由から考え出したらキリがない。だんだんと反論材料がなくなってきていよいよクレイルが混乱し始めた。

隣で、ソフィアが眉を顰めながら一同を見た。


「そんなに気になるなら、本人に聞いてみればいいじゃない」

「いやいや、否定されるに決まってるだろそんなの」


ソフィアは簡単にそういうが、それで本人がはいそうですというわけでもない。隠そうとしているのであればなおさらだ。

うーん、と焚火を囲って悩みだしてしまう。


「お兄ちゃんはどう思う?」


今のところ、それらしい発言をしていないのはルセルだけだ。

それに気が付いたリリアがルセルを見上げながら意見を伺う。ルセルは問われて少しだけ困ったように笑った。




「えっと、……そもそもそういう話だったっけ?」








そこでようやく、本題からずれていたことを思い出したのだった。


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