19.集落と盗賊団
「ふぁあ……」
「どしたのクレイル、寝不足?」
「なんかうまく寝付けなくて……」
次の日、クレイルは噛み殺せないあくびと共に荷馬車の隣を歩いていた。
昨日と同じように馬車の上からイルシュアが話しかけてくる。
「まだまだ未熟な証拠かな」
その言葉に曖昧に返事をする。別に夜の見回りで寝不足なのではない、ただ、こう、色々なことを気にしすぎて結果良く寝付けなかっただけだ。
誰が内通者なのか、とか、そもそも盗賊団の目的は何なのか、とか、幽冥の契りとの関係はあるのか、とか。
別にエルの性別が気になって眠れなかったというわけではない。決して無い。
クレイルはちらりとエルを見る。あの後も、結局は交代でテントを利用していたため、エルと一緒に寝るということはなかった。
どちらにしても、本人が男だと振舞っているのであれば男だと信じておいた方がいいだろう。
とはいえ、そのエルも、たまにテントで顔を合わせる限りでは、おかしなところもなかったと思う。
今日もさりげなく確認しながら歩いていても、別段怪しい動きもない。
ダルクの方は、というと、今日はソフィアと話しながら歩いているようだった。
こちらもおかしいそぶりはない。基本的に女性にしか話しかけに行かないというところは、もう単純に女好きというだけに見える。
道中の護衛も、麓の村に着くまでは襲撃もなく、無事に到着した。
「ひとまずここまでは大丈夫だったな」
王国兵も安心したようにそう一息ついていた。
もっとも、本来は昨日のうちに着いておきたかった村だ。休憩もそこそこに出発する。
ここからあと1日から2日ほど歩けば、完全に山を抜けることができる。
山を抜ければ平原、見渡しの良いエリアに出る。そこまで行ってしまえば盗賊団に会うこともないだろう。
だからこそ、出来るだけ早く山を下りてしまいたいという狙いがあった。
■ ■ ■ ■
あったのだが。
「また会ったな!俺たちは幽冥の契りで――」
昼過ぎにもう一度盗賊団の襲撃。
何故かまた名乗りをあげるところから始めたので、昨日と同じように散開して撃退。
ダルクとエルもちゃんと討伐に参加していておかしいところはない。
「おとなしくその馬車を俺らに――」
次の日の昼前にもまた襲撃。
もう王国兵も名乗りを待つのをやめて見かけたらさっさと攻撃を仕掛けるようになっていた。これもまたあっさり撃退。
エルがちょっとやる気を無くしていたけれど、何となくその気持ちもわかる。
「おまえら――」
さらにその日は夕刻ごろにもう一度襲撃。
さすがになんかいろいろと面倒くさくなったのか、今まで傍観に徹していたイルシュアが荷馬車の上からでっかく魔法を撃ち放って撃退。
爆風に吹き飛ばされていく盗賊を見ながら、馬車の中の祐一が「はーひふーへほー」と言っていた。
「いくらなんでも多すぎない?!」
そして、休憩に立ち寄った集落で、しびれを切らしたソフィアがとうとう叫んだ。
「襲撃対応にも限度ってもんがあるわよ!」
その言葉に反論するものはいない。叫びこそしなかったものの、誰もがそう思っていた。
一同が立ち寄ったその集落は、山の下腹部に位置している集落で、ちょうど山の出入り口の検問も兼ねている集落だ。ここを抜けてもうしばらく歩いたら森を抜けることができる。
本来はこの集落にはもう一日早く到着している予定だった。
先を急ぎたい気持ちもあるが、今はもう空が暗くなり始めている時間で、今夜はこの集落に泊まらざるを得ないだろう。
宿はあるが、人数が多く、今回は集落の一番大きい屋敷と、その周辺の家庭に泊めてもらえる交渉を済ませたあとのことである。
「1度くらいは襲撃があることは覚悟していたが、これは……」
王国兵も渋い顔をしたままそう呟いている。
もはや内通者とか、そういうことを疑っているような次元でもないような気がする。だがそうなると今度は盗賊団の目的も気になってくる。
なぜこんなに執拗にこの馬車が狙われているのか、偶然とはどうしても思えない。
エルも疲れたような顔をして、荷馬車の後ろに凭れている。
ダルクもソフィアのとなりでうんうんと大きくうなずいていた。
「もう、こっちから退治しに行っちゃったほうがはやくない?」
「お、俺様もソフィアちゃんの意見に賛成!」
少し進むたびに襲撃を受けるという流れを嫌ったソフィアがそう言ってくる。
ダルクも同意はしているが、クレイルとしては、護衛任務である以上はそういうわけにもいかない。
護衛の人間と荷馬車を連れていくわけにもいかないし、王国兵に護衛を任せて自分たちで盗賊団を退治しに行く、という形でもできないことは無いが、それでも問題がある。
「そうは言うけど、その盗賊団がどこにいるのかわからないんじゃ……」
「それはそうね」
何より、退治するとはいえ、盗賊団の本拠地がわからない。どこだかわからない盗賊団を時間をかけて探している暇はないのだ。
「そもそも盗賊団って何でこんなにしつこいのかしら」
「しつこい男はきらわれるよなぁ」
「ダルクは何かわからないの?盗賊でしょ?」
「ソフィアちゃん、冒険者のシーフと、ほんとに襲ってくる盗賊を一緒にしないでほしいんだぜ」
「盗賊だからって、お仲間ってわけじゃないのね」
目の前で結構ギリギリの質問を繰り広げているソフィアを少しハラハラしながらクレイルは見守る。ソフィアは腹芸はかなり苦手な方だ、だが、苦手だからこそ遠慮なく、自然にダルクに容赦ない質問を投げられるところもある。
「盗賊団っていった?また出たの?」
そのとき、ふいに一同の話に差し込んでくる声があった。見れば恰幅の良い中年の女性が、井戸端会議のように歩み寄りながら話しかけてくる。
たしか、今晩世話になる集落のうちの一人だったかもしれない。
「またって?」
「そうなのよ、ここ一月くらい前から急にこの辺で出るようになってねぇ」
「……一か月前くらいから?」
その言葉にダルクがいち早く反応する。一か月くらい前だと、割と最近なのかもしれない。
「そうそう、確かそのくらいよ。有名なチーズがなんだとか言いながら」
「幽冥の契り?」
「あらやだ、名前違った?」
「例の盗賊団で間違いなさそうだな」
軽いノリで話す女性に対して、珍しくダルクが真剣に話を聞いている。女性相手にもかかわらず特に口説き始める様子もない。
それよりも、盗賊団の情報のほうに興味があるようだった。
もっとも、その情報はクレイルも欲しいところではある。ひとまずその話の先を促した。
「山のほうにいた危ない連中があつまったのかね、私らも困ってるんだよ」
「集落に被害が?」
「うちは直接は被害は受けてないけどさ、やっぱりおっかないじゃないか、いつ来るかもわかんないし」
話を聞くと、どうにも『幽冥の契り』はここ一ヵ月ごろから急に活動を活発にしはじめた盗賊団らしい。それまでは治安の悪い連中はいたが、ここまで集まってはいなかったのだとか。
狙うのは主に荷馬車などの通りを行く馬車。
直接集落を襲うわけではないが、集落周辺に頻繁に現れるのだという。集落の人々もたまに集落で取れた荷物などを運ぶこともあるから、被害がゼロというわけでもない。
「よく来てた行商人も、危ないからって最近はあんまり来てくれないんだよ」
たしかに、盗賊団が出る、とわかっているのであれば行商人往来を避ける。
逆を言えば行商人の間ではもう有名な盗賊団となっているともいえる。
「そこまでわかってるなら、自警団とか領主とかに依頼すればいいんじゃないか?」
クレイルたちが話しているのに気がついたか、エルも加わってきてそう口をはさむ。
確かに、自警団に討伐依頼などは、出したのだろうか。
すると女性は肩をすくめて、少しだけ声のトーンを落とす。
「……しないんだよねぇ」
「なんで」
「だってさぁ、その盗賊団の中に、集落出身者も何人かいるんだよ」
少しの、沈黙。
「出身者がいる、って」
ややあって、エルが声を潜めて話をつづけた。女性も少し周りを伺いながら続ける。
「前からさ、ここ数年で職を無くして、ぶらぶらしてた連中はいたんだよ」
この集落はもともと、食用の家畜を育てていた者が多かったのだという。
だが、ここ数年の世界の異常により、新しい家畜が生まれることがなくなった。アルカリウムで飼育されている家畜は比較的長命で、種によっては20年から30年ほど生きるのだが、食用として適しているのは10歳未満である。
乳用や労役用に飼育されているものはまだ現役世代が残っているが、食用の家畜はほぼいない。
家畜がいなければ、職はなくなる。その流れで職を失った者がいたのだという。
当然、何人かは王都へ出向いたり、集落の中で別の仕事に切り替えたりしたが、そうできなかった者もいる。
「最近になって見なくなったから、ようやく新しい仕事はじめたのかと思ったら、行商人を襲ってたってのさ」
そういう経緯で、盗賊団に堕ちたものがいる。その事実に一同が一度黙り込む。
「でもそれは」
「悪いことさ、よくない事だって私らもわかってるよ。私らも困ってるからなんとかしたいんだよ」
だが、そうはいっても、それを看過するわけにはいかない。女性もそれは感じているのだろう、いちどそうだと肯定をしてから、それでも困ったように曖昧な表情を浮かべた。
「けど、いかんせん何人かは顔見知りだから、討伐依頼ってのもちょっと、ねぇ」
これが、盗賊団が野放しにされている理由なのだとしたら、なんとも言えない話である。
おそらく、集落の自警団は踏み切れず、だからといって領主の元まではこの話が届いていないのだ。
さすがにもう少し続いて規模が大きくなればハイトあたりまで話は行くのかもしれないが、今の段階ではまだ「いつもより仕入れが少ないな」程度でとどまっているかもしれない。
さらに、その話を聞かされたらこちらも盗賊団を討伐に行くぞ、とは言いづらいものがある。
だが、一同が黙ったのを確認してから、ソフィアが腕を組んで大きく息を吸った。
「でも、困ってるのは困ってるんでしょ。私たちも困ってるもの。盗賊団はぶっ潰したいわ」
「ぶっ潰すって」
そして続いて飛び出した発言が、あまりにも物騒でエルが若干引いている。
ソフィアはそれを意に介さずに一同を見回すと、腰に手を当てながら堂々と続ける。
「だってもういい加減襲われるの嫌でしょ。討伐したくないとはならないわ」
相手の事情がどうあれ、今自分が迷惑しているのだからやることを変えるつもりはない。クレイルにはあまりできない考え方だが、その考え方に救われているところもある。
「それとも何?あんたたちは盗賊団を潰したくない理由でもあるわけ?」
「は?」
そうして挑戦的に笑った。
もし、この二人のどちらかが盗賊団の内通者であったのならかなり挑発的な発言である。もはや疑っていますと言っているような発言ではあったが、当の二人はとくに気分を害した様子はなくソフィアに応えた。
「そんなわけ無いだろ。俺だって盗賊団には辟易してる!」
「いいねぇソフィアちゃん、俺様そういうの結構好きよ」
「じゃあ決まりね、盗賊団のねぐら、探して潰しましょう」
あっという間に二人に火がついてしまった。
冒険者というやつはどうしてこう血の気が多いのだろう。自分も冒険者だが。
クレイルはどうしようかと困ったように女性を見る。女性は驚いたように眼を瞬かせていたが、その一同のやり取りを見てどういうわけか彼女も大笑いした。
「あっはっはっは、あんたたちおもしろいねぇ、できれば殺さないでおくれよ」
「向こうが殺しに来なければ考えるわ。ところでおばさん、盗賊団、どの辺に出るかわかる?」
「詳しいことはわかんないけどねぇ、北の方から来るみたいだよ」
だめだ、この女性も全然ブレーキにならない。
盗賊団をつぶす、といっても、手がかりなんて本当にないのだ。
「待ってよみんな。そもそも僕らの依頼は馬車の護衛なんだよ。盗賊団を探している時間なんて……」
クレイルは一応待ったをかける。もうこの状況で自分一人でこのメンバーを止められる気もしなかったが、一応止めないわけには行かない。
まだ盗賊団の場所はこの集落から北ということしかわかっていない。それだけでどうにかできる気もしないし、明日には出発をしなければならないのだというのに。
そう説明したら、ソフィアは何をおかしなことを、とばかりに首を傾げた。
「今夜中にアジト見つけ出して、今夜中に奇襲すればいいんでしょ?」
ちがう、そうじゃない。そういうことじゃない。
否、そういうことなのかもしれないがそれをやろうって言っているんじゃない。
だが、クレイルが反論をする前に、ダルクがそれに追従した。
「北だってことさえわかってれば、俺様に任せておけって」
なんで急に乗り気なんだろうこの人は。否、何かの作戦なのだろうか。
これが内通者だったらさらに困る。ようはアジトに誘い込んで一網打尽にするみたいなつもりだったのだったら危ないのはこちらだ。
「まぁ、王国兵に残って貰えば今夜の護衛はなんとかなるだろうしな」
なんだかエルまで乗り気である。どうしよう、もう止められないかもしれない。
助けてイルシュア、と、クレイルは心の中で助けを呼ぶ。肝心のイルシュアは近くにいない。
「できるでしょ、こっちには夜の専門家が二人もいるんだから」
そして自信満々に言い放ったソフィアは、しれっとジャンヌも頭数に入れている。
夜の専門家、ということは吸血鬼のことだろう。
だがこの際、ジャンヌに同行をお願いしたら、最低限の安全は保証されるだろうか。
「…………とりあえず、みんなに話はつけてからにしてね」
もう、行くしかないのかもしれない。
この瞬間、クレイルの睡眠時間は、またしても無くなったことが確定したのだった。




