14.宴会は突然に
あれからまた数日経った。
クレイルは、日課になりつつあるジャンヌとの早朝訓練を終えたあと、宿に戻って汗を流す。
朝食をとるか、それとも一度休むか、ぼんやり考えていたらいつの間にかベッドに横になっていたらしい。再度目が覚めたときには、遅い朝、10時を過ぎるくらいの時間になっていた。
「おや、おそよう」
クレイルの目覚めと同時に声がかかる。見れば、イルシュアが机に向かって何か書き物をしていた。
彼は見た目が完全に羽の生えた猫であるが、魔力を使ってペンを動かし、器用に文字を書いている。手先の細かい動きが必要な作業も、彼は魔力で何でもこなしてしまうのだ。
「おはよう、手紙書いてるの?」
「うん、手紙のお返事さ」
「やり取りする相手なんか居た……?」
「失礼な、友達くらいいるさ」
「どこに?」
「じきにわかるよ」
そういうイルシュアの手元の近くには、開封済みの封筒がおいてある。誰からのものかはわからない。イルシュアはときどきこういう含みのある言い方をする。
大体何か企んでいるときだが、本人がじきにわかる、というからには、近いうちに教えてくれるだろう。
逆を言えば、そういう言い方をしたときは、今いくら聞いてもはぐらかされるだけでもある。
なのでクレイルは早々に話を変えた。
「そっか、ところでご飯は?」
「まだだよぉ、一緒に食べる?ソフィアとジャンヌもまだっぽいし」
「じゃあ、みんなでご飯にしようか」
朝食というには遅すぎるが、昼食にはまだ早い。ブランチというのもいいかもしれない。
なんだかんだ全員そろって食事するのは、ジャンヌがフォルテヴァラに加わりますと言い出された時以来な気がする。
そう、円滑な連携のためには、ちゃんとこうやってパーティ単位で食事をとることも大事だ。
「ソフィア、いる?」
「なぁに?」
部屋を出て隣に声をかけたら、少し眠そうなソフィアが顔を出した。ソフィアも訓練のあと寝てしまったのだろう。ジャンヌが朝に起きてこないのはまぁ当然として。
「ご飯にしないかなと思って」
「そうね、お腹もすいたし。ジャンヌも起こしてくわ」
「よろしく~」
クレイルの頭の上からイルシュアが声をかける。彼が人間の頭に乗るには少し大きいのだが、その辺はイルシュアのほうが上手にバランスをとっている。
軽くそういう会話をして食堂へと足を向けた。
昨日今日で、ジャンヌも少しは慣れてくれただろうか。慣れてくれたらいい。
食堂は、朝と昼の間にあたる時間だというのに、割とにぎわっていた。冒険者らしき人達が数人、窓際の席で楽し気に飲み物を飲んでいる。この時間から酒というわけではないらしい。
席を探しながらクレイルが目を向けると、いつもの奥の席に祐一が居た。
吹き抜けの下の壁際の席。冒険者たちはこの時間は光のさしこむ窓際の席を好むので、屈強な男たちに絡まれることもなく祐一はひっそりとそこにいた。
いつもそこにいるから、薄暗い席が好きなのかと聞いたら、ニホンジンは隅っこを好むのだ、と返ってきたのを思い出した。
「祐一、隣いい?」
「クレイルたちなら大歓迎」
手元の本から顔をあげた祐一が、クレイルの顔を見て少し身体を引いた。
クレイルは祐一の隣に座る。イルシュアが祐一の向かいに降り立って本を覗き込んだ。
「なにそれ、資料?」
「異世界転移者向けの、おすすめ職業一覧」
「そんなのあるんだ、すごいね」
クレイルもその本を覗き込む。その中にはクレイルもあまり見たことのない職が色々と書いてあった。わかりやすいので言うと、料理人、司書、研究助手、使用人。ギルドの受付などもあるが、大体が王国の事務仕事だ。
「……なんか、異世界転移者っていい職に就けるんだね」
クレイルは素直にそう思った。
おすすめ職業一覧の中に書かれているものの大体が、教養や身分を必要とするものだ。
普通は、おすすめされてもその職に就くことは困難だと思うのだが。
「国が支援してくれるんだってさ、レナさんが言ってた」
「国が?」
「今の転移者って、国の管理だからなんだとか」
「ああ、異世界召喚事業のやつ」
異世界召喚事業。
クレイルも詳しくは知らないが、確か世界から新しい命が生まれなくなったことで、数年前に、王国が外から命を呼び込もうとして掲げた政策かなにかだったはずだ。
もともとは、別の世界で亡くなった人間の魂を呼びこんで、新しい命として誕生させるみたいななんかそういうとんでもない話だったとかなんとか。
だが、結果としてはそれは失敗に終わった。
召喚されたのはいずれも元の世界の記憶を持つ、16歳~30歳前後の人間がほとんどで、王国が望む結果は得られなかった。ただ、望む結果ではなくても召喚は成功している。だから、その事業の時期に転移してきた異世界人がたくさんいるという。レナもそのうちの一人だろう。
今はその事業は大々的には行われていないが、祐一もそのあたりの保護対象なのだという話だ。
「祐一は、冒険者とかにはならないの?」
「アンデッド戦で腰抜かしてた俺が?」
「あー、それもそうだったね」
おすすめ職業一覧にも、冒険者の項目は存在しなかった。最初の頃にイルシュアも言っていたが、異世界人はみな魔力というものを基本的に持たないらしいから、そもそも冒険者には向いていないのかもしれない。
「異世界人は、一定水準以上の教養と知識を持ってることが多いからね、事務仕事向きなんだ」
裏付けるようにイルシュアが補足してくる。確かに祐一もこの世界に来てすぐに馴染んだこともあり、どちらかというと事務とか高官とかそういうタイプに近いのかもしれない。
「何?何の話?」
「祐一が冒険者に向かないって話」
先ほど部屋をのぞいた時よりもだいぶ目が覚めたようにしゃきっとしたソフィアが食堂まで来て話に加わってくる。
後ろには、まだ眠そうではあったがちゃんとジャンヌもついてきていた。
ソフィアはそのままクレイルの向かいに腰を下ろし、その隣にジャンヌが座る。
全員が揃ったところでメニューを、と思ったところで、イルシュアが不意に机の上で羽ばたいた。
「さて、みんなが揃ったところで話がある」
その言葉に、一同の視線がイルシュアに集まった。
それを受けて空中で器用に足を組んだイルシュアが、こほん、と一つ咳払い。
「我々フォルテヴァラは、ハイトの町で数多くの任務をこなしてきました」
「何よ突然」
「いいから聞いて」
突然の畏まった発言にソフィアが突っ込むが、さらりと流して続ける。
「ジャンヌという新メンバーも追加して、戦闘面での不安もだいぶ解消されつつあると思います。いやぁ本当助かった、ボクも君たちの戦闘って危なっかしいなと思ってたんだよね」
「思ってたなら言ってよ」
「ボクが言っても、クレイルはともかくソフィアは聞かないでしょ」
「否定しきれない」
ジャンヌは一度ソフィアを完全に打ち負かしている。
彼女は、自分より強いとわかっている相手の言うことは聞くが、イルシュアと直接殴りあったことは無い。魔法使いと竜騎士では立場も全く違うし、そもそもペットみたいな見た目のイルシュアの言うことを聞くのは、ソフィアの心象的にもちょっと受け入れ難いだろう。
「とまぁ、フォルテヴァラもだいぶ安定してきたからさ、そろそろ、拠点を移したらどうかなって思って」
と、続いたイルシュアの言葉にクレイルが息を吞む。拠点を移す。ハイトを離れて別のギルドへ移動をするということだ。
それは、クレイルも考えたことがある。ハイトは、クレイルたちの故郷から一番近い冒険者ギルドだ。冒険者をはじめたてであれば、一番近い地元で登録するのがいい、それは冒険者の定石。
そして、それには続きがある。
クレイルはそこまで上昇志向があるわけではない。どちらかというと無理なく、平凡に、分相応であることを重視するほうだ。
だが、そのクレイルとて、考えなかったわけではない。
「拠点を移すって、どこへ?」
震える声で続きを促す。
地元で名を上げた冒険者たちが、次に目指す場所、それは。
「そりゃもちろん、王都だよ」
アスタレード王国、首都、ヴェルディナだ。
■ ■ ■ ■
アスタレード王国は、アルカリウムの中心に位置する大国だ。
世界の中でも一番広い大陸、中央大陸の、さらに中心に王都ヴェルディナを持つ。
首都の他に5つの領地に分かれており、クレイルたちのいるハイト街はそのうちの北部、アッシェンバッハ領に位置している。
アッシェンバッハ領は山岳地域で、ドラゴンの谷と接しており、国の重要な戦力であるドラゴンとの契約を、領主が代々結んでいる。だからこの辺りではドラゴンを見るのが珍しくない。
その都合上、領主の暮らす土地はドラゴンの谷のすぐ近くである必要がある。山頂近くに領主の住む土地があるが、そこが栄えているわけではない。必然、人の通りも多い山の中腹にあるハイトの街が、アッシェンバッハ領の中で一番栄えている街になる。
つまり、ハイトの冒険者が次に向かうギルドと言えば、首都ヴェルディナの冒険者ギルドに他ならない。
「ヴェルディナって、本部があるとこでしょ?!ほんとに?!」
イルシュアの言葉にいち早く反応したのはソフィアだった。
興奮したように椅子から立ち上がり、イルシュアに顔を近づけて叫ぶ。
元々ソフィアは冒険者になって世界を巡ることを目標としていた、王都に行くのは願ってもないことだろう。
「うん、そろそろ良いんじゃないかなぁって思って」
「やっっった!」
ガッツポーズをして喜ぶソフィアの隣で、ジャンヌは全く同じ表情で座っていた。
クレイルの視線に気が付いてか、ちらりとクレイルを見てから、しかしすぐにイルシュアに視線を戻した。
「私は、異論ないわ」
その言葉を受けてイルシュアがクレイルを見る。返事をしていないのは、クレイルだけだ。
クレイルは静かに息を吸った。柄にもなく心臓が高鳴っている。
行きたくないわけではない、だが、やはりどこか不安もあった。
「王都に行く、って言っても、拠点とかどうするの?」
思わず、少し遠回りしてしまう。しかしイルシュアはそれを見越していたのか、一枚の封筒を取り出した。それは、先ほど机の上に置いてあったものだ。
その封蝋を見てソフィアがあ、と声をあげる。
「もう話はついてあるよ、アーサーに」
「兄様に?」
「フォルテヴァラの拠点に使ってもいい、ってことにしてもらってる」
「いつのまに……」
王都には、ソフィアの兄が住んでいる。イルシュアはすでにそこに話を付けていたのだという。根回しがはやいというかなんというか。
だが、拠点までもう決まっているのであれば、もう、クレイルが断る理由もなかった。
クレイルは一度目を閉じる。
「……うん、わかった。まだ不安はあるけど、行こう、ヴェルディナ」
そして、フォルテヴァラのリーダーとして、前を見てそう言った。
その一言にソフィアとイルシュアが盛り上がりハイタッチ。
ジャンヌは小さく息を吐き、祐一は見守りながら拍手をした。
「そうこなくっちゃ」
今後の方針が決まった後は、腹ごしらえだ。
結局まだ朝食をとっていなかったので、改めてメニューを開く。せっかく決まったのだし、少し豪華にしてしまってもいいかもしれない。
「よーし!今後の方針が決まったところで、ご飯にしよう!」
「お、良いな、めでたい時は宴会だ宴会!」
と、いつものメニューの隣に、スペシャルメニューと書かれた板が差し込まれていることに気がついてそちらを見る。
「本日正午からリリアちゃん送別会を行います……?」
そしてその内容に疑問を浮かべた。リリア、はわかるが、送別会とはどういうことだろう。
「お、気づきましたか?」
と、ちょうどよいタイミングでリリアが自分たちの卓に顔を出す。
ちょうどよい、というよりは、もしかしたら彼女が見計らっていたのかもしれない。クレイルたちの話が終わるのを。
「実は私、王都に引っ越すことにしたの」
「リリアも?!」
「話を聞いてた感じ、クレイルたちもなんだよね?」
言いながら全員の前に水を置いていく。いつもはただの真水だが、今回は果実で風味をつけてある水だった。
「私はいいって言ったんだけどね、宿のおかみさんとか、お客さんとかが、送別会しようって」
「そっか……寂しくなるね」
「って言ってもクレイルたちも王都に行くんじゃ一緒じゃん」
「たしかに」
リリアはこの宿の看板娘としてすっかりなじみになっている。その彼女がいなくなるとなったら、それは常連もお店の人も寂しいだろう。
送別会をしようと言い出す人間がいる。それだけ、彼女が慕われていたということだ。
リリアは一同を見回して、説明を続けた。
「ちょうどお兄ちゃん……というよりはクレイルたちが獲ってきてくれたベア肉があるでしょ?だから、それで午後から宴会をします」
道理でこの時間にもかかわらず食堂に人が多いと思ったのだ。ようは、そろそろ始まる宴会のために席取りをしていた者もいるのだろう。
「参加は自由、メインにベア肉と、その他宿の宴会料理、飲み放題付き。参加費はひとり3銀」
「いいわね、そしたら私たちも、今からつまみで慣らして参加しちゃいましょうよ」
「この時間の飲み物とおつまみは別料金だよ」
「わかってるわよ」
ベア肉が出て飲み放題で3銀は破格だ。多分、送別会だから利益度外視みたいなところがあるのだろう。
看板娘の送別会で参加者が少なかったら大変だ。とはいえ、リリアなのだからそんな心配は要らないとも思う。今だってどんどんと食堂に人が集まってきている。
ここで、この場にいて、送別会に参加しないのであれば早々に退席したほうがいい。
クレイルはイルシュアを見る。彼はそれに大きくうなずいた。
「じゃあ参加だ。ついでに時間まで全員に適当な飲み物1杯と山盛りポテトとタマゴトーストちょうだい」
「まいどあり~」
「おつりはいらないからね」
イルシュアはそういって金貨を2枚リリアに放り投げた。
別の料理を付けても少し多い金額だが、せっかくの送別会だ、少しくらい色を付けてもいいだろう。
イルシュアの放り投げたそれを見て、祐一が少し考えてから口を開いた。
「え、まってそれ俺の分も入ってる?」
「あとでギルドに請求しとくよ、祐一、今自分で使えるお金ないでしょ?」
「おっしゃるとおりで……」
「おごってあげてもいいけどね」
この短時間で、あの金額に自分の分も含まれている、と計算できるのだから、祐一はやはり物覚えがいいとクレイルは思う。
祐一はこの世界に来てすぐ本を読み、計算をして、金の勘定を理解したのだから。
祐一が、というよりは、異世界人がなのかもしれないが。
「トーストとポテトすぐ持ってくるね、時間までちょっと待ってて~」
リリアはそういってあわただしく厨房に引っ込んでいく。
その途中何人かの客に声をかけながら手を振っている。なんとなく、感慨深い気持ちになってクレイルはそれを見送った。
■ ■ ■ ■
そのあと始まった、リリアの送別会はそれはもう賑やかなものだった。
何せ久しぶりの肉である。余すことなく使われたベア肉が次々と運ばれてくるのは圧巻だった。
ベア肉のほかにもウルフの肉も混ざっていて、宿の外で通りの人に販売しているのもあるようだ。
それにつられて中に足を運ぶもの、リリアとの別れを惜しんで贈り物を持ち込むものも多く、笑いあり涙あり叫び声ありの大宴会となった。
昼間から酒を飲むものもいる。
クレイルはまだ酒は飲めないが、祐一はせっかくだから、とエールを飲んでいつの間にか知らない冒険者と肩を組んで踊っていた。
ソフィアも負けじと、屈強な男相手に腕相撲で肉を勝ち取っていたし、イルシュアは女性冒険者に混じってちゃっかりケーキをもらっていた。
ジャンヌは、とみると、隅のほうで静かにドリンクを飲んでいた。何飲んでるの?と聞いたら赤ワインで、そういえば見た目に反してとっくに成人済みだったことを思い出す。
何歳になるのかは怖くて聞けなかった。
リリアの送別会ではあるのだが、なんだか自分たちの王都行きを祝われている気分にもなってくる。
いつのまにか、レナもギルドの受付から出てきて食堂に足を運んでいた。彼女はこのギルドに残るわけだから、王都に行ったら、毎日のように見ていた彼女の顔もしばらくは見ないことになる。
そう思ったら、この街を出るのだ、ということがじわじわと実感を帯びてきた。
「クレイル、楽しんでる?」
そのとき、中心の輪を抜けてきたソフィアが隣に座った。彼女は先ほど勝ち取った肉をより分けている。あとでミーニィにあげるのだ、と別に確保してきたらしい。なんだかんだ、ソフィアはミーニィの面倒見がいい。
それから、こういう時に自然にクレイルの様子を見に来てくれるのも、ソフィアだった。
「うん、楽しいよ」
「その割には隅っこにいるじゃない、ジャンヌもだけど」
「あはは、ジャンヌは一人でいる方が好きそう」
「そうなんでしょうね、……クレイルは?」
クレイルは言われて食堂を見回す。クレイルは、ジャンヌとは違って一人が好きというわけではない。どちらかというと、こういう賑やかなのが好きな方だ。
ただ、賑やかなものの中の中心にいたいわけではない。
「僕は、こういうの見守ってるのが好きなんだよね」
ただ、こういう空気を見るのが好きなのだ。みんなが楽しんで、賑やかにして、騒いではしゃいで、笑っているのが。
ソフィアはクレイルの視線を追う。それからつぶやいた。
「年寄りくさいわよね。誰に似たのかしら、イルシュア?」
「それ、イルシュアが聞いたら怒るよ、誰が年寄りだって」
何も変わらない態度で、身もふたもない言い方をしたソフィアにクレイルは思わず笑う。
王都に行っても、自分たちはきっとこういう感じなのだろう。
そう思ったら、王都行きもどんどん楽しみになるというものだ。
その日の宴会は、そうして、夜まで続いたのだった。




