13.異文化コミュニケーション
どぅん、と大きな音を立てて、ワイルドベアの体が地面に仰向けに倒れ込む。
それが再び起き上がってこないことを確認して、周囲を再度警戒。聞こえてきたのは、木々がかすかな風に揺れる音と、灯りをつける魔導具の稼働音。それから、自分の息遣い。
「あ、……ぶなかったぁ~」
クレイルは大きく息を吐いて、その場に腰を下ろす。ほぼ腰を抜かした勢いで座り込むと、肩で大きく息をした。
ぱちぱちぱち、と、背後から音が聞こえて、そちらを向くとルセルが水車小屋の前で立っていた。安全を確認して出てきたのだろう。
「いや~よかった。俺だけだったら今頃死んでたところだよ」
「そんなしれっと」
そんな物騒なことをのんびりといいながら水車小屋の周りを見回す。そしてクレイルの元までいくとその手を差し伸べてきた。
「けがは?ない?俺の護衛で怪我させたらお詫びしなきゃな」
「いいんだよ、それが冒険者の仕事なんだから」
どちらかというとルセルに怪我が無いかのほうが心配だ。ルセルはこの通り割と無頓着だが、リリアが心配性で、ルセルが怪我することをかなり気にする。というよりはこの兄妹は、自分よりも相手の方を気にする傾向にあるかもしれない。
何はともあれ無事に退治はできた。イルシュアとジャンヌは早々に戦闘の後始末を始めていた。
魔物化した生物から核となる魔石を取り出すのが必要な作業だ。
魔力を吸収しすぎて魔物に変異した動物は、その体のどこかに核といわれる魔石を持っている。動物でいうところの心臓のようなもので、これを残しておくと後々別の魔物に変異する可能性があるため、必ず抜いておく必要があった。
「ねね、これ、持って帰れないかしら」
「あぁ、いいね、俺も賛成。リリアが喜びそう」
ワイルドベアの額から核をはがしつつ、ソフィアが言った言葉にルセルも同意をする。
これ、とは、魔物の死体そのもののことである。
魔物とはいえ、もとをただせば野生動物と同じ身体構造をしている。つまり、食用として使うことも可能なのだ。適切な処理さえ行えば。
家畜や狩猟用の野生生物が激減している今、魔物は、貴重な肉の供給源でもあった。
フォレストウルフのうち、死体の状態がよいもの数匹を小麦の荷台に乗せる。のこりは浄葬してもよいのだが、今回は核だけ抜いて森の中に捨てておいた。そのうち他の魔物が食べるだろう。
ワイルドベアは大きいので、クレイルとソフィアの二人がかりで持ち上げてミーニィの後ろに括り付ける。
「大丈夫?重くない?」
「きゅあ!」
ソフィアの声掛けに元気よくミーニィが吠える。こういうとき、ミーニィがいてくれるとありがたい。
そうして、小麦粉と魔物の死体を無事に手に入れた一行は、ハイトの街へと戻っていった。
帰りに襲われたらどうしようか、と思ったが、さすがにそんなことはないらしい。
街の明かりが見えたあたりでルセルがふっと息をつく。
「帰りは運が良かったね」
「いや、全体を見たら魔物は出てるんだよ」
「たしかに、でもほら、結果的に肉も手に入ったよ、すごくない?」
「運がいいのやら悪いのやら」
呑気に笑顔を浮かべるルセルに、クレイルもつられて苦笑した。
まぁ結果的にみれば確かにプラスの方が多い、の、かもしれない。
「それにしても、物騒になったよなぁ」
ルセルはぼんやりと、荷台に乗せた魔物の死体を見ながら呟いた。
出生停止に伴って、様々な職が方向転換を余儀なくさせられていると聞く。冒険者が昨今増えているのもそれが原因だろうとクレイルは思う。
クレイルはソフィアにつられて冒険者になったが、それ以外の職にこだわりがあったわけでもなかった。イルシュアも反対しなかったからそのまま冒険者になっただけで。
「うん、国もいろいろ頑張ってくれてるみたいなんだけどね」
「国がわからなかったら俺たちにはどうしようもないもんなぁ」
「だよねぇ」
国も色々国策を掲げていると聞く。原因の追究もそうだが、代替品の考案や税の調整などの話は聞くが、あまり劇的な効果は見込まれていないのだとか。
「人間の王なんて大体無能でしょ」
荷台を挟んで隣を歩くジャンヌがそんな辛辣な言葉を投げてくる。
「そこまで言わなくても……」
「事実は事実よ。まぁ、私には関係ないから構わないけれど」
それだけ言って再び興味を無くしたように前を向くジャンヌを思わず目で追ってしまう。
そういえば、出発時よりも幾分か話しやすくなっただろうか、だったら嬉しいのだが。
「……何」
見られていたことに気がついたジャンヌがクレイルに一言。クレイルは慌てたものの、視線はそらさなかった。
「あ、いや、そういえば、ジャンヌさんがいてくれて助かったな、と」
「そう」
「だからええと、ありがとう」
そう伝えたら、ジャンヌは軽くため息をついて、しかし何も言わなかった。
だが、これは、無視された、というわけではないだろう。
その後は、特に会話もなく、ギルドに戻り手続きをして、ついでに肉も換金してもらう。
そうして一日を振り返る。まぁまぁ悪くはなかった、のではないだろうか。
魔物は出たがもともとそれ込みの依頼だし、ジャンヌと、仲良くとまではいかないが会話はできた。あれが、会話といっていいのかどうかはわからないが、少なくとも無視されているわけではないというのもわかったし。
「今夜はいい夢が見れるかも」
ようやくベッドに身を沈めながら、クレイルは一言つぶやく。
こうして、長かった一日が、終わりを告げた。
明日は少しのんびりできるかもしれない、そんな、少しばかり気楽なことを考えながらクレイルは目を閉じた。
■ ■ ■ ■
「起きなさい」
だが、そんな期待は突如上から降ってきた声に裏切られた。
何故か、クレイルの部屋に入ってきているジャンヌがベッドの横に立ち、腕を組んでこちらを見下ろしている。
「へ?」
何が起きているのかわからなくて変な声しか上げられない。
慌てて起き上がって周りを見ると、まだ辺りは薄暗い。
完全な夜というわけではないが、朝にもなっていないような時間だろう。足元ではイルシュアが丸くなって我関せずとばかりに寝息を立てている。
「え、いや、鍵は?」
「影の中を通ってくれば関係ないわ」
そういえばそうでした、ではあるのだがプライバシーも何もないことを言われた。
ただ、それよりも今は何の目的でジャンヌがクレイルを起こしに来たかの方が問題か。
「ソフィアはもう外で待っているわ、来なさい」
「え、ちょっとまって、何のこと」
「……訓練よ」
「訓練?!」
クレイルにはどういうことだか全然話が見えなかった。見えないが、ジャンヌはそれ以上何か言うことはなく、さっさと闇に溶けるように部屋を出て行ってしまった。
なんだかわからないが、このまま二度寝するというわけにはいかないだろう。そのまま寝過ごしてジャンヌの機嫌を損ねるわけにはいかなかった。
クレイルはベッドから飛び起きて着替える。
イルシュアをベッドから落とさないように気を付けて、良く寝ているのを確認して部屋の鍵をかけなおして宿の外に向かう。
やはりまだ時間は早朝、というよりは深夜に近い。
しんとした宿の階段を静かに駆け下りて、外に出た。宿の入口で待っていたジャンヌとソフィアを見る。
「え、ええと……?」
「行くわよ、ついてきて」
「は、はい」
何の説明もないまま歩き出すジャンヌの後ろをついていく。
ちら、とソフィアをみたら大きくあくびをしていたが、特に不機嫌な様子はなかった。
「ど、どういうこと?」
「なんかね、手合わせしたいとかそういうことらしいわよ」
「手合わせ…?」
クレイルはその発言に少し首を傾げる。ジャンヌは先ほど自分には特訓と言っていた。
おそらく、模擬戦とか、そういうことなのだろうか。手合わせと訓練だと微妙に意味が異なるが、ソフィアがそう解釈しているだけか、あるいは、ジャンヌが敢えてそう発言をしたか。
ソフィアに訓練と言ったら反感を買うから、手合わせという言い回しにした、と思えば理解はできる。
それは同時に、ジャンヌが、自分たちにどういう言葉をかければそれぞれが動くかを理解しているということになる。
もしかして、意外にも彼女はこちらのほうを理解しようとしているのだろうか。
そう話している間にもジャンヌは迷わず街を横切り、北の出口から出て東に向かう。
街の東には冒険者が探索している遺跡や洞窟などがある。こちらは北のグライフェンと違い、まだ活発に探索が行われているエリアだ。
その手前には、空き地のような平原が広がっている、冒険者の手合わせをするにはちょうどいい広さの場所だ。
そこまで来てジャンヌは二人を振り返った。
「あなたたち」
「は、はい」
「何?」
その威圧感におもわず背筋を伸ばしてしまうクレイルに対して、ソフィアは特に気にした風もなく返す。ジャンヌは少し言葉を探すように目を泳がせてから、続けた。
「あなたたち、正直言って戦闘が危なすぎるわ」
「はあ?!」
言葉を探しているようで結局何も選ばれていない発言に、先に反応したのは、案の定ソフィアのほうだ。
「良いから黙って聞きなさい。まずソフィア、あなたは前に走りすぎ」
「悪いの?」
「あなたがソロなら文句は言わない。けれど、パーティである以上は、看過できない」
「今まではうまくいってたわよ」
「うまくいってたんじゃない、周りが合わせてくれていただけ」
それだけ言ってから軽くため息を吐く。ソフィアは何か言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。
「私も、あなたたちのパーティに加わる、といった以上やることはやる。イルシュア様は好きにさせているようだけど、私はそういうつもりはない」
戦闘において、イルシュアは基本放任主義だ。危ないところに手を出す、という感じで、クレイルもソフィアも特別こうしろと指示されたことは無い。
だが、その動きが、ジャンヌはどうにも気になるようだった。
「なので、私があなたたちの連携を叩きなおすことにした」
「……随分と偉そうじゃない」
「そうね、私の方があなたたちより強いもの」
ソフィアの反論も、何か文句ある?と言わんばかりに言い切られてしまう。
えらいか否かではなく、強いか弱いかで立場を示してくる。彼女の実力はソフィアもクレイルも身に染みて理解していた。その彼女が自分たちの戦闘に問題があるというのであれば、それは聞いておいた方がいいだろう。
二人が黙ったことを確認して、ジャンヌが続ける。
「ソフィアは、判断が速いのは良いことだと思うわ。ただ、周りの状況を見ないまま突っ込むのはやめなさい」
「それは……」
「自覚はあるでしょう、それからクレイル」
「は、はいっ」
端的にソフィアにそう言ったジャンヌが今度はクレイルに視線を移す。言われたクレイルは、思わず上ずった声をあげてしまった。
「あなたは、判断が遅すぎる」
「ふぃ……」
「仮にもリーダーでしょ、あなたが迷ってるから、先にソフィアが動くのよ」
「すみません……」
それから、クレイルに対するダメ出しが続く。ソフィアが速すぎるならクレイルは遅すぎる。クレイルは状況判断をするために一度止まってしまう方だ。そのせいでクレイルが声をかける前にソフィアが動いてしまう、それは往々にしてあった。
「判断が悪い、とは、思わないわ。結果的にとっている行動は悪くないと思う」
だから、その辺をちゃんと整理しましょう。ジャンヌはそう言って次の提案をした。
「ソフィアは突破力、クレイルに戦況を見る力があるのだから、ちゃんと役割をしっかりすべきよ」
「どうするのよ」
「ソフィアはいきなり手を出さない。特にデカいのには、クレイルに合わせなさい」
「簡単に言うわね」
「簡単だもの、阿呆じゃなければ」
ちっ。そう盛大に舌打ちが聞こえてクレイルが驚いてそちらを見る。
ソフィアが苛立ちを全く隠さずに振舞っていたが、それに対してジャンヌも特に気にした様子はなくそれを見ている。相手の様子を伺うことをしないという点では、この二人は似ているのかもしれない。
「それから、クレイルは判断力が無いのなら、せめて戦線をちゃんと維持する動きをできるようにしなさい」
「戦線を維持……全体を見るってこと?」
「全体を見るために足を止めるな、ということ」
言われてはたと気づく。
確かに、自分が考えている間にソフィアが先に行ってしまっていたが、動きながら考えるということはしていなかったかもしれない。
ソフィアを止めることはできなくても、ともに走ることはできるだろう、と、ジャンヌは言っている。
「あなた、魔法が使えたわよね」
「あ、うん」
「得意属性は?」
「えっと、光です」
「なら、光の障壁魔法を覚えなさい」
障壁魔法。
光、闇、無属性の3属性が得意としている種類の魔法だ。基本の障壁は無属性だが、それを補強するのに闇や光を乗せることで強化できるというものだ。
左腕に障壁を展開させることで簡易的な盾を作る。それを使って敵の攻撃を受け止める。
戦闘において、大体は一番近くにいる獲物を狙うものである。なら、防御力を持ったものが最初にそこにいて戦線を維持するのが本来は大事なのだ。前衛が走るのであれば、それに合わせて走ってまずは攻撃を受ける。受けながら戦線を維持する。
その役割を、クレイルにしろと、ジャンヌは言っていた。
「チーム戦の定石でしょう」
さらっとそう言われてしまってはクレイルも頷くしかない。
自分たちがその動きが出来ていないのは確かだった。それでもなんとかなっていたから何とかしてしまってはいたのだが。
「……ジャンヌさんって、パーティ戦に慣れてるんですね」
「そうよね、単独行動好きそうなのに」
「あなたたちが知らないほうが問題よ」
ジャンヌにパーティの戦闘のいろはを語られたのが意外過ぎて思わずふたりでそうこぼしてしまうが、その言葉に、彼女はあまり気にした様子がない。
それからジャンヌは己の右手を空中に伸ばした。ずる、と、地面の闇が伸び、彼女の手に大型の鎌が握られる。人の丈ほどもあるようなそれは、漆黒の色をしたまま、ジャンヌの手に収まった。
「模擬戦をするわ。ソフィアはクレイルの動きに気を付けること、クレイルは障壁魔法を覚えて早いところ形にすること」
「そんないきなり?!」
「望むところよ!」
クレイルは戸惑うが、ソフィアはその動きに素早く自分も槍を構える。
こういう動きは彼女のほうが得意なのだ。ソフィアは体を動かすことに関しては反応が早い。
真っ先に動き始めるソフィアに対してクレイルの走り出しが遅れる。
クレイルが気がついたときはもうソフィアとジャンヌが打ち合っていた。
「何も変わってない!」
ジャンヌの声に慌ててクレイルが走り出す。ソフィアもそれを受けて一度ジャンヌから距離をとってクレイルを見た。
「急には無理よ、体が動いちゃうもの」
「……まぁ、そのための模擬戦よね」
一拍置いて、互いの状況を確認する。そうして、もう一度ジャンヌが動いた。
・・・・・・・・・
その後、模擬戦を何戦か行い、空にうっすら光がさしてきたころに、ジャンヌは武器を手放した。
地面にソフィアが転がり、クレイルも膝に手をついて肩で息をしている。
何度かやるうちに形にはなってきた、と思う。
クレイルは最初に魔法障壁を展開し、ソフィアと一緒に走り出せるようにはなった。ソフィアも相手の急所を最初に狙うクセを少し修正して、確実に格下ではない相手には牽制をできるように攻撃手段を改める。
障壁の強度はいまいちなのだが、この辺は魔法の方の訓練になるだろう。
「今日はここまでね」
涼しい顔をして二人の前に立っているジャンヌが、明るくなり始めた空に目を細めてそう言った。
そして二人を見下ろしながら一言。
「これから毎朝、私があなたたちに稽古をつけるわ」
「毎朝?!」
その発言に思わず声をあげてしまったが、彼女の言うことは正しい。訓練や特訓は、一日で成果になるものではないのだ。
「黎明、光が出る時間には終わりにする」
「4時起き……」
「そうよ、……あぁ、たまに休日はつくりましょう」
さらにはジャンヌの活動時間に合わせる必要があるので、時間が相当早い。
とはいえ、ソフィアはその言葉に逆にやる気が出たらしく、言われてみれば最近体を動かしてなかったしね、などと上機嫌になっている。
竜騎士の訓練時間だってそんなに早くはなかったと思うのだが、ソフィアは問題ないのだろうか。
「でもまぁ、やらないわけにもいかない、か」
課題があるのは確かなのだ。それにこうやって、ジャンヌと少なからずコミュニケーションをとる機会があるというのはいいことだ。
何を話したらいいかわからなかった昨日までに比べれば大きな進歩だし。そうおもって小さく拳を握るクレイルに、ジャンヌがつづけた。
「あ、それからクレイル」
「は、はい」
「ジャンヌでいいわ」
「え」
一瞬、何を言われたかわからなくて動きが止まる。
ジャンヌでいい、とは。とその言葉を反芻して、それが、呼び方のことを示しているのだと遅れて理解した。敬称をつけずに呼んでもよいということだ。
「ジャンヌ……」
「ええ」
クレイルからはまだ遠慮があったものの、ジャンヌからそう歩み寄られた。感慨深げにそちらを見れば、ジャンヌは細く目を細めて頷いた。
呼称は、相手との距離感を示すのに大事な要因だ。もしかしたら彼女との距離が縮まったのかもしれない。
「さん、をつける一拍分、時間が惜しいもの」
続いた言葉に、全然そんなことは無かったと考え直したのは言うまでもない。
ジャンヌと無事に仲良くなりました




