11.宿屋の娘からの依頼
1章スタートです。新キャラもちらほら出てきます。
グライフェンの遺跡の、転移者捜索依頼。あれから、もう2週間近くたっていた。
その間は特に変わった依頼はなく、フォルテヴァラはいつも通り、ギルドの依頼をこなしながら過ごしている。
街の外に魔物が出た、と言われれば、他のパーティとも連携してちょっとした討伐に行った。
飼っている年寄り猫が迷子になった、という内容なんかは、イルシュアが割と得意だ。
山のほうにある崖に生えている薬草採取依頼があれば、ミーニィに乗ったソフィアが向かう。
そのあたりの依頼はもう慣れたものだ。そういった日常の繰り返し。
クレイルはその日、畑を荒らす魔獣の討伐を終えて、ギルドに戻ってきていた。
依頼を終えた後、ソフィアはミーニィの世話をするというので、竜舎のほうに向かっている。イルシュアは荷物の補充をしに買い物へ。ジャンヌに関しては、今回の討伐には参加しなかった。
別に彼女がいなくてもこなせる依頼ではあるので問題はない。依頼達成に問題はないのだが。
問題なのは、クレイルが、ジャンヌとの交流を全然できていないことだった。
「はぁ……」
クレイルはギルドの受付から、隣接の食堂へ足を運ぶ。昼時のピークを終えた食堂は客もまばらで、厨房のほうから食器を洗う物音や、休憩入りまーす、という声が聞こえてくる。
クレイルは食堂の隅、窓から一番遠い席に、見知った顔を見つけて足を向ける。
「祐一、今日も勉強?」
「勉強ってほどじゃないけど、クレイルは、依頼あがりか?」
ハイトのギルドの食堂は広い。窓際は明るいが、一番遠いこの席は吹き抜けの下になっており、昼間でも明かりがないとやや暗い。
そんな場所でひっそりと本を開いていた友人、祐一に声をかけてクレイルはその向かいに腰を下ろす。祐一は今はギルドの庇護下で、この世界の知識を色々と詰め込んでいる途中らしい。よく食堂の端で本を開いていた。
「はぁ……」
「なに、どした?」
席について早々、ため息をついてしまう。それに、何でもないと返して、注文をひとつ。冷たい紅茶を頼んだ。スライスされたレモンがコップの端に添えられている。ストローでそれをコップの中に落とし、浮いたり沈んだりしているレモンをつつく。
「はぁあ………」
「ため息、二回目」
そして、もういっかい大きく息をついたことで、祐一が再度指摘してくる。そこでようやくクレイルは顔をあげた。そんな頻繁にため息を吐いている自覚がなかった。
「そんなについてた?」
「うん、ついてる。なんかあったん?」
祐一は目を落としていた本を閉じて、手元に置いてあった飲み物に口を付けた。
彼が飲んでいるのは珈琲のようだ。彼の世界とこの世界で、食については共通点が多いらしく、彼はそれを好んで飲んでいる。
余りにも苦いから、クレイルは苦手なのだが。
「何かあったというか、何もないというか……」
「あぁ、またジャンヌに冷たくされたんだ」
「冷たくされてるならまだましだよぉ……」
ジャンヌは、あれから意外とフォルテヴァラの面々とはうまくやっていた。クレイルを除いて。
ソフィアとジャンヌは気が合わないかと思ったのだが、意外と憎まれ口を叩きあいながらもなんとかなっている。主に叩いているのはソフィアの方なのだが、大きな喧嘩に発展したことはない。
イルシュアは言わずもがな、ミーニィも、ジャンヌが嫌いなのは人間だけで、ドラゴンは別に嫌いじゃないらしい。
「でも、喧嘩にしてるわけじゃないんだろ?」
「うん、そうだけど……」
もっとも、クレイルとジャンヌも別に喧嘩はしていない。喧嘩になってはいない。なぜなら。
「どちらかというと無視されている気がする……」
「うわ、フキハラだ」
とにかく、そもそも喧嘩以前の問題なのだ、朝の挨拶をしても顔を背けられる。何か質問をしても特に返ってこない。イルシュアが同じことを聞いたときにはちゃんと返事をしていたから、答えを持ち合わせていないわけではないようだし。
「フキハラって何?」
「不機嫌になることで相手を威圧して、言うこと聞かせようみたいな態度、みたいな?」
「そういうのではないとは思うんだけどなぁ……」
別に威圧はされていない。
だが、現状何もできることが無く、クレイルはため息が止まらないという形だ。
「やぁやぁクレイル、元気なくない?」
そんな、食堂でひんひんと唸っている、情けない男どもの目の前に、不意に皿がひとつ運ばれてきた。中には揚げたポテトが山盛りに盛られている。
「お姉さんが、話を聞いてあげちゃおうかな」
そうやって皿を置きながら覗き込んできたのは、この宿の看板娘の少女、リリアだった。
紺色の髪を肩の上で切りそろえたボブヘアに、オシャレ目的でヘアスカーフを付けている。長袖のブラウスに髪色に似たエプロンスカート。ハイトの宿の看板娘といえばだれもが彼女を思い浮かべるだろう。見た目はクレイルと同じくらいだが、確か年上で、ここにはもう3~4年いると聞いた。
彼女はそのまま、クレイルの隣の椅子を引いて腰を下ろした。クレイルもすっかり宿の常連なので、リリアから見れば馴染みの客である。
「リリア、仕事は?」
「休憩中。この時間って結構暇なんだよね」
そう言いながら彼女が頬杖をつくと、胸元から下げられたペンダントが揺れる。そして持ってきたポテトをつまんだ。わたしの奢りだから食べていいよ。と言われて、おとなしく手を伸ばした。こういうとき、遠慮をする方がリリアは嫌がる。
祐一もこの一週間で彼女とは何度か顔を合わせていた。彼もいただきます、とポテトを頬張った。
「それで?クレイルはどうしてそんな辛気臭い顔してるの?」
そしてリリアが顔を近づけながらそう言ってくる。
「そんなに辛気臭い……?」
「辛気臭い辛気臭い。この席の一角にキノコが生えちゃうくらい」
「そこまでじゃないと思うけど……」
「ほらその顔、今日の夕食メニューはクレイルからとれたキノコのフライにしちゃうぞ」
言いながらリリアがクレイルの頭を撫でて、キノコをむしるような動作をする。反応にいまいち困る冗談を挟むリリアにクレイルは曖昧に笑う。
とはいえ、本当に大したことではないのだ、大したことではないから口に出してしまう。
「ちょっとジャンヌと上手くいってなくて……」
「ああ、あの男嫌いの吸血鬼ちゃん」
彼女は耳が早い。というよりは宿の娘として様々な人の話を聞いている。ジャンヌ、というだけでそれがもう誰なのかわかったらしく、リリアがうんうんと頷く。
だが、その言葉に口をはさんだのは祐一だった。
「おとこぎらい?」
人間嫌いの間違いではないだろうか、そう思って口を開いたら、リリアが軽く二人にウインクして見せた。
「あの子ね、人間の中でも、男が特に嫌いみたいだよ。だから私とは結構話してくれる」
「そうなの?」
「ソフィアにも別につらく当たらないでしょ、なんかね、乱暴な男が嫌なんだって。あとは、偉そうな男も嫌い。優柔不断な男とか、煮え切らない男も嫌いみたい」
「結構細けぇな」
指折り数えながらそういうリリアに、祐一が口を挟む。細かいのはそうなのだが、その細かいだけの情報をいつのまにかリリアがジャンヌから聞いていたことの方が、クレイルには驚きだった。
全然話をしてもらえないクレイルとは大違いだ。
「僕はその、嫌いな男に入ってるってこと…?」
リリアのあげた嫌いな男情報から、自分に当てはまりそうなものを探す。優柔不断、煮え切らないあたりは該当しそうだ。もしかしたら偉そうとかも思われているかもしれない。
しかし、リリアは指を立てて口に当てると、思い出すかのように答えた。
「うーん、っていうよりは、たぶんクレイルがジャンヌのこと意識しすぎなんじゃないかなって思うよ」
「意識しすぎ?」
まあ確かに、パーティとして、円満な関係を築くためにはコミュニケーションが大事。なら、意識をする、のは、いいのではないだろうか。
「クレイルって、ジャンヌと仲良くしたくて話しかけてるでしょ、そういうのが嫌みたい。ナンパみたいで」
「ナンっ…?!」
思わず声を上げかける。そんなわけがない、そんなつもりはない。全くない。隣で祐一が肩を震わせていた。完全に、人ごとだと思っている。
だが、それならどう話しかけろというのか。
そんな二人の反応を一通り見てから、リリアはさらに続けた。
「例えば、猫と犬ってどっちが好き?って私がユウイチに聞くとするじゃん」
「なんでいきなり?」
「ってなるよね。じゃあ、私がポテト出しながら、かけるならケチャップと塩どっちがいい?って聞いたら?」
「マヨネーズがいいかな」
「第三の選択肢を出さないの」
そんなテンポのいいやり取りをしてから、リリアがクレイルを見た。
「そんな感じ」
「……どんな感じ?」
祐一はそのやり取りにツッコミを入れた。
クレイル先ほどの会話をもう一度思い出す。
リリアが言いたいのは、つまり、話しかけるために話しかけているのがいけない、ということだろうか。クレイルは、いきなり犬か猫かと言われても、何の疑問も持たずに猫とこたえる。だが、ジャンヌはそうではないらしい。
そもそも男が嫌いだから、目的がわからない質問が嫌なのだと。
だから、仲よくしようとして話しかけてはダメなのだ。と。
「……難しいな」
言われていることはなんとなくわかった。だが、だからと言ってじゃあどうしたらいいのだ。
そこでリリアが椅子の背もたれに深く腰掛けながら、ふふん、と笑った。
「そこで、パーティで共通の任務とかがあったら、うまくいくと思わない?」
「共通任務?」
「そう、次の任務に、ジャンヌをちゃんとつれていくんだよ。それでちゃんと仕事の話をする。そういう話はしてくれるんでしょ?」
「多分」
そこまで言ったら、リリアが楽しそうに手を叩く
「そんな悩めるクレイルに、いいところを見せるチャンスがあるんですけど」
その笑顔は、どこか、あのギルドの受付嬢、レナに通じるものがあった。
■ ■ ■ ■
「荷運びの護衛?」
リリアが出してきたそのチャンスとやらは、クレイルに対する仕事の依頼だった。
「そう、最近お兄ちゃんが、街はずれの倉庫から麦を運ぶ、麦引きの仕事してるんだけど」
街はずれの倉庫。そこは、ハイト街の食糧庫だ。街で取れる芋や豆のほか、野菜や、小麦が大量に保管されている。このあたりで麦はあまり取れないので、中央から麦は仕入れている。
倉庫に保管されている麦を、山の下腹の水車小屋まで運び、そこで粉に挽いてもらう。それをまたハイト街にもって帰る。その往復をするのが麦引き。
挽いた粉はパンなどに加工できるので、生活上大事な仕事だ。
「ルセルさんが?」
「うん、その道中にね、最近、魔獣が出るようになったんだって」
「物騒な話だな……」
魔獣と聞いて祐一が肩を震わせた。彼はまだ魔物とか魔獣というやつにどうしても慣れていない。街からは絶対一人で出ようとしないし。グライフェンでのやり取りが結構トラウマになっているようだった、少し申し訳なく感じる。
「普段だったらお兄ちゃんひとりでもいけるんだけどさ、最近危なくて。でも製粉しないと、宿でパンも出せなくなっちゃうし」
宿にとっても死活問題だが、冒険者にとってもそれは非常に困る話だ。主食であるのはもちろんだが、パンは携帯食にもなる。かつて携帯食代表だったらしい干し肉が、現在は高級品である以上、さらにパンまでなくなったら食べるものが本当に限られてしまう。
「だから、護衛か」
「うん、おねがい。ね、依頼はギルド通しておくからさ」
おねがい、とリリアは顔の前で手を合わせてクレイルを見る。こちらとしても、断る理由はなかった。
「わかった、やるよ、その依頼」
クレイルは頷いた。みんなの食糧のために。それから、ジャンヌとどうにか仲良くなるために。




