幕間:イルシュアの猫探し
1章スタートの前にほんわかマスコット回です
フォルテヴァラの自称マスコット、イルシュアの朝は早い。早いって言うかただ単に睡眠時間が短いだけなのだが。
宿の部屋割りとしてはクレイルと同室だが、かわいい猫ちゃんサイズであるイルシュアにとっては寝る場所なんかどこだっていい。
大体クレイルの寝るベッドの隅っこに丸くなって寝る。クレイルは寝相がいいので、幸い蹴っ飛ばされて落ちたりしたことは無い。
一度、ソフィアのところで寝たときは寝返りした時に布団がめくれて潰されたからそれ以来ソフィアの近くでは寝ていない。
「くぁ……」
とにかく、そんなこんなで目が覚めたイルシュアは大きく伸びをする。クレイルがまだ規則正しい寝息を立てているのを確認して、窓からぴょいと顔を出した。
季節は風の季節。過ごしやすい季節だ。まだ朝早いこの時間の空は、光の属性が強くなく、空は白く焼けている。
「天気は快晴、風もなし」
そう確認して窓から飛び出す。ギルド併設の宿は、客室が2階、食堂が1階にある。だからここは2階の窓なのだが、イルシュアには関係ない。ふわりと翼を広げて、ゆっくりと近くの塀に降り立った。
街を通る人通りもほとんどない。トレーニング熱心な冒険者か、睡眠時間が短い老人がうろうろしているくらいか。もう少し遅い時間になればもう少し人がにぎわいだす。
「やぁやぁウィッケル、せいがでるね」
「なんだイルシュアか、何処から声が出てんのかと思った」
鍛錬のために走っているスキンヘッドの男に一声、突然塀の上から振ってきた声に驚いたように声をあげる様子が面白い。
「ドリトじいさん、そっちは広場じゃないよ」
「おや、そうじゃったかのう……?」
杖をつきながらふらふらとおぼつかない足取りで歩いている老人に一声。声をかけたら首を傾げてから来た道を戻り始める。
そうやって道行く人々に声をかけながら、イルシュアは街の街道沿いの塀の上を歩く。塀が途切れたらぴょいと飛んで、街道を四本足で歩き出した。
「にゃぁ」
「おや、どうしたんだい、リリー」
そのとき、一つの家の影から真っ白い猫が顔を出してイルシュアに話しかける。
彼女はリリー、この家の二つ先のちょっと裕福な家に飼われている猫だ。確か今年で23歳。そろそろニャン生も折り返し地点で、恋愛とかはもういいかな、って思いはじめる時期である。
「今日は猫集会はなかったと記憶しているけど」
「うにゃ、にぃ……」
「あれ、クッキーばあさんが?」
「にー」
「それは大変だ」
リリーが言うには、この家に住んでいるクッキーという年寄り猫が、早朝から見当たらないという。おおかた、夜に出かけたっきり戻っていないのだ。クッキーは40歳を超えている。猫の寿命は大体40前後だから、もうそろそろ危ない老猫なのだ。
だから、ボケてときどき変なところをうろついては、迷子になっている。
リリーは子供のころからクッキーに世話になっていたから、こうしてたまにクッキーの様子を見に来るのだ。
「ギルドに依頼が出てるかもしれない、見てみるよ」
この猫が迷子になったときは、大体ギルドに猫探しの依頼が入る。飼い主も老夫婦で、自分たちで探し回ることができないからギルドにお願いに来るのだ。暇なときはフォルテヴァラ、というよりイルシュアが、これを引き受けている。
「にぃにぃ」
「大丈夫だいじょーぶ、どうせまた生垣に顔突っ込んで抜けないとかだよ」
「にゃあ!」
「たしかに、それはそれで一大事かも」
イルシュアの言葉にリリーが大きく叫んだ。元気づけようとしたのだが逆効果だったかもしれない。
イルシュアは、猫の言っている言葉が理解できる。というよりは、割と大体の生物の言葉を理解できる。ミーニィの言葉だって例外ではない。普通の猫じゃこうはいかない。これはイルシュアがイルシュアだからできるのだ。
「とりあえず、ボクが探してみるからさ、待ってなって」
不安げに尻尾をたたむリリーにそう言って、イルシュアはギルドへと体を向けた。
■ ■ ■ ■
ギルドへ戻ったころには、もうだいぶ街は動き出していた。
イルシュアはギルドの入口を通るときは必ず飛びながら入る。歩いていくと誰かにつぶされてしまうかもしれないからだ。
入口をくぐるとすぐロビーがある。待合室も兼ねていて、丸い机がいくつかと、それを囲むように椅子が設置されているだけの簡易ロビーだ。冒険者は大体ここで待ち合わせとか、書類記入をする。新人がパーティ募集をしたりするのもここ。
「おはようございます、早いですね」
「ちょっと散歩してきたんだ」
少し左奥に受付があって、今日も受付嬢のレナが笑顔を崩さず挨拶をしてくる。
だが、今回イルシュアは受付を通らずに、入り口向かって右、ロビーの奥の壁のほうに向かう。
そこには、大きな壁一面に、大小様々な紙が貼りつけられていた。
壁の右上のほうには、今季のハイト街ギルドでの依頼達成ポイントランキング。上から3番目のところにフォルテヴァラの名前があるのを確認して、イルシュアは満足そうに頷いた。
その隣左隣には全国ランキング。さすがに全国になるとフォルテヴァラは50位くらいの所にちっちゃく載るくらいだ。それでも載っているだけすごいだろう。
左上のギルドからのお知らせはいったんスルーして、その下、メインとなるところにメモのようなものがいくつか貼られている。これが、ギルドから出ている依頼だ。
「ねこさがし、ねこさがし……」
ギルドの掲示板に貼られている依頼書には、依頼タイトルと、報酬、ランク、そして詳細が記載されている。猫探しはFランク。危険性もなく街からも出ないからお小遣い程度で受けられるものだ。大体は、新人冒険者向けの依頼である。
「あった、クッキーちゃんを探しています」
報酬は3銀。捜索範囲はハイド街中、灰色の長毛猫のクッキーちゃんを探しています。いつも思うのだが、なんでクッキーなのに灰色猫なんだろう。普通クッキーなら茶色の猫じゃないのか。
そう思いながらイルシュアはその紙を剥がす。そして、受付にもっていった。
「これ受けるよ」
「またですか、新人さんのお仕事なくなっちゃいますよ」
「リリーに頼まれたからね」
「ああ、イルシュアさんの彼女の」
「やだなぁ、リリーは飼い主一筋だよ」
言いながら手続きを済ませる。イルシュアは魔法を使ってペンを操って、器用に書類にサインをした。
「じゃ、いってくるよ」
そして同じようにギルドを後にする。ふよふよと宙に浮かんだまま、ギルドの入り口でぐるりと見まわした。
すっかり目覚めた街は、行きかう人々や露店の呼び込みなどで賑やかになりつつある。
「さて、何処から始めたものかな」
とりあえずクッキーちゃんの家からスタートして足取りを追うことにしよう。と、ギルドの横の厩舎の前を通ったときだった。
「ギャウア」
不意に呼び止められて立ち止まる、否、飛び止まる。厩舎には、ギルドの商隊の馬車を引く馬や、冒険者や旅人の乗る馬が預けられている。それに混ざって、ミーニィがいた。
「やあ、ミーニィ、おはよう、朝ごはんは食べたかい?」
「ガウ。ギャウギャア」
「クッキーちゃん探しだよ、……一緒に行く?」
「キュイイ!」
実は、この街では竜はそんなに珍しくない。ミーニィのほかにもいくつか竜の姿が見える。だが、ミーニィよりも大きい、成龍がほとんどだからつまらないのだろう。イルシュアが誘ってみると、ミーニィは嬉しそうに声をあげた。
「よし、じゃあ一緒に行こう」
イルシュアは厩舎からミーニィを出すと、その頭の上に乗る。
ミーニィは身体が大きいから目線がぐんと高くなる。実のところミーニィと一緒だと楽できるからそっちの方がイルシュアは好きなのだ。
「クッキーちゃん捜索隊、しゅっぱーつ」
「ギュッギュー」
そうしてミーニィの頭の上で高らかに腕をあげるイルシュアに合わせて、ミーニィも吠えた。
■ ■ ■ ■
スタート地点はクッキーちゃんの家だ。
居住区の半ば、石造りの塀に囲まれた、白壁の背の低い家。ところどころに木も使われている。大きさは標準的。大体ハイトの街の住宅は同じ造りだ。クッキー宅の目印としては、建物近くの道路わきに大きい果樹が立っているところか。
街道は広く、荷馬車がすれ違える程の広さがある。綺麗に整えられた道というよりは、人が通りやすい程度に慣らされた土の道路だ。ところどころに柵や塀がたっており、夜になったら明かりをつけるための街灯も多い。
ミーニィは門の前で地面にすんすんと鼻を擦りつけている。家の前にのこされたクッキーの匂いを追おうという戦法である。
「どう?どっちかな?」
「ガウ!」
「よし、そっちに行こう」
ミーニィは元気よく吠えて西の方に目を向ける。もっとも、匂いを追うとか言ったが、別にミーニィは犬じゃないから実際そんな嗅覚は持ち合わせていない。ただの雰囲気作りだった。
住宅区を歩くと、開けたつくり故に色々な人が目にうつる。洗濯物を干しているおねえさん、トレーニングしているお兄さん。それから、教会の井戸の周りに集まって話し合いをしているおくさまたち。
イルシュアはちょんとミーニィの頭を叩くと、その、教会前の女性たちを指さした。
内容は毎日のご飯の話か、旦那の愚痴か。ミーニィはのしのしとそちらに足を進める。街の人々も慣れたもので、ちいさな竜が近寄ってきても驚くものはいなかった。
教会は他の家よりも高く、ひときわ白い建物だった。広い庭があり、遊具や低木が植えられている。だが、閑散としている。元々、孤児院も兼ねていたのだが、小さな子供がいなくなってしまった今、祈りの場としてしか機能していない。そのため、祭司がひとりで切り盛りをしている。この女性たちは時折手伝いに来ているのだろう。
「やぁやぁ奥さま方、ちょっといいかな」
「あらぁ、ミーニィちゃんとイルシュアちゃんじゃないの、どうかしたの?」
「クッキーちゃん見なかった?」
「クッキーちゃん?」
イルシュアが話しかけても子供を相手にするように軽い返事をする。二人の奥さまが首を傾げたのに、一番年上の女性が続ける。
「あれよ、リーダさんちの灰色の猫ちゃん」
「ああ!あの、よく外を歩いてる」
「この間は木の上に登って降りれなくなってたわよね」
「あたし見たわよ、さっき、魚屋のほうにいたわ」
その言葉を受けて皆が納得したかのように口を開き始める。さすが、奥様方の情報網はすごい。あっという間に手がかりを得て、イルシュアは笑顔を浮かべた。
「魚屋ね、ありがとう~」
「クレイルくんにもよろしくね、今度新しいお鍋のレシピ教えてあげるって」
「ほんと?クレイルがまた料理上手くなっちゃうな」
そんな挨拶をしながら見つけた手がかりを元にイルシュアはミーニィと共に魚屋に向かう。
魚屋は街の中央、商店が並ぶエリアにある。そこまでくると道も土のものから石畳に変わっていく。建物も、背の高いものが多い。建物の中に入っている店もあるが、露店も多い。
広い道の両脇に露店が並ぶ、ハイト街の商店エリアだ。
住居区よりも音が多い。呼び込みの店員の声、値切る客の声、冒険者も多いハイト街は商店周りがとにかくにぎわう。装飾品が並ぶ店、野菜を売る店。目的の魚屋はもう少し先にある。
「ミーニィ、ストップ」
だが、イルシュアは一つの店の前でミーニィを止めた。ミーニィも立ち止まり、すん、と鼻を鳴らす。香ばしいバターと、甘い溶けた砂糖の香り。そちらに目を向ければ、薄皮の小麦粉にたっぷり乗せられたクリームとカラフルなチョコスプレー。紙を巻きつけて手で持ちやすくなっている。それは。
「クレープ屋さんだ」
イルシュアは唾をのみ込んで一言。それからミーニィの首に下げている鞄の前に飛び降りる。首を突っ込んでごそごそと目的のものを探して、中から取り出したのは銅貨が6枚。
それをもってクレープ屋の前に向かう。
「キャラメルバナナカスタード、チョコスプレーをトッピングで」
「はいよ、いつものね。生クリームは?」
「つけられる?」
「つけられるよ、今日は珍しく乳の仕入れがあったからね」
「やった、じゃあダブルクリームにして。あとオレンジをまるっとひとつもらえる?」
手慣れたやりとりで注文を済ませ、イルシュアは両手でクレープを抱えてミーニィの元に戻った。そして頭の定位置に戻ってできたてのクレープを一口。
下からきゅい、という声が聞こえたので、別でつけてもらったオレンジをひょいと前に投げてやった。
「おっと」
それを食べるために顔を伸ばしたミーニィから転げ落ちないように一度空中へ避難。ミーニィがちゃんと頬張ったのを見て定位置に戻った。それからもう一度クレープをつまんだ。
やはり疲れたときは甘いものに限る。そんなに疲れてはいないけれど。
「こういう休憩は挟んでいかないとね、朝ごはんも食べていないわけだし」
誰に言うでもなく言い訳のように呟いてもうひとくち。イルシュアは猫ではないので、クレープだってなんだって食べて平気なのだ。
優雅にミーニィの上で周りを見渡しながら腹と舌を満たしていたら、ようやく魚屋が見えてきた。青色ののれんの脇に、たくさんの木箱や樽を積み上げられた店。独特の潮の匂いが鼻をついた。
「こんにちは、店主、景気はどうだい?」
「いやぁ全くもって悪いな!」
「元気いっぱいに悪いって言われた」
いっそすがすがしいまでの勢いで笑顔を浮かべた店主。屈強な身体を持っているが、それは仕入れの荷物を持ち運びするために鍛えられたものだろう。ハイトは山奥だから、魚は基本王都や下流からの仕入れに頼っている。
それ故に、魚屋という名ではあるが、店頭に並んでいるのは干物などの加工品や海藻、貝類がほとんどだった。それでも以前は生魚も近くの川で釣れていたのだが、今はほとんど捕れなくなっている。
「灰色の、長い毛の猫見なかった?この辺に来た、って聞いたんだけど」
世間話もそこそこに、イルシュアは本来の目的を果たすために店主に話しかける。魚屋にとって猫は天敵である。店の周りに来る猫のことは、店主はよく覚えているはずだ。
すると、少し考えたように口を尖らせた店主が、すぐに、おお、と声を上げた。
「あの猫か、あれは匂いに吊られて良く来るが、別に店のもの盗ってくわけじゃないからな。しばらくこの辺うろうろしてたが、野良ネコに絡まれて逃げるように噴水広場の方に行ったよ」
「あらぁ~」
「なんだ、また小遣い稼ぎか?」
「そんな感じ」
イルシュアが猫探しをしているのは小遣い稼ぎが半分、暇つぶしが半分という感じだ。勝手にクレープを買って食べ歩くためのお小遣いを自分で稼ぐ、そういう良い循環。と、イルシュアは勝手に言っている。
「なんにしても、情報提供ありがとう。お礼にその貝をもらおうかな」
「おう、生魚が無くてすまんな」
「いいよぉ、ボク生魚好きじゃないんだ」
「そのナリでか」
「このナリでもね」
情報を提供してくれた魚屋の店主から、手ごろな貝を購入。これもミーニィのおやつにしてあげた。ミーニィは遠慮なくそれを口に入れて、殻ごとバリバリと音を立てて食べた。
イルシュアは猫みたいな見た目だが、魚は好きじゃない。生臭いから。ちゃんと調理されていて匂いが無ければまぁ食べないこともないのだが。イルシュアはこう見えてグルメなのだ。ただの甘いもの好きというなかれ。
そして捜索隊はゆるい空気のまま、店主が言っていた噴水広場に向かった。
その後も二匹はかなり広い範囲を捜索した。
噴水広場にいってクッキーを追いかけまわしていたらしい野良猫に出会って話を聞き、そのまま路地裏に入ろうとしたらミーニィの身体が大きくて入れなかった。
遠回りをして広めの商店裏を探して石畳を抜け、気が付いたら街の裏門に出ていたから、一度飛び上がって空から街を見下ろす。
イルシュアも空は飛ぶが、高度を上げて飛ぶことはあまりしない。ミーニィの背中で受ける風が心地よかった。
快適な空の旅のあと、もう一度噴水広場に戻った時だった。
「にぃ~……」
「ん?」
地面に降り立ったミーニィ。そのさらに上から弱弱しい声が聞こえてイルシュアが顔を上げた。その先には広場の街路樹が並ぶ。その枝の上で、小さく震える灰色が目に入った。
「あらら、降りられなくなっちゃったのか」
結局、クッキーちゃんが見つかったのはその日の昼過ぎだった。
■ ■ ■ ■
「なんか、半日かかっちゃったなぁ」
「キュアア」
飼い主にクッキーちゃんを預けて、達成のサインをもらってからギルドに報告。そうして受け取った報酬の袋をミーニィの頭の上でぽんぽん投げながら、イルシュアはそうつぶやいた。
もっとも、半日かかった、とは言ったが、猫探しはこうみえて丸1日かかることもある。半日で終わったのなら上々だろう。
あのあともイルシュアはちょいちょいつまみ食いをしていた。クッキーちゃんの家でお礼にクッキーをいただいたりもしたので、昼過ぎとはいえお腹はあまりすいていなかった。
ギルドに戻ったらフォルテヴァラの面々は昼食時くらいだろうか。間食をしてご飯が食べられませんという事態になったらクレイルに呆れられるだろうか、と考えながら、イルシュアがミーニィを見る。
「そろそろお昼ご飯になりそうな気がするから、帰ろうか」
「ギュ、キュア?」
「ボク?お昼ご飯抜くのはいつものことだからクレイルも気にしないと思うよ。そっちは?」
「キュアア!」
「そうだよね、ミーニィはご飯一杯食べるもんね」
ミーニィも同じことを考えていたらしい。とはいえ、元々少食だと思われているイルシュアと、大食いでいくらでもご飯を食べられるミーニィだから、なんやかんや食べ歩きがバレることはないだろう。猫探しで得た報酬と、食べ歩きで使った金額も、報酬の方が多いわけだし。
そうしてフォルテヴァラの自由なマスコット二匹は、何事もなかったかのように、ギルドに戻っていった。
なお、この世界の「動物」は全体的に平均年齢が長めです。




