幕間:ユウイチくんの異世界勉強
幕間という名の世界観説明回です
それは、異世界一日目の祐一が、クレイルと別れたあとのことだ。
祐一を案内してくれると言った、レナの後ろをついて、ギルドの宿舎に向かう。宿舎はギルドそのものとは違う建物らしく、少し離れた場所に向かって、明かりの灯る夜の道を、二人で歩いていた。
街の中は暗くない。街灯らしいものも定期的に立っているし、家から漏れる明かりもある。おおよそ、祐一が想像する中世ファンタジーの世界そのもの、といった感じだった。
祐一は夜空を見上げる。
転々と散らばる星々は、自分たちの世界で見ていたものとそう変わらないように思えた。明るさの強いものから弱いもの、大きいものやら、色の少し違うものもあるが、地球にだって赤い星はあった。
ただ、この世界には、月がなかった。
「ほんとに、月、ないんすね……」
おもわずつぶやいてしまう。改めて、異世界に来たんだな、と祐一は思うと同時に、ここまで来れてよかったと本当に思った。下手したら、異世界にきて即、自分は死んでいたかもしれないのだから。
ほぼ独り言のようなその発言だったが、前を歩くレナはそれを拾って言葉をつなげた。
「そうですね、太陽もないですよ」
「太陽ないのに、昼間は明るいんすか?」
「明るいんですよね。なんというか、空全体が明るいです」
「ほへぇ……どういう仕組みなんすかね」
「わからないんですけど、そういうものみたいですよ」
そういうもの。なんとも便利な言葉ではあるが、そういうものと言われてしまっては、そういうものなのだろう。
もっとも、祐一だって、自分の世界で、なんで太陽が燃えているのか、と言われたら「燃えているから燃えてるんだよ」くらいしか返せないと思う。専門家じゃないのだし。
「そういや、レナさんも日本人なんすか?」
「そうですよ。奈良坂怜奈が本名です」
「あ、レナって本名なんすね、荻野祐一です」
レナ、という名前は割と西洋でも日本名でもどちらでも違和感のない名前だな、と改めて思う。
「異世界人って、日本人だけなんすか?」
ふと、浮かんだ疑問を口に出す。たしか、黒髪黒目が異世界人の特徴だと聞いていた。この世界には黒髪黒目が珍しい、ということなのだろうとは思うが。別に地球上で黒髪黒目が珍しいわけではない。そうすると、異世界人は基本的に日本人ということなのだろうか。
「全員、というわけじゃないけど、日本人が大半だ、と聞いてます」
「なんで?」
「さぁ……、そういえば、なんでなんでしょうね」
またしても「そういうことらしい」で話がまとまりそうな気がする。レナ自体がそのあたりを気にしていないのか、世界的に不明なものなのかはわからない。
そうこうしているうちに宿舎とやらについたらしい。内部の構造を案内される。
共同の風呂、トイレ、個人部屋。祐一のしる社員寮のようなものと、構成的にはほぼ変わらないように見える。
一通り見て回ったあと、祐一は一つの部屋に通された。
そこは会議室のような作りで、いくつかの椅子と机、それから壁に黒板のような板がかけられている。机のあちこちに本やら紙やらが積み上げられている。
祐一はその中の一つの椅子に座らされる。その前にレナが立った。
それは、まるで教師と生徒のような立ち位置である。
「さて、祐一さん」
部屋の前の方に立ったレナが祐一を見る。
「いろいろ気になっていることが多いと思いますが、この世界において覚えておくとよいことを、かいつまんでお話ししたいと思います」
そういって、異世界の先輩による、異世界講座が始まった。
■ ■ ■ ■
「まず、この世界での異世界人は、基本的に王国預かりになります」
異世界講座と言っても、祐一の期待したような内容ではなかった。
祐一としては、魔法であるとか、先ほどの月と太陽がどうのであるとか、何故呼び出されたのかとか、そういうことを知りたかったのだが、レナの講座はそういうものではない。
むしろ、衣食住であるとか、当面の生活であるとか、そういう内容だった。
とはいえ、異世界から迷い込む人間が多いからこそ、こういう説明になるのかもしれない。異世界から来た人間が路頭に迷うことのないように最低限整えられている、そう感じた。
「当面はこのギルドが祐一さんの身元を保証してくれます。当然衣食住もこちらで支給しますのでご安心ください」
「……お金は?」
「追々説明しますが、当面は個人的に何か欲しいものがあったら遠慮なくギルドに申請してください。おやつが食べたいとかでも大丈夫です」
一応もう少し慣れてきたら祐一も働いてお金を稼ぐようにはなるらしい。
だが、異世界に来てすぐ労働に奉仕させられることはないのだとか。
基本的には出歩くのも自由、自分の目で街を見て回れということらしい。ずいぶんと手厚いのか放任なのかわからない。親切なほうなのだろう。
「街からは出てもいいですけど、安全の保障はしないです」
「保障はないんだ?」
「どうしても自己責任になっちゃいますね、もし出歩きたかったらクレイルさんとかにちゃんと声はかけたほうが良いですよ」
それから、危険性諸々について。
祐一は異世界に来て早々死にかけたこともあり、この世界の危険性については十分承知している。冒険者や野盗は当たり前のように武器を持って歩いているし、魔物だっている。
ドラゴンと吸血鬼がいるのであれば、まぁ推して知るべし。まだ見ていないが、ケモミミ、いわゆる亜人とかそういうのもいるらしい。
「さすが異世界……、そういえば、この世界の名前ってあるの?」
そこで気がついた。異世界のことをずっと異世界と呼んでいたが、この世界独自の名前などは存在しないのだろうか。
「世界の名前ですか?」
「俺たちで言うところの地球みたいな」
「ああ、ええと、世界全体のことは、アルカリウム、というらしいです」
「アルカリウム……」
その言葉には、異世界っぽさがあった。祐一はゆっくりと反芻する。
この世界はアルカリウム。冒険者ギルドがあって、剣と魔法がある世界。
そしてメモを残そうとして気がついた。
そういえば、普通に会話が出来ているが。言語などはどうなっているんだろう。
「あぁ、その辺に関しては、自動翻訳されているというのが王国の見立てです」
「自動翻訳?」
「ええ、こちらをご覧ください」
レナが言いながら取り出したのは、一冊の本だった。言われるままに受け取って、その本を開く。中に書いてあったのは見たことのない文字だ。見たことのない文字の、はずだった。
「……読める?」
だが、その見たことのない文字で書かれた本の内容を、祐一には理解ができた。
この本はどうやらギルドの案内書らしい、ギルドとはどういうものか、というのが初心者にわかりやすく書かれている。
「そうなんです。異世界人の特徴らしいんですが、この世界の公用語と思われる言語は、私たちには全部日本語に翻訳されて理解できます。公用語でない言語や、暗号などは理解できないようなんですが」
「書いたらどうなるんだ?」
「勝手に手が動いて良い感じに書いてくれます」
「……会話に関しては?」
「会話も同様です。わたしたちは日本語をしゃべっているつもりですが、自動で翻訳されて相手には伝わっていて、相手の言葉も自動で日本語として聞き取っている、らしいです」
「なにそれ、やばくない?」
「やばいんですよね、なんでも転移の時にそういう術式が付与されているとかなんとか」
その話を聞いて、異世界知識に関して、ある程度は「そういうもの」として処理しないと泥沼にはまるのだろうということをうっすら理解した。
どうして異世界転移が頻繁にあるのか、どういう仕組みなのか。その辺に関しては、やはり、今すぐ考えないほうがいいのかもしれない。
「ぐきゅるるるる」
そうこうしているうちに、祐一の腹がなった。あまりにも大きくなったことで、部屋全体に響き渡ってしまう。別に恥ずかしがるような性格でもないが、少しばかりいたたまれない気持ちにはなる。
「あ」
「……ご飯を、用意しましょうか」
思えば、異世界に来てから何も口にしていない。遺跡から救助された流れで、一瞬食堂を通ったが、結局何か食べることもなくこちらに通されてしまったのだし。
何にしても、お腹がすくのは良いことだ。レナがそう言って、夕食を取りに行ってくれた。
■ ■ ■ ■
時間的には、一般的な夕飯の時間を少し過ぎたころらしい。そう言ってレナが宿舎の食堂からもらってきた夕食は、あまりものを集めたもののようだった。
芋と豆の煮込みには、いろいろな素材が混ぜてあり、トマト系の味付けがしてある。それにパンが付けられていて、サラダと卵料理がついている。
思ったより味付けは祐一、というより、日本人好みでもあった。
「でもなんか、メインがものたりない……」
ぜいたくを言う立場ではないが、どうしてもこう、疲れたときは肉が食べたくなる。
だが、出された料理には肉が見当たらない。煮込みの具材も野菜がメインで、物足りなさを感じた祐一は、思わずこぼしてしまう。23歳社会人はまだ食べ盛りなのだ。
すると、レナが思い出したかのように声をあげた。
「あ、そうだ。この世界だと、お肉はあまり期待しないほうがいいです」
「なんで?宗教的な問題?」
「いえ、お肉って超高級品なんです」
高級品。なるほど、それなら貴族とかそういう金持ちの人のところに出回って、こういうところまで降りてこない、ということなのか。
祐一は煮物を口に入れながら、続ける。
「牛とか豚とかいないの?家畜文化がない?」
「いえ、家畜が、増えないんです」
「増えない?」
レナが少し困ったような顔をして言葉をつなげた。増えない、とは、どういうことだろう。
「家畜を育てようとしても死んじゃうとか?疫病?」
考えてみたら、ファンタジーなのだから、そういう問題のひとつやふたつはあるのかもしれない。こういう世界には大体魔王がいて魔王が世界を脅かしているとか、謎の流行病が流行っていて、それが原因で人口が減っているとか、そういう問題があることが多い。
異世界テンプレからだいぶ外れていたからうっかりしていたが、異世界転生がはびこっている世界なら、なおさら何かしら問題があるのではないだろうか。
しかし、レナの口から語られたのは、想定外の問題だった。
「この世界、もうずいぶん前から、生き物の出生が停止しているんですよ」
出生停止。
その言葉に、祐一は黙ったまま口の中に残った煮物を飲み込んだ。
「家畜が生まれてない、ってこと?」
「家畜だけじゃなくて、様々な命が新しく生まれていません」
「様々な命、っていうのは」
「人間、亜人、動物、魚、そのあたりですね」
そのあたりの生命が、もう何年も生まれていないらしい。
「……ずいぶん前って、何年くらい」
「わかりやすく言うと、この世界には13歳未満の人間は存在しません」
「13年間?!」
思わず祐一は立ち上がる。13年、この世界には人間が生まれていない。人間どころか家畜などが生まれていない。
「それって……大問題なんじゃないか?!」
「そうなんですよね」
「レナさんのんびりしすぎじゃないです?」
ただ、祐一の感じた衝撃と、レナの態度が噛み合わずに少し拍子抜けしてしまう。
思ったより、思った以上に、ヤバい世界に迷い込んでしまったのではないだろうか。
「国をあげて解決策は探しているようなんです」
「そうは言ったって、もっとこう」
「出来ることがないんですよ。もう10年以上ですし」
祐一はその言葉に椅子に座りなおす。
レナは食べかけのパンに手を伸ばして、それをちぎって曖昧に笑った。
「私たちは、ほら、目の前の今を生きるので精いっぱいなんですよね」
その言葉には、あきらめも、憤りもなにもない。ただ、事実をそのまま事実としておいている、そんな平坦さがあった。
(13年も続いてたら、それが普通になるのか……?)
言われて祐一も思う。そう、この世界に来たばかりだから祐一はそう思うのであって、1年2年そういう状況が続くだけで、人間はなんとなく慣れてしまうのだ。
自分だって、世界の危機だ疫病だと言われても、5年もしたらもうすっかり忘れて出歩いてしまうのだろう。そういう感覚は、あった。
祐一は、何とも言えない気持ちで目の前の料理を眺める。
「あ、でもお米とか醤油とかはありますよ」
「あんの?!神じゃん!!」
そのあと、流れるように切り替えられたレナの言葉に、祐一は思わず別の意味で立ち上がる。
この出生についての問題に、どういうリアクションをしていいか祐一にはわからない。わからないが、今は、そのことについて考えても仕方がないと思ったのだ。
きっと、「そういうもの」として受け入れないと、この世界で生きていけないのかもしれない。
「ああ、それから」
祐一の言葉に、レナが思い出したかのように付け足した。
「この世界、神様はいないです」
その言い回しに少しだけ違和感を覚えて祐一は首を傾げる。神様がいない、というのは、わざわざ口に出して言うことなのだろうか。
なんだかいろいろな方向に喧嘩を売っているような発言な気もする。
「……神という概念がない、っていう意味?」
「いえ、なんていうんですかね、神って言葉はあるんですよ、でも、その存在は、子供向けの物語に出てくる架空の超常的存在、みたいに扱われてます」
「つまり、ええと……?」
祐一も別に神様が本当にいると信じているわけではない。日本人たるもの、なんとなくふんわり迷信的に信じていないこともないのだが、そういうのとは違うらしかった。
「この世界だと、神に祈る、とかは、架空のヒーローを崇めてたたえてるヤバい人、みたいに思われる感じですかね」
「こわ」
「だから、神様がいないんですよ、この世界」
なので少しだけ言い回しには気を付けたほうがいいかもしれません。と、レナにそうまとめられて、祐一は本日何度目かわからない息をのんだ。
気にしてはいけない、多分、そういうものだと思うしかない。
アルカリウムは、異世界で、魔法があって、なのに太陽と月がなくて。
命が新しく生まれてこなくて。
神様なんてものはいない。
思った以上にハードモードな異世界に転生してしまったのではないかと祐一は改めて思う。だがそれも、ハードなのは、主人公であればこそだ。
そう思ってまだ見ぬお米に思いをはせた。
自分は、この物語の主人公ではないのだから。
アルカリウム、それは、緩やかに終わりに向かっている世界。




