5
「ねえ、お父さん」
「どうした?」
子供の声が、聞こえる。前にも聞いた事のある声と、一緒だ。またいつものバグ……夢か? よく分からない。
親かも知れないと思っていたけど、予想通りだったらしい。
いつも通りぼやけてよく見えないけれど、首をかしげたのが見える。
椅子に座っている父親に、近づいていく。足にしがみついて、父親の顔を見ている。相変わらず子供視点のせいで、子供の姿は見えない。
「なんでお母さんも皆もきれいなのに、僕とお父さんだけきれいじゃないの?」
悪意も何も感じられない無邪気な声だ。けど時として純粋と無邪気は、悪意よりダメージを与えるらしい。問われた父親は、ピタリと動きを止める。ギャグ漫画みたいなオーバーリアクションで、力なくテーブルに突っ伏してしまう。ちょっと可哀想になったけれど、動作が大仰なせいで同情より苛つきが勝った。
「あら、どうしたの?」
「お母さん!」
誰かが扉を開けて、入ってくる。子供は自分の言葉でめそめそと泣き始めた父親を、構うことなく駆け寄っていく。
前にも見たことのある人だ。母さんと言うことは二人は、子供の両親ということか。何度か見たバグでいつも声が良く聞こえないことがあった。けれど今日はそんなことがないから、関係性が分かる。
―― あれ
こっちの人は顔が、はっきりと見える。
緑の目と白い髪、この子の母親は、光の術師のようだ。
―― これは、言うな……
『お母さんは、綺麗』と言う子供の気持ちが、よく分かる。
子供の父親の顔はぼやけていているから、どんな顔立ちなのか分からない。ただどれだけ整っていても、この人と比べたら勝ち目がないってほど綺麗な人だ。
―― こういうとき語彙の貧しさが、露呈するな
褒める言葉が、綺麗しかでてこない。コミュ力以外も色々と問題があるような気がしてきた。
「あのね、母さんも皆も美人でしょ? でもお父さんと僕だけ違うから何でって聞いたの。そしたらお休みしちゃった」
「あらあら、あのねお父さんは綺麗じゃなくて、格好良いのよ」
子供の言葉に、またダメージを受けたらしい。突っ伏したままの父親が押しつぶされた様な声を出している。
なぜ顔を上げないのか、察したらしい。少し困ったような顔をして、母親がフォローを入れている。これがお世辞じゃないのなら、父親も格好良くはあるようだ。綺麗が度を超している人が周りにいると、美醜の基準が可笑しくなるのかもしれない。
「僕も?」
「貴方は、可愛い」
子供と目線を合わせるためか、しゃがんだのが見える。目の前で優しく微笑んでいる。
モブが直視するのが申し訳なくなってくるけれど、子供は見慣れた親の顔だからか視線をまっすぐ向けたままだ。
「僕も、格好いいが良い」
「大きくなったら、格好良くなるわよ」
可愛いと言われたのが、不満らしい。言葉にしなくても、不服だと伝わってくる。
ところで父親はいつまで、いじけているのだろうか。前に見たバグの時とは、なんかイメージが違うな。まあ遠回しにお父さんに似たせいで、僕も不細工って言われたようなものだから衝撃が大きいのかもしれないが。
「本当?」
「ええ、お父さんの子だもの」
ゆっくりと頭を撫でられて、機嫌が直ったようだ。子供視点のせいか、感情が伝わってくる。
視線がテーブルに突っ伏したままの父親に移動する。華麗にスルーしてるのかと思ったが、気にしているらしい。
「お父さんみたいに、かっこ良くなる?」
「ええ」
少し悩んで、褒めることにしたようだ。格好良いと強調して声に出している。
子供に褒められて復活したらしい。じめじめして室内の湿度を高くしていた父親が、勢いよく椅子から立ち上がって子供に抱きついてくる。
―― 平和だな
なんてことはない、日常の一幕のようだ。
いつまで続くのだろうと思ってるいると、周りの景色が薄くなっていった。
―― 寝た気がしない
カーテンの隙間から差し込んできた朝日で、目が覚める。
寝るのが遅くなったうえに、夢をずっと見ていたせいで眠りが浅かったのだろう。頭が重い。まだ寝ていたい気分だが、二度寝したら講義に遅刻しそうだからベッドから降りた。
―― やっぱりバグだな
ただの夢にしては前に見たバグと、共通点が多すぎる。夢にもバグが侵入してくるなんて、油断も隙も無い。
―― それにしても
最近、バグの発生回数が、多い気がする。今回は不穏なものじゃなかったから、精神的なダメージは無かったけれど何時もそうとも限らない。
それにこれが先生の過去だとしたら、何度も見るのも申し訳ない気持ちが湧いてくる。俺にはどうしようもないけれど、人には知られたくないことの一つや二つあるだろう。それをバグのせいで知ってしまうかもしれない。
俺だって知られたくないこともある。俺はオープンな腐男子ではなく隠れ腐男子であるから、もしバグで他の人に知られたらと思うといたたまれない。まあ俺はモブであるから、そんな事態にはならないだろうが。
―― 出来ることは、喋らないことだけだな
寝る前に考えてもしょうがないと、結論づけはしたけれどまた考えてしまっている。それもこれもバグのせいだ。本当にいい加減にしてもらいたい。
「うん?」
扉を叩く音が聞こえる。朝っぱらから誰かと思いながら扉を開けたら、ヴァルがいた。皿に盛られた料理を手に、気まずげな表情で立っている。どうやら作りすぎて困って、持ってきたらしい。前にも何度かあったから、言われる前に分かった。
「茶を入れるから、こっちで食べてくか?」
「いいのか? ありがとう」
こういうときは何か話がある事が多いから、あがっていくかと聞くと笑顔が返ってくる。
「随分と大きいぬいぐるみだな」
「ジルベールに、貰った」
すぐに氷の椅子の上に置いた巨大な兎のぬいぐるみに、気づいて声をかけてくる。狭い室内で存在感がすごいから、スルーも出来なかったんだろう。
「そうか!」
「……」
顔が、輝いている。
俺のボッチ歴が長かったせいで、友達のジルベールからプレゼントを貰ったという事実が、よほど嬉しいらしい。心配かけていたのを申し訳なく思うけれど、気恥ずかしさも同居してなんとも言えない気持ちになる。
「取り分けるから、座っててくれ」
「ありがとう」
大皿に盛られた皿を、小皿に取り分ける。お茶は前にジルベールに教えて貰った方法で、入れた。この入れ方だとやすいお茶も、美味しくなるから助かっている。
「それで何か話が、あるんだろ」
「お見通しだったか。前にジルベール君と一緒に食事をって、話をしていたろう? 二人の都合がつけばどうかなって、思ったんだが」
―― そうだ
あのとき夕食を作るのに食材も買いに行っていたのに、俺の具合が悪くなったせいで予定が狂ったんだった。悪いことをした。
「今日は学園に行く日だから、聞いてみる」
「すまない。あっそうだ、ジルベール君の好物は何かな? 作ろうと思ってるんだけど」
「……好物?」
―― 知らない
友達なら当然知っていると、思われたらしい。当たり前のように聞かれたが、何も出てこない。お茶を飲んだりおっさんのところで食事をしたこともあるから、どんな感じの料理が好きか全く予測がつかないわけじゃない。ただこれが一番好きというのが、何かは分からない。
―― どうするか
ここで正直に知らないと返したら、友達は嘘疑惑が浮上してしまう。決して嘘では無いけれど、ボッチ卒業かと喜んでいたヴァルを悲しませたくも無い。
なにか良い言い訳を考えて、ジルベールに確認しなければ……
「あいつ好物が多いから、どれが良いか聞いてくる」
「わかった。頼むな」
―― よし、誤魔化せた
友達だから好きなものは当然知ってるいけどという体で、上手く誤魔化すことに成功した。
「美味い」
「それは、良かった」
話し終えてヴァルが持ってきてくれた料理に、口をつける。
俺の好みの味にしてくれているのが分かる。作りすぎたわけじゃなくて、最初から俺のために作ってくれたらしい。
「最近、やっと料理下手から、卒業できた気がする」
「最初から、下手じゃなかっただろう」
照れ笑いのような表情をするから、フォローを入れておいた。いくらコミュニケーション能力が低くても、これくらいは出来る。それに、嘘じゃないしな。
『美味しい……』
『無理しなくていいぞ……』
ファーストコンタクトの後、ヴァルが料理を作ってくれていたことがある。ただ頑張ってくれているのは、伝わってくるのだがお世辞にも美味いと言えないものだった。
料理が下手と言うより子供が喜ぶ系の料理を作ろうとして、失敗してる感じがしたから頑張って完食をしようとしたのだが眉間によるしわで誤魔化せなかったらしい。まったく表情差分が少ないのに、なんで余計な反応をする表情筋だろうか。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
いつもなら誰の言葉も返ってこないけれど、今はヴァルがいるから反応がある。
―― たまには一人じゃない食事も良いな
いつもは俺一人だけで静まり返っているから、なんか変な感じがするけど嫌じゃない。
他人と食べるのは疲れるだけだろうけれど、気心が知れている相手となら良いものだ。
『あっれ、偶然だね』
なぜだが思い出したくも無い騎士Aの顔が、浮んだ。あのときは結局、おっさんの店で食事をするはめになって食べた気がしなかった。誰かとの食事でも、あいつとだけは二度とごめんだ。
「どうした?」
「いや前に騎士……の格好した偽物がいて絡まれて迷惑だったことを思い出してた」
騎士Aが嫌すぎて、表情に出ていたらしい。こういう表情じゃなくて、もっと笑顔とかの差分がほしいがどうしようもない。
正直に話しそうになって、慌てて誤魔化した。ヴァルは騎士とか王族とか貴族とか、そういう地位にいる連中が好きじゃない。というか、嫌っている気がする。
「なんだそいつは……大丈夫だったか?」
「問題なかった」
上手く誤魔化せたことに、安堵する。心配かけたくないしな。
―― そういえば
俺が騎士とか王族とかに近づきたくないと思ってるのは、ヴァルの影響かもしれないな。
騎士に貴族に、王族に関わらないこと、近づかないこと
お助けキャラで生活して行く為の知識を教えてくれる。その合間合間に何度も言われていた気がする。
ヴァルは基本的に人を悪く言ったりしないから、よほど嫌な事をされたのかもしれない。どっちにしろ関わると碌な事が無いのは、実体験済みだ。
「悪い、も行かないといけない」
「もうそんな時間か。食器洗っておこうか」
いつもよりゆっくり食事をしていたせいか、出かける時間が迫っていた。早くしないと遅れてしまう。食器を重ねていると気遣いからだろう食器を片付けると言い出した。
「子供じゃないんだから、それくらい自分でやる」
「そっか、大きくなったものな」
子供じゃないと言った直後に、子供のように頭を撫でられた。
子供扱いしていると言うよりは、昔に頭を撫でていた延長だとは思う。別に嫌なわけでもないけれど、やはり気恥ずかしい。
―― それに
夢で見たバグのせいで、母親に頭を撫でられていた子供と重なる。
父親がいて母親がいて子供がいて、普通の家だ。光の術師は珍しいけれど、あと前に見たバグで様づけされていたから、裕福な家なのかも知れない。けど家の中は、豪華な感じはしない。
「レイザード?」
「何でもない」
どんな顔をしていたんだろう。心配そうな表情のヴァルに余計な心労をかけないように、夢に侵入してきたバグのことは考えないことにして食器を片付けた。




