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第4話

「ごめーんくらさぁ〜い!!」


 久和蛇の事務所にたどり着くなり、黒澤さんは日本酒と大きなケースを抱えたまま、扉を蹴破った。


「……ずいぶんとご挨拶やなぁ」


 奥の席には久和蛇。

 その周囲を、部下の男たちが固めていた。


「黒澤はん、結局……そないな女の味方するんですかい?」


「もぉ〜、ご心配なさらぁずに〜♪ 私はただぁ……」


「わわっ」


 黒澤さんが、ぐいっと背中を押してきた。


「……この人の答えを聞きに来ただけですよ。久和蛇さん?」


「答えって……まだその女が何かできると思ってはりますの?」


「さぁ? ほら白流さん、どうなんですか」


「えっ、この状況で振るんですか……」


 戸惑いながらも一歩前へ出る。

 借りたワイシャツから、香水とお酒の匂いがして少しだけ呼吸が落ち着いた。


「……私は、何も渡したくない」


「はいぃ?」


「おばあちゃんにも、お店にも、もう二度と指一本触れさせません」


「渡したないって……白流はん? 銭は用意できたんですか?」


「……ありません。でも……それでも奪おうとするなら……貴方達を許さない」


「な……なぁにを言うかと思えば! お前さんはウチから銭を借りた債務者なんやで? そんなん筋が通るわけ――」


 すると。


「うぅ〜!! 素晴らしいぃ!!!」


 黒澤さんは泣きながら一升瓶を飲み干す。


「たった一人の家族の為に、こんなカスに立ち向かおうとする。なんて美しいのれしょう!」


 そう言うと、黒澤さんは大きなケースを机に叩きつけ、蹴り開けた。


「……なので、白流さんに対する一千万円の債権は、私が買い取ります」


 ――その中には、大量の札束が敷き詰められていた。


 ……どういうこと? 債権を買い取る……? 


「……はぁ!? 黒澤はんとあろう者が、そないな家族愛に絆されたんですかい?」


「まさか。貴方には理解出来ない価値を見つけただけですよ、ふふっ」


「……ずいぶん言うてくれはりますなぁ」


 すると黒澤さんは――


「さあ白流さん、帰って晩酌でもいたしましょう」


「ちょっ、ひゃっ!」


 私の腰を抱いて、出口へ向かおうとした。


「……まてや」


 が、それは叶わなかった。


「あの土地は、計画の最後の一画や。こないな銭で手打ちにはできまへん」


 その言葉と同時に、部下の男たちが私と黒澤さんを囲む。


「くっ、黒澤さん……」


 私は黒澤さんの服の裾を掴む。


「……お前らに恨みはないが、ボスの命令なんでね、たっぷり遊んでやるよ」


 部下の中でもひときわ大柄の男が、拳をバキバキと鳴らした。


「まぁ、ドラマみたいなクソ台詞」


 なんで煽るの黒澤さん!?


「このっ……裏で顔が利くからって――」


バリンッ。


「……って……ぁ」


 黒澤さんが大柄な男の頭に一升瓶を叩きつけ、瓶を砕いた。


「あら失礼。喋ってばかりだったもので」


 男は頭から血を流し、倒れ込む。


「このアマぁ!!」


 すると残った男たちが一斉に襲いかかってきた!


「伏せてください」


「うわっ!」


 黒澤さんが私の頭を押さえ込んだ直後、部下の一人のみぞおちに砕けた一升瓶の飲み口がめり込んだ。

 続いて殴りかかった男も、拳をかわされ、背後から締め落とされた。


「品のない人間は嫌いです」


 そして男たちはほとんど同時に床へ沈んだ。


「……調子に乗るのもええ加減にせえよ!!」


「っ! そのまま立たないで」


「えっ、どうし――」


 パァン!!


「きゃああ!!!」


 破裂音と共に、天井の照明が砕ける。

 あれって、銃!?


「次はお前らの頭じゃ!」


 久和蛇が、黒澤さんに銃口を向けた。


「困ったら拳銃ですか。美しくないですね」


「余裕ぶってるのも今のうちや、黒澤ァ! その女もぶっ殺して――」


 久和蛇が言い終える前に、いつの間にか黒澤さんが拳銃を蹴り飛ばしていた。


「余裕ぶってたのは、貴方ですね」


 黒澤さんは笑顔のまま顎を蹴り抜き、その身体を机へ叩きつけた。



「起きろ〜久和蛇ぃ〜♪」


 黒澤さんは、目を覚まさない久和蛇の口をこじ開けて、酒を流し込んでいた。


「……ごっふぉ!! なっ、なんや、一体!?」


「へへぇ〜。おはよう久和蛇ぃ」


「くっ、黒澤っ! って、なんやこれ!!」


 驚くのも無理はない。

 久和蛇は、さっきまで自分が座っていた椅子に縛り付けられ、身動きできなくなっていたからだ。


「あははぁ、てなわけでぇ、これに判子よろしく♪」


 そう言うと、黒澤さんは手にしていた一枚の書面と、久和蛇の引き出しから持ち出した判子を彼の目の前に置く。

 その書面には、「債権譲渡契約書」と書かれていた。


「このクソアマぁ……大人しく『はい、わかりました』ってやるわけないやろがい!」


「へぇ〜? じゃあ違法に巻き上げた土地やお金の事を、私のクライアントや飲み友達の『デコ助』共にぜぇ〜んぶバラしちゃおっかなぁ〜♡」


 すると久和蛇の顔色が変わる。


「……ちぃっ!! 寄越せ、このっ!!!」


 そして判子を口に咥え、黒澤さんの書面に判を押した。


「はぁ〜い♪ これでめでたしめでたしぃ!! あっりがとうございや〜す♡」


「貴様らぁ……こないな事されて、ウチらも黙ってねえ! 必ずあのボロ屋を――」


 その言葉を聞いた瞬間――


「謝って下さい」


「……おぉ♡」


 気づいたら私は久和蛇の前に立ち、見下ろす。

 そして何故か、黒澤さんが弾んだ声を漏らした。


「いや……先に謝るべきなのは、私でしたね」


 久和蛇に深々と頭を下げる。


「……なんなんやお前」


「どんな契約であれ、借りたお金を返せなかったのは私の責任です。申し訳ありませんでした。でも――」


 これだけは許せない。


「私のおばあちゃんと、お店を侮辱した事……謝って下さい。貴方のくだらない物差しで……価値を測られたくありません……!!」


 私は久和蛇を強く睨みつけた。


「……冗談やない! 自分が悪いと分かっとるなら、ウチが頭を下げることなんぞあらへんわ!」


 久和蛇は目を見開く。


「あの店に何の価値がある? 先の短いババアが飯作るだけやろ!!」


 拳を握る手に、どんどん力が入っていく。


「ババアが怪我したんも! 店壊されたんも、借りた銭返さへんかった『お前』が全部悪いんや!」


「わっ……私が……全、部……」


 久和蛇の言う通りだ。

 私のせいで……こんなことに。


 全部、私が。


 私が、私が、私が――



 ……いや、違う。



 おばあちゃんを、お店を傷つけたのは――


 お前だ。



「がはっ!?」


 ごっ、と骨のぶつかる低い音が響き、久和蛇の顔が跳ねる。

 すると、背後から――


「はぁ〜……待ってたよぉ♡」


 妙に弾んだ黒澤さんの声が聞こえてきた。

 まあ……今はどうでもいい。


「もう一度言います。謝って下さい」


「はぁ、はぁ……なんなんやお前! 頭を下げたと思ったら急にどついて――」


 がっ。


「ぐぁっ!!」


 謝ってくれなかったので、また拳を振り抜いた。

 全部お前が悪いのに。


「もう一度言います。謝って下さい」


「ばっ……バカとちゃいますか……はぁ、はぁ、そないなことで……」


 ばきっ。


「ぎぃぁっ!!」


 また謝ってくれなかった。

 それに拳が少しズレてしまい、鼻を殴ってしまった。


「もう一度言います。謝って下さい」


「わかっ……わかった!! 言う通りに――」


 ぼきっ。


「がぁああ!! っぁああ!!」


 また謝ってくれなかった。

 今度は拳が前歯に当たり、その内の何本かが折れた。


 どうして。 

 全部お前が悪いのに。


「もう一度言います。謝って下さい」


「ひぃっ、ああああああ!!!」


 はあ。

 そこから何回殴ったかは、覚えていない。


「っ……」


 目の前で、久和蛇はすっかり静かになっていた。


「……もーいーんじゃない、白流ちゃん?」


「……」


「……あっれぇ? 聞いてるぅ? おーい」


 いつまでたっても謝ってくれない。

 黙っていれば許されるの?


 なんで。


 全部お前が悪いのに。


「……あっ」


 久和蛇の胸ポケットから、下品な万年筆を抜き取る。

 契約書にサインした時、久和蛇から借りたやつだ。


 私は、その蓋を投げ捨てる。


「おーい白流ちゃん。もう落ちてるよそいつは」


 早く起こして謝らせないと。


 『目』を覚まさせないと。


「……白流ちゃん、その振り上げた万年筆をどうするの?」


「もう一度、言います」


 私は――


「謝って下さい」


 久和蛇の瞳めがけて、振り下ろした。


「……そこまでです」


 ――はずだったのに。


「……」


 黒澤さんに止められてしまった。

 黒髪の隙間から覗く耳元の深紅の光が、とても目障りに思えてくる。


 なんで。なんで。全部そいつが悪いのに。


 ……なら。


 邪魔をする貴女も、悪い?


「なっ!?」


 私は万年筆の切っ先をこの女の目へ向け直した。

 が、それも寸前で受け止められてしまう。

 なら次は――


「……調子に」


「……ぇ」


「乗るな!!」


 がっ、と鈍い音がして、額に激痛が走った。


「……いったぁああい!!!」


 私はおでこを押さえてうずくまった。


「なんで頭突きするんですか黒澤さん!! おでこ凹んじゃいますよ!!」


「……あっ、貴女、本当に白流さんですか……?」


「もう! わけのわかんないこと言わないでくださいよ!! うぅ……!」


「……私まで平然と狙うなんて、想定外ですよ」


 なにやらよくわかんないことを呟きながら、黒澤さんは笑う。


「これは、なおさら手放すわけにはいきませんねぇ……ふふっ」


「なっ、なんですかぁ? もぅ……」


 黒澤さんは、私のおでこを優しく撫でた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面下の☆☆☆☆☆から応援していただけますと嬉しいです。


また、【ブックマーク】や【感想】、【イチオシレビュー】、【リアクション】なども、私にとって大きな励みになります。


これからも作品を更新していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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