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第3話

「……結局、何も用意出来なかった」


 午前六時、私は眠れないまま自室のベッドで朝を迎えた。

 その時、なぜかお店の方から話し声が聞こえてきた。


「……です。……っ」


 おかしい、店を開けるには早すぎる時間だ。

 まさか……!


「久和蛇が……もう!?」


 私は部屋着のまま、食堂へ走り出した。


「おばあちゃん!! 大丈……」


 勢いよく裏の扉を開けると、そこには――


「おはようっ。どうしたんだい、アザミちゃん?」


 料理を手にしたおばあちゃんと、


「あぁ〜! 白流ちゃぁ〜ん♡ おっはようございま〜す♪ んぐっっ♡」


 二度と顔も見たくなかった女が、お店で一番高いであろう日本酒をがぶ飲みしていた。



「……何しに来たんですか」


「朝なんだから朝ご飯食べに来たんですよ〜。ここ食堂でしょぉ?」


「どこにお酒かっ食らいながら、朝ご飯食べる人がいるんですか!!」


「えぇ〜? ここぉ〜♡」


 黒澤さんは自身を指差し、両耳に付いている深紅の耳飾りが黒髪の隙間で揺れた。

 この人は……!!


「おやおや随分仲が良いのねぇ。はい黒澤ちゃん。これはサービスねっ」


「えぇ! やったぁ♪ おばあさまのお料理は、どれも美味しいので嬉しいっ♡」


 一応、おばあちゃんには『知り合い』ということにしておいた。


「それは嬉しいねぇ。でも、そろそろお店を畳んじゃうのよ」


「おばあちゃん! だからその話は――」


 すると――


「ごめんくださーい」


 トントンと、お店の扉が叩かれた。


「おやおや、今日は朝からお客さんが多いこと。二人はゆっくりしててねぇ」


 おばあちゃんが扉を開けようとした、その時。


「きゃあぁ!!」


 扉のガラスが割れる音が響き渡る。


「はっ!?」


 急いで振り返ると、おばあちゃんが店の床に倒れていた。


「おばあちゃん!!」


 黒澤さんをその場に残し、一目散に駆け寄る。額にはガラス片による切り傷があり、そこから血が流れていた。


「おはようさん。白流……アザミはん」


 そこには、目を細めて私を見下ろす久和蛇と、部下の男たちがいた。


「く……久和蛇……? まだ期限には早いはず……」


「まぁ数時間くらい誤差やろ? で、銭は?」


「……っ」


 私は目を逸らしてしまう。


「ならしゃーないなぁ? ……やれ」


 久和蛇が合図するように片手を振り下ろすと、男たちがテーブルを蹴り倒し始めた。


「まっ、待って! お願い!! まだ時間は――」


 すると、久和蛇の蹴りが私の腹に突き刺さった。


「が……ぁっ……」


 息が止まった。久和蛇は、うずくまる私の前髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。


「よう聞け。ウチらが欲しいんは、こんなオンボロの店やない。土地や」


「どっ……どういう……」


「ここら一帯を巻き上げて、もっとでかい銭に換える計画や。アザミはんのおかげで、ぜぇんぶ上手くいきそうや」


「……そん、な……っ」


 涙が溢れてきた。久和蛇の笑い声も、店が壊される音も、どんどん遠くなっていく。

 ……誰か、おばあちゃんとお店を――


「ねぇ〜!! お兄さんたちうるさいんですけどぉ!!」


「……あぁ? なんや」


 水を差すように、店の奥のテーブルから大声が聞こえてきた。

 久和蛇は私を床に投げ捨て、そのテーブルへ近づいた。


「すまんなぁ。朝飯なら他所……で……」


 久和蛇の声が萎んでいく。


「く……黒澤……? なんでアンタみたいな人がこんなとこに……?」


「見ればわかるでしょぉ! 朝ご飯食べてるんだってばぁ!」


 久和蛇があんなに狼狽えてる……?

 一体、どういうことなの……?


「んなアホな……まさかあのアマの味方を……?」


「ないない! あれはただの他人っ!! ――でも最近、アンタら目立ちすぎだよねぇ〜?」


「……ちっ。おう、お前ら。一旦、事務所戻るで」


「なっ……いいんですかい!?」


「この女の機嫌を損ねたら、今後もやりにくくなる。はよぉ言うこと聞かんか!」


「へっ、へい!!」


 すると部下たちはすぐに手を止め、全員急いで外へと出ていった。

 そして、久和蛇も店の外へ出て行こうとした、その時だった。


「白流はん、次はしっかり答えを聞かせてもらいますさかい。せいぜい悩みなはれ」


 そう言葉を残し、去っていった。


「く……わ……」


 久和蛇を追おうとしたが、もう足に力は入らない。


「……ぁ……」


 手を伸ばしたところで、私の意識は途切れた。



「……ねぇ〜起きてよ、白流ちゃ〜ん!!」


 目を開けると、黒澤さんが私の顔に日本酒をどぽどぽとかけていて……?


「……うわぁ!!」


 完全に目が覚め、勢いよく飛び起きた。


「うぉぁ、びっくりした」


「こっちの台詞です! ……あれ、ここ、黒澤さんの事務所……っ!? おばあちゃんは!?」


「まぁまぁ落ち着きらって〜! お店は適当にお片付けして、おばあちゃんは救急車で運んでもらったから! とりあえず命に別状はないってさぁ〜」


 事務所のソファーに脚を大きく開いて座った黒澤さんは、ぐびぐびと日本酒をあおる。

 ……ひとまず、おばあちゃんの命に別状はないらしい。

 私はどこの病院に運ばれたのか聞こうとした、その時――


「……ねえ、白流ちゃん?」


「はっ……はい?」


 急に黒澤さんは顔を近づけ、にっこりと笑う。

 えっ、何……? 私、何か――


「これでよぉ〜くわかったれしょ! おばあちゃんだけれもちゃぁんと大事にして、お店はさよならしちゃいなよ!」


「そっ……そんなこと出来ません!! あんな奴らに渡すなんて死んでも――」


「聞き飽きているんですよ、そんな台詞は」


 急に視界が回る。


「ぐっぁ!!!」


 黒澤さんは私の口を塞ぎ、ソファーへ押し倒した。


「……その綺麗事で何か一つでも解決しましたか? むしろ、おばあさまを危険にさらしただけでしたよね?」


 私の口を塞ぐ力は、次第に強くなる。


「貴女は守る力もないのに、口先だけで全てを背負おうとする。私は、そういう人間が心底嫌いです」


「っ――!!!」


「とはいえ良い勉強になりましたね? 一千万円はちょうどいい授業料ですよ!」


 次の瞬間、私は黒澤さんに投げ飛ばされ、背中から棚へ叩きつけられた。

 そして、棚の中身が頭上へ雪崩落ちてきた。


「……っ……!」


 そうだ。全てこの女の言うとおりだ。

 私のせいで、全部、狂っていって……。


「……じゃあ、どうすればよかったんですか」


「はい?」


「私に、何が出来たって言うんですか……!! どうしたら……守れたの……ぁあ……!!」


 溢れた涙は、もう止められなかった。


「……うるさいですね。貴女がお金を作るというのなら、体からハラワタでも引き摺り出してはいかがですか?」


「はら……わた?」


 そういえば……内臓って、高く売れるんだよね。

 その言葉を聞いて、すっと涙が止まる。


 足元を見ると、棚から落ちたらしい包丁が転がっていた。


「……白流さん? 聞いていらっしゃるのですか」


 私はその包丁で、服と下着を切り破る。


「貴女……一体何を――」


「あっ、私多分倒れちゃうので、換金だけお願いします」


「なっ……!!」


 多分、この辺だろうと見当をつけて……。


「よいしょ……と!」


 包丁をお腹へ突き立てた。


「……え」


 切っ先が皮膚に食い込んだ瞬間、横から黒澤さんが日本酒の瓶を包丁に叩きつけ、包丁を弾き飛ばした。


「……貴女」


 傷口から流れ出した血が、白い肌の上に一筋、二筋と赤い線を作る。


「ちょっと黒澤さん! お願いですから邪魔は――」


 すると黒澤さんは私の手首を掴んだ。


「――本気だったのですか?」


「えっ、何が」


「貴女の体ですよ? どうなっても良いとお思いですか?」


「……黒澤さん? 私、貴女に会った時からずっと言ってるじゃないですか」


 私は今度こそ理解して貰えるように、黒澤さんの赤眼をまっすぐ見つめた。


「おばあちゃんとお店が助かるなら、なんでもするって」


「……っ」


 黒澤さんは、手で口元を隠す。


「……はっ……これは……笑えますね」


「だからなんで笑うんですか! 私は真剣に……ひゃっ!」


 黒澤さんは、私の傷口から流れる血を指でなぞり始めた。


「ちょっ……くすぐった――」


 ばちんっ!!


「いったぁああああ!?」


 すると今度は、傷口の上を平手で叩いてきた!?


「何するんですか!! いきなり引っ叩くなんて!!」


「……これを見つけてしまった以上、放っておくわけにもいきませんね。ふふっ」


「ちょっと! 聞いているんです……うわっ!」


 黒澤さんは、どこからともなく取り出したワイシャツを私に投げ渡す。

 それを受け取った時、自分の腹に大きめの絆創膏が貼られていることに気づいた。


 もしかして、さっき叩かれた時に……?


「ほら、さっさとそれを着て。行きますよ」


「えっ、行くって……どこに?」


 すると黒澤さんは――


「どこって、答えを聞かせに行くのでしょう?」


 自分の指に付いた血を舐め、怪しく微笑んだ。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面下の☆☆☆☆☆から応援していただけますと嬉しいです。


また、【ブックマーク】や【感想】、【イチオシレビュー】、【リアクション】なども、私にとって大きな励みになります。


これからも作品を更新していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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