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第1話

 数か月前――


「唐揚げと野菜炒め、それにビールのおかわりお待ちどおさまっ!!」


 ここは街の小さな居酒屋食堂。

 もう閉店前だってのに、私は酒を酌み交わす近所の常連さん達を相手にしていた。


「待ってたよ! 今日はパチンコで大勝ちだったから贅沢しねえとなぁ!」


「そうだな! それにしても、アザミちゃんは良く働くよな!」


 すると酔っ払い達が、私に絡み始めた。


「ホントだぜ。 たまには友達と遊ばねえの? 恋人もいねえのかぃ?」


「ははっ。そんなもの、私はいらないよっ。いつも言ってるでしょ。おばあちゃんと、このお店が大好きなんだからさ」


「……そ、そいつは結構なんだけどさっ、若いうちなんて今しかないんだぜ??」


「そしたらアザミちゃん、お店がなくなったら困っちゃうじゃないか!」


「バカっ、縁起でもねえこと――」


「……その時は、私も終わりですねっ。へへっ」


 私は常連さん達に、笑顔でそう返した。


「お……おう」


「……さ、食っちまうかねっ」


 何故だか二人とも、急に酔いが覚めたみたいだった。



「お料理を運んでくれてありがとうね、アザミちゃん。お客さんと楽しそうだったのねえ?」


 厨房へ戻ると、洗い物をしていたおばあちゃんがいつもの優しい笑顔を向けた。


「いつも通りだったよ、全く! 洗い物代わるよ、おばあちゃん」


 私は腕まくりをしておばあちゃんからお皿を受け取ろうとした。


「……これくらい大丈夫よぉ。お店はいいからもう休んだら?」


「私の方こそ大丈夫だよっ! まだまだ働けるもん! だから――」


「こーら。そうやって自分で全部やらないの。一緒にやりましょ」


「……はぁい」


 そんなこんなで、お店の片付けを進めていた。


「……あっ、このお皿……」


「あらあら、欠けちゃってるわねぇ」


 洗い物の最中、縁が少し欠けたお皿を見つけた。


「これ、私がまだ小さい頃から使ってるもんね」


「そうねぇ。気に入ってはいるけど、お客さんには使えないわねぇ」


「なら、私達で使おうっ!」


「そうね。まだまだ頑張ってもらいましょっ」


 おばあちゃんは笑顔でお皿の水を切り、食器立てに置いた。

 そのお皿を見て、思い出す。


 両親を亡くしてから二十年近く、私を育ててくれたのはおばあちゃんだった。

 高校を卒業してこの店で働き始めたのも、おばあちゃんと、このお店への恩返しがしたかったからだ。


 そして閉店時間を迎え、お店の片付けを終えて家の方へ戻ろうとした、その時だった。


「あれっ」


 テーブルに置いてあった書類が目に入る。

 そばに置いてある封筒には、近所の銀行名が印字されていた。

 それは――


「督促状……?」


 宛名にはおばあちゃんの名前とこの店の名前が記されており、数か月分の返済が滞っている事がわかった。


「……嘘、だっておばあちゃんは何も言ってなかったのに」


 昨今は食材費も光熱費も上がる一方で、うちのお店には常連さん以外のお客さんが少ない。

 おばあちゃんは何も言わなかったけれど、店はとっくに限界だったんだ。


「……っ」


 握りしめた督促状が、くしゃくしゃと音を立てて歪む。

 記されていた滞納額は、私の貯蓄なんかでは埋められる額ではなかった。


 私はスマホで検索を始める。

 何か、お金を調達する方法は――


「……あっ」


 その時、一つのページが目に入った。


「小規模事業者でも……即日資金調達の相談受付……?」


 私は検索結果をタップし、そのホームページを開いた。


 そこには、丸眼鏡をかけた人物が笑みを浮かべている写真があった。


「……話だけ聞いてみるなら、いいよね」


 あまりに都合のいい話だった。

 それでも、この店を失うくらいなら――


 私は震える指で、問い合わせフォームの送信ボタンを押した。


 その一通が、一千万円の借金への入り口になるとは知らずに。



 融資を受けたお金で、銀行への滞納分は支払いを済ませた。

 これで、ひとまずお店を守れたと信じていた。


 その融資を受けてから数週間後のある日、食堂で――


「さぁて、貸した銭はしっかり返してもらわんとなぁ。白流アザミはん?」


 丸眼鏡をかけた男は、不愉快な目つきで私を見下ろしていた。

 その男の部下達も、後ろの方で「くすくす」と笑い声をあげている。


「ア……アザミちゃん……」


 背後から、おばあちゃんの震える声が聞こえる。

 店内は荒らされ、テーブルまでひっくり返されていた。


 私はおばあちゃんを庇うように、男の前に立つ。


「……話が違うじゃないですか、久和蛇さん!!」


「なんやて?」


「銀行への滞納分だけお借りする契約でしたよね!? どうして法外な利息が発生しているんですか!!」


「……はて? 白流はんがサインなさった契約通りなんですがねぇ?」


 すると久和蛇はニヤリと笑い、一枚の紙を取り出す。


「ほれ、ちゃんと書いてあるやないか」


 それは私が久和蛇と交わした契約書。

 けれど、指差された項目には見覚えのない条件が記されている。


「何これ……こんな項目なかったですよ!!」


「なぁに言うとるんや。 しっかり読んでもろて、三枚ともサインをもろたで?」


 契約を交わした日、最初の一枚を隅々まで確認した。

 その後、「外部提出用と保管用も同じ内容や」と言われ、残りの書類にもサインしたのは覚えている。

 それに、二枚目と三枚目に記載された借入額や返済期限などの主な項目も、一枚目と同じだった。


 でも、あんな条件は絶対になかった。

 それなのに末尾のサインは、間違いなく私の字だった。


「白流はんが、コイツでちゃあんと書いたんやで?」


 久和蛇は胸ポケットから、趣味の悪い金色の万年筆を覗かせる。


「冗談じゃない……! なにかの間違いです!! 警察や弁護士を呼びますよ!?」


「はっはっは!!」


 不愉快な笑い声が店に響く。


「……そもそも、どこにもまともに頼られへんからウチの敷居を跨いだんやろがい」


「そっ……それは……!」


「ほな……元本や手数料、違約金もろもろ込みの「一千万」をさっさと返すか。銭の代わりにこの店ごと渡すか。二つに一つや」


「っ……!!!」


「……とはいえ、うちらも悪徳企業ではあらへん。『三日だけ』やるわ。それまでによう考えときぃ」


 すると久和蛇達は、店から去っていく。


「まっ……待って! 話はまだっ!!」


 追いかけようとした瞬間、目の前で扉を乱暴に閉められた。


「……アザミちゃん」


 振り返ると、おばあちゃんが私を見つめていた。


「あっ……あのね、おばあちゃん……」


「督促状……見ちゃったのね?」


「うっ……」


 思わず目を逸らすと、おばあちゃんは――


「どうして言ってくれなかったの!」


 私の手を掴み、その小さな手でぎゅっと握りしめた。


「アザミちゃんはいっつもそう。なんでも一人で背負い込もうとして……もっと自分を大切に――」


「私はっ!!」


 おばあちゃんは、目を丸くした。


「私には……ここしかないの。そのためなら、私なんかどうだって構わないの……」


「……そんなに、追い詰めちゃってたのね。なら……そろそろ潮時ね」


「えっ……」


 おばあちゃんはその小さい体で、私を抱きしめる。


「いままでありがとうね、アザミちゃん。もっと早く決めるべきだったわ。明日から少しずつお店を片付けて――」


「そ、そんな事言わないでよ! お金なら私が!!」


 その時だった。


「アザミちゃん、おばあちゃん! 今日もパチンコで勝っちまったから贅沢を……って……」


「おいおい……なんだいこりゃ……」


 店を訪れた常連さん達が、荒れた店内を見回した。


「あっ、い、いらっしゃい! あはは……!!」



 数時間後――


「結局、お店の片付けを手伝ってもらっちゃって……ごめんなさい」


 私は常連さん達に頭を下げていた。


「気にしないでくれよ! また店に来るからさ!」


「俺らは味方だからよっ、心配すんな!」


「ありがとう……ございます」


 結局、この日は営業を再開できなかった。

 ひとまず片付けは終わったので、おばあちゃんには先に休んでもらっている。


 そして店の外で二人を見送り、暖簾を下ろした時だった。


「アザミちゃん……もしかしてお金のトラブルだった?」


 常連さんのその言葉に、思わず手が止まる。


「……はい。でも心配は――」


「そっかそっか……俺も昔、お金絡みで酷い目にあったなぁ……」


「懐かしいなぁ。あれだろ? パチンコやり過ぎて、ヤバい奴に相談したやつ!」


「ばかっ、余計なこというな……」


 そのやりとりの中に、一つ気になる言葉があった。


「その『ヤバい奴』……って誰なんですか?」


「あー……昔さ、今よりパチンコの浪費が酷くて借金しちゃってさ……」


 常連さんは眉をひそめる。


「闇金にも手を出してどうしようって時に、『金貸しの最後の砦』ってヤツを頼ったんだけどさぁ……」


「確か『黒澤』って女社長だったよな? 「くだらねえ相談は受けねえ」とか言われて死に物狂いで帰ってきたよなぁ!」


「んなこと大声で言うなっ! 今はもう――」


「……その人の居場所を教えてください」


「アザミちゃん!? ダメだよ、そんなヤツ当てにしちゃぁ!」


「そうだぜ!? とりあえず警察に……」


「お願いします。もう……時間がないんです」


 私は深く頭を下げる。


「アザミちゃん……」


 しばらくの沈黙の後、常連さんは財布から一枚の名刺を取り出した。


「一応取っておいたんだけど、本当にヤバかったら警察に駆け込みなよ……?」


 顔を上げ、名刺を受け取る。

 その端には、血のようなものが染み付いており、表には『株式会社シオン 社長:黒澤』とだけ記されていた。


「……ありがとうございます」


 こうして私は、黒澤さんを訪ねる事に決めたんだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面下の☆☆☆☆☆から応援していただけますと嬉しいです。


また、【ブックマーク】や【感想】、【イチオシレビュー】、【リアクション】なども、私にとって大きな励みになります。


これからも作品を更新していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。


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