プロローグ
「ひっく。ではぁ、こちらに座ってくださ〜い!! 今お茶をお持ちしまぁ〜す♡」
ここはとある会社の事務所。
私は今日、どうしてもこの人に会わなければならなかった。
「はっ、はい……」
そうなんだけど……なんなんだこの人は。
腰まで伸びた深い黒髪に、鋭い赤眼。両耳に煌めいているのは深紅の宝石をあしらった耳飾り――ピアスだろうか。
私より少し背が高く、下はかっちりとしたスラックスなのに、上は黒のタンクトップ一枚だ。
しかも胸も大きくて、目のやり場に困る……。
それに、めちゃくちゃ酔ってて、ものすごく酒臭い……。
「はぁい! お待たせしましたぁ♪」
机にドンッと、飲み物の缶が置かれる。
えぇ……まさかの直……。
「粗茶ですがどぉーぞ!! 私も飲もーっと!」
「はっ……はい、ありがとうござい……」
プルタブにかけた指が、ピタリと止まる。
ラベルをよく見たら……。
「いやいや、これウーロンハイですよ!?」
「えぇ〜? い〜じゃん別にぃ〜! いっただきまぁ〜す♡」
なんと彼女は、豪快に一気飲みを始めてしまう。
「ふぃ〜……あー美味しかった!!」
びゅんっ!!
「うわぁ!?」
空になったウーロンハイの缶が、ものすごい勢いで私の頭上を通り過ぎていった。
「あれれ〜? お嬢さん具合悪いのぉ〜??」
彼女がぐっと顔を寄せてくる。
「いっ、いえ……大丈夫です……」
「そっかそっか〜! ならよかったぁ!! ……じゃあ」
次の瞬間、彼女の声から酔いが消える。
「一体、どなたのご紹介でこちらへいらしたのか、お聞かせ願えますか?」
先ほどまでの酔態が嘘のように、彼女の目つきが鋭くなった。
「あ、あのっ、知り合いから名刺をもらいまして、その、ご相談できれば……と」
私は震える手で、お店の常連さんからもらった名刺を取り出す。
「……なるほど。一見さんの依頼はお断りしているのですが、それならお聞きしましょう」
「ほっ、本当ですか!?」
思わず立ち上がって、前のめりになる。
「ええ。お嬢さんのその可愛さに免じて♪ その名刺を渡した方は、気に食わない人でしたがね」
「……そう、ですか」
膝から力が抜けた私は、ソファーに座り込む。
名刺をバッグに戻そうとした時、その端に付着した血痕が目に入る。
……気を抜くな、私。
「もっ、申し遅れました。私、白流アザミと申します」
「白流……アザミさんですね。お名前まで可愛らしい。今更名乗るのも妙ですが、私は社長の『黒澤』です。以後お見知りおきを」
「こちらこそ……。あの、下のお名前は……? 名刺にも書かれていませんよね?」
もらった名刺には『株式会社シオン 社長:黒澤』としか書かれていなかったのだ。
「私のことは黒澤で構いませんよ。クライアントには、下の名前は名乗りませんので」
「どうして……ですか?」
「――それを、貴女にお話しする必要が?」
「っ……!!」
彼女は笑みを浮かべたまま、赤い目だけを鋭く細める。
……私は慌てて口を閉じた。
「では――お聞かせください。どうして貴女のような可愛らしいお嬢さんが、闇金である弊社へご相談にいらしたのかを……」
「はっ……はいっ。それは――」
『一千万円の借金』を抱えた私――白流アザミは、どうしてもこの人に会わなければならなかった。
まさかこの女に、一千万円で買われることになるとは知らずに――
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