94・群竜進軍:白竜サイド
ドラゴンの巨体がすっぽり収まるほどの大穴が階段の出口の前にぽっかり空いている。
「ったく、思わぬ落とし穴だったぜ……」
「文字通りね……」
穴から半身を持ち上げ、這い出して来る炎天君に、階段で待つ集団の最奥から水宮君が皮肉な声をかけた。
炎天君自体は気にもしていないが。
「おいらは痛ぇで済んだが、奉族がだいぶやられちまったな……」
穴の壁や底には潰れたトマトのような染みがいくつもある。
炎天君の落下に巻き込まれ、轢き潰された者たちの成れの果てであった。
「そんなことはどうでもよい! これでは先に進めないではないか!」
後方から白竜帝が怒鳴り声を上げる。
飛ぼうにも階段では翼が広げられない。
「まぁ待っといて下さいや大将。いまにおいらが――」
と、炎天君が穴から完全に這い上がり、前足を一歩出した瞬間、再び地面に吸い込まれた。
「うおおおおおおおあああああああ!?」
如何に翼あるドラゴンとはいえ、それを開くスペースもなければ飛びようがない。
雪崩をうって頭から落ちていく。
そこにあるのはスパイクだらけの丸太。
「だああっ!! 痛ってえ!!」
鋼のような肉体はともかく、翼の被膜はそうはいかない。
致命傷には程遠いが、手傷を負って叫ぶ炎天君。
更に、近くの砂丘からどんどん岩や丸太が転がり落ちてきた。
「だああああああっ!?」
何しろ穴の中なのでよけようがない。
まともに食らってうめく炎天君。
「チキショウ! なめやがってええええええええええ!!」
炎天君が口から炎を吐いた。
他のドラゴンのそれとは異なり、マグマを吐き出したような炎だった。
膨大な炎の奔流が、穴の縁を抉りながら岩や丸太を吹き飛ばす。
「どうだおらあ!!」
トラップを薙ぎ倒し、熱量でガラス化した穴の縁に手をかけ、飛び上がる。
そして、着地と同時に再び開いた穴に落ちて行った。
「またかよおおおおおおおおおおおおおお!!」
砂煙を上げながら落とし穴に沈んで行った炎天君の姿に、白竜帝も呆れて声が出ない。
「……」
「……なんて学習能力のない……。
しかし、敵もなかなか考えたもの。これでは先に進もうにも面倒ですね……」
後から首を伸ばして覗き込んだ水宮君も、良案はないらしい。
「……わしが」
他のドラゴンを押しのけ、苔転君が前に出た。
そして飛びこむように穴に伸し掛かる。
自らの体を蓋にして、穴を覆ったのである。
ドラゴン一匹を飲み込めるような穴と言えど、最も巨体な苔転君ならば手足を伸ばすだけでフタをしてしまえるのだ。
「わしの上に乗りなされ。飛べる者はそこから飛べばよし。飛べぬ者はわしが運ぶでな……」
「お、おお! 流石は苔転君!!」
白竜帝は喜び、その背に乗った。
そして、翼を広げるとホバリングするように浮き上がる。
大きな砂煙が舞うが、それに文句を言う者はいない。
続いて水宮君が飛び、白老が飛んだ。
次々と飛べるドラゴンたちが飛んで行く。
「よ、よろしいのですか? 高貴なるお背中に……」
トカゲ男がおずおずと苔転君に言う。
「わしは気にせん。早く乗れ」
「おお! なんと慈悲深い……!」
感激に体を震わせ、トカゲ男は苔転君の背によじ登った。
続いて数は減らしていたが、まだ二十体ほど残っていた奉族たちが乗って行く。
「しっかりつかまっておれよ……」
「はっ!」
苔転君の気遣いに奉族たちが感激する様子を、空中から見ていたのは水宮君だった。
「……」
「何を見ておる。早く進むぞ」
「はい。しかし、罠があれだけとは思えません」
「そうであろうか? 我ら飛べるゆえ、あそこにしか仕掛けられなかったのではないか?」
「流石は我が君。慧眼にございます」
実際、水宮君も同様の考えだった。
一方で、彼の胸中には渦巻くものがあった。
「(……これらの罠からは明確な意図を感じる。戦らしい戦も少ない人間たちにしては、妙に慣れているのが気になる……)」
「おお! あれを見よ! 敵のゴーレムだ!」
「え?」
白竜帝が指し示したのは、小型のゴーレムだった。
砂丘の向こうでちょこちょこ動いている。
「者ども! やつを倒せ!」
白竜帝が号令をかける。
自ら雷撃を放てば楽なのにそれをしないのは、帝王だからである。
「わ、若、もっと慎重に……」
白老が諫めるが、それを聞く帝王ではない。
ただ、爬虫類人たちはまだ苔転君の背に乗り穴を越えている最中なので動けない。
炎天君はようやく穴から出れるかといったところである。
そこで、小型のドラゴンたちがゴーレムに向かって行った。
すると、ゴーレムは背を向けて逃げ出した。
「逃がすな! 仕留めよ!」
帝王の号令に、ドラゴンたちが急降下していく。
鋭い爪で襲い掛かるドラゴンたち。
あっさりとゴーレムを粉砕する。
白竜帝がそれを褒めようとしたその時、
「キシャアアアアアア!!」
砂中から飛び出して来た砂竜が小型のドラゴンに食らいついた――




