82・命の洗濯
「わかりました。治療はお引き受けします」
地下五階、バトラーはあっさりと琥珀化した人々を受け入れた。
「確かにこの迷宮は異界律の侵食を閉じ込めるためのものです。ですので、回復効果は見込めます。上の階が回復の力を持っていたでしょう? あれは異界律を抑える力でもあるのです」
「ああ!」
ゴーストナイトと戦った部屋には、確かに回復効果があった。
マイナスの生命に対しては、生の力が効くということか。
「っていうか、それを知ってるなら、先に教えてくれたら助かったんだがな」
「はっはっは。私もそこまで意地悪ではありませんよ。言ったでしょう? 私は必要な知識しか与えられていないと。皆様の話を聞いて、そこから演算したものでございます」
「ど、どういう意味ですの?」
「ああ、なるほど……」
ジゼロジゼロがピンと来ないのも無理はない。
要するに、バトラーは対話型AIなのだ。
だから、情報が追加されれば、それを元に新たな推論を出すこともできる。
「ちゅうことは、回復スキルも奴らには効果あるんか?」
「可能性はあります。ただ回復スキルには「生のエネルギーを与えて回復させる」と「元の状態に戻す」の二系統が存在すると考えられます。例えば、【大地の癒し】は前者に属しますが、後者のスキルの場合、逆効果です」
「うーん、そらムズいな……」
「人間相手に使う限り、まず区別はつきませんしね。差があることすら知らずに使っているケースがほとんどでしょう」
「あら、でしたら、わたくしのスキルでもみなさまを回復させられますの?」
ジゼロジゼロが並べられた琥珀の柱に視線を向ける。
「ええ。むしろお願いしようと思っていました。自然回復には時間がかかりすぎますから、ジーロ様とジゼロジゼロ様のスキルで植物を生成または召喚してもらい、それに琥珀ごと侵食をじわじわ吸い取って頂くのがよろしいかと」
「がってんですわ!」
と、いうわけで、人々が埋まる琥珀の柱は、いま、たくさんのアサガオが巻き付いている。
植物の生のエネルギーが触れ続けることで、少しずつ琥珀を溶かして、やがて回復する仕組みだ。
ゼフィーは既に琥珀がないが、いまだに意識を取り戻していないため、寝台に横たえたまま、点滴のようにアサガオが腕に巻き付いている。
ガングレーナが、一つの柱の前でじっと見つめていたが……あまり見るのも野暮なので、何かはわからないし、聞くつもりもない。
ともあれ、あとは待つしかない。
回復するか、それは賭けだ。
「ふー、くたびれたな……」
「本当ですわね。こんなとき、温泉が無事ならよかったのですけど……」
パタパタと胸元を手で扇ぐジゼロジゼロ。
スキルを使った俺とジゼロジゼロだけでなく、ガングレーナも汗だくだ。
琥珀を風で切り出し、一人ひとりエレベーターで運ぶのはなかなか大変で、風は室内で使うわけにも行かないので、重労働だったのだ。
「なんや、前は温泉があったんかいな。まぁこんなけったいな世界やから、あってもおかしはないか……」
驚異の部屋や前衛芸術などがごった煮になったモザイク世界を眺めてガングレーナが言う。
だいぶ感覚がマヒしていたが、けったいな世界というのが正に的を射ている。
「温泉、ありますよ?」
「「「え?」」」
バトラーが指を差した先には、前には存在していなかった建物が現れていた。
赤と青ののれんがかかった、煙突のある和風建築――
「銭湯じゃねーか!?」




