76・マイナスの生命
「あぁ~~~キモチええ~~~~!!」
ピンクと黒だった髪は、ショッキングピンクと銀色に変わり、目に痛さを感じる。
服は着ていないが、妙な模様が走る体は、ウエットスーツのような質感になっている。
だがそんなことはどうでもいい。
今、彼女は、正気を失ったように焦点の合わない目で、けたけたと笑っている。
警官時代、よく似た姿を見たことがある。
あれは、強力な麻薬を使った人間の様子に、極めて近い。
異界の因子に侵食されて、人としての何かが、奪われている……!
「ゼフィーに何をした!!」
「彼女は、私の因子を受けたでしょう? そしたらああなるのは当たり前」
「いつだ!」
「アルガスが【精霊琥珀】を飲ませようとしたでしょ? その時にちょっぴり、ね」
「なっ……」
ちょっと待て!
【精霊琥珀】自体は、溶けずに残っていた。
圧縮されていた琥珀を彼女は飲んだだけだ。
それなのに感染するのか!?
「私がただただ閉じ込められているとでも思った? ずーっと汚染していたのよ。あの琥珀をね」
「……っ!」
まずい……!
それだけで人を変質させてしまえるなら、こいつがいるだけで世界は歪む!!
生態系が、あっという間に滅茶苦茶になってしまう!
「ま、そんなわけで、戦うのは彼女に任せるわ。せっかく出られたんだし、観光でもさせてもらおうかしらね」
さっきまでぺしゃんこだったというのに、全くダメージを感じさせず、へらへら笑いながらユラーゲルは窓から外に出て行こうとする。
「バーイ♡」
「逃がすかい!! あの嬢ちゃんを元に戻す方法を言うまで逃がさへんぞ!!」
「おバカねえ。戻せるわけないじゃない。ミルクティーをお茶とミルクには戻せないでしょうに」
「……!!」
やはり、そうなのか……!!
だとすれば、ゼフィーは……スパルネは……!!
「なぁんて嘘~! それはこの世界の法則。異界律では必ずしもそうじゃない。だって私はマイナスの生命なんだし」
「なっ」
マイナスの生命?
どういう意味だ?
「なら、はよ戻さんかい!!」
「嫌。それに彼女も戻りたくないみたいだし?」
ゼフィーに目を向けると、紫色に澱んだ液体を両手から垂れ流していた。
「あははは。いはははは」
「正気に戻れゼフィー!!」
「嫌や。絶対に嫌。あないな惨めなゼフィーになんか、戻りとないわ!」
ゼフィーは、紫の水をねじり上げ、水のドリルを生み出す。
「悪いけどそっちは任す!」
ガングレーナの言葉に頷く。
彼女には、逃げ出したユラーゲルを追ってもらわねばならない。
だから、ゼフィーの相手をするのは俺だ。
「邪魔するんやったら、あんさんもぐちゃぐちゃにしてまうで」
「何の邪魔だ」
「んー、なんやろ。言われてみたら別にやりたいことがあるわけやないな」
へらへら笑いながら、ドリルの数を増やしていくゼフィー。
「でもせっかくどえらい力が手に入ったんや。全部をめちゃくちゃにするのも悪ないな。ひあははは」
「なぜそんなことをするんだ!」
「前のゼフィーはなぁ、ほんまに健気な娘やったんや」
泣き真似をはじめるゼフィー。
だが、明らかに悪ふざけなのが分かるクオリティーだ。
「何でゼフィーがカネ集めてたかわかるか?」
「いや……」
「ゼフィーって托卵やねん」
「は?」
托卵?
それはカッコウが他の鳥に自分の卵を育てさせる……。
……いや、人間の場合は、妻側が不倫をし、夫の子と騙して養育させることを指すスラングだ……。
なら……。
「あひひ。ええ顔するなぁ。そう、いまたぶん頭に浮かんどるそれや」
「それは……」
「オカンは完全に開き直っとったが、オトンがあんまりにもかわいそうでな。それで、ゼフィーが慰謝料を稼いどったんや」
「なっ……」
「オカンが払うワケあらへんからな。だからゼフィーは自分が払うことにした。オカンのやったことをチャラにせえへんと、大好きなオトンの顔を見れへんからな……惨め惨めな人生やで」
「それは……」
言葉では言い表せない苦悩だろう。
だが、ゼフィーのその行いは、惨めなどというものではない。
もっと尊い……これも上手く言葉にできない……とても人間らしい……そんな感情なんだ。
「でも、もうぜぇんぶどうでもええわ!! どいつの種でもナンボでも産んだらええねん!! 好きに産みまくったらええ!! なんもかんもどうでもええねんから!! だははははは!!」
「やめろ!! そんなことを言うな!! それは本当のゼフィーを傷つける!!」
「あはは!! 優しいなあ!! アンタの子も産んだろか? 何人欲しい? だはははははは!!」
「やめろ!!」
「なら、止めてみいや」
ゼフィーが、紫の水のドリルを乱射してきた――




