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61・尊厳のバーゲン

 【精霊琥珀】。

 それは、精霊を閉じ込めたとされる琥珀。

 黒パンほどのサイズの琥珀に、絶対の均整を持つ絶世の美女が中に入っているという。

 精霊の力を引き出すことができ、その力は絶大とも聞く。

 どれも伝聞形なのは、秘宝ゆえに人目に触れることはないからだ。

 現代地球のように美術館や博物館が一般に公開されているわけではない。

 お宝や美術品は王侯貴族が自慢をするために秘蔵しているのが普通で、【精霊琥珀】ともなると国庫に秘されており、逸話だけが世に飛び交っている。

 いわく、それを覗き込んだ男があまりの美しさに心臓を止めただの、中から取り出そうと破壊しようとした貴族が処刑されただの……。

 まぁ俺は聞いたことすらなくて、ジゼロジゼロからのまた聞きだが。

 そんな【精霊琥珀】を持って逃げたアルガスを追いかけて来たのが、パルナ湖だった。


「なかなか風光明媚なところですわね」


 ジゼロジゼロの言葉に頷く。

 琵琶湖を思わせる巨大な湖の周囲に街があり、いくつもの舟屋が建っている。

 日本のヴェネツィアみたいに言われる街がいくつかあるが、それを思わせる。

 ヴェネツィアそのものとはちょっと違うのがミソだ。


「美味しいお魚料理にありつけそうですわ」

「ありつくとか言うな」


 上品さを貫通する食い気。

 だが実際、ここの主力産業は当然漁業だ。

 国境にあることから、長年ファスティバとセクタバで大モメしている。

 魔物がいないなら、真っ先にここから戦争の火が上がるであろう場所だ。

 特に、湖の中央の小島は係争地であり、両国が領有権を主張している。

 ただ、ことを構えるだけのメリットがないこともあり、事実上、どちらにも属さないような扱いになっているから、行こうと思えば誰でも行ける場所だ。


「まぁ、塔に行くにしても、まずは腹ごしらえだな。ついでに渡り船の話も聞けたら言うことはなしだ」

「ええ! 情報収集のため、仕方ないですわね!」


 ……食欲が100だろ。

 そんなわけで、街の料理屋に入る。

 海外旅行がそうそう出来る世界ではないので国内旅行がメインとなるからか、なかなか繁盛していた。

 漁師鍋が主なメニューで、真昼間から鍋というのも違和感があるが、よくよく考えてみれば夜で無ければならない理由などどこにもない。

 そんなところにも気づきを得つつ、食事を終えた。

 ジゼロジゼロが鍋何杯おかわりしたかは彼女の名誉のために秘密にしておこう。

 ただ、彼女の気を引こうと奢ると言った漁師の若者が泣いていたことだけは確かだ。

 食事終わりに、女将さんに渡し舟のことを聞いてみた。


「そうねえ……今は難しいかもねえ」

「どうしてですか?」

「最近、あの島に行った人が帰ってこないのよ。お役人さんたちも行ったんだけどねえ……」

「!!」


 アルガス絡みに違いない……!


「だから、乗せてやろうって漁師もなかなかいないんじゃないかねえ。ほら、漁師ってのはゲンを担ぐから」


 女将さんの言葉通り、居合わせた他の漁師たちもうんうんと頷いている。


「魚もビビってるのか、島の周りじゃさっぱり獲れねえしな」

「やめとけやめとけ。あの塔は、どっちの国も管理できねえから荒れ放題だ。あぶねえぞ」

「そうそう、触らぬ神に祟りなしって奴だ」


 こうなると望み薄か……。

 バナナの木で丸木舟は作れないし、ゴーレムの応用で船は作れないだろうか……などと考えていた時、不意に声がかかった。


「うちが連れて行ったろか?」


 振り向くとピンクと黒の二色に髪を塗り分けた、眼鏡の少女がカウンターに座っていた。

 大きく胸元の開いたチャイナドレスのようなものを着ているが、これはセクタバ側でよく着られている服だ。


「やめときなよゼフィーちゃん」

「いや、これはうちとこの人らとの問題や」

「そうは言っても、あなたのお父さんは――」

「ストップ。それ以上はやめてくれへんか」

「わかったよ……」


 何やら事情はありそうだが……現状、俺たちに選択肢があるわけではない。


「さ、商談といこか。塔までの渡し舟の往復、2万ファスティマニーでどや?」

「高っか!?」


 ファスティマニーはこの国の通貨だ。

 2万と言えば平均月収くらいだぞ!

 気珠で払う場合は、二袋ぶんだ。

 いくらなんでも暴利がすぎる!


「わかりましたわ。それではよろしくお願いしますわ」

「ほな値段交渉といこか――え?」


 ふっかけたつもりだったのだろう。

 あっさり飲んだジゼロジゼロに、ゼフィーは目を丸くした。


「お、おい! どうかんがえてもふっかけられてるぞ! いいのか!?」

「大丈夫ですわ。お姉様からお小遣いを無理やり押し付けられましたし」


 そういや、別れ際になんかいっぱい握らされてたけど!


「2万というと、この宝石くらいですわね。はいどうぞ」

「貴方に忠誠を誓いますうううううううううううううううう!!!」


 ゼフィーはその場にひれ伏した。

 この世界でも平伏して頭を差し出すというのは、服従の証だ。

 それはもう、綺麗な土下座だった。黄金の長方形が見えてきそうなくらいの。

 一瞬で尊厳を大安売り出来る根性もすごい……。


「げへげへ」


 ひどい笑い声がしているので、下に向けた顔がどんな表情をしているかは、推して知るべしだが――

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