60・【堕ちた国宝】
「【堕ちた国宝】……?
アルガスと言えば、国宝級防険者として名高いはずじゃ……」
有名防険者に大して興味が無いこんな俺でも、アルガスの名は知っている。
絶世の美男子で、精霊系スキル使い。
大魔獣討伐の功績も有名だ。
追っかけも絶えないどころか、貴族のご婦人方まで追っかけをしていると聞く。
「表向きはな。実は【国宝】は内定していたのだ。功績としてもまぁ及第だし、何より人気があるからな」
「あの人気は不思議ですわね。何言ってるかよくわからない方ですのに」
「ジゼロジゼロは見てくれではなく本質を見ているな。流石だ。えらい」
隙あらば妹を撫でる姉。
「ジゼロジゼロは会ったことがあるんだな」
「ええ。あの方も貴族ですから、社交界で」
「え? 本名はアルガスアルガスってこと? 聞いたことが無いけど……」
「いいえ。出自はセクタバ王国の貴族ですの」
「ああ、なるほど」
貴族が名前を重ねるのは、ファスティバ王国ほかいくつかの国の慣習だが、必ずしもすべての国がそうだというわけではない。
「巡礼騎士というやつだ」
巡礼騎士は、国家間の移動を許された特別な騎士で、魔物を退治しながら神の足跡を巡り、使命を探す存在だ。
【神の嫌がらせ】に限らず、どこの国にも神が太古に作ったとされる遺跡は存在する。
巡礼騎士は旅の中で使命を見出すとその地に留まることも許される。
「純ファスティバ人ならばとうに【国宝】になっていただろうがな。この国に残すべく、政略結婚も画策されたほどだ」
「そうだったのか……」
「まぁ、ジゼロジゼロを差し出そうとした実家を半壊させたのだが」
うわあ。
簡単に想像できてしまう。
「もう、本当に大変だったのですよお姉様! 父上も母上も心が折れて旅に出てしまうし……たまにハガキが届きますけど。温泉地巡ってるみたいですわ」
「スキル授与前の娘を差し出すような恥知らずは多少の痛い目を見る方がよいのだ」
「……多少と言うには、度を越えていた気はしますが」
「お前の部屋は無事だったろう?」
「ええ。それ以外は壊滅しましたけど……仕方ない人ですわね。もう」
苦笑くらいで許せるジゼロジゼロもすごい。
「それより、【堕ちた国宝】だなんてアルガスさんは何をしたんですの?」
「貴族の令嬢七人を殺害した」
「ええっ!?」
「な……」
「令嬢たちは奴の取り巻きでな。いつもちょろちょろ後を追いかけていたものだ。それが全員、琥珀に包まれた状態で見つかったのだ」
わけが、わからない。
この世界で、そんな猟奇事件は聞いたことが無い。
「なんでそんなことを……? それにどうやって……?」
「奴のスキルは【雷精召喚】のはずだった。雷を操り、数多の戦場で名を上げてきた。
だが、実際は【琥珀操作】だったのだ」
「!」
昔、学校で習ったことがある。
琥珀は布でこすると静電気を発する。
エレキテルの語源もギリシア語で琥珀とかだったはずだ。
無論、本来の琥珀で作り出せる静電気なんて知れたものだけど、スキルに昇華された時、恐ろしく強化されたのだろう。
「動機のほうはさっぱりわからんがな。突然、取り巻きを琥珀化した挙句、王家の秘宝たる【精霊琥珀】を奪って逃走したのだ」
それは……一般に知らせられないわけだ。
国家の威信に関わる内容だ。
「追っ手は出しているが、国宝級の相手なのでな。見つけ次第、われが討伐に向かうはずだったが……それどころではなくなった」
「【千魔夜行】と白竜幕府か……」
「だが、居場所はほぼ掴めているのだ」
「ええっ!?」
「セクタバとの国境・パルナ湖に浮かぶ小島にあるサンナルバの塔だ。奴はそこに向かっている」
おいおい、それを聞いたら、危険な国宝級防険者がいるとわかっていても、俺たちが行かないわけないじゃないか。
妹を危険に晒すようなことを言うなんて迂闊すぎる……。
「なぜ教えるかという顔だな」
「……ああ」
「今頃、セクタバ王国から【国宝防険者】が向かっているからだ」
「!」
「あちらの国にとっても巡礼騎士の愚行は沽券にかかわる事態だからな。よって、お前たちが到着する頃にはケリがついているだろうさ」
「なる……ほど」
「無論、こちらの人員も向かっている。【精霊琥珀】の回収には立ち会えるかもしれんぞ」
「……ありがとう。教えてくれて」
「妹の友達のためだ。
……ところで、お前、そんな喋り方だったか?」
「猫を被るのをやめてね……」
「ふむ。少々生意気だが、その方が似合っているな」
次々言われるあたり、よほど性に合ってなかったのだろう……。
長年やって来てたのに複雑だが……。
「とにかく、そんなわけだ。お前はどうするつもりだジゼロジゼロ? 流石にわれは今の状況で国境に向かうなぞ許されん。ついていってやることは出来んが……」
そうは言っても、たぶんジゼロジゼロがついてきてって言ったら任務をぶっちぎって来てしまうであろうことはわかる。
ジゼロジゼロの返答は、極めて重要だ。
「……」
彼女は考え込むように俯いていたが――
「もちろんジーロと二人で行きますわあとお腹がすきましたわ」
ひと息で腹ペコなことを伝えてきた!
文章に切れ目がないあたり、よっぽどだ!
どういう仕組みかわからないが、急にぐぅぐぅお腹が鳴り始めてるし!
「なんだと!? まずい、着の身着のままで来たので、食料など持ってきていないぞ!!」
苛烈な戦闘の中でも余裕を崩さないファルケファルケが、じたばたという効果音が出そうなほど動揺している……。
「なんということか! われに母乳が出たならば、ジゼロジゼロにやれるものを!!」
「何口走ってんだアンタ!?」
如何に性的なものへの宗教的忌避感の無い世界とはいえ、ここまでぶっとんだ奴は流石にいない!
「お姉様ったら恥ずかしいですわ!! わたくしが初等部に入るまでお母様におっぱいせがんでいたことが推測できてしまいますわ!!」
「もう二人とも黙って!!」
結局、山盛りのバナナを生成して、その場を収めたのだった――
この時、もっとちゃんと聞いておくべきだった。
アルガスがどんな人間だったのかを。
そうしていれば、あの悲劇は防げたのかもしれなかった……。




