56・火竜公主
白骨公主に致命の一撃を加えた俺は落下していたが、パコニカが雲を飛ばして受け止めてくれた。
ゆっくり降下していく中、公主に異変が起きているのを見た。
公主の体が、黒い煤となって崩れ落ちていくが、腹の部分が輝いていた。
殻の無い卵のようなもの。
オレンジ色の液体の中で、何か人型に見えるものが膝を抱えて体を丸めている。
それはまるで、誕生を待つ胎児――
「なんじゃあれは!?」
パコニカもわからないのか!
どうやら何か異常事態が起きているのは間違いない。
白骨公主は妊娠していたということか!?
だが、そんなことより――
「スパルネはどこだ!!」
黒い煤の、どこかにいるはずなんだ。
俺の【死】は、何体もまとめて殺せるような、そういう性質じゃないのは肌感でわかっている。
あくまで、個体に死という概念を押し付けるスキルなのだ。
それによって死の無いモノも死に、生きている者は死んでいる状態になるだけ。
だから、丸のみされたスパルネは、きっとどこかに――
「もしかして、あれがスパルネさんなのではなくて?」
「!?」
地上に戻っていたジゼロジゼロの言葉に、改めて卵に目を向ける。
卵の中にはやはり人型が見える。
背格好はスパルネに近いかもしれない。
だが、尻からは尻尾が見えているし、翼も見えている。
まさにドラゴン人間だ。
「あれが、スパルネなはずが……」
と、次の瞬間、卵から強烈な閃光が放たれた。
一瞬遅れて熱波が駆け抜け、雲がかき消されてしまう。
幸い地表近くだったので大きな怪我もなく済んだが、輝きに視力を奪われる。
白にしか見えない世界が色を取り戻したとき、それは地表に降り立っていた。
「なっ……」
燃えるような赤い髪。
コウモリのような翼。
トカゲの尾。
鹿のような角。
胸や鼠径部を申し訳程度に覆う鱗。
どこからどう見ても、ドラゴン人間だ。
だが、その顔は――
「スパルネ!?」
明らかにスパルネの顔をしていた。
「ど、どういうことだ!? 無事だったのか!?」
「そうですわ! な、なにがあったんですの!?」
思わず駆け寄って行く俺たちへ、スパルネは蔑むような視線を向けた。
「なぁに? アンタたち。馴れ馴れしいんですけどぉ?」
「!?」
言うや、腕を振り、熱波を放つ。
それは技やスキルとは言えないようなものだったが、俺たちはあっという間に吹っ飛ばされた。
「うぐっ!?」
体を地面に打ち付け、そこで思い出したかのように骨槍で抉られた肩が痛みだす。
「ぐぅう……俺たちがわからないのか、スパルネ!」
すぐに駆けていきたいが、体がまともに動かない。
「無理はいけませんわ!」
ジゼロジゼロが、【大地の癒し】で肩の傷を手当してくれたが、火山は植物の力と相性があまり良くないのだろう。
出血こそゆっくりになっているが、最低限の回復すら時間がかかりそうだった。
だが、おかげで痛みが思考をクリアにしてくれる。
激痛というノイズこそあれ、気を失うということはない。
だから、考えろ。
今、何が起きている。
「どうしたんだよスパルネ!」
「スパルネぇ? 誰のことを言ってるのかしらねぇ」
「どう見てもスパルネだろ!」
「知らないわよ! わえはそんな名前じゃないわ!」
「だったら、何という名前ですの?」
「それはもちろん……もちろん……」
考え込むドラゴン娘。
自分の名前がわからないとは、どういうことだ。
スパルネが記憶を失っているのか?
何かされたのか?
一体、何が……
「そ、そう! わえの名前は火竜公主! 誇り高きドラゴンの姫なるぞ!!」
胸を張って宣言されたが――
「でも、ドラゴンにしては人間っぽすぎますわよ?」
「にゃっ!?」
「っていうか、今考えた名前だろそれ」
「にゃにゃっ!?」
図星を指されて、明らかに狼狽している火竜公主(仮)。
「なぁ、本当はお前自身もわかってないんじゃないか?」
「そ、そんなことはないわぁ! わえは、お前たち人間を支配する者! 完全上位種族なのだわぁ! 頭が高い! ひれ伏しなさいよぉ!!」
もう後半は思い付きで喋っているとしか思えない取ってつけた感。
「もういいスパルネ。お前は、白骨公主に取り込まれかけたことで、記憶を失ってしまったんだ。だから――」
「うるさいうるさい!! わえは、ドラゴンなの!! 人間ごときが、ぴーちくぱーちくうるさいのよぉ!!」
火竜公主(仮)は癇癪を起し、それに呼応して炎が周囲に撒き散らされる。
「やめろ! やめるんだ!!」
「見なさいよぉ! ドラゴンの権能! 【不死鳥】の火炎を!」
「それは権能じゃない! スキルなんだよ!! 人間としての力なんだよ!!」
「だから人間じゃないって言ってるでしょお!!」
火竜公主(仮)は口から火炎を吐いた。
「うおぉ!?」
「きゃあっ!?」
咄嗟に正面にバナナの木を生やしてガードするが、炎の勢いが凄まじく、そのまま吹っ飛ばされてしまう。
バナナの木とは言うが、厳密には巨大な草にすぎない。
圧力を持った火炎放射にあっという間にずたずたにされてしまう。
「ほぉら! ざーこざーこ!!」
ご機嫌に笑う火竜公主(仮)。
ダメだ……。
完全にスパルネの記憶は無くなっている。
だが、かと言って白骨公主ほどの残酷さも感じられない。
おそらく、基本はスパルネなのは間違いない。
そこに、ドラゴンとしての因子が混ざって混乱しているのだ。
「にゃーはっはっはっはっ! ざぁこ、ざぁこ!」
こんなことになったのは【不死鳥】のスキルが原因だろう。
不死鳥は自らの灰の中から蘇るという。
つまり自己再生のスキルなのだ。
だが、それごと取り込まれようとしたために、バグが起きた。
【不死鳥】のスキルで再生しようとするスパルネと、それを取り込んで【死】から蘇ろうとする白骨公主が混ざり合ってしまったのだ!
スキルの本来の持ち主はスパルネであるから、その綱引きに勝ったのだろう。
その結果が、この火竜公主ということか――
「もう、やめてくれ……自分だって何をしていいかわかっていないんだろ? 話し合おうよ……」
「だ、だぁれが、人間なんかと! わえはねぇ、人間を滅ぼすすっごいドラゴンなんだから!」
「ほぉう、人間を滅ぼすか。ならば、見逃すわけにはいかんな」
響いて来たその声は、間違いなく――
「【ダイヤモンドダスト】!!」
ファルケファルケのものだった。




