50・白竜襲来
「待て待て待て待て!! いやこれも何度目だ!! トカゲ人間たちと別の敵がいる!? どういうことなんだ!?」
「言葉通りの意味でございます。しかし、具体的にはわかりません。恐ろしく慎重で隠蔽に長けたその敵は、しかし確実に侵食を行っているのでございます」
「侵食ってなんですの……?」
「世界の汚染。異界律の侵食にございます。砂漠に魚が泳ぐように異常が常識と置き換わってゆくのです」
「……!」
一階の砂海はそのせいか!
感覚が麻痺していたが、やはりあれは異常なのだ。
「精霊のみなさまが力を失っているのは、実はそのためなのです。異界律の侵食を、この大迷宮に閉じ込めることで、最小限に抑えたのです」
「それはおかしいの。小僧らに与えた力は異界のものであろう」
「確かにそうだ。異界の力でスキルを進化させてるんでしょ?」
「侵食しているのは、邪神ですので」
「!?」
「ジャシン? なんですのそれ?」
そうか、この世界には邪神の概念もないのか……!
「創造神と対になるような存在です。プラスとマイナスですから、他の世界の因子とは意味が違うのです。人が人として生きている世界の因子と、人が人でいられない世界の因子では……」
「人が人として生きられない世界……」
それはどんな世界だろう。
人の形を保てないような世界か、それとも家畜として扱われるような世界か。
確かにそんなものの因子が混ざって欲しいとは思わない。
「まぁ、私の知識ではそれ以上のことはわかりませんが。所詮、精霊のみなさまからこの修行場を運営するために与えられた情報ですので」
「だったら、もう戻るべきだ。スパルネが待ってる」
「なんと寂しい。ヨヨヨ……」
しらじらしいバトラーはほっておく。
それどころじゃないのだ。
「サービスでエレベーターを地下二階に直結させてあげようと思いましたが……」
「早く言えよ!!」
しかも、実は修業場にもエレベーターを出せるとか言い出した。
確かに、神殿が現れる前の壁にそっくりの真っ白な部屋だ。
同じように壁が組み代わり、エレベーターが現れるのだった。
バトラーに振り回されっぱなしだった気がするが、とにかく新しい力は手に入れた。
ジゼロジゼロも、何か掴んだようだった。
あと、バナナをご所望だったのでいっぱいあげた。
今できることは全てやった。
意を決して乗り込んだ。
空間を繋いでいると思われるエレベーターは、存在しない地面を昇っていく。
「……ふぅ」
「緊張していますの? きっとスパルネさんは無事ですわ」
「……それもあるけど、新しいスキルが……ちょっとね」
「……底冷えするような怖さがありましたわね」
「うん、慎重に扱わないと……」
「そんな余裕のある状況じゃとよいがな」
エレベーターが止まり、ドアが開いた時、そこは火山の麓からやや離れた丘だった。
岩の塊が散在する一角、その岩壁にエレベーターは埋まるように現れていた。
そこからの景色は、絶景と言えた。
激しい噴火こそないものの、火山から溶岩が流れ出し、赤く輝いている。
月光と火山の輝きで、常闇のこの階層でも、比較的ものが見える。
まず目に入ったのは麓に布陣する集団。
中でも問題なのは――
「ドラゴン……」
ジゼロジゼロが思わずつぶやいた。
岩陰に隠れて覗き込んだ敵集団は、数こそ多くはない。
トカゲ人間たちが6体。
そして、白い竜が一匹。
およそ、5m弱。遠目からのサイズ感は象に近い。
おそらく、ダンジョンの入り口や階段を通れるギリギリのサイズだろう。
白く輝く鱗に、鹿のような二本角。
小さめの手と、大きな足。
地球における東洋の龍とも西洋の龍とも違うが、ドラゴンとわかるもの。
美しさすら感じる生物だった。
でも――
「あれは……火傷……?」
こちらからだと見にくい反対側だが、その美しい白鱗に大きな傷跡が刻み込まれている。
火山に棲むドラゴンがそう簡単に火傷をするはずがない。
つまり――
「アイツがファルケファルケと戦ったのか……!」
ファルケファルケは雲中の敵に「ダイヤモンダスト」を叩きこんだ、と言っていた。
おそらくその凍傷だ。
逆に言えば、アイツは国宝並みかそれ以上の強さということになる。
「……まずい。そんなのとは戦えない」
「戦う必要はあるまい」
「え?」
「嬢ちゃんをさらって逃げればええんじゃ。あの巨体ではエレベーターにも入れんじゃろうしな」
「確かに……! でもスパルネはどこに……」
「あそこじゃありませんの?」
ジゼロジゼロが、小さく指で差し示した先、ドラゴンたちから少し離れた位置に骨の檻がいくつか並べられていた。
中に、人影も見える。
「あれだ……!」
「ならば、わしが大雨でも降らせて隙を作ってやるかの」
「頼みます」
と、作戦を立てていた俺たちだが、白い竜がぎろりとこちらに視線を向けた。
「まさか、こっちに気づいて――」
白竜の両角の間で電撃がスパークした。
次の瞬間、そこから凄まじい雷の奔流が放たれ、俺たちの居た岩場を薙ぎ払った――




