44・モザイク世界
ジゼロジゼロの肉圧に、家が弾け飛び、俺たちは自由になった。
液体入りの小瓶が転がっていたので飲ませたらすぐに縮んだが。
そうして飛び出た外は、予想とは大きく異なっていた。
巨大化するケーキは、「不思議の国のアリス」に出て来るものだ。
だから、外も当然不思議の国が広がっているものだと思っていた。
しかし――
「どういうことなんだろう……?」
平野に湖がある。
そこに、水色のフラスコのような塔が建っている。
強烈な既視感。
これも見覚えがある。
ヒエロニムス・ボッスの絵だ。
湖の中には、ベックリンの絵画「死の島」そっくりの島も浮かんでいる。
平野のあちこちに、どこかで見たような彫像群や、溶けた時計だとか煤に蜘蛛の脚がついたものだとか、わけのわからないものが点在している。
「なんですのここは……」
「見覚えがあるようじゃの。小僧?」
「無くはないんだけど……色んな絵の風景がごちゃまぜになった感じなんだ」
「絵とな」
「美術館の中身が溢れ出したというか……」
「あら、美術館に行ったことがあるのですね。一般に公開されていませんのに」
「あ、あ……いや、伝聞だけどね」
そうか。この世界で美術館など貴族が趣味で抱え込んでいるものだろう。
その意味では、「驚異の部屋」の世界なのかもしれない。
ドイツの王侯貴族が道楽で名品珍品を集めて陳列していた部屋。
それがこの景色いっぱいまで拡大した感じだ。
「それで、わしらはここでどうすればいいんじゃろうな……」
たしかに、皆目見当がつかない。
あの塔に進めばいいのだろうか。
「ようこそ」
不意に声が響いた。
振り返ると、そこにはいわゆる糸目の長身の執事が立っていた。
「だ、誰だっ!?」
「私は案内人ですよ。バトラーとでもお呼びください」
「あらそうですの。よろしくお願いしますわ」
いや、貴族で慣れているのかもしれないが、受け入れが早すぎる!
「こやつ、敵かもしれんぞ」
「そこのとこどうですの?」
「まさかまさか。敵のはずがありません」
「ですって」
「ですってじゃないわい。おぬし、本当に心配になるのう……」
「あははは。私が敵なら後ろから刺していましたよ。もっとも、そんなことは出来ないのですが」
言ったその姿にジジッとノイズが走る。
「立体映像!」
「ご明察。ものに触れることも出来ないんですよ。危害を加えようがない」
ほら、とバトラーが腕を俺の腹に突き入れる。
「わぁっ!? 大変ですわ!!」
そのまま貫通するが、当然なんの影響もない。
「いや、大丈夫。彼は幻みたいなものなんだよ」
「その通りです。ですから、ご安心ください」
バトラーがにっこり笑う。
裏切りそうすぎる笑みだ。
「案内人じゃと言うなら、説明してもらおうか。ここはなんじゃ?」
「ここはモザイク世界でございます」
「モザイク……寄せ集めということかの?」
「左様でございます」
そう言われると、合点が行く。
でたらめに組み合わせられたのは、そういう世界だからか。
でも……疑問は増える。
「なんのために存在する世界なの?」
「無論、スキル進化のためでございます」
「スキル進化? どうやるんですの?」
Dスキルは通常、使い込むうちに成長する。
単に回数というわけではなく、経験の濃度によっても変わる。
修羅場を潜れば、伸びが良くなるのだ。
また、才能も重要になる。
どれだけ努力したところで、国宝クラスになることは不可能だ。
それでも人々はそれを望み、日々魔物と戦いながら、上を目指す。
だが、どうやってスキルを成長させるのかに、いまだ定説はない。
「無論、修羅場を潜って頂くのです」
「それはどこでも出来るじゃろう」
「ここの方が効果的なのですよ」
妙に自慢気に言うバトラー。
それで、何となく思っていたことが確信に変わる。
「それはモザイク世界だから?」
「鋭いですね。その通りです」
「ど、ど、どういうことですの? 話が全く見えませんわ」
「ここは異界の因子が召喚された場所だということです」
やはりそういうことか。
それ自体は不思議なことじゃない。
俺自身が異世界転生をしているのだから、異世界から何かを呼び込むこと自体は可能なはずだ。
敵が異世界の者なのかはまだ確証がないが……。
「異界因子との接触により、スキルは進化します」
「でもやっぱり、スキルの成長はどこでも同じでしょう?」
「いいえ。成長ではございません。進化なのです。異界因子の摂取により、この世ならざる力を得るのでございます」
「進化……そういえば、前にジーロがわたくしの新たなスキルをそう呼んでいましたわね」
「そうだね……って、あ」
この世界に進化論はない。
神が全てを用意した世界ということになっているから生まれようがない。
進化なんて概念自体がない。
「あれは成長みたいな意味の言葉だと思っていましたのですけど、違うんですの?」
「そう、だね。より環境に適応したものというか……別種になるというか……」
「次元の違う力を手に入れられるというわけかの?」
「まさに、でございます。ここでの修業はスキルの次元を引き上げることでしょう。具体的には、専用のボスと戦って頂くのですが……」
「ちょっと待った。修業に進む前に確認しておきたいことがある」
このまま、するすると戦闘に入りそうな流れだが、謎は放置できない。
「何でございましょう?」
「君をここに配置したのは誰?」
神なのか精霊なのか。
はたまた別の何かか。
その思惑が見えないことには、信用もできない。
「私を、生み出したものという意味でしょうか。それでしたら簡単です」
にっこりと笑うバトラー。
「もちろん、貴方ですよ。ジーロ様」




