42・【Eスキル】
砂嵐に空いた人型の空白は、がっしりした男性のシルエットに見えた。
よく見ると空白ではなく、風が渦巻いて人型を成している。
「もしかして……精霊さまでして?」
俺もまず浮かんだのはそれだ。
精霊の容姿というのは実は正確には伝えられていない。
人の形に化身するという説もある。
ならばこの風の塊は、風の精霊なのではあるまいか。
「急げ……」
風の塊は、ジゼロジゼロの問いかけには答えず、つぶやいた。
空洞を抜けるような音が、声を成していた。
「何にですの?」
「しっ、ここはあやつの話に集中せよ」
「!」
ジゼロジゼロは律義に、口を両手で塞いでいる。子どもか。
「進んではならぬ……」
「なっ!?」
驚いて聞き返そうとする俺の腕をジゼロジゼロが引いた。
しーっ、と口に指を当てている。
なお、この世界でも「静かに」のジェスチャーは同じだ。
ともかく、そのおかげで冷静になれた。
「今のお前たちでは勝てぬ……」
「!」
「奴らは……今の我らでも防ぎえぬ……」
なんだと……!?
侵深偵団とは、精霊が警告に来るほどの敵なのだ。
だが、警告されたところで、進まない選択肢はない。
覚悟を決めて一歩踏み出そうとしたが――
「エレベーターから【深世界】へ進め……」
深世界!?
なんだそれは!?
「【Eスキル】を成長させよ……」
人型に渦巻く風にしか過ぎないはずが、俺を見て言ったように感じた。
とすれば【大地母神】ではなく【バナナ型神話】を指しているのか?
「急げ……」
それだけ言い残すと、風は爆ぜて消えた。
元から何もなかったかのように、砂嵐がその空白をあっという間に埋めてしまう。
「【Eスキル】……?」
なんのEだ?
エレメンタルスキル?
エラースキル?
わからない。
一応断っておくと、俺が自前で翻訳して物を考えているだけで、この世界にエレメントやエラーという英語があるわけではない。
これ自体、誰に聞かせたり読ませたりするものではなく、自分の考えをまとめるために心の中で叙述しているに過ぎない。
思考するための言語が日本語なので、この世界の言葉は第二言語のような感覚だ。
ある意味では、「この世界の俺」が「前世の俺」に話しているのに近いかもしれない。
そんなことより、母音だけではいくらでも想像できてしまうだけに、今考えるべきはそこではない。
「これからどうしますの? 進みますの、戻りますの?」
「精霊に従うべきじゃろうな。あれほどの存在が、わざわざ人間に話しかけるなど、よほどのことじゃ」
「……」
きっとそうなのだろう。
それが正しい。
頭ではわかっている。
だから、自分の太ももを力いっぱいつねった。
「いいんですのよ?」
「え?」
「我儘くらい言ってもいいのです。スパルネさんを追いかけたいのでしょう?」
「……!」
そうか。
そんなにバレバレだったのか。
「……いや、戻ろう」
「本当にいいんですの?」
「うん……精霊もよほど余裕がなかったんだと思う。余力があるなら砂嵐も止めただろうし」
「言われてみれば……」
「思ったより冷静じゃの。おそらく正解じゃ。精霊は本来姿を現さぬ。あるいは形などないのかもしれぬ。かなり無理をして現れたのであろう」
「でも、入り口で伝えなかったのはなぜなのでしょう?」
それは確かに気になっていた。
砂嵐は、おそらく自動でそうなるような仕組みにしているので、変えるのに力を使うからだろう。
「階段の周りの石柱は、おそらく風の精霊殿だったのじゃろう。長らく人が訪れず、朽ちたが、ここがもっとも精霊の力が発揮しやすいと考えられる」
「なるほど……別空間に繋げているくらいだしね……」
「どうじゃ? ちゃんとダンジョン考古学者じゃろう?」
見せつけるように笑うパコニカ。
「……一本取られたよ」
「うむ。それより早く戻るぞ。ここから戻るのにも時間がかかるでな」
「ええ。わざわざ精霊が言うくらいですし、よほど強力なスキルが手に入るに違いありませんわ。急ぎましょう」
「ちょっと待って。その前に確認したいことがある」
「なんじゃ?」
「パコニカはスキル神殿から地下に降りたの?」
「当然、気になるか」
助けた際に、敢えて言及していなかったので気にはなっていた。
ダンジョン考古学者ならば、真っ先にそこを調べそうなものだ。
「そうじゃな。無論調べた。じゃが……」
「何があったんですの?」
「何があったと言うか……何もなかったというのが正しい」
「ええっ!? それじゃ、行く意味がありませんわ!」
「待て。何もないというのは無の空間という意味ではない。土壁のみがあったのじゃ」
「いや、どっちにしろ先に進めないんじゃない?」
「ただな、使い方のわからぬ道具があったのじゃ。あれの使い方さえわかれば、先に進めるかもしれぬ」
「道具?」
「口で説明するのは難しい。じゃが、地下四階のように、おぬしならわかるかもしれんと思ってな」
「なんだろう……わかるかな……」
わからなかったら、手詰まりだ。
だが、精霊がわざわざ語り掛けてきたのだ。
きっとわかるはず。
そう信じて、俺たちは来た道を戻った。
特に何も起こらなかったので、道中については割愛する。
そして、入り口そばのエレベーターに乗り、下へ降りた。
そもそも階層は空間が繋がっているだけだから、降りているというのも正しいかはわからないのだが、確実に降下している体感はある。
途中、神殿で一度ドアが開いたが、再度下を押すと更に下っていった。
果たして、地下六階に辿り着くと、確かにそこは土壁だけの空間だった。
小部屋程度の空間を、土壁が取り囲んでいる。
「なんとも殺風景ですわね……」
「で、道具って……」
周囲を見渡すと、あっさりそれは見つかった。
円筒状の金属の先についた銀色の三角形。
螺旋を描くそれは――
「ドリルじゃねーか!!!???」
この世界に、あまりに不釣り合いな代物だった。




