29・【国宝防険者】
現場に着いた時、既に戦闘は終わっていた。
ばらばらに砕けた氷はまだ解けず、水晶の谷と言えるほどの美しさを見せている。
その中に、ぐちゃくちゃに潰れた魔物の死屍累々が溢れ、冥界かのようだ。
その天国と地獄が共存する光景の真ん中に、【国宝防険者】と称される人物が立っていた。
【国宝防険者】はこの国に一人しかいない。
圧倒的な実績から「国宝級」と称される人物は数人いるが、実際に認定されているわけではない。
そんな彼らですら雲の上の人間だ。
防険者の中の防険者。
一代限りの栄誉とはいえ、国王にも比肩する賞賛を浴びる者。
幼子ですらその名を知らぬ者はない、【永久凍土】ファルケファルケ。
だが、その姿は――
「シスター……?」
黒いロングのワンピースに、黒いベールを被る、長身で地面につかんばかりのロングの黒髪。
まるでシスターのような姿だ。
「何よそれ? あんたの姉なわけないよね。この幼馴染でも知らないんだから」
「あ、いや……そういう意味じゃないんだが、あの服装は珍しくて」
この世界はスキルをもたらした唯一神を信仰する宗教が主だが、黒服のシスターというのは存在しない。
神殿の巫女たちの服は白や赤だ。
それにあんなに厚着――あくまでこの国基準――ではない。
「ありゃあ、拘束具さ」
「!?」
突然、背後から声をかけられて肝が冷える。
こんなの漫画だけかと思っていたが、実際に何の気配も感じなかった。
驚きすぎてスパルネもびっくりハテナとすら言っていない。
急に現れたのは、だるだるの服装で天然パーマの中年男だった。
「あなたは……?」
「俺ぁ、あの人のお目付け役みたいなもんさ。むしろお前さんたちは何だ?」
「俺たちは……駆け出しの防険者で……」
「【千魔夜行】は駆け出しが追いかけていいもんじゃあねえな」
ピンとデコを弾かれる。
「おいダンバド、何を話している」
と、ファルケファルケがこちらに気づき、近づいて来た。
遠くだったので縮尺を見誤っていたが、相当に長身だ。
2mを超えている。
そして、凍てつくほどの鋭い視線はクールビューティーの極北と言える。
「なぁに、この駆け出しの子たちと、世間話をね。アネさんの服を珍しがってたもんで」
「アネさんはやめろと言っているだろう。お前の方がずっと年上ではないか。だいたいわれの服などそう珍しがるものでもなかろう」
「いや、珍しいでしょ。寒い北方ならともかくね。だいいち、北方だって拘束具として服は着やしませんし」
「仕方なかろう。陛下から戦闘時以外は脱ぐなと言われているのだから」
なるほど、そういうことか。
スキルの源となる【万気】は皮膚呼吸で吸収する。
だからみんな大きく肌を晒しているのだ。
逆に厚着をするということは、【万気】吸収を制限しているということ。
つまり、それほどまでに隔絶したスキルを行使できるがゆえの安全装置でもあるということか……。
「おい、お前」
「え?」
そのファルケファルケがずいずい迫ってくる。
そして、鼻を近づけてくんくんと匂いをかぎだした。
「なななななななななななななななな」
とんでもない美女がゼロ距離まで来ているが、隣でなななbotと化したスパルネが気になってどきどきするどころではなかった。
「お前からは妹の匂いがする」
「い、妹?」
「ジゼロジゼロに決まっているだろう。こんなに似ている姉妹なのだから!」
「ジゼロジゼロのお姉さん!?」
全然、似ているようには思えないけど……!
うそだろ!?
ほんわかほわほわのジゼロジゼロと、空気を引き締めるほどのクールなファルケファルケ。
体のデカさ以外で、共通点は見いだせないが……。
「確かに髪の色こそ違うが、ほとんど同じだろう! それより、なぜお前から妹の匂いがするのだ! こっちの少女からもするな! なんだ! どういうことだ!」
なんかクールさがどんどん消えていく……!
この人、国宝なんだよな……?
「ええと、成り行きで今パーティー組んでまして……」
「なに! では妹もいるのか! どこだ!」
「いや、妹さんは、センテールの神殿に――」
「センテールだとぉ!!!!!!! 壊滅したところではないか!!!!! 助けに行かなくては!!! というか無事なのかああああああ!!!!」
身長差のせいでネックハンギング気味に吊り上げられてしまう……!
この暴走するところ、間違いなく姉妹だ!!
「ぐ、ぐぇ……」
「ぐえとはなんだ! 何かの方言か!?」
「大丈夫です! むしろ負傷者の救護をしてますから!」
首が締まっている俺の代わりにスパルネが教えてくれたが、ファルケファルケが興奮しすぎて聞いていない……!
死んじゃう……!!
「はいはい、アネさん落ち着いて。ほら、ジゼロジゼロ人形ですよ~」
天パのおじさん――ダンバドが、ジゼロジゼロに似せたぬいぐるみを掲げる。
ちなみに銀髪で、今の緑髪ではない。
「ジゼロジゼロ~~~なんてお前は可愛いんだぁ~~~~~!!」
俺をほっぽりだして、ジゼロジゼロ人形にほおずりするファルケファルケ。
「悪いね。10近く年が離れてるから、娘みたいに可愛いらしい」
「それにしたってやりすぎでしょ……」
「……死ぬかと思いましたよ……」
「アネさんの病気みたいなもんだと思ってくれ。国家最強の兵器みたいなもんだから、なかなか自由にも動けなくてね」
そういうものなのか……。
遠目から見ただけでも、一国を余裕で落とせそうなスキルだったし理解はできる……。
「……で、お前たち、名前は? 人の名前はあまり覚えようとは思わないが、妹の仲間ならば別だ」
「全部言っちゃうところ、妹さんとそっくりですね……えっと、俺がジーロで……」
「私がスパルネです」
「よし! 覚えたぞ! ジーロにスパルネ!」
腰に手を当てて自信満々に言うファルケファルケとは対照的に、ダンバドはげんなりいしていた。
「……そんな簡単に覚えられるなら、防協の会長の名前、覚えてくださいよ」
「知らん! 坊主なのは覚えているからいいだろう!」
「雑ぅ……」
なんだろう。もしかして名前を覚えられたのはすごく光栄なのだろうか。
ちなみに防協とは防険者協会のことだ。
ギルドと呼ばれることもあるが、ノリが農協に近いので防協がしっくり来る。
などと話していたその時、突如、魔物の死体から何かが飛び出した。
「あっ!?」
それがアバラを開いた骨の化け物だと気づいた時、そいつはファルケファルケに背後から襲い掛かっていた――




