尊号一件
主上はもともと、即位するはずのない閑院宮家の生まれ。帝となるための教育など受けてはこられなかった。
それ故、九歳で急きょ即位した後は、徹底的な「帝王学」の学びを自身に課した。
最高峰の学者たちを御所に招き、直々に講義を受けた。特に、儒学(朱子学)や歴史学の第一人者であった公家の芝山持豊などを重用。
それは単なる教養ではなく、朝廷の権威を取り戻すための武器であった。
古典と有職故実(ゆうそくこじつ・朝廷の歴史や儀式の先例)を最も熱心に学んだ。
過去の天皇がどのように政治を行い、どのように幕府と渡り合ってきたかを徹底的に調べ上げる。
主上は、関東(幕府)の言うがままのお飾りの朝廷から脱皮することを、強く志していた。
これらの学びは、長く途絶えていた神嘗祭の奉幣など、古代の朝廷儀式を次々と復活させる形となって実を結びつつあった。
これは学問の実践であると同時に、
“朝廷こそが日本の正統な支配者である”という意識を幕府へ示すものでもあった。
今日も主上は、側近の中山愛親、正親町公明らを呼び、密談を重ねていた。
「定信は国中に『親孝行をせよ』と命令している。ならば、天皇である私が実の父親に最高の親孝行――尊号の贈与をしたいと言えば、定信は絶対に正面から否定できないはずだ。もし否定すれば、定信は自ら奉じる朱子学の教え(天理)に背くことになる」
「しかし、先例がないと突っぱねられるのではございませんか?」
「“過去に皇位に就いていない実父に、太上天皇の尊号を贈った先例”ならある」
「誠にございますか!」
「ああ。
後高倉院、後崇光院――いずれも、御位に就かれなんだ御方に、太上天皇の号が贈られた例だ」
「それでは、閑院宮典仁親王殿下に太上天皇の尊号を贈りたいとの主上のご意向、さっそく幕府に打診いたしまする」
「どの様な返答がくるか。簡単にはゆくまいがな」
「はい。主上おひとりの想いではなく、朝廷全体としての確固たる意思であると示すことが肝要かと存じます」
「それは一筋縄ではいくまい。
関白や武家伝奏は幕府への配慮で慎重にならざるを得ん。
公家たちを大っぴらに集めて合議することも、関東を刺激する」
「某に妙案がございます」
「どのような策だ?」
「主上から公家ひとりひとりに宛てた文を書いていただき、それに対する返書の形で“意見書”を出させるのです。
これならば、関白閣下や幕府への遠慮で口に出せない本音が聞けましょう」
「なるほど。
個別のやり取りであれば、謀反の密議などと難癖をつけられることもあるまい。
さっそく、尊号を贈りたいという打診を幕府へ伝えるように。
同時に、公家衆への文の準備を進めてくれ」
こうして、後に『尊号一件』と呼ばれることになる、朝廷と幕府の大論争が始まった。
打診に対する幕府の反応は頑なであったが、それは想定の範囲内であった。主上(光格天皇)は断固として尊号を宣下すると譲らない。
しかし、思わぬところから横槍が入る。
欣子内親王の祖母であり、崩御された桃園天皇の女御でもあった一条富子(恭礼門院)であった。
幕府との交渉が決裂しかけていると聞きつけた富子は、孫の欣子内親王を自身の部屋へと呼び出す。
欣子から主上へ、思い留まるよう説得させるためであった。
「女一宮(欣子)、よくお聞きなさい。主上のなされようは、朝廷の長き伝統を穢すただの『我が儘』です。
あの大火で御所を焼かれ、徳川の金で建て直してもらっている最中に、幕府を敵に回してどうするのです。朝廷が破滅します。
そなたは中御門流の正統なる血筋の内親王として、主上の暴走を止めねばなりません」
富子は、かつて夫・桃園天皇の近臣たちが幕府に処罰された『宝暦事件』の恐怖を忘れていなかった。
これ以上、幕府を刺激してはならぬ――それこそが朝廷の面子と存続を最優先する富子の信念であった。
「まだ入内前ゆえお目もじは叶いませぬが、文で……いえ、事が事ゆえ、院さま(後桜町上皇)のお許しをいただいて、私が付き添いでお諫めに参らねば……」
富子は、欣子が自分と同じように天皇を諫める側に回るだろうと信じて疑わなかった。
しかし、祖母の前に平伏していた欣子内親王から、思わぬ言葉が返ってきた。欣子はゆっくりと顔を上げると、祖母の目をまっすぐに見つめ返した。
「お祖母様。主上は我が儘で動いてはおられませぬ。この国のため、民のために、幕府のご機嫌を伺うばかりのお飾りの朝廷であってはならぬと、天皇の威光を命がけで示そうと戦っておられるのです。
私はどこまでも、主上のお味方でございます。中御門の娘としてではなく、主上の『女御』として生きる覚悟にございます」
富子は確かに、「女御たるもの、いかなる時も凛として主上を支えよ」と欣子に教えてきた。
その教えをそのまま返され、富子は反論の言葉を失う。
窮した富子は、今度は最後の拠り所として院(後桜町上皇)の元へ駆け込み、訴えた。
「院さま、どうか主上をお諫めくださいませ。このままでは朝廷が立ち行かなくなります。
幕府の機嫌を損ねれば、御所の造営さえも止められてしまうやもしれませぬ」
仮御所の庭を静かに眺めていた後桜町上皇は、ゆっくりと富子を振り返った。
「恭礼門院殿のご心配ももっともなれども、今、主上の面子を潰してはなりませぬ。
救済米を幕府に放出させたことで、主上への民の敬慕の念は高まっています。
主上は弛まず学問に励まれ、久しく絶えていた儀式の復活に真摯に取り組んでおられる。幕府と決定的に決裂するような、愚かな振る舞いはなさいませぬ。
……恭礼門院殿、主上があの『桃園院』のようにおなりでは、とご心配か?」
「……っ」富子はハッとしたように息を呑み、面を伏せた。
富子にとって桃園天皇の崩御は、失意の政治闘争の果ての傷として、今も胸の奥深くにくすぶっていたのだ。
後桜町上皇は、富子の怯えを包み込むように、ふっと優しい微笑みを浮かべた。
「私からも、主上に言葉をかけておきましょう。幕府には弱腰ではいけませんが、強く押すばかりでは物事は進みませぬ。時期を見ることが大切であると。
……それと、周りの大人たちにあまり心配をかけるようでは、せっかくの親孝行が、かえって不孝になりますぞ、とな」
上皇の温かくも鋭い釘に、富子はハッとして面を伏せた。
宝暦の影に怯え、主上を止めねばと焦るあまり、己もまた視野が狭くなっていた。
何より、先ほど「主上の女御として生きる」と毅然と言い放った欣子内親王の、あの真っ直ぐな瞳が脳裏に蘇る。
富子は深く一礼し、静かに部屋から退出していった。
その後、尊号一件は、老中・松平定信の強硬な姿勢の前に、朝廷側が事実上の引き際を選ぶ形で決着を見た。
定信が重んじる朱子学の「親孝行の徳」を逆手に取り、幕府と対等な関係を再構築しようとしたこの乾坤一擲の賭けは、実父への尊号贈与の拒絶という、一見すれば朝廷側の敗北に終わったのである。
だが、決着を見届けた主上の下に集まった側近、中山愛親と正親町公明の表情に、暗い陰りはなかった。
彼らが手元に積み上げたのは、今回の談判の過程で、多くの公家衆から提出された膨大な意見書の束である。
主上は知る由もない。
この一件の裏で、まだ正式な入内も叶わず、直接会うこともできぬ許嫁――欣子内親王が、「お飾りの朝廷であってはならぬ」と、自分と同じ覚悟を抱いて富子に立ち向かっていたことを。
天明の大火の夜、炎に包まれる御所を逃れ、避難先の聖護院で一度だけ言葉を交わしたきりの二人の魂は、過酷な政治の嵐の中で、確かに同じ地平に立っていた。
愛親と公明を見据えた主上は、悔しさを滲ませながらも、どこか晴れやかな笑みを浮かべて二人に語りかけた。
「形のうえでは敗北かもしれぬ。
定信に一本取られたな、愛親、公明」
主上は積み上がった意見書にそっと手を置いた。
「だが、これで良い。
得るものは確かにあった。
定信の鼻を明かすことは叶わなかったが、この一件を通じて、バラバラだった公家衆が一つにまとまり、朝廷の団結はかつてないほど強固なものとなった。
救済米の放出、そしてこの尊号を巡る談判を通じ、朝廷がただの飾りではないことを天下に示せた。
そして幕府は間違いなく、我が朝廷の『意志』を無視できなくなった。
このたびの一件で、われらは幕府と対等に渡り合うための道筋という、大きなものを得たのだ。
この『実』こそが、我らが手にした最大の武器だ。
これを糧に、次の一手を打つぞ」
若き天皇の力強い言葉に、愛親と公明は深く平伏した。
平伏する二人の肩の向こうで、燭の火が意見書の束にゆらりと影を落とし、静かに揺れていた。




