ふたりの皇子
中宮・欣子が入内して以降、後宮に新たな側室はなく、主上と夜を共にするのは中宮のみであった。
主上は、中御門流の直系を継ぐ皇子の誕生を心待ちにしていた。だが、6年が過ぎても中宮・欣子に懐妊の兆候は現れない。次第に宮中では「側室を置くべきではないか」という声が高まっていく。
「中宮、すまぬ。側室を置くこととする。だが、その側室に子が生まれたとて、その子の母はそなたであるし、中宮であるそなたを疎略に扱うことは決してない」
「いえ……お詫び致さねばならぬのは、私の方でございます」
こうして側室が置かれることになったのだが、主上は新たに人を召し出すのではなく「今いる者でよい」と望まれ、勧修寺婧子が寝所に上がる事となった。
婧子は本来、実務を担う高級女官の候補生として宮中入りした女房であり、側室候補ではなかった。
しかし、頼子が自ら“お褥をご遠慮なさった”という噂が流れてから、婧子は密かに心に期するものがあった。
「側室となって、必ずや私が皇子を挙げてみせるのだ」と。
ところが皮肉なことに、婧子が側室となって数カ月後、中宮・欣子に懐妊の兆しが現れた。
そしてまた、婧子の懐妊も発覚したのだ。
中宮の懐妊に沸き立った宮中は、一転して波乱を孕んだ空気に包まれた。
(万が一、中宮さまが皇女をお産みになられ、典侍(婧子)が皇子を産んだら……一体どうなるのだ)
この先に待ち受ける、さらなる過酷な運命を、まだ誰も知らない。
◇
その年の正月、宮中はこれまでにない歓喜に沸き立った。
入内から七年。中宮・欣子が、主上があれほど待ち望んだ中御門流の直系たる皇子――第三皇子・温仁親王を出産したのである。
「中宮、大儀であった。待ちに待った、我が正統なる世継ぎぞ」
我が子を抱く主上の瞳には、これまでにない安堵と歓びの涙が浮かんでいた。欣子もまた、張り詰めていた重圧から解放され、母となった幸福に包まれていた。
側室・婧子の腹にも子が宿っているという現実はあったが、正統たる「中宮の皇子」が生まれたことで、誰もが未来は安泰だと信じて疑わなかった。
だが、“皇統の安泰”は、わずか二ヶ月後に早くも揺らぎ始める。
三月、側室の勧修寺婧子が、第四皇子(のちの仁孝天皇)を無事に出産したのだ。
婧子の産んだ皇子は、驚くほど健康で、産声をあげる力も強かった。
(中宮様にも、典侍(婧子)様にも、皇子がお生まれになった……)
めでたいはずのふたりの皇子の誕生は、後宮に奇妙な緊張感をもたらした。
もしも、万が一にも、二人の皇子の運命が交錯することがあれば、この国のゆくえはどうなるのか。
公家たちの間で不穏な私語が交わされ始めた、その矢先のことだった。
婧子の出産から、わずか半月後。
運命の糸は、最も残酷な形で、よじれ始める。
中宮の産んだ温仁親王が、にわかに高熱を発し、そのまま息を引き取ったのである。
生まれてわずか三ヶ月足らずの、
あまりにも早すぎる夭折であった。
「なりませぬ……」
変わり果てた我が子を抱きしめ、欣子は血の気が引いた顔で呟いた。
昨日まで、確かに自分の胸で眠っていた温かい命が、今は冷たく硬くなっている。
(どうして。なぜ、私の子だけが。
……天は、中御門流の血筋をお見捨てになったのか?)
婧子は名家勧修寺家の者。
内親王であり中宮である欣子の身位とは比べようもないほどの開きがあった。
しかし、その格下の側室が産んだ皇子は元気に育っている。
なぜ、正統たる私の子だけが奪われねばならないのか。
喪失の哀しみと、自身の存在意義への疑念が、欣子の心を容赦なく引き裂いた。
欣子はそれから一切の食事を拒み、
まるで誰の言葉も耳に入らぬかのように、一日中ただ虚空を見つめて涙を流し続けるのだった。
中宮の心が壊れていくのと呼応するように、宮中では冷酷な噂が囁かれ始める。
「正気を失った中宮に、国母としての役目は務まるまい」
「ご生母(婧子)様とその皇子を、正当なる位置に据えるべきでは」
我が子を失った中宮を、さらに引きずり下ろそうとする「廃后」への陰謀。その黒い影が欣子に迫っていることを察知した主上は、ある決意をした。
◇
数日後、内裏の公式な場で、主上の命を受けた役人により中宮の処分が宣下された。
「宮中に於いては、親王・内親王といえども夭折された場合は公の葬儀を行わず、死の穢れを避けるため速やかに埋葬するのが古来の習いである。
にも関わらず、中宮は我が子を失った悲しみに溺れ、拝礼の儀も、内裏の差配も放棄している。これは国母としての自覚を欠く行為であり、断じて看過できぬ行状である。
よって、中宮・欣子内親王を参内停止の上、局での蟄居を命じる。
以降、他者との面会、および文書の往来を一切禁止とする」
この苛烈な処分を知った公家や婧子派は、「主上はついに中宮を見限ったか」と安堵し、廃后の陰謀の手を一旦止めた。
訪れる者もなく、お付の女房も極わずか。静まり返った局に座す欣子は、
「中御門の血を継ぐことも叶わず、もはや無用の身と成り果てた。
主上もお見捨てになった今、生きていても甲斐はない」
と、鬱々とした心の晴れる日はもはやないと、すべてを諦めていた。
そこに、周囲の目を盗み、静かに院さま(後桜町上皇)が姿を現した。
「欣子、泣くのはおやめ」
慈愛に満ちた、しかし凛としたお声だった。
「主上がそなたを処分されたのは、そなたを憎んだからではない。
今、後宮の狼どもは、そなたが心を病んだことに乗じて、その中宮の地位を剥ぎ取ろうと爪を研いでいる。
主上はあえて心を鬼にしてそなたを蟄居させることで、敵の牙からそなたの身を隠し、護られたのじゃ。
主上をお恨みしてはならぬ。
……これは、そなたへの文じゃ。
面会も禁じられているゆえ、人に見られては厄介。私はこれにて戻る。
気をしっかりもつのですよ」
そう言って、院さまは懐から一通の文を取り落とすと、風のように局から立ち去られた。
震える手で文を開くと、そこには見紛うことなき主上の筆跡で、狂おしいほどの本心が綴られていた。
『欣子。哀しみに打ちひしがれているそなたを慰めもせず、厳しい処分を下したこと、どうか許してほしい。私とて心の中では涙を流していること、信じてはくれまいか。
今、宮中では、そなたが悲しみに沈んでいる隙を突き、その中宮の地位を剥ぎ取ろうと蠢く者たちがいる。
そなたを廃后の危機から遠ざけ、誰の目も届かぬ場所で静かに心を休めさせるには、私が表向き「激怒し、蟄居を命じる」ほかになかったのだ。
傍系から入った私が、正統の血を引くそなたと結ばれ、あの子を授かったとき、私の後ろめたさは消え、ようやくこの玉座での役目を果たせたと、心の底から安堵していた。
それを……すべて私の不徳の致すところだ。そなたにばかり、国母としての重荷と悲しみを背負わせてしまった。
公式の場では、私はこれからもそなたに冷たく当たるかもしれない。だが、忘れないで欲しい。私の心は、あの大火の日に聖護院で言葉を交わした時から片時も、そなたの傍を離れてはいない。
何が起きようとも、どのような泥をかぶろうとも、私は一生をかけて、私のすべてを賭して、中宮であるそなたを、私の妻であるそなたを護り抜く。
だから、今はただ、私を信じて生きてくれ。生きて、再び私にあの美しい微笑みを見せてほしい』
「私の心は、片時もそなたの傍を離れてはいない……」
その文字を目にした瞬間、欣子の胸の奥で、あの時の光景が鮮やかに蘇った。
黒煙が渦巻き、炎に追われ逃げ惑った、あの天明の大火の夜。
聖護院の狭い廊下で、煤に汚れながらも、必死な眼差しで私を見つけ出してくだされた、若き日の主上のお姿。
「大丈夫だ、欣子。私がそなたを護る」
耳の奥で、確かに主上のお声が聞こえた気がした。
「怖くはありませんでしたか?」
顔を見るなり、気遣うようにそう聞いて下さった。
入内するまでの長い歳月、ただ一度きりの邂逅。
あれは偶然などではなかった。主上はあの夜からずっと、今日この時まで、私を護るために戦い続けてくださっていたのだ。
欣子の目から溢れる涙は、もう絶望の涙ではなかった。
生きている甲斐もないと凍りついた心を溶かす、熱い感謝と、そして覚悟の涙だった。
欣子は手紙をそっと胸に抱きしめ、天を仰いだ。
局の外では、夜明けを告げる鳥が一声、鋭く鳴いた。




