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神殺しの英雄  作者: トネヌ
第一章 『2人目の英雄』
6/9

第六話 「出発点」

「俺がこの街を作ったとしたら、あの塔は絶対ギルド的存在にする」

 フェルギアは腕を組みながら、もっともらしく頷く。

「俺と同じ思想をしていることを期待していくか」

 根拠はない。

 完全に願望だった。

 だが今のフェルギアには、そのくらいの希望的観測が必要だった。

 そしてゆっくり歩き出す。

 先ほどまでの平原とは違う。

 足元には、一つ一つ丁寧に敷き詰められたレンガ道。

 歩くたびにコツ、コツ、と乾いた音が鳴る。

 周囲には人々の姿。

 茶色の袋いっぱいに野菜を詰め、両腕で抱えて歩く女性。

 子供と手を繋ぎながら笑う父親。

 道端で談笑する老人たち。

 平和そのものだった。

 少なくとも。

 血と悲鳴で埋め尽くされていたあの街よりは。

「あー……」

 フェルギアはぼんやり空を見上げる。

「なんか、さっきまでの出来事が全部夢なんじゃないかと思えてきた……」

 自分でも信じられない。

 人が死んだ。

 アステラが死んだ。

 自分も死んだ。

 なのに今、自分は普通に街を歩いている。

 現実感が壊れかけていた。

 そして。

 少し上の空になっていた、その時。

 ドンッ。

 前から来た男と肩がぶつかった。

「おっと、すみません」

 フェルギアは反射的に頭を下げる。

 すると相手も軽く会釈した。

「すみません。不注意でした」

 低めの落ち着いた声。

 フェルギアは何気なく相手の顔を見る。

 茶髪。

 整った顔立ち。

 そして。

 エメラルドグリーンの瞳。

 それと白の上着に金色の装飾。

「……」

 男は黙ったままフェルギアを見つめていた。

 その視線に、フェルギアは少しだけ居心地の悪さを覚える。

「えっと……なにか?」

 すると男は小さく目を細めた。

「……白髪か……ここらでは見ない髪色だが……まさか……」

「……あのぉ〜……」

 フェルギアが困ったように眉を下げる。

 すると男はハッとしたように視線を逸らした。

「あぁ、失礼。なんでもない。それじゃあ」

「そう……ですか……」

 微妙な空気。

 そして二人は軽くお辞儀を交わすと、そのまま再び歩き出した。

 男は人混みの中へ消えていく。

 フェルギアはその背中を見送りながら、大きく息を吐いた。

「ふぅ……」

 片手で頭を掻く。

「中世っぽいからな……肩当たっただけでカツアゲとかされるんじゃねぇのかって、ちょっとビビっちまった……」

 情けない独り言。

 だが、本気で警戒していた。

 知らない世界。

 知らない常識。

 何が危険なのかすら分からない。

「あー……」

 フェルギアはもう一度ため息をつく。

「なんか急に不安になってきた……」

 白いパーカーのポケットへ手を突っ込む。

「情緒不安定なのかもしれん……」

歩き続けること数分。

 フェルギアはついに、塔の近くまで辿り着いた。

「おぉ……」

 思わず感嘆の声が漏れる。

 近くで見ると、想像以上に巨大だった。

 ガラス張りの外壁は空を映し込み、まるで一本の巨大な鏡みたいに輝いている。

 さらに塔の周囲は、円を描くように高い壁で囲われていた。

 警備用なのか、あるいは神聖性を示すためなのか。

 どちらにせよ、この建物が街において特別な存在なのは間違いない。

「……やっべ」

 フェルギアは眉をひそめる。

「この塔がなんなのか、全く知らん」

 人差し指で耳の上を掻きながら考え込む。

(うーん……)

 周囲を見回す。

 塔へ入っていく人間は意外と多い。

 武器を背負っている者もいれば、スーツみたいな服を着ている者もいる。

 ますます用途が読めない。

(やっぱ一旦、他の人に聞いてみるのが最善か?)

 無難ではある。

(それに、この塔が関係者以外立ち入り禁止とかだったらだめだしな……)

 だが。

 フェルギアは少しだけ口元を歪めた。

(……でも、俺だったら……)

 重要施設ほど、まず中に入って情報収集する。

 結局それが一番早い。

「よし、行くか」

 フェルギアはグッと拳を握る。

 自分を鼓舞するみたいに口角を上げて、そのまま塔へ向かって歩き出した。

 そして――。

 自動で開いたガラス扉を抜け、中へ入る。

「……おぉ」

 まず目に入ったのは、二つ並んだ受付だった。

 左右対称。

 綺麗に整えられている。

 その奥にはソファーや待合スペースも見える。

 見た目だけならほとんど同じ。

 だが。

 なぜか左右で空気感が違った。

 右側は静かで張り詰めた雰囲気。

 左側は少し柔らかい。

 そんな印象を受ける。

 そして。

 受付に立つ二人の人物へ、フェルギアは視線を向けた。

「……双子か?」

 思わず呟く。

 二人とも黒髪。

 中性的で整った顔立ち。

 体格も似ている。

 その上2人とも全く同じ黒のスーツ

 まるで鏡写しみたいだった。

 だが違いもある。

 右側の受付は、右目が前髪で隠れている。

 左側の受付は、左目が前髪で隠れていた。

 そのアンバランスさが逆に印象へ残る。

 そして。

 二人は同時にフェルギアへ視線を向けた。

二人の受付は、フェルギアへ視線を向けたまま動かない。

「…………」

「…………」

 無言。

 気まずい。

 フェルギアは視線を左右へ泳がせた。

(どっちがなんの担当してんだよこれ……)

 せめて案内板くらい置いてほしい。

(勘でいけと?)

 フェルギアは少し眉を寄せる。

「うーん……」

 本気で悩む。

 右か左か。

 人生を左右する可能性すらある。

 そして数秒後。

「……よし」

 なんとなく右を選んだ。

 理由はない。

 強いて言うなら、右側の空気のほうが“仕事してそう”だったからだ。

 フェルギアは右側へ歩いていく。

 部屋を軽く見渡す。

 ソファーに座っている人間たちは、武器を持っている者が多かった。

 剣。

 槍。

 銃っぽいものまである。

「……」

 一瞬嫌な予感がした。

 だがフェルギアは一旦考えないことにした。

 そして受付前へ到着すると、受付の人物が静かに口を開く。

「……ようこそ、リベリオンへ」

「えっ……」

 フェルギアの上半身が大げさなくらい後ろへ下がった。

 受付がきょとんとする。

「……?」

 片目だけ見えている瞳が不思議そうに瞬く。

 だがフェルギアはそれどころじゃなかった。

(待て待て待て待て……)

 脳内で警報が鳴る。

(リベリオンかよ!? 嘘だろ!?)

 予想外すぎた。

 いや、塔=重要機関とは思っていた。

 だが。

 まさかそれが“リベリオン”とは。

 ――リベリオン。

 全ディメンションへ存在する、人類最大機関。

 魔物討伐。

 ディメンション管理。

 治安維持。

 人類圏の保護。

 その全てを担う絶対的組織。

 知らない人間など存在しない。

 子供ですら知っている名前だった。

「…………」

 衝撃が大きすぎて、フェルギアは完全に固まる。

 そんな彼を見て、受付は少し困ったように続けた。

「えっと……こちらは戦闘部担当です」

 静かな声。

「新規登録でしょうか? それともそれ以外の用でしょうか?」

(しっかも戦闘部かよ)

 フェルギアの脳内ツッコミが止まらない。

(そりゃそうだよなだって戦い大好きそうな人間ばっかいるもん)

 武器持ってるし。

 目つき怖いし。

 明らかに一般職員の空気じゃない。

 フェルギアは引きつった笑みを浮かべながら、どう返すべきか必死に考え始めた。

「すぅぅ〜……」

 フェルギアは深呼吸した。

 そして。

「新規登録で」

 言ってしまった。

(あー言っちゃったよ、馬鹿じゃねぇの)

 脳内のフェルギアが頭を抱える。

 つい数時間前まで普通の会社員だった男が来る場所じゃない。

 だが、もう遅い。

「かしこまりました」

 受付は丁寧に一礼した。

 そのまま机の下から数枚の紙を取り出す。

「では試験票をお渡ししますので、こちらへ個人情報をご記入ください」

 サラサラ、と紙が差し出される。

 フェルギアは引きつった笑みのまま受け取った。

(あー……まぁ、そうなるよな……)

 そして紙を見る。

『名前』

『連絡番号』

『住所』

「…………」

 フェルギアの手が止まった。

(名前……まぁいい)

(連絡番号……スマホもないから書けないな、とりあえず後回し…)

(住所……)

 数秒の沈黙。

 そして。

「住所!?」

 思わず声に出た。

 受付がびくっと肩を揺らす。

「……? えっと、なにかお困りでしょうか?」

(あったりめぇだろどこ書きゃいいんだよ)

 前の世界の住所なんて書けるわけがない。

 そもそも今いる場所すら分からない。

(くそ……ここは……)

 フェルギアは少しだけ視線を逸らし、覚悟を決めた。

「えっと……」

 一瞬間が空く。

「ホームレス、なんですけど……」

 受付の動きが止まった。

「あ〜……えっとぉ……」

 露骨に困っている。

 目線が泳いでいた。

 頬にはじんわり汗まで浮いている。

 フェルギアは逆に申し訳なくなってきた。

(そりゃそうだよな……)

 普通、ホームレスがリベリオン戦闘部へ新規登録しに来るなんて想定しない。

 しかも白髪パーカー男。

 怪しさ満点である。

 受付はしばらく悩んだあと、恐る恐る口を開いた。

「でしたら……住所は“なし”とご記入ください」

(いいのかそれ?)

 フェルギアの脳内ツッコミが炸裂する。

 そんな雑処理ある?

 世界最大機関の個人情報管理それで大丈夫か?

 だが受付本人も若干不安そうだったので、たぶんギリギリの対応なのだろう。

 フェルギアはなんとも言えない顔でペンを握った。

結果。

 まともに記入できたのは“名前”だけだった。

『フェルギア・バーンライト』

 それ以外はほぼ壊滅。

 連絡番号は空欄。

 住所は“なし”。

 もはや身元不明者である。

 フェルギアはなんとも言えない表情で、カチッとボールペンの芯を戻した。

 そして紙の上へ置く。

(うーん、不審者)

 客観的評価だった。

(通せるわけない)

 むしろ警備呼ばれても文句言えない。

 だが。

 受付は紙を確認したあと、特に追及する様子もなく頷いた。

「……では、こちらの番号札を持って、あちらの部屋でお待ちください」

 そう言って、右側の待合室へ手を向ける。

(通すんかい)

 フェルギアの脳内ツッコミが炸裂した。

(大丈夫なのかこんなんで)

 もはやフェルギア本人まで不安になってきている。

 世界最大機関の審査基準が心配だった。

 だが。

 今の自分にとっては好都合でしかない。

「どうも……」

 フェルギアはおとなしく番号札を受け取る。

『17』

 黒字でそう書かれていた。

 そしてそのまま右側の部屋へ入り、空いていたソファーへ腰掛ける。

 クッションが少し沈む。

「……」

 改めて周囲を見る。

 人は多い。

 だが、妙に静かだった。

 武器を手入れしている男。

 目を閉じて腕を組んでいる女。

 壁を見つめたまま動かない大男。

 全員、空気が重い。

 雑談もほとんど聞こえない。

 まるで試験会場というより、戦場前の控室みたいだった。

(あ〜……)

 フェルギアの背中にじわりと汗が滲む。

(なんか冷や汗出てきた……)

 膝の上で指を組む。

 落ち着かない。

(なんかすごい怖い)

 今さらになって、自分がとんでもない場所へ足を踏み入れた気がしていた。

(というか……)

 フェルギアは番号札を指で弄びながら眉をひそめる。

(紙書いただけで説明全くなかったんだけど……どうなってんの)

 流石に雑すぎないか?

 そう思いながら、何気なく番号札を裏返した。

「うおっ!?」

 思わず声が漏れる。

 裏面に、びっしりと小さい文字で説明が詰め込まれていたからだ。

 その瞬間。

 待合室の空気が動く。

 周囲にいた人間たちが、一斉にフェルギアへ視線を向けた。

「…………」

「…………」

 圧。

 怖い。

「あ……ご、ごほん」

 フェルギアは慌てて咳払いをする。

「失礼……」

 すると視線はゆっくり外れていった。

 だが数人はまだこちらを見ている。

 その視線から逃げるようにもう一度番号札を見直す

(うわぁ……)

 フェルギアは内心で引いた。

(一瞬気持ち悪いと思ってしまった……)

(だってしょうがないだろ、このサイズに詰め込むにはあまりにも文字多すぎるもん)

 脳内で文句を言いながら、フェルギアは説明を読み始める。

(えっと……)

『新規登録をする方には入属試験を受けていただきます』

(まぁそうだろうな)

『試験内容は対人戦用ロボットとの戦闘』

「……ロボット?」

 思わず小声で呟く。

 中世っぽい世界観なのにロボットいるのか。

 ますます文明レベルが分からない。

 フェルギアは続きを読む。

『試験監督者が、ロボットと試験者の戦いぶりを確認し、“素質”“戦闘力”“能力”の三点を総合的に判断します』

(能力……)

 フェルギアは自分の掌を見る。

 オレンジ色の鎖。

 あれのことだろうか。

『合格者には試験監督者の判断により階級が与えられます』

『最低階級:五級』

『最高階級:二級』

「へぇ……」

 思ったよりシビアだ。

 いや、むしろ二級スタートなんて相当異常なのかもしれない。

 他にも細かい説明は続いていたが、フェルギアは途中で読むのをやめた。

「……まぁ、大体分かった」

 つまり。

 戦って、強さを見せればいい。

 それだけだ。

 フェルギアは小さくため息を吐く。

 そして番号札を裏返し、『17』の数字を見つめた。

(ロボットとの戦闘ねぇ……)

 フェルギアはソファーに座ったまま、自分の手元を見る。

(戦闘……武器……俺の……)

 そこで。

 思考が止まった。

「…………」

 数秒。

 本当に時間が停止したように固まる。

 そして次の瞬間。

(……ない!!)

 フェルギアの身体が少し浮き上がった。

 勢いよく周囲を見渡す。

 当然、武器なんてない。

(鎖しかねぇんだったわ!!)

 今さら気づいた。

 いや、正確には気づかないようにしていた。

(剣の一本もねぇじゃねぇか!!)

 フェルギアは額へ手を当てる。

 じわり、と汗が流れた。

(住所も連絡番号もない身元不明人間が、武器なしで受験とか……)

 完全に冷やかしである。

(ふざけてるとしか思われねぇだろ普通!!)

 だが。

 そこで脳裏に浮かぶ。

 オレンジ色の鎖。

 あの魔物。

 抉れた目。

 崩れ落ちた身体。

(……いや)

 フェルギアは目を細めた。

(俺、一級の魔物に勝った実績あるぞ……?)

 だがすぐに別の考えが浮かぶ。

(でも相討ちだったしなぁ……)

 肩が引きつる。

(いやだぞ、試験でロボットと相討ちになって死にましたとか)

 笑えない。

 全く笑えない。

 そうしてフェルギアがソファーで小さく唸っていると――

『3分後に試験が始まります』

 部屋にアナウンスが響いた。

『1番、7番、14番、17番、20番の番号札をお持ちの試験者は、試験会場へお越しください』

『繰り返します――』

(はっや)

 フェルギアは顔を引きつらせる。

(てか五人同時なのね)

 すると直後。

 二人が即座に立ち上がった。

 迷いがない。

 遅れて、既に立っていた二人も歩き出す。

 全員、空気が違う。

 覚悟を決めた人間の歩き方だった。

「…………」

 フェルギアは一瞬だけ俯く。

 心臓がうるさい。

 怖い。

 逃げたい。

 けれど。

(……じゃあ、いくか)

 フェルギアはゆっくり立ち上がった。

 番号札を握る。

 そして先を歩く四人の背中を追い、歩き出す。

 レンガの床を踏む音が、小さく響いた。

「ここが俺の……出発点だ」

 その呟きは、自分自身へ向けた宣言だった。

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