第七話 「バグ」
五人は無言のまま歩き続ける。
そして階段を降り、地下へ入った瞬間――空気が変わった。
「……」
フェルギアは思わず辺りを見回す。
そこはまるで迷宮だった。
壁は全て灰色の石で作られている。
さらに、あちらこちらへ通路や扉が伸びていて、どこへ繋がっているのか全く分からない。
右。
左。
また分岐。
少し歩けば別の扉。
構造が複雑すぎる。
(うわぁ……)
フェルギアは内心で引いた。
(めちゃくちゃ迷宮じゃん……)
実際、他の試験者たちも少し落ち着かない様子だった。
周囲をキョロキョロ見ている。
だが。
先頭を歩く男だけは違った。
迷いが一切ない。
分岐へ来ても即座に曲がる。
歩幅も一定。
まるで自分の家の廊下でも歩いているようだった。
(すごいなあいつ……)
フェルギアは一番後ろを歩きながら感心する。
(リベリオンの中身全部知ってんのか?)
そんなことを考えているうちに、いつの間にか通路は細くなり、トンネルのような一本道へ変わっていた。
足音だけが響く。
そして最奥。
そこには巨大な二枚扉があった。
鈍い銀色。
無機質。
圧迫感すらある。
(あー……長かった)
フェルギアは肩を落とす。
(これ帰る時も通らなきゃいけないって考えたら嫌になってくるな……)
うつむきながら腕を垂らし、小さくため息を吐く。
すると。
先頭の男が扉へ手をかけた。
重い音。
ゴゴゴ……と二枚扉が開いていく。
その先に広がっていたのは――開けた空間だった。
「……」
先頭の男が数歩進み、止まる。
他の四人も自然と横並びになった。
フェルギアも遅れて並ぶ。
どうやらここが試験会場らしい。
先ほどまでの石造りとは違い、この空間の壁は全て鉄でできていた。
無骨。
冷たい。
まるで巨大な処刑場みたいな空気だった。
フェルギアはなんとなく上を見る。
すると左上、高い位置にガラス張りの部屋が見えた。
その中には五人の老人。
全員、六十代ほどだろうか。
白髪混じり。
皺だらけ。
だが。
全員の目が鋭い。
ガラス越しなのに視線が刺さるようだった。
(あの五人が試験監督者なんだよな……?)
フェルギアは無意識に喉を鳴らした。
五人の老人の奥にも、何人か人影が見える。
だがガラスへ反射した光のせいで、顔までは分からなかった。
(……ま、いっか)
フェルギアは深く考えるのをやめ、正面へ向き直る。
その瞬間。
『試験者全員を確認しました』
会場へアナウンスが響いた。
『これより試験を開始します』
(おぉ……もうなのか)
フェルギアの喉が小さく鳴る。
(ちょっと興奮してきた)
怖い。
だがそれ以上に、心の奥が熱を帯びていた。
『試験内容は対人戦用ロボットとの戦闘です』
『禁止事項は、他試験者への妨害行為及び攻撃』
『また、外部からの応援要請、特殊兵器の使用も禁止とします』
(わざわざ言うってことは……)
フェルギアは眉をひそめる。
(やった奴いるんだろうな……何やってんだ)
試験で援軍呼ぶな。
もはや面接じゃなくカチコミである。
『禁止事項を行った試験者は無効試験となりますので、ご注意ください』
『それでは――試験を開始します』
直後。
ビイイイイイイイッ!!
サイレン音が鳴り響いた。
そして正面の鉄壁が、重い駆動音と共に左右へ開いていく。
中から現れたのは――大量の巨大ロボットだった。
「……っ」
フェルギアの目が細くなる。
一体一体が、自分の二倍近い大きさ。
緑色の重厚な装甲。
黄色く発光する単眼。
金属同士が擦れるたび、ギギギ……と不快な音が響く。
まるで兵器そのものだった。
「よし……」
フェルギアは口角を上げる。
恐怖を押し込めるように。
そして右手を前へ突き出した。
ジャララララッ――!
金属音。
オレンジ色に光る鎖が掌から伸びる。
熱を帯びたような光。
まるで感情に呼応する生き物みたいだった。
他の試験者たちも武器を構え始める。
一人は巨大な斧。
一人はアサルトライフルのような銃。
一人は無駄のない片刃剣。
そして――一人だけ。
「…………」
何も出さない男がいた。
両手を力なく横へ垂らしたまま、平然と立っている。
武器もない。
構えもない。
なのに妙に落ち着いていた。
(なんだあいつ……)
フェルギアは一瞬だけ視線を向ける。
だが今はそれどころじゃない。
ロボットたちは既に動き始めていた。
重い足音。
迫る圧。
空気が震える。
フェルギアは鎖を握り締め、小さく呟く。
「頼むぜ、相棒」
そして次の瞬間。
五人の試験者とロボットたちは、同時に動き出した。
金属音。
足音。
銃声。
怒号。
一気に試験場の空気が爆発する。
――1番。
何も構えなかった男。
「……」
彼は無言のままロボットへ接近する。
速い。
まるで滑るような移動だった。
ロボットが腕を振り上げる。
だが男は止まらない。
そのままロボットの懐へ潜り込むと、右手から光が伸びた。
シュン――
細長い光。
剣だった。
次の瞬間。
ロボットの首が宙を舞う。
ズガン、と重い音を立て機体が倒れた。
倒す前と後で表情が一切変わっていない。
怖い。
――7番。
片手剣を持った男。
「ひぃっ!? あぶなっ!!」
情けない悲鳴を上げながらロボットの攻撃を避ける。
ギリギリ。
本当にギリギリ。
何度も転びそうになりながら、それでも隙を見つけて剣を叩き込んでいく。
「うおおおおっ!!」
気合だけは凄い。
そしてなんとかロボットを撃破した。
――14番。
アサルトライフルのような武器を持つ女。
彼女は冷静だった。
距離を保つ。
狙う。
撃つ。
パンッ!
一発目。
顔面。
パンッ!
二発目。
胴体。
パンッ!
三発目。
脚部。
ロボットが崩れる。
無駄がない。
まるで作業のような正確さだった。
――17番。
オレンジ色の鎖を持つ男。
フェルギア・バーンライト。
「っ……!」
彼はロボットへ近づきすぎない。
過去を思い出す。
一級魔物。
突進。
脚。
恐怖。
だからこそ距離を取る。
ジャラララッ!!
鎖が伸びる。
ロボットの腕へ直撃。
さらに引き戻し、別角度から再度叩き込む。
中距離。
制圧。
翻弄。
フェルギアは恐怖を押し込めながら戦い続ける。
――20番。
巨大な斧を持つ大男。
「オラァッ!!」
豪快だった。
圧倒的筋力。
ロボットの攻撃を真正面から受け止め、そのまま斧を振り回す。
ドゴォッ!!
装甲が砕ける。
腕が飛ぶ。
胴体が潰れる。
まるで大型重機だった。
(いや全員強ぉ…)
フェルギアは冷や汗を流す。
ここに来てようやく理解した。
この試験。
想像していたより遥かにレベルが高い。
ガラス越し。
五人の老人たちは、静かに試験を見下ろしていた。
誰も感情を表に出さない。
まるで機械のように、試験者たちを観察している。
「1番、合格」
一人の老人が淡々と告げる。
即答だった。
迷いがない。
「7番、不合格」
別の老人。
「14番、不合格」
また一人。
「20番、不合格」
さらに一人。
どれも感情が薄い。
事実だけを読み上げるような声だった。
だが。
最後の一人だけ、口を開かなかった。
「…………」
17番担当の老人。
彼だけが、黙ったままフェルギアを見つめ続けている。
その沈黙に、他の老人たちが眉をひそめた。
「……どうなされたのですかな?」
「彼は他の試験者と比べ、ペースが圧倒的に遅い」
「どう見ても不合格でしょう」
当然の評価だった。
実際、フェルギアは明らかに危なっかしい。
動きも洗練されていない。
攻撃効率も悪い。
素人感が強い。
だが。
17番担当はしばらく黙ったあと、ようやく口を開いた。
「17番、合格」
空気が止まった。
「……冗談でしょう?」
一人の老人が眉をしかめる。
「本気です」
返答は即答。
声色すら変わらない。
「あなたは確かに、今まで何人もの功労者を輩出してきた……」
「だが流石に今回の判断は間違っていると思いますぞ」
他の老人たちも不満げだった。
それも当然。
フェルギアだけ、明らかに異質だったからだ。
技術不足。
経験不足。
粗削り。
それでも。
17番担当の老人は視線を一切逸らさない。
ずっとフェルギアだけを見ている。
「この試験で最も重要視されるのは、“素質”です」
静かな声。
「彼は、今までの試験者の誰よりも大きな素質がある」
「確かに彼の鎖の能力は珍しいが……それでも、でしょう」
「彼の担当者は私です」
そこで初めて、17番担当の老人が他の者たちへ視線を向けた。
その目は鋭かった。
「貴方方に口を出す権利はない」
空気が冷える。
「……ずいぶんと棘のある言い方ですな」
一人が不快そうに返す。
だが17番担当は表情を変えない。
再び視線を試験場へ戻し、静かに言った。
「それほど――彼は良い人材ということですよ」
(やばいやばいやばい……!)
フェルギアの額から汗が流れる。
(ペースがくそ遅ぇ!!)
ロボットを鎖で叩き飛ばしながら、内心では焦りが止まらなかった。
(不合格エンドまったなしじゃねぇか!!)
だが。
手を止めるわけにはいかない。
ジャララララッ!!
オレンジ色の鎖が唸る。
迫るロボットの脚を砕き、腕を弾き飛ばす。
だが次。
また次。
ロボットは止まらない。
まるで波だ。
「っ……!」
フェルギアは息を荒げながら、なんとか攻撃を捌き続ける。
唯一、フェルギアに有利な点があるとすれば――飛行型の存在だった。
飛行タイプのロボットは地上へ降りてこない。
上空を旋回しながら、銃撃を浴びせてくるだけ。
そのせいで対処できる人間が限られていた。
14番。
銃を持つ女。
そして。
リーチのあるフェルギアだけ。
(だとしても、だけどな!!)
フェルギアは飛行型へ鎖を叩き込みながら歯を食いしばる。
(畜生……この鎖、もっと応用性ねぇのかよ!!)
もっとこう。
変形とか。
ロマンとか。
(剣に変えられたりとかさぁ!!)
だが現実は残酷だった。
位置固定を利用しても、せいぜい棍棒。
武器としては雑。
(剣持ってるあいつと……)
フェルギアの視線が一瞬だけ1番へ向く。
光の剣。
あの圧倒的な切断力。
(なんか光る剣みたいなの持ってる奴が羨ましいぜ……)
そう思った瞬間だった。
「……?」
フェルギアの背筋が冷える。
本能的な違和感。
彼は即座に後方へ跳び、戦っていたロボットから距離を取った。
そして見た。
「なんだ……あいつ……」
そこにいたのは、明らかに異質な存在だった。
他のロボットとは違う。
緑色じゃない。
機体は真っ黒。
目は赤く発光している。
しかも腕が四本。
それぞれの腕先には、別々の武器が装着されていた。
刃。
砲身。
ドリル。
鋭い鉤爪。
さらに。
サイズが違う。
他のロボットより、一回りどころじゃない。
圧迫感が段違いだった。
まるで雑魚敵に混じってボスだけ紛れ込んできたような存在感。
(いやいやいや……)
フェルギアの頬が引きつる。
(場違いだろ、あれ……)
フェルギアは嫌な予感を覚え、左上のガラス張りへ視線を向けた。
そして。
「……おぉ」
思わず変な声が漏れる。
五人の老人たちが、分かりやすく焦っていた。
今までの無表情が嘘みたいだった。
誰かが立ち上がり。
誰かが机を叩き。
誰かが口を大きく開いている。
ガラス越しで声までは聞こえない。
だが。
ただ事じゃないことだけは分かった。
―――
「おい!! なぜ一級昇格試験用ロボットがここにいる!?」
「早く試験を終了しろ!! 死人が出るぞ!!」
「停止コードはどうした!?」
「反応しません!!」
「こんなこと……誰かが仕組んでなきゃ起こらないだろ……!」
老人たちは叫ぶ。
だが誰も動けない。
焦りだけが空回りしていた。
―――
(おー……)
フェルギアは引きつった笑みを浮かべる。
(めっちゃ焦ってるな)
流石に何を言っているかまでは聞こえない。
だが。
あれが“想定外”なのは理解できた。
フェルギアは再び黒いロボットへ視線を戻す。
赤い目。
四本腕。
異様な威圧感。
(つまり……)
ジャラララ……。
鎖を構え直す。
「バグってわけね」
その瞬間だった。
黒いロボットの姿が消えた。
「はっ?」
フェルギアの思考が止まる。
次の瞬間。
ドゴォォォォンッ!!
凄まじい衝撃音。
7番の男が、砲身の付いた腕で吹き飛ばされていた。
あまりにも速い。
フェルギアが“攻撃された”と理解するまでに、三秒かかった。
7番は壁へ激突し、そのまま地面へ落ちる。
「オエッ……!!」
胃液をぶち撒ける。
「ゲホッ……ゲホッ……!!」
剣を落とし、身体を丸めながら咳き込んでいた。
フェルギアの顔が青ざめる。
「うっそだろ……」
冗談じゃない。
速度が違いすぎる。
他のロボットとは次元が違った。
そして。
黒いロボットがゆっくりとフェルギアへ顔を向ける。
赤い目が光る。
「…………」
フェルギアの背筋を冷たい汗が伝った。
「完全に殺しに来てんじゃねぇか……」




