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神殺しの英雄  作者: ポンズイッキ
第四章 『孤独の英雄』
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第五十六話 「血のない恐怖」

「……こりゃ酷いな」

ルクシスは頬を掻きながら苦笑した。

二人の目の前には、あの日アテネとフェルギアに立ちはだかった調査隊。

ただ一人、アステラだけがいない。

彼らは全員、近くの廃ビルの柱へ両手を縛り付けられ、身動き一つ取れない状態だった。

「まさか、お前がやったのか?」

「……いや」

フェルギアは首を横に振る。

「多分、アテネさんだと思う」

「アテネ?」

ルクシスは顎へ手を当てる。

少し考え込んだ後、ぽんと指を鳴らした。

「あー、あの人か」

「知ってたのか?」

「前に休養所で一回会ったんだよ。」

ルクシスは調査隊を眺めながら続ける。

「というか、お前あの人と一緒に戦ったのか?」

「あぁ」

「あの日、俺が最後に気絶したから」

「その後は、多分アテネさんが全部片付けてくれたんだと思う」

「なるほどね……」

ルクシスは小さく呟くと、一人ひとりの顔を観察するように見て回る。

縛り方。

装備。

仮面。

まるで現場検証でもしているかのようだった。

「……仮面、外さないのか?」

「いや」

フェルギアはすぐに否定する。

「アステラみたいに、仮面を外した途端に昏睡状態になったら何も聞けなくなるだろ?」

「……確かに」

ルクシスも素直に頷く。

「……というか、アテネと一緒に動いてたんなら、今回もアテネと調べればいいだろ」

「それは……ほら」

フェルギアは苦笑する。

「お前って賢者なんだろ?」

「アテネさんに頼りっぱなしっていうのもあれだし、今回は賢者様の知恵をお借りしようかなって」

「はぁ……」

ルクシスは面倒そうに頭を掻く。

「確かに俺は賢者だが……」

「名前だけだぞ」

「まぁまぁ、謙遜すんなって」

「別に謙遜じゃないんだがねぇ……」

そうぼやきながら、一人の調査隊員の前へしゃがみ込む。

「……なぁ、フェルギア」

「……なんだ?」

「とりあえず一人は起こしてもいいか?」

ルクシスは顎で調査隊員を指した。

フェルギアは少し考え、

「あぁ……そうだな」

と頷く。

「さんきゅー」

まるで軽い世間話を返すような感謝だった。

次の瞬間。

ペチッ。

「……」

ペチッ、ペチッ、ペチッ。

ルクシスは目の前の調査隊員の額へ、容赦なくデコピンを連発し始めた。

「……」

フェルギアはその光景を数秒眺め、

「……そうやって起こすのか?」

と、呆れたように尋ねる。

「俺は人を起こす方法なんて知らないんだよ」

「いや……」

フェルギアは呆れたようにため息を吐く。

「魔法で起こせばいいだろ」

「人を起こす魔法なんてねぇよ」

「そうじゃなくて」

フェルギアは指で空を指す。

「五大属性の中に光属性あっただろ?」

「強い光でも当てれば、起きるかもしれないじゃんか」

「あー」

ルクシスは納得したように頷く。

「確かに」

そう言うと、のそのそと立ち上がり、収納魔法から一本の杖を取り出した。

「サザンルーチェ」

詠唱と同時に、杖の先端へ黄色く輝く魔法陣が展開される。

魔法陣はゆっくり回転し、その中央へ眩い光が集束していく。

光は徐々に膨らみ――

人の頭ほどの大きさにまで成長した。

「お、おい……ちょっと待て、ルクシ──!」

止めようとフェルギアが駆け出す。

しかし、一歩遅かった。

ドォォォンッ!!

集束していた光が一気に解き放たれる。

巨大な光の柱が周囲一帯を飲み込み、昼間だというのに辺り一面を真っ白に染め上げた。


◇◇◇


「がっ……ぐ……」

フェルギアは涙目になりながら必死に目を擦る。

視界が白く焼き付き、何も見えない。

目がチカチカと痛み、涙が止まらなかった。

「うーむ」

すぐ近くから、妙に落ち着いた声が聞こえる。

「ミスったか」

「お前……何してくれてんだよ……」

「あー、悪い悪い」

ルクシスは頭を掻く。

「お前を避難させるの忘れてたわ」

その口調だけで分かる。

絶対に反省していない。

フェルギアもようやく視界が晴れ始め、何度か目をぱちぱちと瞬かせた。

「一応、初級魔法だったんだけどな」

「お前……初級であんな威力って……」

「あー」

ルクシスは悪びれもせず説明する。

「初級は初級でも、魔力を込めた分だけ威力が上がるっていう変わった魔法なんだよ」

「……つまり」

フェルギアはじっと睨む。

「…魔力を込めすぎた、と」

「そーいうこと」

「畜生……」

フェルギアは額を押さえる。

「なんで賢者のくせに、初級魔法すらまともに扱えないんだよ」

「そりゃあ」

ルクシスは肩をすくめた。

「こんな魔法、暗闇でしか使わないだろ?」

「だから普段は出力をかなり落として使ってるんだよ」

「なのに急に『高い出力で撃て』なんて言われて、ちょうどいい加減にできるわけないだろ」

「だったら使うなよ」

「それは確かに」

あっさり認めた。

フェルギアは深いため息を吐く。

こいつに期待した俺が馬鹿だった。

……そう思った、その時。

「……ぅ」

「……ぬ……」

小さな呻き声が聞こえた。

二人は同時に振り向く。

壁へ縛り付けられていた調査隊の一人が、ゆっくりと瞼を開く。

「……ぅ」

「ん……」

「あ……」

一人だけではなかった。

眩い光を浴びた調査隊全員が、次々と意識を取り戻し始める。

「……」

「……」

フェルギアとルクシスは顔を見合わせた。

「……一人だけ起こす予定だったんだけどな」

「誤算にも程があるだろ……」

光魔法は、思わぬ形で全員を叩き起こしてしまっていた。

「ぐっ……なんだこれは!」

「ふざけるな! ぶっ殺すぞ!」

「貴様らのような石ころが、我らにこのような無礼など!」

「恥を知れ! 屑が!」

口を開けば罵詈雑言。

まるで競うように怒鳴り散らしていた。

「……なんか悪口のレベルが低い気がする……」

フェルギアがぼそりと呟く。

「学がないんだろ」

ルクシスが鼻で笑う。

その一言で、調査隊の怒号はさらに激しくなった。

「貴様ァ!」

「殺してやる!」

「黙れ下等種!」

「……火に油を注ぐなよ」

「悪い悪い」

ルクシスは軽く手を振る。

「じゃあ、鎮火しなきゃな」

その瞬間だった。

ドゴッ!!

ルクシスの蹴りが、目の前の調査隊員の顔面へ容赦なく突き刺さる。

「がはっ……!」

鈍い音と共に頭が大きく仰け反る。

「……」

一瞬で。

フェルギアも、他の調査隊も口を閉ざした。

さっきまで響いていた怒号が嘘のように消える。

ルクシスはゆっくりと一歩下がり、全員を見渡した。

「お前ら」

「自分たちが今どんな状況かくらい、分かってるだろ?」

その声には先ほどまでの軽さはない。

「……あんまり騒がしくすんなよ」

冷え切った声。

「自分の言葉一つを死因にしたくはないだろう?」

「くっ……」

調査隊は誰一人として口を開かなかった。

まるで時間が止まったかのように、その場は静寂に包まれた。

「……何ぼーっとしてんだよ」

ルクシスが中指の関節で、フェルギアの額を軽く小突く。

「……あ、悪い」

「まったく」

ルクシスは肩を竦めた。

「んじゃ、どいつからいく?」

「えっと……じゃあ、右端からで」

「はいはい」

こうして、二人の尋問が始まった。


◇◇◇


「……お前に三つ質問をする」

ルクシスは三本の指を立てる。

「一つ目」

「お前は、生まれた頃の記憶があるか?」

「……」

調査隊の男は顔を逸らした。

返事はない。

「答えろ」

「……貴様ごときに──」

そこまで言いかけた瞬間だった。

スッ。

いつの間にか、ルクシスの杖の先端が男の眼球の目前で止まっていた。

あと数センチ前へ出せば、そのまま目を貫ける距離。

「……」

男の喉が小さく鳴る。

ルクシスは笑わない。

「恐怖を忘れるなよ」

「早死にするぞ」

静かな声だった。

だからこそ、男の肩が震えた。

数秒の沈黙。

やがて観念したように口を開く。

「……ない」

「そうか」

ルクシスは淡々と頷き、杖を収納魔法へしまう。

まるで脅したことなど気にも留めていないようだった。

「二つ目」

「お前は、家族、友人、恋人」

「そのうち誰か一人でも覚えているか?」

「……」

男は目を伏せる。

「……覚えて、いない」

「三つ目」

ルクシスは男を真っ直ぐ見据える。

「お前が持つ記憶の中で、一番古い記憶はなんだ」

「……言えない」

「言え」

「言ったら……駄目なんだ……」

男の声は震えていた。

「……あのな」

ルクシスは小さくため息を吐く。

ゆっくりと男の首へ手を添える。

その手つきは妙に優しかった。

「俺たち……いや」

「俺は、お前の生死なんてどうでもいい」

男の喉が小さく鳴る。

「三秒やる」

「ここで死ぬかどうかは、お前が選べ」

男の身体が震え始める。

「……ぐ……」

一秒。

「……」

二秒。

「……っ!」

そして、三秒目に入ろうとした瞬間。

「……あの人だ!!」

叫ぶような声だった。

「俺たちの仮面と……色を反転させたような仮面を付けた奴……!」

「そいつが……俺に住処を与えてくれたんだ……!」

ルクシスの目が細くなる。

「……質問を増やす」

「そいつはどこにいる」

「……分からない」

「そうか」

ルクシスはあっさり頷いた。

「じゃあ、お前は用済みだ」

そのまま首へ回していた手を後頭部へ滑らせる。

トン。

軽く叩く。

「……え?」

男がそう漏らした次の瞬間。

力が抜けるように首が垂れ、そのまま意識を失った。

「お、おい!」

フェルギアが思わず一歩踏み出す。

「ルクシス、お前……まさか……!」

「殺してねぇよ」

ルクシスは面倒そうに手を払う。

「騒がれたら面倒だから、気絶させただけ」

「そ、そうか……」

フェルギアは安堵の息を吐く。

ルクシスは壁にもたれ、腕を組んだ。

「それより」

「お前は今の話、どう思った?」

フェルギアは少し考え込む。

「……分からない」

「そうか」

ルクシスは口元を少しだけ上げた。

「じゃあ」

「分かるまでやらないとな」


◇◇◇


「……お前が最後だ」

ルクシスは最後の一人の前へ腰を下ろした。

その横では、尋問を終えた調査隊員たちが全員気絶している。

「……結局、他の奴らも似たようなことしか言わなかった」

「だから質問を変える」

そう言って、人差し指を一本立てる。

「一つ目」

「お前らの仮面を反転させた色……恐らく黒い仮面を付けた奴だ」

「そいつと交流した記憶はあるか?」

「……ない」

「二つ目」

「お前らに目的はあるのか」

「あるなら言え」

「……仲間を、増やすこと」

「仲間?」

「仮面を……付けたら……」

「みんな、私たちと同じ人間になるの……」

ルクシスは黙って聞く。

「三つ目」

「その仲間にする相手を見つけたら、お前らはどうする」

「……焚き火」

「焚き火の色を青にしたら……その人が来るから……」

「……」

ルクシスは数秒考え込む。

「……質問は終わりだ」

そう言って立ち上がると、調査隊員を縛っていた縄へ手を伸ばす。

するすると縄が解かれていく。

「……えっ?」

「お前一人で焚き火の色を青にしろ」

ルクシスは静かに言った。

「できなきゃ殺す」

「逃げても殺す」

「変な真似をしても殺す」

調査隊の女は青ざめながら何度も頷く。

「る、ルクシス……」

フェルギアが横から小声で話しかける。

「マジで言ってるのか?」

「これで黒い仮面の奴を誘き出せる」

「戦いに持ち込めたら、一番楽に終わるだろ」

「それは……」

フェルギアは腕を組む。

「そうかもしれないけど」

「……何か心配でもあるのか?」

「いや」

少し考えたあと、口を開く。

「このまま黒い仮面の奴が来て」

「そのまま勝って終わる」

「……そんなに順調に進む気がしない」

ルクシスは黙る。

「今回だけ上手くいくって考えるのは、危ない気がする」

「……」

ルクシスは少しだけ空を見上げた。

「それは」

「もっと警戒しろって話か?」

「あぁ…まぁ、そういうことだ」

数秒の沈黙。

「……それもそうだな」

ルクシスは素直に頷いた。

そしてため息を一つ吐くと、縄を解いた調査隊員の後ろ襟を掴む。

「あぅっ……!」

「じゃあ」

ルクシスはフェルギアへ視線を向ける。

「お前は隠れてろ」

「俺が一人で監視して、黒い仮面の奴と接触する」

「え?」

フェルギアが思わず聞き返す。

「もし俺が不意打ちでも食らったら、お前がカバーしろ」

「逆に何もなければ、そのまま二人で戦う」

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