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神殺しの英雄  作者: トネヌ
第四章 『孤独の英雄』
55/61

第五十五話 「友達」

「……アステラ」

一人眠る少女を見つめながら、フェルギアは静かに名前を呼んだ。

「俺さ……頑張ったんだぜ」

口元には笑みが浮かんでいる。

それでも、その目だけは少しも笑っていなかった。

「お前の英雄になるって言ってさ」

ベッドの横に腰を下ろし、天井を見上げる。

「あの後、お前を殺した魔物を倒したんだ」

「でも、その魔物の毒で……俺も死んじまった」

気まずそうに頬を掻き、苦笑する。

「なのにさ」

「なんか、生き返ったんだよ」

自分でも信じられない、と言いたげに肩をすくめる。

「たぶん、お前と同じなんだろうな」

「知ってるか?」

眠るアステラへ微笑みかける。

「俺らみたいなやつのこと、転生者って言うんだぜ」

「まるでアニメみたいだろ?」

返事はない。

規則正しい寝息だけが部屋へ静かに響く。

「……でもさ」

フェルギアは小さく息を吐く。

「そこからは、本当にアニメみたいというか……」

「現実味のないことばっかりだった」

脳裏へ、走馬灯のように記憶が流れる。

初めて降り立った見知らぬ街。

何も知らず戸惑っていた自分。

「知らない街で」

「知らない場所で」

「知らない人たちと出会った」

自然と笑みがこぼれる。

「リベリオンの試験も受けた」

「殺されかけた」

「助けられた」

「また魔物に襲われた時も、今度は別のやつに助けられたりしてさ」

乾いた笑いが漏れる。

「……情けないよな」

「助ける側になりたいって思ってるくせに、俺は助けられてばっかりだ」

少しだけ視線を落とす。

「魔法があることも知った」

「魔力補助っていう技術も知った」

「この世界には、俺が知らないことばっかりあるってことも知った」

一度言葉を切り、静かにアステラの寝顔を見る。

「でもさ……」

その続きを話すように、フェルギアはもう一度ゆっくりと口を開いた。

「なんというかさ……」

フェルギアは苦笑する。

「俺、あんまりワクワクしなかった」

自分でも不思議だった。

異世界。

魔法。

魔物。

昔の自分なら、きっと飛び跳ねるくらい喜んでいたはずなのに。

「魔法を知った時は、流石に興奮したよ」

「でも、その熱もすぐ冷めちゃってさ」

静かな病室に、自嘲気味な笑いが漏れる。

「結局さ」

「俺……寂しかったんだと思う」

フェルギアは眠るアステラを見つめる。

「お前と」

「俺と同じ世界で生きてきた人間と」

「驚いたことも。」

「苦しかったことも」

「嬉しかったことも」

「全部、一緒に分かち合えなかったから」

少しだけ俯く。

「異世界なんて、昔の俺なら絶対喜んでたはずなのにな」

「お前がいないだけで、こんなにつまらなくなるなんて思わなかった」

部屋には、アステラの静かな寝息だけが響く。

返事はない。

それでもフェルギアは、小さく笑った。

「だからさ……」

一度、大きく息を吸う。

「先輩の話なんか、興味ないかもしれないけど」

照れ隠しのように頭を掻きながら、優しく笑う。

「お前が起きた時」

「また、俺の話を聞いてくれよ」

返事はない。

それでもフェルギアは、その返事がいつか聞けると信じるように、静かにアステラの寝顔を見つめ続けていた。


◇◇◇


あの日以降。

俺は、何もできなかった。

……いや。

何もしなかったと言った方が正しい。

休養所に眠るアステラを残し、俺はただ時間だけを無意味に過ごした。

一日。

二日。

そして三日。

何かしようと思っても、身体が動かなかった。

あの日、アステラへ一方的に話し続けた言葉。

「また俺の話を聞いてくれよ」

あれも結局、自分を奮い立たせるための強がりだったんだろう。

アテネさんも初日に一度だけ顔を出してくれた。

慰めようとしてくれた。

でも。

あの人も、ずっと疲れた顔をしていた。

俺を助けられなかったことを、まだ引きずっているんだと思う。

そんな人にまで気を遣わせてしまう自分が情けなくて。

余計に何もしたくなくなった。

……何も、分からない。

アステラたちが仮面を着けていた理由。

記憶を失い、まるで別人のような口調になった理由。

そして。

三日経った今も、アステラが目を覚まさない理由。

何一つ分からない。

何もかもが分からないまま時間だけが過ぎていく。

そのたびに、何かをしようという気持ちは少しずつ削られていった。

子供っぽい、と言われれば否定できない。

いや――もう認めよう。

俺の精神は、子供だった。

希望が少し見えなくなっただけで立ち止まってしまう。

壁にぶつかっただけで嫌になる。

嫌になったら、逃げたくなる。

そんな弱い人間だった。

だから俺は。

リベリオンへ行くことを、やめた。


◇◇◇


そんなある日のことだった。

コン、コン。

玄関の扉を軽く叩く音が響く。

「おーい」

聞き覚えのある声。

「……あれ、寝てんのか?」

少し間が空く。

「いや……というか昼間だもんな。任務に行ってる可能性もあるか」

町中とは思えないほど大きな声だった。

リビングの机へ突っ伏していたフェルギアは、重い体をゆっくり起こす。

気怠さが全身へまとわりつく。

ふらつきながら椅子を離れ、玄関へ向かう。

一歩。

また一歩。

ようやく扉の前へ辿り着き、ゆっくりとノブを回した。

ギィ……。

扉が開く。

眩しい。

数日まともに外へ出ていなかったせいで、昼の日差しが目に突き刺さる。

視界は真っ白に染まり、思わず目を細める。

やがて少しずつ輪郭が浮かび上がる。

最初に飛び込んできたのは、陽の光を受けて輝く茶色の髪。

そして、どこまでも澄んだエメラルドグリーンの瞳。

白い上着はところどころ泥で汚れ、旅の長さを物語っていた。

「なんだ、いたなら返事くらいしろよ」

男は呆れたようにため息をつき、肩をすくめる。

その姿は、行方不明になっていた人間とは思えないほど元気そうだった。

フェルギアは目を見開いたまま立ち尽くす。

信じられないものを見るように。

震える唇から、ようやく名前が零れ落ちた。

「……ルクシス」

その一言には、驚きと、安心と、そしてほんの少しの救われた気持ちが滲んでいた。

「……というか、お前髪ボサボサだな。どうかしたのかよ」

そう言うなり、ルクシスはフェルギアの肩を軽く叩き、返事も待たずに家へ上がっていく。

「お前……」

「『なんで行方不明になってたんだ』ってとこか?」

ルクシスは顔だけ振り返り、ニッと笑った。

「いや〜、まぁ色々あったんだよ」

頭を掻きながら肩をすくめる。

「そのせいで二回死にかけたってだけ」

まるで昨日の出来事を話すような軽い口調だった。

そう言うとルクシスは部屋をきょろきょろ見回しながら、勝手にリビングへ入っていく。

フェルギアは重い足取りで、その後を追った。 


◇◇◇


「ふぅ」

ルクシスは床へどっかりと腰を下ろす。

部屋をぐるりと見渡し、苦笑した。

「お前、ミニマリストだったんだな」

家具らしい家具はほとんどない。

生活感の薄い部屋だった。

「……家具を買う気にならなかったんだよ」

フェルギアは力なく答える。

「なるだろ。新居買ったんなら」

ルクシスは怪訝そうに眉をひそめた。

「……? なんで新居って……」

「だって、お前住所なしでリベリオンに登録してただろ?」

「あぁ……」

「おかげでお前の家探すの、随分時間かかったぞ」

「……それは、悪い」

「別に謝罪が欲しかったわけじゃねぇよ」

ルクシスは軽く笑う。

だが、その笑みはすぐに消えた。

フェルギアの顔を真っ直ぐ見つめる。

「それより」

「お前、随分ひでぇ顔になってるけど」

「……大丈夫か?」

その問いに。

フェルギアは少しだけ目を伏せた。

「……大丈夫、か」

その言葉を、自分の中で転がすように呟く。

大丈夫。

そう言おうとしても、その三文字が喉につかえて出てこなかった。

「それを言うなら……お前もだろ」

「え?」

ルクシスは自分の白い上着を見下ろした。

「あ〜……これか」

泥や血の跡が残る袖へ手を添える。

「完全には落ちなかったってだけだ」

苦笑しながら肩をすくめた。

「一応、泥と血でぐちゃぐちゃだった状態からここまで綺麗になったんだぜ?」

袖をぱんぱんと払う。

「俺からすれば十分上出来だ」

そう笑った後、表情を少しだけ引き締める。

「まぁ、後でもう少し綺麗にするつもりだけどさ」

そして真っ直ぐフェルギアを見る。

「それより」

「俺は、お前の悩みが聞きたいんだが」

フェルギアは少しだけ視線を落とした。

「……聞いたら、手伝ってくれるか?」

「内容によるな」

即答だった。

「……じゃあ」

フェルギアは息を吐く。

「せめて、聞いてくれ」

「はいはい」

気の抜けた返事。

だからこそ、肩の力が少し抜けた。

「……俺の、好きな人が見つかったんだ。」

「見つかった?」

ルクシスは首を傾げる。

「行方不明だったのか?」

「そこは……説明すると長くなるから省くけど」

フェルギアは苦笑する。

「まぁ、大体そんな感じだ」

「ほう」

「それで……他の人から聞いた感じ、その人は洗脳みたいなものを掛けられてるらしくてな」

「ふーん」

軽い返事。

だが、途中で茶化したり口を挟んだりはしない。

ちゃんと最後まで聞いてくれる。

だから話しやすかった。

「俺のことも忘れてて」

「それで、戦うことになった」

「ちゃんと勝ったんだけどな」

「今も、まだ昏睡状態なんだ」

部屋に静寂が流れる。

ルクシスは腕を組み、少しだけ考え込んだ。

「うーむ……」

数秒黙った後、率直に尋ねる。

「それで、俺は何を手伝えるんだよ?」

「……別に、俺の好きな人を起こしてくれって言ってるわけじゃない」

「じゃあ、なおさら何をしろと」

ルクシスは首を傾げる。

「その人はな……仮面をつけていたんだ」

「仮面……?」

「俺の予想……いや、ほぼ間違いなく、その仮面が原因だ」

「俺の好きな人が洗脳されてたのは」

ルクシスは顎に手を当てる。

「じゃあ、その仮面を壊せばいいのか?」

「いや」

フェルギアは首を横に振った。

「俺の好きな人……というか、名前で言った方が早いな」

「アステラっていうんだけど」

「仮面なら、もう外した」

「あー」

ルクシスは納得したように頷く。

「外したら昏睡状態になった、と」

「そういうことだ」

「……」

ルクシスは腕を組み、少し考え込む。

「……じゃあ、詰んでないか?」

その言葉に、フェルギアは苦く笑う。

「それは……そうかもしれない」

「でも」

「まだ謎が多いんだ」

「仮面のことも」

「洗脳のことも」

「アステラが眠った理由も」

「一つずつ解いていけば……アステラを救えるかもしれない」

ルクシスはゆっくり頷いた。

「なるほど」

「その謎解きを手伝ってほしいってことか」

「あぁ」

フェルギアは少し視線を逸らす。

「でも、報酬とかは出せない」

「だから、やりたくなければ――」

「やるよ」

即答だった。

フェルギアは思わず目を見開く。

「……いいのか?」

「友達から金せびってどうすんだって話」

ルクシスは呆れたように笑い、ゆっくり立ち上がる。

そして、フェルギアへ向かって手を差し伸べた。

「なにより」

「俺からしたら、友達が困ってる」

「だから助ける」

「それだけの話だからな」

飾り気のない言葉。

だからこそ、その一言はフェルギアの胸に真っ直ぐ届いた。

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