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神殺しの英雄  作者: トネヌ
第四章 『孤独の英雄』
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第五十一話 「痛い台詞」

「おぉ……」

 ラートとフェルギアの目の前に建っていたのは、ごく普通のレンガ造りの一軒家だった。

 派手な装飾があるわけでもない。

 豪邸というほど大きくもない。

 それでも、周囲の家々と並んでも見劣りしない、しっかりとした造りの家だった。

「これ……本当に三日で建てたんですよね?」

「んだ……。おらも話では聞いてたべが、実際に見ると現実味がねぇべ」

 ラートも呆然と家を見上げる。

 三日前。

 部屋を出てからは、驚くほど物事が順調に進んだ。

 街の住人に不動産屋の場所を教えてもらい、いくつか物件を見学し、その日のうちに購入する家を決定。

 そこまでは、まだ理解できた。

 問題はその先だった。

 担当者は笑顔でこう言ったのだ。

『では、三日後には完成しておりますので』

 最初は冗談かと思った。

 だが本当に三日後には、こうして一軒の家が完成していた。

 しかも値段は――金貨百枚。

 日本円に換算すれば、およそ百万円。

 その金額を聞いた瞬間だけは、ラートもフェルギアも息ぴったりだった。

『やっす』

 二人の声が見事に重なり、不動産屋が苦笑していたのは記憶に新しい。

「資源が豊富ってだけでねぇ…」

 フェルギアは改めて新居を見上げる。

 ここが、自分の家。

 転生してからずっと寝泊まりしてきた休養所ではない。

 誰にも遠慮せず帰れる、自分だけの居場所だった。

「……家具とかは、自分で買えるだべか?」

「流石にそれくらいはできますよ。子供じゃないんで」

「……そうだべか」

 ラートは安心したように息を吐くと、小さく笑った。

 そして、そのままくるりと踵を返し、フェルギアへ背中を向ける。

「じゃあ、ここでお別れだべね」

「あー……え? は?」

 思わず間の抜けた声が漏れた。

「ど、どういうことです? 今別れても、あなたの家はないんですよ?」

「おらの帰る場所なら、最初に連れてきてもらった場所があるべ」

「いや、あそこは前にも言った通り休養所で……!」

「休養所は、負傷したリベリオンの人間だけじゃねぇ。魔物に襲われて帰る場所を失った人間が、新しい家を手に入れるまで暮らせる場所でもあるべ」

「……それは、つまり……」

「おら、おまいさんの目を盗んで、こっそり申請しといたんだべ」

 ラートは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。

「だから、おらにも一時的に帰る場所はあるべ」

「……なんで、こっそりなんですか?」

 フェルギアが苦笑混じりに尋ねる。

 ラートは肩をすくめて笑った。

「そうでもしねぇと、おまいさんは物件探しどころじゃなくなると思ったべ」

「……はは」

 フェルギアは力なく笑い、視線を地面へ落とす。

 その通りだった。

 もし最初から知っていたら、自分は家探しなんて後回しにして、ラートのことばかり気にしていただろう。

「逆の立場でも……」

 ぽつりと呟く。

「俺も、あなたと同じことをしてたと思います」

 その言葉を聞いたラートは、一瞬だけ目を細めた。

「……なら、もう言葉はいらないだべな」

 ラートはそれだけ言い残し、背中を向けて歩き始める。

「さらばだべ、フェルギア」

 その一言を聞いた瞬間。

 フェルギアの脳裏に、一人の青年の姿が浮かんだ。

 部屋の中央で立ち止まり、こちらを振り返った少年。

『……あー、そういや言い忘れてたわ』

 ルクシスは右手をひらりと上げた。

 柔らかな笑みを浮かべながら、たった一言だけ告げる。

『またな』

「……ラート」

「……どうかしたんだべか?」

 ラートは足を止め、肩越しに振り返る。

「いや……違うなーって思っただけです」

「違う……だべか?」

 フェルギアは小さく笑う。

「というか……もう敬語はいらないか。友達だもんな」

 一度、大きく息を吸う。

 そして、ルクシスのあの時の姿を思い浮かべながら。

 右手をゆっくりと掲げた。

 自然と口元にも笑みが浮かぶ。

「またな」

 一瞬だけ、ラートはきょとんと目を丸くする。

 だが次の瞬間には、いつもの豪快な笑みを浮かべていた。

「……またなだべ」

 ラートも大きく手を振り返す。

 その背中は、もう振り返らなかった。

 フェルギアも、その背中を追いかけることはしなかった。

 "またな"とは、別れの言葉ではない。

 また会うことを信じる者だけが、口にできる約束なのだから。

 小さくなっていくラートの背中を見送ってから、フェルギアは静かに息を吐いた。

 そして、視線を自分の家へと戻す。

「さて、と……」

 軽く背伸びをして、玄関の扉を開く。

 室内へ一歩足を踏み入れ、ゆっくりと扉を閉めた。

 ──カチリ。

 静かな音が家中へ響く。

 リビングの明かりを灯し、中世ではよく見る木製の椅子へ腰を下ろす。

 家具と呼べるものは、机と椅子、それに寝室のベッドくらい。

 生活感など、まだどこにもない。

「まぁ……これから少しずつ増やしていけばいいか」

 誰に言うでもなく呟く。

 だが、その言葉とは裏腹に、フェルギアの表情はすぐ曇っていった。

「……」

 椅子へ深く腰掛けたまま、体を後ろへ預ける。

 天井を見上げ、大きく息を吐く。

 一番重要な問題は、何一つ解決していない。

「アステラ……」

 その名前を口にするだけで、胸が締め付けられる。

 会いたい。

 笑ってほしい。

 また、あの頃のように話したい。

 そして、できることなら、彼女の隣にいたい。

 理由は単純だった。

 好きだから。

 あの日、一目惚れしてから。

 彼女が自分を庇って命を落とした後も。

 その想いだけは、一度たりとも薄れたことがなかった。

「仮面……」

 フェルギアは目を細め、今日見た光景を頭の中で整理していく。

 アステラは、自分のことを覚えていなかった。

 服装も、会社で着ていたスーツではない。

 白を基調とした、長いスカートの可愛らしい装い。

 調査隊の隊員たちとは明らかに違う格好だった。

 それでいて腰には、刃毀れ一つない実戦用の剣。

 そして何より──

「白い……仮面」

 集落にいた調査隊の全員が、同じ仮面をつけていた。

 目元から額を覆い隠す、白の仮面。

 あれは、ただの装飾には見えない。

 ラートは言っていた。

『調査隊に入った子は、み〜んな仮面をつけるんだべ。それに、一度つけたら死ぬまで外さないって決まりなんだべよ』

「死ぬまで……外さない」

 ただの規則にしては、あまりにも重すぎる。

 仮面。

 失われた記憶。

 人が変わったような言動。

 そのすべてが、一本の糸で繋がっているような気がしてならなかった。

「……もう一度、会わないとな」

 今度は、偶然じゃない。

 彼女を助けるために。

 そして、彼女から真実を聞くために。

 フェルギアは静かに拳を握り締めた。

「……とは言ってもな」

 フェルギアは頭を掻きながら、小さくため息をつく。

 情報が足りない。

 あまりにも足りなさすぎる。

 調査隊とは何なのか。

 あの仮面は何なのか。

 アステラはなぜ記憶を失っていたのか。

 そして、なぜ自分を見ても何も思い出さなかったのか。

 分からないことばかりだった。

「ラートには……いずれ頼るつもりだけど」

 集落についてなら、ラートほど頼れる人間はいない。

 だが、記憶喪失や仮面の正体といった話になれば、流石に知っているとは思えなかった。

「となれば……」

 一人だけ、思い当たる人物がいる。

「ルクシス……だな」

 自然とその名前が口をついて出た。

 賢者。

 それだけで、フェルギアの中では十分すぎる理由だった。

 もしかしたら、記憶を取り戻す魔法なんてものを知っているかもしれない。

 仮になかったとしても、あいつなら何か別の手掛かりを見つけてくれる気がする。

 それに――

「もし戦うことになっても……あいつがいてくれるなら」

 思わず苦笑が漏れる。

 一級の魔物を真正面から倒し、どんな窮地でも諦めなかった英雄。

 あれほど頼りになる人間を、フェルギアは他に知らない。

「……よし」

 椅子から勢いよく立ち上がる。

 軽く腰を叩き、気合いを入れるように深呼吸を一つ。

「となれば、リベリオンに行くか」

 そう呟くと、フェルギアは家の明かりを消し、新しい我が家をあとにした。

 次に会う時は、ただの再会じゃない。

 友達として、ルクシスに頼るために。

 そして――アステラを救う方法を見つけるために。 


 ◇◇◇


「ルクシス・サーベンダー……ですね。少々お待ちください」

 右目を黒髪で隠した受付係は名前を聞くと、背後に設置されたパソコンへ向き直り、軽快にキーボードを叩き始めた。

(あいつが受けた任務は……神徒の調査、だったよな)

 フェルギアは腕を組み、小さく唸る。

(長期任務なら依頼書にそう書かれるはずだ。なら、あれは短期任務だったはずだ……)

 数秒後。

 受付係は画面から視線を外し、小さくため息をついてからフェルギアへ向き直った。

「行方不明、だそうです」

「……は?」

「ですから、行方不明です」

「いや……え? ど、どういう……ことですか?」

「ルクシス・サーベンダーが任務を受諾してから、すでに三日が経過しています。しかし現在まで帰還報告はありません。そのため、リベリオンでは行方不明として処理されています」

「な……」

 息が止まる。

 頭が真っ白になった。

 なんでだ。

 なんでだよ。

 お前しか頼れるやつなんて、もう思いつかないのに。

 どうしろっていうんだ。

 あの時。

『俺、実はその神徒ってやつの一人に恨みがあんだよ』

 そう言った時の、あの笑顔。

 あの時、止めればよかった。

 もっと強引にでも。

 何が"またな"だ。

 ふざけるな。

 賢者なんだろ。

 そんな大層な称号を背負ってるやつが、こんな簡単にいなくなるなよ。

 神徒に挑んだのか。

 だから死んだのか。

 だから言ったじゃないか。

 止めたじゃないか。

 なのに。

 なのに、お前は――

(ルクシスが……)

 胸が締め付けられる。

 呼吸が浅くなる。

 喉が震え、視界が滲んだ。

(ルクシスが……っ)

「……困っているのか?」

「……はぁ?」

 震える声で返事をしながら、フェルギアはゆっくりと顔を上げる。

 横から聞こえてきた声の主へ視線を向けると、そこには見覚えのある少女が立っていた。

 鮮やかな赤い髪を高く結んだポニーテール。

 前髪には小さな髪飾り。

 巫女を思わせる装束に、腰へ携えられた一本の長刀。

「酷い顔だな」

 アテネはため息混じりに呟くと、そっと親指を伸ばした。

 目尻に溜まっていた涙を優しく拭い取る。

 そのまま、ほんの少しだけ口角を上げた。

「笑えよ」

「あ……」

 フェルギアは思わず目を合わせようとする。

 だが、できなかった。

 視線は途中で逸れ、床へと落ちる。

 今の自分は、誰の顔もまともに見られなかった。

 そんな空気を察したのか、受付係がわざとらしく咳払いを一つする。

「お話なら、待合室でお願いします」

「あぁ、悪い」

 アテネは軽く手を挙げると、そのままフェルギアの肩をぽんと押した。

「ほら、行くぞ」

 抵抗する気力もなく、フェルギアはそのまま待合室へ連れていかれた。


 ◇◇◇


 待合室。

 フェルギアはソファへ深く腰掛けたまま、俯いていた。

 沈黙が続く。

 やがて、アテネが静かに口を開いた。

「……苦しいなら、言葉にしないと分からないんじゃなかったのか?」

 その声音が、責めているのか。

 心配しているのか。

 それとも呆れているのか。

 今のフェルギアには、もう判断できなかった。

「……苦しいって言って」

 喉が震える。

「何か変わるって思えたら……そりゃ、言いますよ」

「はぁ……お前が言ったんだろう?」

 アテネは呆れたように肩をすくめる。

「私は疲れているのだと。これでは傷の舐め合いだぞ」

「だったら……無視すりゃいいじゃないですか……」

 絞り出すような声。

 それを聞いたアテネは小さく息を吐き、ソファにもたれかかった。

「君は感情が表に出やすいからな」

 静かな声。

「今、どれだけ追い詰められているのか……見れば一瞬で分かったぞ」

「……」

 返事はない。

 フェルギアは俯いたまま、自分の拳をじっと見つめていた。

「それで無視しろと言われて、できるわけがないだろう」

「……優しいですね」

 その言葉に、アテネは小さく鼻で笑う。

「私は別に優しくない」

 即答だった。

「君に救われた。その恩を、今返してやろうと思っただけだ」

「……救われた?」

 フェルギアがゆっくりと顔を上げる。

 涙で滲んだ視界の向こうで、アテネは不思議そうに首を傾げた。

「……君、救うつもりもなく、私にあんな台詞を吐いたのか?」

「あんな台詞……ですか?」

「そうだ」

 少し考え込み、フェルギアは困ったように頭を掻く。

「……あんな痛い台詞で救われるとか、どうかしてますよ」

 自嘲するように笑う。

 その笑みは弱々しく、今にも崩れそうだった。

 するとアテネもふっと口元を緩める。

「そうだな」

 どこか照れくさそうに目を逸らしながら、小さく笑った。

「私もまさか、救うつもりもない相手に……本人ですら『痛い』と評するような台詞で、救われる日が来るとは思っていなかった」

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