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神殺しの英雄  作者: トネヌ
第四章 『孤独の英雄』
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第五十話 「死ぬほど優しい人」

キィィィィン!!

耳をつんざくような金属音が集落中へ響き渡る。

振り下ろされたアステラの剣は、フェルギアが咄嗟に硬化させた鎖によって受け止められていた。

鎖は一本の鋼鉄の棒のように真っ直ぐ伸び、剣先を押さえ込んでいる。

「フェル……ギア……」

ラートが呆然と目を見開く。

「アス……テラ……! 落ち着、け!」

叫ぶと同時に腕へ魔力を集中。

勢いよく鎖を振り抜く。

弾かれた剣はアステラの手を離れ、空中で何度も回転しながら集落の外れへ飛んでいく。

ガキィン!!

乾いた音を立て、地面へ深々と突き刺さった。

直後――。

「……ッ!!」

ギリッ。

歯ぎしりの音が静かな集落に響く。

仮面で目元は隠れている。

それでも分かった。

その表情に宿っているのは、紛れもない憤怒。

「お前……!!」

低く絞り出された声。

「総員! 捕らえろ!!」

鋭い号令が飛ぶ。

その瞬間、周囲にいた調査隊全員が一斉に剣を抜き放ち、フェルギアたちへ刃を向けた。

「ラート!!」

フェルギアは迷わずラートの手首を掴む。

「え、お、おい!?」

返事を待たず、全力で地面を蹴った。

後方から響く怒号。

無数の足音。

二人は集落を飛び出し、先ほどゴブリンロードを討伐した廃墟へ向かって一目散に駆け出した。


◇◇◇


「はぁ……はぁ……」

荒い呼吸だけが辺りに響く。

ようやく追手の気配が遠ざかり、二人は崩れかけた建物の陰へ身を隠した。

「お……おまいさん……なんで……助けたんだべか……?」

息も絶え絶えにラートが尋ねる。

フェルギアは乱れた呼吸を整えながら苦笑した。

「はぁ……? 何言ってんですか……」

「おらを見捨てれば……おまいさんは……こんな無茶を……」

フェルギアはまっすぐラートを見つめる。

「あんたが……優しい人だから」

「……」

ラートの口が止まる。

「でも……その優しさは、もう少し自分にも向けて欲しいですけどね…」

フェルギアは小さく笑った。

「あなたは、助けられる価値のある人間です」

ラートは何も返せなかった。

ただ、その目だけが小さく揺れていた。

「……そう、だべか」

 ラートは肩の力を抜き、どこか諦めたように笑った。

 その笑顔はいつもの豪快なものではなく、長年抱えてきた何かを手放したような、少し寂しげな笑みだった。

「それよりも……なんで、あんなことになったんだべ?」

「……調査隊の人が、一人行方不明になったんだべ。それと同時に、おまいさんも姿を消した。だから、おまいさんが疑われたってわけだべ」

「調査隊……」

 フェルギアは静かに目を伏せる。

 アステラと出会ったことばかり考えていたせいで、任務へ向かった自分が周囲からどう見えるかなんて、まるで考えていなかった。

「……すみません」

 思わず漏れた謝罪。

 しかし、ラートは首を横に振る。

「何を謝ってるんだべか」

 そう言うと、豪快に笑いながらフェルギアの背中をばんばんと叩いた。

「痛っ……」

「はっはっは! あの子が言ってただろ? おらはもう穀潰しだべ」

 ラートは空を見上げ、小さく息を吐く。

「どのみち、おらはいつかあの集落を出るつもりだったべよ。予定が少し早まっただけだべ」

「……そうなんですか?」

「そうだべ。だからフェルギアは気にしなくていいんだべ」

 カッカッカッ、といつものように豪快な笑い声を響かせる。

 その笑顔を見て、フェルギアは胸に溜まっていた重苦しさが少しだけ軽くなるのを感じた。

「……そういえば」

 フェルギアはラートへ向き直る。

「俺がここへ来た、本当の目的……まだ話してませんでしたね」

フェルギアは小さく息を吐き、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「俺は……リベリオンの人間です。知ってますか?」

「んだ〜、魔物をぶっ殺しまくってるところだっぺか?」

「まぁ……間違ってはいません」

思わず苦笑しながら頷く。

「俺は、その任務でこのディメンションに来ました。ここにあった魔物の拠点を……滅ぼすために」

「滅ぼしに来た、とは……フェルギアも物騒なことを言うようになったべぇ」

ラートは肩を揺らして笑う。

だがフェルギアは笑い返さなかった。

静かに視線を地面へ落とし、一度だけ息を吸う。

「……それで」

少しだけ間を置いてから、顔を上げた。

「俺には、帰る場所があるんです」

その一言に、ラートは目を丸くした。

だがすぐに、どこか羨ましそうに笑う。

「ほう……そりゃ羨ましいべ」

その笑顔を見た瞬間、フェルギアは覚悟を決めた。

ここから先言うことを、きっとラートは察している。

それでも、伝えたかった。

ラートは案の定、ニマニマと口角を吊り上げる。

その笑みは、事情などすべて分かっていると言わんばかりだった。

「……来ますか?」

短い一言。

それだけで十分だった。

ラートは数秒ほど黙り込む。

そして、ゆっくりと目を細めると、大きく笑った。

「……やっぱ、おまいさんをかくまって正解だったべ」

豪快な笑い声が、静かな廃虚へ響いていく。

フェルギアもつられるように微笑んだ。

アステラとの再会で傷ついた心は、まだ痛む。

それでも。

このディメンションで出会えた友達だけは、失いたくないと心から思えた。


◇◇◇


(……俺の部屋に、おじさんがいる)

もちろん、厳密にはフェルギアの部屋ではない。

休養所の一室を借りているだけなのだが、もう何日も使っているせいで、すっかり自分の部屋のような感覚になっていた。

部屋の中は質素そのものだ。

色褪せたソファーに小さな机。壁際には薄型のテレビが一台置かれ、最低限の生活用品だけが並んでいる。

一言で言えば――少し古びたワンルームマンション。

そんな部屋の中央で。

「んだぁ〜……」

ラートはテレビの前にしゃがみ込み、黒い画面を宝物でも眺めるかのように食い入るよう見つめていた。

画面の縁を指先でそっとなぞり、感慨深そうに息を漏らす。

「本当に……また見れる日が来るとは思ってなかったべ……」

その横顔は、どこか懐かしい友人と再会した人のようだった。

「……ラートさんって、本当に現代人だったんですね」

ソファーへ腰掛けたフェルギアは、困ったように後頭部を掻きながら苦笑する。

「疑ってただべか?」

「いや、その……信じがたくて」

あの訛り。

あの髭。

あの生活感。

どう考えても、令和を生きていた人間には見えない。

「ゲームはないんだべか? PCでもいいべ」

期待に満ちた目で振り返るラート。

しかしフェルギアは首を横に振った。

「ありませんよ。ここは休養所ですから」

「んだぁ〜……」

見るからに肩を落とすラート。

その落ち込みようは、子どもがおもちゃを取り上げられた時と大差ない。

「おまいさんの家にはないだべか?」

「ないですよ。買う金もありませんし」

あっさり答えると、ラートは目を丸くした。

「んだ……おまいさん、よくそれで職につけただべねぇ……」

「……言われてみれば、確かに」

フェルギアは思わず遠い目になった。

「というか……この世界のお金の価値って、いまいち分からないんですよね」

 フェルギアは頬を掻きながら苦笑する。

 金貨一枚が高いのか安いのか。  食事一回でどれだけ使うのか。

 そういう感覚が、この世界に来てからずっと曖昧だった。

「んだ。おまいさん、ニホン通貨は分かるだべか?」

「え? まぁ、それなら」

「んだら話は簡単だべ」

 ラートは満足そうに頷き、指を一本立てる。

「世界は違っても、主流の通貨は二つだけだべ。ニホン通貨とガイア通貨」

「……そうなんですか?」

「そうだべ。ニホン通貨は《チキュウ》ってディメンションで生まれた通貨。ガイア通貨は《カリュシアン》って世界が発祥だべ」

「チキュウ……? カリュシアン……?」

 聞き覚えのない単語に、フェルギアは首を傾げる。

「……ん? チキュウはともかく、カリュシアンも知らねぇだべか?」

「ええ……お恥ずかしながら」

「構わねぇべ」

 ラートは笑って肩をすくめた。

「チキュウは、数あるディメンションの中でも一番文明が発達してる世界だべ。数少ないTier1──つまり、魔力も魔物も存在しねぇ世界だ」

「へぇ……」

 フェルギアは思わず感嘆の声を漏らした。

「魔力もないのに、そこまで発展したんですか……」

「そういや、俺たちが話してる言葉も、使ってる文字もニホン語でしたね」

「んだ。その点でもチキュウは有名なディメンションだべ」

「へぇ……。じゃあ、カリュシアンは?」

「カリュシアンは、今おらたちがいるこのディメンションの名前だべ」

「おらたち……ああ、ここってカリュシアンって言うんですね」

 ラートは一瞬だけ目を丸くした。

「……本当に知らなかっただべか?」

「はは……。こっちにも色々事情があるんですよ」

 フェルギアが苦笑すると、ラートは「まぁなぁ」と頷く。

「おまいさんは転生者だべし、仕方ねぇ部分もあるべ」

「こっちとしては理不尽すぎますよ。世界を何個も作るくらいなら、せめて説明書ぐらい置いといてくれって神に文句言いたいです」

 肩をすくめるフェルギア。

 その軽口に、ラートも小さく笑った。

「……おらも、言えるなら言いてぇだべね」

「……?」

 一瞬だけ部屋の空気が静まり返る。

 ラートはどこか遠くを見るような目をしたが、それ以上は何も語らなかった。

 フェルギアも深く追及はしない。

 きっと、このおじさんにも色々あるのだろう。

「さぁ、気を取り直すべ」

 ラートはパンッと両手を叩き、いつもの調子へ戻る。

「カリュシアンはTier2のディメンションだべ。つまり、魔力も魔物も存在するべが、全体的にはそこまで危険じゃねぇ世界ってことだべ」

(その割には……)

 フェルギアの脳裏に、巨大な一級魔物の姿が鮮明によみがえる。

(俺、このディメンションで最初に会った魔物、一級だったんだけどな……)

「……ていうか、さっきからディメンションの説明ばっかりで、通貨の説明ゼロじゃないですか」

「あ……わりぃわりぃ。つい話に興が乗っちまっただべね」

 ラートは頭をぽりぽりとかきながら苦笑する。

「……それで?」

「ガイア通貨には、銅貨、銀貨、金貨の三種類があるべ。それぞれニホン円に換算すると、大体、銅貨が百円、銀貨が千円、金貨が一万円くらいだべ」

「ほうほう、覚えやすいですね」

「ただし、あくまで目安だべ。ディメンションごとに物価は違うべし、過信しすぎると痛い目を見るっぺよ」

「……肝に銘じておきます」

 フェルギアは真面目な顔で何度も頷いた。

「それで、おまいさん。家を買う気はあるべか?」

「え? まぁ……あったほうが便利でしょうけど」

「今の所持金はいくらだべ?」

「えっと……」

 フェルギアは立ち上がり、部屋の隅にあるタンスを開ける。

 中から取り出したのは、厚みの違う封筒が三つ。

 試験合格時の慰謝料。

 一級魔物警報での協力報酬。

 そして先ほど達成した任務の報酬。

 封筒を一枚ずつ開き、中身を机の上へ並べて数えていく。

「金貨……二百五十枚、ですね」

「……に、二百五十枚?」

 ラートの目が大きく見開かれた。

「金持ちだべね、おまいさん……」

「金持ち……まぁ、二百五十万円くらいってことだもんな。そりゃ大金か」

 フェルギアは机の上に並んだ封筒を見つめながら、小さく頷く。

「それだけ金がありゃ、家なんて簡単に買えるべ。なんで今まで買わなかっただべか?」

「えぇ? そりゃ……忙しかった、からですよ……」

 語尾がだんだんと小さくなっていく。

 転生してからというもの、リベリオンの試験、一級の魔物との戦い、ルクシスとの別れ、アステラの記憶喪失――。

 思い返せば、嫌な記憶が多かった。

「……ともかく、おらは他のディメンションの相場は知らねぇべ。でも、カリュシアンの家はチキュウと比べてずいぶん安いってことだけは知ってるだべ」

「そうなんですか?」

「土地代がほとんどかからねぇし、資源も豊富だからだべ。きっと驚くだべよ〜?」

 ラートはニヤリと笑うと、そのまま勢いよく立ち上がる。

 両腕をぐっと天井へ伸ばして大きく背伸びをし、その足で迷いなく出口へ向かって歩き始めた。

「えっと……今から、ですか?」

「今行かねぇで、いつ行くだべか」

 苦笑しながらも、フェルギアは机の上の封筒を回収し、懐へとしまう。

 そして慌ててラートの背中を追いかけた。

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