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神殺しの英雄  作者: トネヌ
第四章 『孤独の英雄』
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第四十六話 「自分の道」

──遥か昔。

一部の神々は、自らの手で幾つもの世界を創り上げた。

人々はそれらを、ディメンションと呼ぶ。

当時のディメンションには、魔物も、魔力も存在しなかった。

争いはあっても、人が人として生きられる、穏やかな世界だった。

だが、その平穏は一柱の神によって壊される。

邪神。

世界の破滅を愉しむその神は、数多のディメンションへ魔物という異形の生命を解き放った。

魔物は圧倒的だった。

武器も知恵も通じず、人々はなすすべなく蹂躙され、文明は次々と滅びていく。

当然、自らが創り上げた世界を壊される神々が黙っているはずもなかった。

こうして、神々と邪神の戦争が始まる。

神々は圧倒的な数で邪神を追い詰めた。

あと一歩で討ち滅ぼせる──誰もがそう思った。

しかし、邪神は滅びる寸前、自らの存在を神々ですら見つけられない場所へと隠した。

邪神は姿を消した。

だが、邪神が世界へ放った魔物だけは消えなかった。

魔物たちは神の意思とは無関係に増殖し、今なおディメンションを侵し続けていた。

神々は悟る。

自分たちだけでは、すべての世界を守ることはできない、と。

だから神々は、一つの決断を下した。

魔物に対抗できる存在を創る。

選ばれたのは、人間だった。

神々は最も高い知恵を持つ人類へ、魔物と同じ力──魔力を授ける。

それは祝福であり、同時に呪いでもあった。

こうして世界は、

人と魔物による、終わりなき戦争の時代へと突入した。

だが、邪神はただ魔物を生み出し続けていたわけではない。

邪神は自らの力を分け与えるため、五つの眷属の座を創り上げた。

そして、その座に選ばれた人間たちは、後にこう呼ばれることとなる。

──神徒。

神徒の力は、人の域を遥かに超えていた。

それもそのはずだ。

邪神は敗北したとはいえ、たった一柱で数多の神々を相手取り、なお戦い続けた存在。

その力の一端を授かった者が弱いはずなどない。

しかし、その圧倒的な強さとは裏腹に、神徒について残された記録は驚くほど少ない。

判明しているのは、神徒は五人存在すること。

そして、その全員が人智を超えた強さを持つこと。

それだけだった。

理由は単純だ。

神徒が現れれば、多くの場合、生き残る者がいない。

彼らの目的は決まって殺戮。

目撃者そのものが極端に少ないため、容姿すら曖昧な証言しか残されていないのだ。

「白髪だった」

「いや、黒髪だった」

「長髪だった気がする」

「男だった」「女だった」

証言は食い違い、信憑性に欠けるものばかり。

だが──

ただ一つだけ。

生還者たち全員が、例外なく口にした共通点があった。

頬に刻まれた、黒い文様。

その特徴だけは、どの証言でも一致していた。

やがてその情報は数多のディメンションへ伝わり、一つの常識となる。

頬に黒い文様を持つ者を見つけたなら、戦うな。

逃げろ。

それだけが、生き延びるための唯一の正解だと、人々は語り継ぐようになった。

それほど危険な存在だと、頭では分かっていた。

 なのに――

「……」

 背中を向け、扉の奥へ消えていくルクシスを。

 誰も、止められなかった。

 いや。

 止められなかったのではない。止めようとしなかった。

『俺、実はその神徒ってやつの一人に恨みがあんだよ』

 あの時の声が、不意に脳裏へ蘇る。

 冗談を言うような軽い口調だった。

 けれど、その笑顔だけは笑っていなかった。

 あれほど恐ろしい表情を、彼は今まで一度も見たことがなかった。

「……あれ」

 ぽつりと漏れる。

「俺……なんで、こんなにあいつのこと心配してるんだっけ……」

 別に、長い付き合いじゃない。

 友達、と言えば友達なのかもしれない。

 だが、一緒に過ごした時間なんて、指折り数えられる程度だ。

 一級魔物の討伐。

 軽口を叩き合った今日。

 しかも、あの討伐だって、ほとんどルクシス一人で終わらせたようなものだった。

「……そう、だよな」

 乾いた笑みが漏れる。

「別に……あいつがやりたいって言ってるんだ。止める必要なんか……ないよな……」

 誰に聞かせるでもない言葉。

 まるで、自分自身へ言い訳をするように呟き、ゆっくりと振り返る。

 視界に映るのは、任務管理所の巨大なホログラムボード。

 紙を貼り付けたような依頼書が、青白い光の中で次々と現れては消え、消えては現れる。

 いつもと変わらない光景。

 なのに今日は、その景色だけが妙に遠く感じられた。

「俺……も選ばなくちゃな」

 小さく呟くと、フェルギアは巨大なホログラムボードの端へと歩み寄った。

 青白い光で形作られた依頼書が、絶え間なく現れては消え、消えては現れる。

 その一枚一枚へ視線を走らせながら、静かに考える。

(俺の階級は二級……。でも、あいつも『段階はちゃんと踏め』って言ってたしな)

 ルクシスの言葉が頭をよぎる。

 あいつなら、難しい任務でも笑って飛び込んでいくだろう。

 けれど、自分は違う。

 無茶をして死ねば、それで終わりだ。

(まずは経験を積む。それが一番だ)

 そう結論づけ、前提階級が低い依頼だけを探していく。

 すると、一枚の依頼書が目に留まった。

 青白い文字が、静かに浮かび上がる。

 ――討伐任務:魔物拠点

 ――前提階級:四級以上

 ――ディメンション:エンシス

 ――任務コード:TM5094

「……これにするか」

 フェルギアはゆっくりと依頼書へ手を伸ばした。

 指先が光へ触れた瞬間、依頼書に新たな文字が空中へ表示される。

――任務を受諾しますか?

YES / NO

「ああ、そうだ……」

 フェルギアは表示を押す前に手を止めた。

「ファイルには、任務コードを覚えておけばいいって書いてあったな」

 もう一度視線を落とす。

 TM5094。

 頭の中で何度か繰り返し、記憶に刻み込む。

「……よし」

 迷いなく、YESを押した。

 電子音が小さく鳴り、依頼受諾完了の文字が表示される。

「んで……あとは転送装置室に行けばいいのか」

 そう呟くと、フェルギアはホログラムボードへ背を向ける。

 初めて一人で受ける任務。

 胸の奥には不安が渦巻いていた。

 それでも足を止めることはなかった。

 ルクシスが、自分の道を選んだように。

 今度は、自分が自分の道を歩く番だった。

 ──「ふぅ……」

 ようやく目的地へ辿り着き、フェルギアは小さく息を吐いた。

 ここへ来るだけなのに、随分と時間がかかってしまった。

 一階の案内板で転送施設の場所を確認し、地下へ降りる。

 迷う。

 また一階へ戻る。

 もう一度案内板を見る。

 再び地下へ降りる。

 ──そんなことを何度繰り返したのか、自分でも覚えていない。

「……あいつなら、一発で着いてるんだろうな」

 呆れ半分、感心半分。

 自然とルクシスの顔が頭に浮かぶ。

 案内板を一度見ただけで道順を覚えるような男だ。こんな迷路みたいな地下でも、迷う姿なんて想像できなかった。

 苦笑を漏らしながら、目の前にある無機質な鉄扉へ手をかける。

 ギィ、と重たい音を立てて扉が開いた。

「……えぇ」

 思わず、間の抜けた声が漏れる。

 広い部屋。

 だが、その中身は驚くほど何もなかった。

 部屋の中央には、転送装置と思われる巨大な石造りの台座がぽつんと置かれている。

 そのすぐ脇には、受付代わりなのだろうか。

 大きな屋台のようなカウンターが一つ。

 そして、その中には隈のひどい管理人。

 ──以上。

「……最低限を極めすぎじゃないか?」

 思わず本音が口をついて出る。

 もっとこう、巨大な魔法陣が幾重にも浮かんでいたり、魔道具が壁一面に並んでいたり、白衣を着た研究員が忙しなく走り回っていたり。

 そういう、男心をくすぐる秘密基地のような光景を少しだけ期待していた。

 だが現実は、広い部屋にぽつんと置かれた転送装置と、やる気のなさそうな管理人が一人いるだけ。

「……なんか、思ってたのと違うな」

 肩を落としながら、フェルギアは受付のほうへ歩き出した。

「……任務コードを言ってくだっせぇ」

 部屋へ入った途端、気だるそうな声が飛んできた。

 声の主――管理人はフェルギアの方を見ようともせず、椅子にもたれかかったまま天井を眺めていた。

 隈の濃い目の下はどす黒く、今にも倒れそうなほど生気がない。

 それでも仕事だけはするらしい。

「えっと……TM5094、です」

 任務コードを告げると、管理人は「んぁ……」と小さく呻き声を漏らした。

 そして机の下へ手を突っ込み、見えない位置にあるスイッチをカチ、カチ、と慣れた手つきで切り替えていく。

 続いて横のモニターへ視線を移し、今度はキーボードを軽快に叩き始めた。

 カタカタカタカタ……

 眠そうな目とは裏腹に、指先だけは驚くほど正確に動いている。

(……仕事はちゃんとしてるんだな)

 そんなことを思っていると、不意に管理人の手が止まった。

 数秒後――

 ブォンッ!

 転送装置が低い駆動音を響かせ、床に刻まれた魔法陣が青白く輝き始める。

「うおっ」

 予想以上の音量に、フェルギアは反射的に一歩後ずさった。

 青い光は徐々に強さを増し、部屋全体を幻想的な色で照らしていく。

「……ご武運を〜」

 管理人は相変わらず感情の欠片もない声でそう言った。

 だが、その一言で準備は終わったのだと理解する。

「は、はい……ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる。

 返事はない。

 管理人はすでに別のモニターへ視線を移していた。

(……なんか、怖いな)

 生まれて初めて使う転送装置。

 本当に無事に着くのか、不安ばかりが胸をよぎる。

 フェルギアは小さく舌を噛み、覚悟を決めた。

 そして、一歩。

 青く輝く転送装置の上へ足を踏み入れる。

 次の瞬間――

 眩い白光が視界いっぱいに広がり、フェルギアの姿は光の中へと溶けるように消えていった。

「……ん」

 ゆっくりと瞼を開く。

 視界を埋め尽くしていた白い光は、もうどこにもなかった。

 代わりに広がっていたのは――まるで文明そのものが朽ち果てたような世界。

 鉄骨だけを残した高層塔。

 窓ガラスがすべて砕け落ちた巨大なビル群。

 ひび割れた道路の隙間からは草木が生い茂り、壁には太い蔦が何重にも絡みついている。

 人工物と自然が混ざり合い、どちらがこの世界の主なのか分からない。

 もし誰かに「人類が滅んだ世界だ」と言われても、フェルギアは素直に信じただろう。

 空からは小鳥のさえずりが響き、澄んだ空気が肺いっぱいに流れ込む。

 静かだった。

 静かすぎるほどに。

「……行くか」

 周囲を一度見渡し、小さく息を吐く。

 噂では、魔物によって人が住めなくなったディメンションには、『ロスト』という名が付くらしい。

 だが、この任務先――エンシスには、その名が付いていない。

「じゃあ……どこかには、人が住んでるのかな」

 少なくとも、この辺りに人の気配はない。

 風が草木を揺らす音だけが静かに耳へ届いてくる。

「えっと……確か、転送装置を出たら真っすぐ進めば任務地点だったよな」

 資料の内容を思い返しながら呟く。

 そして、不意に苦笑した。

「……あいつも、こんな緊張を味わってたのか」

 一級魔物と対峙した時とは違う。

 敵が見えないからこその不安。

 何が起こるか分からない未知への恐怖。

 胸の鼓動が、少しだけ速くなる。

 フェルギアはゆっくりと深呼吸し、震えそうになる心を落ち着かせた。

「……よし」

 足元の瓦礫を踏み越え、一歩前へ。

 彼にとって初めての、一人きりの任務が始まった。

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