第四十五話 「またね」
「はぁ……」
荒れ果てた地下室。
崩れた瓦礫を背に、ルクシスは壁へともたれかかるように腰を下ろした。
腰には鞘へ収まった二本の剣。
それだけ確認すると、全身から一気に力が抜けていく。
「やべ……眠くなってきた……」
そういえば。
ずっと寝ていない。
何度も吹き飛ばされ、壁へ叩きつけられ、腕も腹も貫かれた。
そんな体でここまで動き続けていたのだから、疲労が限界を迎えるのも当然だった。
「ちょっとぐらいは……寝てもいいか……」
誰に聞くでもなく呟く。
返事はない。
その静けさが、ようやく戦いが終わったことを教えてくれた。
ルクシスはゆっくりと瞼を閉じる。
眠気に抗うことなく、そのまま意識を手放した。
──結局、フォマルスを追い詰めることはできなかった。
倒すこともできなかった。
それでも。
守ることはできた。
目的だけは、果たせた。
そう考えれば、及第点ぐらいはやってもいいだろう。
それからの生活は、意外なほど変わらなかった。
……いや、一つだけ変わったことがある。
糸目イドたちが、城の修復と清掃のために一睡もせず働き続けた結果、全員そろって常に死にそうな顔をしていたことだ。
ちなみに俺は今回の襲撃戦での功労者ということで、使用人としての仕事をしばらく免除された。
そのお陰なのかは分からないが、セインは驚くほど過保護になった。
一時間に一度は顔を覗き込み、
「ルクシス、大丈夫?」
と、必ず体調を気にしてくる。
体中の傷は正直まだ痛む。
戦えと言われれば無理だ。
だが、普通に生活する程度なら問題ないと何度も説明したはずなのに、セインは納得してくれない。
よほど心配性らしい。
「ま、悪い気分はしないけどな」
思わず口元が緩み、小さく呟く。
静かになった城内をのんびりと歩く。
壁や柱はまだ崩れたままだ。
ところどころ大穴も空いている。
それでも、散乱していた瓦礫は綺麗に片付けられ、赤いカーペットも以前と変わらないほど丁寧に敷き直されていた。
使用人たちが徹夜で片付けた成果なのだろう。
「……というか、雨降ったらどうすんだこれ」
天井の大穴を見上げ、苦笑する。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に視界へ見覚えのある褐色の肌が映った。
褐色ギャルだ。
襲撃戦が終わってからというもの、以前より城内で見かける機会が明らかに増えている。
(……まぁ、家族が襲撃されたらそうなるよな)
とはいえ、今までまともに話したことはない。
そう思い、そのまま通り過ぎようとした時だった。
「……ルクシス・サーベンダー、で合ってる?」
「っつ!」
突然話しかけられ、ルクシスは思わず舌を噛んだ。
「いっ……!あ、合ってます……けど、何か用です?」
舌の痛みに顔をしかめながら尋ねる。
「あー、いや。まだ言ってなかったなーって思って」
「……は?」
「ありがと。私の妹、助けてくれて」
あまりにも軽い口調だった。
王族から礼を言われているとは思えない。
……いや。
それよりも。
引っかかったのは別の言葉だった。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ん?」
「妹……?」
「そうだけど?」
嫌な予感が背筋を走る。
頬を汗が伝った。
「もしかして……その妹って……」
「うん」
「セイン様のことでしょうか……?」
「だからそう言ってるじゃん」
「…………」
数秒。
思考が止まる。
(あいつ女かよ!!)
「どうかした?」
「い、いえ……ちょっと……予想外でして……」
動揺が隠せない。
まさか。
本当にまさかだ。
「まさか……セインのこと、男だと思ってた?」
「なななな何のことでしょうか!?」
反射的に否定する。
……いや、否定になってない。
「ふふっ」
カインは肩を揺らして笑った。
「嘘下手すぎ。いいよ、別に怒んないから」
「そ、そうですか……」
笑っている。
……笑っている、よな?
表情は穏やかなのに、どこまで本心なのか全然読み取れない。
(……今は話題を変えた方が無難か)
「え、ええと……そうだ!」
わざとらしいほど勢いよく話を切り替える。
「お、お名前を教えていただけないでしょうか?」
「私?」
カインは小さく首を傾げる。
「私は、カイン。カイン・フォン・セレスティア」
「へぇ〜……カイン……様……」
そこまで言って、思考が止まった。
(……あれ?)
聞き覚えがある。
というか、つい最近聞いたばかりだ。
(確かセインの……お兄様……)
ルクシスの表情が、ゆっくりと固まっていった。
「……つかぬことをお聞きしますが」
「うん?」
「貴方は……その……男性、ですよね?」
「そうだよ」
「なら、その服は……」
「女装だよ」
「……なんでです?」
「趣味だよ」
(セイン、君のお兄さんなんか危ないぞ)
「その反応ってことはぁ」
カインが楽しそうに目を細める。
「私の性別も間違えてたんだねぇ?」
「あっ、はは……すみません……」
「なんで謝るの?」
くすくすと肩を揺らす。
「女装してるんだから、間違われないほうが辛いよ」
「そ、そういうものなんですか……」
(というか王族が女装趣味って大丈夫なのか……? いや、女装が悪いってわけじゃないけどさぁ……)
「それよりもぉ」
いつの間にかカインが距離を詰め、ルクシスの肩へそっと手を置く。
「君は顔がいいからさぁ〜」
嫌な予感しかしない。
「女装したら絶対似合うと思うんだよねぇ〜?」
「お断りします」
ルクシスは一切の迷いなく即答すると、そのままカインの横を通り過ぎた。
「えぇ〜、即答ぉ?」
残念そうに肩を落としたカインは、それでも楽しそうに笑いながら手を振る。
「まぁしょうがないかぁ…またそういう気分になったら来てね〜!」
(ならねぇよ、どんな気分だ)
心の中だけで全力のツッコミを入れながら歩みを止めない。
一瞬だけ、礼儀として振り返るべきかとも思った。
だが。
(……関わらないほうが平和だ)
その結論に至ったルクシスは、何事もなかったように廊下を歩き去っていった。
──オレンジ色の草花が一面に揺れる平原。
穏やかな風が二人の髪を優しく撫で、木剣を握る手元をかすかに揺らした。
向かい合うのは、セイン。
いつものように官帽風の帽子を被り、どこか緊張した面持ちでルクシスを見つめている。
「……」
何か話そうと口を開く。
だが、言葉が出てこない。
(……どう接すればいい)
胸の奥に残るのは、どうしようもない罪悪感だった。
ずっと男だと思って接してきた。
本人は気にしていないと言っていた。
それでも、自分だけが勝手に気まずくなってしまっている。
「……えっと」
沈黙に耐えきれなくなったのか、先に口を開いたのはセインだった。
「今日は……やめておく?」
「え?」
「その……ルクシス、すごく困った顔してるから」
心配そうに首を傾げる。
その優しい声音に、ルクシスははっとした。
(しまった……気を遣わせた)
「あぁ、えと……大丈夫です」
「……です?」
セインがくすっと笑う。
その一言で、自分が敬語になっていたことにようやく気付いた。
「あ、いや……大丈夫だ」
慌てて言い直し、ぎこちなく笑みを作る。
けれど、その笑顔は自分でも分かるくらい不自然だった。
「無理しなくていいよ」
セインは小さく首を横に振った。
「元々、いきなりルクシスが模擬戦しようって言うなんて変な話だったし」
「……う、そう……だな」
どこか気まずそうに頬を掻きながら、ルクシスも剣を下ろす。
緊張がほどけ、二人の間を穏やかな風が吹き抜けた。
「それに……」
セインは髪と帽子の間から垂らしている紙を親指でそっと持ち上げる。
赤い瞳が、まっすぐルクシスを見つめた。
「……やっぱり」
「……どうしたんだ?」
「もう大丈夫って言うから、ずっと確認しなかったけど……」
セインは少し眉を寄せる。
「やっぱり傷だらけじゃん」
「あっ、やべ……」
しまった、とルクシスは額を押さえる。
そういえばセインは、王眼を使えば目隠し越しでも本を読めるほどの視力を持っていた。
なら服越しに傷を見ることくらい、造作もない。
「……嘘つき」
ぷくっと頬を膨らませるセイン。
怒っているというより、心配が限界まで膨れ上がったような表情だった。
「悪かったって。でもほら、普通に立ってるだろ?」
「その普通に立ってるのがおかしいんだよ!」
思わず声が大きくなる。
「あの時だって、お腹を刺されても立ち上がってたし!」
「いや、あれは……アドレナリンで……」
視線を逸らしながら小さく言い訳をするルクシス。
だがセインは納得しない。
「今だって本当なら入院してなきゃいけないのに、どうして城に残ってるの?」
「それは……」
ルクシスは少しだけ真面目な表情になる。
「心配だからな。襲撃を受けた直後なんだぞ、あの城」
「仮にまた敵が来たとしてもさ」
セインはじっとルクシスを見つめる。
「今のルクシスに、誰かを守れる力なんてないでしょ」
「うぐっ……」
あまりにも真っ直ぐな正論だった。
反論しようとして口を開くが、言葉が出てこない。
「というか」
セインは少しだけ頬を膨らませる。
「それ、ルクシス自身が言ったことじゃん」
「は? 何をだよ」
「ボクの英雄が目指すのは、全員生存の完全勝利――でしょ?」
「それは……確かに言ったけども」
「全員生存って言うくらいなら」
セインは優しく笑った。
「それを言った本人が、ちゃんと生きてなきゃ駄目だよ」
「……」
ぐうの音も出ない。
しばらく頭を掻いたあと、ルクシスは観念したように肩を落とした。
「……分かったよ。もう暫くは戦わない」
「ふふん」
なぜか勝ち誇ったように腕を組むセイン。
その姿が少しだけ子どもっぽく見えて、ルクシスは思わず苦笑した。
「どっちみち、ルクシスと模擬戦なんてするつもりなかったからね」
「……そうなのか」
一瞬、風だけが二人の間を通り抜ける。
「……え、なかったのか?」
「うん」
「なかったのにここまで来たのか?」
「うん」
「……」
セインはどこか楽しそうに微笑む。
「ルクシスに見せたいものがあったんだ」
そう言うと、最近覚えたばかりの収納魔法を発動し、木剣を光の中へしまう。
くるり、と軽やかに振り返る。
黒色の髪が風に揺れた。
「ついてきて」
「……? わ、分かった」
理由は分からない。
それでもルクシスは小さく頷き、セインの後を追いかけた。
──セインが連れてきてくれたのは、一つの山だった。
山といっても、ただの山ではない。
ルクシスがこの国へ来て間もない頃、命を落としかけた因縁の山だ。
木々の隙間から差し込む木漏れ日。
鳥のさえずりが静かな山道に響き、風が草木を優しく揺らしていく。
その中を、セインがルクシスより半歩ほど前で、落ち着いた足取りのまま歩いていた。
「……なんだか、そこまで昔の話でもないのに懐かしく感じるね」
「そ……そうだな……」
ルクシスは無意識に頬を掻く。
この山を見るたびに思い出すのは、ノアリスとの戦い、流れた血、死を覚悟した瞬間。
苦い記憶が多い場所だった。
「……怖い?」
不意にセインが立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
「……別に」
少しだけ間を置いて返す。
強がりだと、自分でも分かっていた。
「そっか」
セインは小さく頷く。
「でも、一応ね」
「……?」
そう言って、そっとルクシスの手を握った。
温かく、小さな手。
「お前……『一応』ってなぁ」
思わず苦笑が漏れる。
するとセインは悪戯が成功した子どものように口元を緩めた。
「猪っぽいやつがいるんでしょ?」
くすり、と少しだけ小馬鹿にするような笑い声。
「ぬ……」
言い返せない。
今日はさっきから、セインに言い負かされてばかりだった。
そんな自分がおかしくて、ルクシスも小さく笑ってしまうのだった。
──「はい、着いたよ」
セインが立ち止まり、そっとルクシスの手を離した。
目の前に広がっていたのは、木々に囲まれた小さな遺跡。
長い年月を経て風化した石柱。
苔むした床。
中央には青白い紋様が刻まれた巨大な魔法陣が静かに眠っていた。
それを見た瞬間、ルクシスの瞳が大きく見開かれる。
「ここは……転送遺跡……?」
「ふーん……知ってたんだ……」
期待していた反応とは違ったのか、セインは少しだけ肩を落とした。
だが、その言葉はルクシスの耳にほとんど入っていなかった。
「嘘……だろ……」
震える声が漏れる。
「こんな……近くに……」
ずっと探していた。
この国へ来た日から。
それでも見つからなかった帰るための希望が、こんな場所に眠っていたなんて。
(……セインは、もう見つけてたのか)
胸の奥が熱くなる。
嬉しいはずなのに、どこか悔しかった。
「……ねぇ、ルクシス」
セインが静かに息を吸う。
その表情には、先ほどまでの穏やかな笑みはなかった。
覚悟を決めたような、真剣な眼差し。
「記憶喪失って……嘘でしょ?」
「……」
ルクシスは答えない。
否定もしなかった。
今さら否定する理由など、一つもなかったからだ。
「おかしいとは思ってたんだ」
セインは視線を遺跡へ向けたまま続ける。
「使用人として雇った日から、ルクシスは時々城を抜け出してた」
「……」
「誰にも言わずに、一人でどこかに行って」
少しだけ笑う。
「……バレてたのか」
ルクシスは苦笑するしかなかった。
「そりゃバレるよ」
「それでね……ボクも」
セインは一度言葉を切る。
少しだけ視線を伏せ、迷うように息を吐いてから、小さく笑った。
「……ボクにも、頼ってほしかったんだ」
思いもよらない言葉だった。
「それは……どういう意味だ?」
ルクシスが静かに問い返す。
「記憶喪失っていうのはね……たしか、二日目くらいには嘘だって気づいてたかな」
「……ずいぶん中途半端なタイミングだな」
苦笑混じりに返すと、セインも困ったように肩をすくめる。
「だって、本当に記憶喪失だったらどうしようって思っちゃって。最初は確信が持てなかったんだよ」
「……」
ルクシスの喉が詰まる。
言い訳はいくらでも思いつく。
けれど、そのどれもが今は薄っぺらく感じられた。
「それでね、確信したあとに考えたんだ」
セインはゆっくりとルクシスを見る。
「ルクシスは、何かを探してるんじゃないかなって」
「……そこまで分かったのか?」
「ううん」
セインは首を横に振る。
「何を探してるかまでは全然分からなかった」
そう言ってから、くるりと体を回し、目の前の古びた遺跡へ人差し指を向けた。
「でも、今なら分かる」
風が吹き、石柱の間を静かに通り抜ける。
「――ここ、でしょ?」
ルクシスはしばらく遺跡を見つめたまま動かなかった。
やがて小さく息を吐き、諦めたように肩の力を抜く。
「……正解だ」
その一言に、セインはほっと胸をなで下ろしたように笑う。
「よかった」
その笑顔は、まるで自分のことのように嬉しそうだった。
「ボクもね、時間があると城の近くを歩き回ってたんだ。ルクシスが探してそうな場所ってどこだろうって考えながら」
少し照れくさそうに頬をかき、
「その結果、見つけたのが――ここだったんだ」
静かな山の風が二人の間を吹き抜ける。
ルクシスは転送遺跡を見つめながら、小さく苦笑した。
(……敵わねぇな)
隠し通せていると思っていた。
誰にも気づかれていないと思っていた。
それなのに、この少女は何も聞かず、何も責めず、ただ自分のために動いてくれていた。
その事実が、胸の奥にじんわりと温かさを残していた。
「……転送遺跡、って言ったよね」
「ああ……そうだ」
「転送ってことはさ……ルクシスの帰る場所は、別のディメンションにあるってことだよね」
「……」
否定はできなかった。
黙り込むルクシスを見て、セインは静かに頷く。
「なら――帰らなきゃ」
その言葉と同時に、セインはもう一度ルクシスの手を取った。
温かく、小さな手。
そのまま転送遺跡の前まで歩き、数歩進んだところでそっと手を離す。
そして、背中を優しく押した。
「セイン、俺は――」
「心配しなくていいよ」
ルクシスの言葉を遮るように、セインは穏やかに笑う。
「ボクは、もう大丈夫だから」
そう言って、頭に乗せていた官帽風の帽子をゆっくりと外した。
さらりと黒髪が揺れ、その奥から血のように赤い瞳が姿を現す。
「まだ……この目のことは好きになれない」
一度だけ瞳を伏せる。
「でも……少しだけ、嫌いじゃなくなったよ」
赤い瞳がまっすぐルクシスを見つめる。
「ボクの英雄さんが、好きって言ってくれたから」
「……セイン」
胸が締めつけられる。
こんなにも真っ直ぐ自分を信じてくれている相手に。
このまま嘘だけは抱えたまま別れたくなかった。
ルクシスはゆっくりと息を吸い込み、覚悟を決める。
「セイン。聞いてくれ」
「うん」
「……すまん」
深く、頭を下げた。
「俺は……お前のことを、ずっと男だと思ってた」
沈黙が落ちる。
風だけが二人の間を通り過ぎた。
「……そう、だよね」
あまりにもあっさりと返ってきた答えに、ルクシスは思わず顔を上げる。
「……怒らないのか?」
恐る恐る尋ねる。
セインは少しだけ目を丸くしたあと、くすっと笑った。
「……ルクシスはフレンドリーな人だけど、なんというか……」
セインは少しだけ照れくさそうに頬をかき、苦笑した。
「ボクを異性として見てくれてる感じは、全然しなかったから」
その言葉に、ルクシスはゆっくりと頭を上げる。
思わず笑みがこぼれた。
「……相変わらず、優しいな」
「ありがと」
以前なら「ボクには似合わないよ」と否定していたはずだ。
けれど今のセインは、照れくさそうに笑うだけだった。
少しだけ、自分を認められるようになったのだ。
「もう、言いたいことはない?」
「ああ」
ルクシスは静かに頷く。
「もう……なくなったよ」
そう言って振り返り、転送遺跡の中央にある石造りの台座へ歩み寄る。
柱のように伸びた台座には、小さな鍵穴が一つ。
ルクシスは深く息を吸い、収納魔法から一本の鍵を取り出した。
親指と人差し指でそっと摘み、ゆっくりと鍵穴へ差し込む。
──カチリ。
小さな音とともに、遺跡全体が淡い水色の光を放った。
円形のゲートが、水面のような液体で満たされていく。
やがて──
パリン、と。
ガラスが砕け散るような澄んだ音が山に響き、ゲートの向こうへ、アークレイアとは違う世界の景色が映し出された。
「ルクシス」
呼ばれ、足を止める。
振り返ると、そこには少しだけ寂しそうに笑うセインがいた。
帽子を抱え、片手を小さく振っている。
「じゃあね」
その一言に、ルクシスはふっと笑う。
「……違うだろ」
「え?」
「お前は、今回で最後にしていいのか?」
セインは目を丸くした。
「そりゃ……嫌だけど」
「だったら、『じゃあね』じゃないだろ」
その言葉に、セインは少しだけ俯く。
そして、ゆっくりと息を吐くと、顔を上げた。
今度は、さっきよりもずっと晴れやかな笑顔だった。
「……そうだね」
赤い瞳が優しく細められる。
「またね、ルクシス」
「ああ」
ルクシスも笑う。
今度は作り笑いじゃない。
心の底からの笑顔だった。
「またな」
二人は互いに手を振る。
そしてルクシスは前を向き、光り輝くゲートの中へと歩き出した。
もう迷いはなかった。
彼の背中を、セインは最後まで見送り続けた。
──これは。
ルクシス・サーベンダー。
"たった一人の英雄"が、一人の少女を救う。
そんな物語。
これで第三章は終了です。
フォマルス戦長くしすぎて後悔してます。




