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神殺しの英雄  作者: トネヌ
第三章 『たった一人の英雄』
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第四十二話 「防衛戦」

(問題はタイミングだ)

ルクシスは荒い呼吸を整えながら、剣を握り直す。

(いつ地下へ向かうか)

分かりやすいタイミングで城へ戻れば、フォマルスの方が城に近い。

入口を塞がれれば、それで終わりだ。

だからこそ。

相手が反応できない一瞬を作るしかない。

(……それと、もう一つ、一応聞いておくか)

頭が重い。

視界がわずかに揺れる。

時間が経つほど、その不快感は強くなっていた。

ルクシスはフォマルスを見据えたまま口を開く。

「なぁ、フォマルス」

「……」

「さっきから頭がクラクラして気持ちわりぃのは……お前のせいか?」

フォマルスの首がぎこちなく揺れる。

「……そう……カ……カカ……カ……」

「肯定…ってことでいいんだよな!」

ドンッ!

地面を蹴る。

一瞬でフォマルスの側面へ回り込む。

黄金の剣を振りかぶり――

その瞬間、握る力を抜いた。

「!」

黄金の剣が手から滑り落ちる。

フォマルスは反射的にその剣を掴んだ。

防御のため。

迎撃のため。

だが、その一瞬だけ動きが止まる。

(抜け出すなら初手だ!)

(相手が一番、次の行動を読めねぇ瞬間だからなぁ!!)

ルクシスはそのままフォマルスの横を駆け抜ける。

一直線に、城へ。

「オ……前ェェェ!!」

フォマルスは黄金の剣を投げ捨て、怒りに任せて振り返る。

そのままルクシスを追って地面を蹴った。

ルクシスは振り返り、獰猛に笑う。

「苛立ってんじゃねぇよ情けねぇ!」

ルクシスは即座に収納魔法を発動し、杖を握る。

(もう魔法は使っちまった)

今さら一発も十発も変わらない。

(だったら、使い倒すだけだ!)

杖ごと体を後方へ向け、迷いなく叫ぶ。

「ガストセカーレ!!」

エメラルドグリーンの魔法陣が展開。

ドォォン!!

爆発にも似た暴風が噴き出し、その反動でルクシスの身体が弾丸のように前方へ射出される。

一気にフォマルスとの距離が開いた。

(今、一番速度を出せる方法はこれしかねぇ!)

着地する暇も与えず、再び杖を構える。

「ガストセカーレ!!」

ドォン!!

「ガストセカーレ!!」

ドォォン!!

「ガストセカーレ!!」

夜の城内へ轟音が何度も響き渡る。

暴風の反動だけで加速を繰り返し、ルクシスは廊下を駆け抜けていく。

曲がり角では勢いを殺しきれず、

バゴォン!!

肩から石壁へ激突する。

それでも止まらない。

砕けた壁を突き抜け、そのまま地下へ続く通路へ向かって一直線に飛ぶ。

フォマルスも、異常な速度で追いすがってくる。

(頭はクラクラするし、全身いてぇし……)

歯を食いしばる。

(最悪な気分だな……ほんと!!)

それでもルクシスは止まらない。

この先にある地下へ。

ルクシスは壁だけを見つめながら走る。

風魔法の勢いで景色が流れていく。

(……この辺だ!)

地下へ続く通路が近いと判断した瞬間、詠唱を止める。

収納魔法で杖をしまい、そのまま着地。

「ぐっ……!」

衝撃が全身を駆け巡る。

そのまま走り出そうとするが、足が言うことを聞かない。

膝が折れそうになる。

(そりゃそうだよな……)

苦笑が漏れる。

(壁に体ぶつけまくってたんだから……!)

全身が悲鳴を上げていた。

視界の端から赤く染まっていく。

額から流れた血が、片目を覆っていた。

「……走れ!」

自分の太ももをバンッと叩く。

痛みで無理やり脚を動かす。

止まれば終わりだ。

「殺ス……殺……ス!!」

背後から響くフォマルスの咆哮。

近い。

その声だけで、すぐ後ろまで迫っていることが分かった。

ルクシスは地下へ続く石階段を一気に駆け下りる。

そして顔を上げた。

(よし……!)

松明の灯はすべて点いている。

通路も荒らされた形跡はない。

扉も無事。

まだフォマルスはここへ到達していない。

さらに奥を見る。

壁際では数人のメイドたちが身を寄せ合い、震えていた。

ルクシスの姿を見つけた瞬間。

「きゃああああっ!!」

地下通路に悲鳴が響く。

「やべっ」

思わず素の声が漏れた。

(そういや俺……)

自分の姿を見下ろす。

服は裂け、全身血まみれ。

壁へ何度も叩きつけられたせいで、血と埃で見る影もない。

(そりゃ怖ぇわ……)

こんな姿の人間が全力疾走で突っ込んできたら、敵だと思われても仕方ない。

ルクシスは肺が潰れそうになるほど息を吸い込んだ。

「え、ええと!!」

喉が張り裂けそうなほど叫ぶ。

「俺はルクシス!ルクシス・サーベンダーだ!!」

「敵じゃない!!」

声が地下通路へ反響する。

「ルクシス……?」

その名を聞いた何人かのメイドは、恐る恐る表情を緩めた。

だが、残りの者たちは依然として怯えたまま後ずさる。

(くそっ……)

ルクシスは思わず舌打ちした。

(敵襲なんて経験したことねぇのか、この城は……!)

だが責める気にはなれない。

彼女たちからすれば、今のルクシスもまた化け物のように見えているのだから。

(どうする……。)

ルクシスは歯を食いしばる。

メイドたち全員を安心させる方法。

そんな都合のいい答えは、すぐには思い浮かばなかった。

その、ほんの一瞬。

思考へ意識を割いた、その隙だった。

「邪魔……ダ!!」

「――っ!」

背後。

フォマルスの存在を、完全に意識から外していた。

鋭い爪がルクシスの腕を貫く。

ブシュッ!!

「がぁっ!」

そのまま壁へ叩きつけられる。

石壁が砕け、砂埃が舞う。

フォマルスはルクシスを一瞥すらせず、壁を蹴った。

狙いは――。

メイドたち。

「まずい……!」

ルクシスは血の滴る腕を必死に伸ばす。

届かない。

頭が激しく揺れる。

視界がぼやける。

フォマルスの姿が二重にも三重にも見えた。

「やめ……ろ……!」

掠れた声。

届くはずもない。

フォマルスは一直線にメイドたちとの距離を詰める。

あと数メートル。

その時だった。

「やああああああっ!!」

キィィィィンッ!!

地下通路へ鋭い金属音が響き渡る。

フォマルスの身体が、初めて止まった。

「……セイ、ン……」

ぼやける視界の向こう。

小柄な身体で鉄剣を握り締め、自分より遥かに大きな怪物を押し止める少年がいた。

セイン。

震える両腕で必死に剣を支えている。

だが。

ギギギギギ……。

フォマルスの爪が鉄剣をゆっくりと削り始める。

刃が悲鳴を上げるように軋んだ。

「剣……がっ……!」

セインの顔が青ざめる。

「邪魔……殺……ス!!」

フォマルスがさらに力を込める。

(何、やってんだよ……)

ルクシスは自分を睨んだ。

(俺は……!)

守ると決めた。

王族全員を生かすと決めた。

それなのに。

守られているのは、自分じゃないか。

「っ、ああああああああ!!」

痛みなど忘れた。

ルクシスは壁を蹴り砕き、血を撒き散らしながらフォマルスへ飛び出す。

漆黒の剣を大きく振りかぶり、咆哮する。

「やめろおおおおおおお!!」

「ド……け!」

フォマルスが突如ルクシスへ振り返る。

赤い瞳が、真っ直ぐルクシスを捉えた。

(来る――!)

次の瞬間。

ドォォン!!

見えない衝撃が炸裂する。

「ぐっ……!」

全身が吹き飛ばされる。

だが。

「やらせる……かあああああああ!!」

ルクシスは吹き飛ばされる勢いを利用し、振り下ろしかけた剣の軌道を無理やり変えた。

切っ先が下から跳ね上がる。

ズガァァッ!!

黄金の剣がフォマルスの顎を貫き、そのまま脳天まで突き抜けた。

剣先が頭頂部から飛び出す。

「うらあああああああああ!!」

雄叫びと共に、そのまま腕を大きく振り抜く。

ザンッ!!

フォマルスの顔面が真っ二つに裂ける。

裂けた肉を引き裂きながら剣が抜け、

吹き飛ばされたフォマルスは床を転がり、ルクシスとの距離が大きく開いた。

ルクシスはすぐさま振り返る。

「全員、部屋にこもれ!!」

地下通路に怒号が響く。

「ルクシス……でも!」

セインが不安そうに叫ぶ。

ルクシスは血を吐きながら、それでも笑った。

「大……丈夫だ……!」

息を切らしながら杖を取り出す。

「こっから反撃する!」

その言葉にセインは息を呑む。

一方、フォマルスはゆっくりと身を起こした。

ゴキ……ゴキゴキ……。

骨が軋む音が地下へ響く。

裂けた顔が、下から少しずつ繋がっていく。

肉が蠢き、骨が噛み合い、皮膚が閉じる。

数秒もしないうちに、その顔は何事もなかったかのように元へ戻っていた。

「……気持ちわりぃやつだな、お前……!」

ルクシスは思わず顔をしかめ、杖を強く握り直した。

「ボ、ボクは……!」

「部屋にこもれっつったろ!!」

ルクシスの怒鳴り声が地下通路に響く。

セインの身体がびくりと震えた。

「こんな時にまでお前に助けられたら!」

血を吐きながら叫ぶ。

「俺はいつ、お前を助けられるんだよ!!」

「そんな……こと……」

震える声。

セインにとっては、自分が戦う方が自然なのだろう。

だからこそ、その言葉が返ってくる。

「お前にとっちゃそんなことだろうがな!」

ルクシスは歯を食いしばる。

「俺にとっちゃ、大事なことなんだよ!」

拳を強く握る。

「俺にだって誇りがある!」

「プライドがある!」

「意地がある!!」

荒れた呼吸を一度大きく吸い込み、

真っ直ぐセインを見た。

「だから――」

口角を上げる。

「絶対助ける!!」

「…………」

セインは唇を噛む。

何か言いたそうだった。

それでも最後には、小さく頷く。

「……死んだり……しないでよ」

その言葉だけを残し、後ろの部屋へ駆け込んでいった。

扉が閉まる音を聞きながら、ルクシスはゆっくり前を向く。

(今、俺の後ろにある部屋は三つ)

視線だけで位置を確認する。

(全員が一部屋に入れる広さじゃねぇ)

つまり。

(全部守るしかねぇ……!)

「おオ前……鬱陶……しい……ナ……!」

顔を再生させ終えたフォマルスが、赤い瞳で睨みつける。

ルクシスは鼻で笑った。

「奇遇だな…」

杖を握り直す。

「俺もおんなじこと思ってるよ!」

杖先を床へ向ける。

「アイシクルシルト!」

水色の魔法陣が展開される。

瞬く間に床が白く凍り付き、

霜が通路いっぱいへと広がっていく。

そして杖を勢いよく振り上げる。

「上がれ!!」

ゴゴゴゴゴッ!!

凍った床が隆起し、分厚い氷の壁が地下通路を塞ぐように姿を現した。

ルクシスは荒い息を吐きながら、その壁の前へ立つ。

「さぁ…防衛戦の開始だ!」

「ジジ……間……ナ……い……ない……」

フォマルスが首をゴキゴキと鳴らす。

口角だけがゆっくりと下がっていく。

「時間……しょうガ……なイ!」

次の瞬間。

ズガァッ!!

鋭い爪が氷壁へ突き刺さる。

そのまま異様に長い腕を高速で振り回した。

バキバキバキィィン!!

一拍遅れて氷壁が粉々に砕け散る。

無数の氷片が地下通路を舞い、フォマルスはその中を一直線に突っ切った。

(……一瞬で壊しやがった、このバケモンっ!)

ルクシスは舌を噛み、後ろへ跳ぶ。

一歩。

また一歩。

背中が扉へぶつかったところで収納魔法を発動し、黄金の剣を握る。

(ここしかねぇ!)

腰を捻り、横薙ぎに振り抜く。

だが。

フォマルスは踏み込まない。

剣先が届く、ほんの数十センチ手前。

そこだけは決して越えず、赤い瞳だけをルクシスへ向けていた。

腕も垂れたまま。

今から攻撃しても、防御は十分間に合う。

そんな不自然な距離。

「なに……してんだよ!」

ルクシスは迷いを振り払うようにさらに一歩踏み込む。

剣先がフォマルスの首へ届く。

ザシュッ!!

黄金の刃が首を貫いた。

それでも。

フォマルスは避けない。

痛みすら感じていないように笑う。

(なんで避けねぇ――)

そう思った瞬間だった。

首を貫かれながらも伸びた手のひらが、

ガシッ。

ルクシスの顔を覆い隠す。

赤い瞳が、すぐ目の前で歪んだ。

「捕まエた」

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