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神殺しの英雄  作者: トネヌ
第二章 『未完成の英雄』
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第二十五話 「賢者様の授業」

「……これで満足か?」

アテネがこちらを見る。

いつもの静かな声。

だが、ほんの少しだけ早く話を終わらせたいようにも聞こえた。

ルクシスは少し目を伏せる。

「……えぇ、すみませんね。突然変なこと聞いて」

気になることはあった。

たくさんあった。

最高戦力なのに、どうしてあんな疲れた声をしているのか。

どうして試験前、あんな場所で泣いていたのか。

どうして事情聴取をわざわざ本人が来たのか。

でも。

これ以上踏み込みたいとは思わなかった。

知りたいと、知るべきは違う。

そんな気がした。

だからルクシスは話題を変える。

「あ、あと最後に……ここっていつまでいていいんですか?」

一番重要な情報を聞き忘れるところだった。

流石に宿が吹き飛んだ以上、確認しないわけにはいかない。

アテネは一瞬黙り、小さく息を吐く。

「一週間までだ」

事務的な声。

「その間に休養が取れたと感じたのなら、リベリオンに報告した後、元の生活に戻るといい」

「……わかりました」

返事をした。

だが妙に歯切れが悪い。

なにかがおかしい。

でも何がおかしいのか分からない。

アテネは説明した。

部屋もある。

期間もある。

その後も示した。

普通だ。

普通の対応だ。

なのに。

(……なんだろうな)

胸の奥が少しだけ重い。

理由は分からない。

ルクシス自身、言葉にできない。

するとアテネが静かに口を開く。

「……そろそろお暇させてもらうぞ」

赤い髪が揺れる。

「私も他の負傷者の状態を確認しなければならないのでな」

返事をしようと思った。

「お疲れ様です」とか。

「ありがとうございました」とか。

そういう普通の言葉を。

でも。

なぜか喉が動かなかった。

結局なにも言えない。

アテネはそれを気にした様子もなく振り返る。

扉へ向かう。

一定の歩幅。

音の少ない足取り。

扉の前で一度だけ止まる。

……止まったように見えただけかもしれない。

そのまま。

静かに部屋を出ていった。

カチャン。

扉が閉まる。

部屋に静寂が戻る。

ルクシスは静かにソファーへ戻る。

腰を落とし、両膝に肘を置く。

そのまま顔を両手で覆った。

「……一週間か……」

天井を見る気にもなれない。

与えられた時間。

回復期間。

元の生活に戻れ。

言葉としては簡単なのに、妙に重かった。

これからどうするか。

リベリオンで何をするか。

宿はどうするか。

受付人は。

フェルギアは。

考えることは山ほどある。

予定でも組もう。

そう思った時だった。

コンコン。

ノック。

……ではなかった。

ノックの音より先に、扉が開く音がした。

「ここ……だよな、多分な」

遠慮してるのか雑なのか分からない声。

ルクシスが顔を上げる。

扉の隙間から現れた人物を見て、一瞬だけ目を細めた。

白髪。

黄緑のチャック付きパーカー。

黒いズボン。

見慣れたような、まだ見慣れてないような男。

フェルギアだった。

「ちゃんと起きてるな」

安堵したように少しだけ口角を上げる。

ルクシスは呆れたようにため息を吐く。

「……何しに来たんだよ」

後頭部を掻く。

フェルギアは部屋に入り、扉を閉めながら答えた。

「……お前の名前、まだ聞いてなかったって思ってな」

「……」

思えばそうだった。

先ほどまでの空気との差があまりにも大きくて。

ルクシスは思わず吹き出した。

「……はは」

フェルギアが眉を寄せる。

「笑ってねぇで言えって。それとも言えないのか?」

「いや……悪ぃ」

ルクシスは肩の力を抜く。

少し考えて。

普通に答えた。

「……ルクシス」

一呼吸。

「ルクシス・サーベンダーだ」

フェルギアは小さく頷く。

「そうか」

そしてそのまま近づいてくる。

ベッドでもソファーでもなく、ルクシスの前で止まる。

右手を差し出した。

「……あん時は助かった」

目を逸らさない。

「ありがとな、ルクシス」

ルクシスはその手を見る。

助けた。

助けられた。

どっちもあった。

少しだけ迷って。

結局、手を伸ばした。

握る。

「……呼び捨てかよ」

フェルギアは少し笑う。

「お前が言うなよ」

握手を終える。

手を離したあと、フェルギアは一歩後ろへ下がった。

そして。

「それと……」

突然。

深々と頭を下げた。

「俺に魔法を教えてください」

「……」

ルクシスは止まった。

数秒。

完全停止。

「……はっ?」

間抜けな声が漏れる。

思わず口が開く。

閉まらない。

なんだ今の。

名前聞きに来たんじゃなかったのか。

一瞬で話が飛んだ。

だがフェルギアは真面目だった。

顔を上げない。

冗談を言っている空気じゃない。

───フェルギア・バーンライトは憧れていた。

ゲームの中だけの存在。

ファンタジーの中だけの奇跡。

剣と魔法。

空を裂く炎。

世界を書き換えるような力。

全部、作り話だと思っていた。

なのに。

昨日。

目の前で見た。

杖から現れた魔法陣。

爆発。

全部、本物だった。

(魔法なんて聞いたらそりゃ使いたくなるじゃんか)

思う。

(大規模な魔法ぶっ放して戦場支配したいじゃんか)

妄想する。

空飛ぶ。

雷落とす。

詠唱する。

マントなびく。

超かっこいい。

未来の自分が脳内で無双している。

その想像だけで少し身体が熱くなる。

そんな中。

ルクシスの声が降ってきた。

「えーと……だな……」

フェルギアが顔を上げる。

ルクシスは頬を掻いていた。

困った顔。

困惑した顔。

すごく言いづらそうな顔。

(えっ)

嫌な予感。

(なんだよその顔)

(まるで俺に魔法は無理みたいじゃんか)

ルクシスは頬を掻くのをやめる。

少し考えてから言った。

「お前にもできる……といえばできるんだろうが……」

「……!」

希望。

まだ死んでない。

だがルクシスは続ける。

「おそらくお前の想像してる魔法ってのは上級魔法だと思うんだが……」

嫌な予感再来。

「上級魔法に関しては、できるかどうか八割才能だぞ」

「…………」

フェルギアの脳内でマントが燃えた。

雷も消えた。

戦場支配も終わった。

一応聞く。

恐る恐る。

「ちなみに……その上級魔法ってのができるのは何人に一人くらいでして……?」

ルクシスは顎に手を当てる。

少し考える。

「一つ以上使える人で考えるなら……」

「俺の故郷のディメンションだと、三十人に一人くらいかな……」

(学校で言うクラスに一人!?)

フェルギアの目が見開く。

(一つだけで!?)

「えーと……ちなみにルクシスは、その上級魔法とやらがいくつ使えるんだ?」

フェルギアは半信半疑のまま聞いた。

ルクシスは少し首を傾げ、まるで今日の天気でも答えるような軽さで返す。

「全部だけど」

「……は?」

時間が止まった。

フェルギアの思考が完全に止まる。

ルクシスはそんな様子など気にも留めず、困ったように後頭部を掻いた。

「だから全部だって」

「待て待て待て待て」

フェルギアは両手を前に出して制止する。

「一つ覚えるだけで三十人に一人くらいしかできないんだろ!? なんでお前は全部使えるんだよ!!」

当然の疑問だった。

むしろ聞かない方がおかしい。

ルクシスは少しだけ視線を逸らし、気まずそうに口を開く。

「いや……そんなこと言われてもな……」

一拍。

「俺賢者だしな…」

「……は?」

また止まった。

今度はさっきより長かった。

フェルギアの脳内では“賢者”という単語が高速で処理される。

賢い人?

先生?

博士?

ゲーム職業?

どれも違う気がする。

ルクシスはその反応を見て、ようやく理解したように「あー」と声を漏らした。

「そうか、魔法知らないなら賢者も知らないか」

大きく息を吐く。

そしてゆっくり立ち上がった。

ソファー横のテーブルへ向かい、置いてあったテレビのリモコンを手に取る。

そのままクルリと振り返り、教師のように先端をフェルギアへ向けた。

「よし」

妙に目が輝いていた。

「お前に授業をしてやろう」

なぜそれを選んだのかは本人にも分からない。

フェルギアは少しだけ後ずさった。

「よ……よろしくお願いします……?」

なぜだろうか。

今の謎に上機嫌なルクシスは少しだけ気持ち悪かった。

「まずな、魔法にはそれぞれ初級魔法、中級魔法、上級魔法があるんだ」

ルクシスはテレビのリモコンを指揮棒みたいに振りながら説明を始める。

フェルギアは素直に頷いた。

「へぇ〜。ちなみに、いきなり上級魔法を覚えたりってできるのか?」

「できるぞ」

「おぉ!」

予想外の返答だった。

ゲームとかだと普通そういうのって下位スキルを取ってから派生するもんじゃないのか。

だがルクシスはすぐに言葉を続ける。

「まぁ、オススメはしないが」

「なんで?」

ルクシスは少し考えるように視線を上に向ける。

「うーむ……理由があるとすれば、中級魔法も上級魔法も初級魔法を覚えてからの方が覚えやすいんだ」

「覚えやすい?」

「あぁ。慣れって言うべきかな。魔力の流し方とか、感覚とか、詠唱の組み立てとか……そういうの全部含めてだな」

リモコンをくるっと回す。

「まぁ要するに、段階はちゃんと刻んだ方がいいって話」

「ふーん……」

フェルギアは腕を組む。

ゲームのレベル上げみたいなものだろうか。

「じゃあ覚えたらそれで終わりになるのか?」

するとルクシスは少し目を細めた。

「んー、いや」

そして当然のことを言うように続ける。

「火の魔法で言うなら、マッチ代わりとして使ったりとか色々あるからな」

「料理とか風呂とか、灯りとか」

指を折りながら数えていく。

「なんなら一番使うぞ、初級魔法は」

フェルギアは瞬きをした。

「……あー……初級魔法ってそんな感じなのか……」

少なくとも火を飛ばしたり、小さな爆発くらいは起こすものだと思っていた。

まさかライター枠だったとは。

「……ちなみに中級魔法と上級魔法ってどんな感じなんだ?」

フェルギアは慎重に聞いた。

ここで基準を掴んでおけば、ルクシスの異常さも測れる気がした。

ルクシスは少し考える仕草をしてから答える。

「あ〜……中級魔法はまぁ、一対一でやりあう時ぐらいの範囲攻撃って言ったら分かるか?」

「いや分かんねぇ」

説明が抽象的すぎた。

ルクシスは少し眉をひそめる。

「じゃあ……建物一軒吹き飛ばすくらいの威力」

「なんとなく分かった」

理解した。

フェルギアの中で中級魔法の位置が一気に変わる。

初級がライター。

中級が家爆破。

極端すぎる。

ルクシスは満足そうに頷いた。

「よしよし」

そして続ける。

「んで、上級魔法はまぁ……乱戦中に撃つと気持ちよくなれるくらいの威力」

「分かんねぇよ」

今度は方向性すらおかしい。

ルクシスは少し悩み――

「じゃあ……でかい学校を吹き飛ばすくらい」

「なんとなく分かった」

いや分かりたくなかった。

フェルギアは静かに思った。

(こいつ倫理観が戦闘職だ……)

ルクシスはまた満足そうに頷く。

「よしよし」

何がよしなんだ。

フェルギアは一度咳払いする。

「……とりあえず魔法については大体分かった」

全然分かってないが進める。

「じゃあ賢者ってのはなんなんだ?」

するとルクシスの表情が少しだけ真面目になる。

「あー……俺の故郷のディメンション、アウレリアっていうんだけどな」

懐かしむような声。

「そこ特有の文化……って言うべきか」

フェルギアは首を傾げた。

「えーと……生まれつきなるもんじゃないのか?」

ルクシスは首を横に振る。

「あーいや、そうじゃない」

そして、あまりにも自然な口調で言った。

「賢者ってのは簡単に言えば、魔法全部覚えて、特定の場所で神に認めてもらってなるもんだ」

沈黙。

フェルギアは瞬きをした。

「さらっと凄いこと言ったな」

少し引いた。

「神に認められなきゃいけねぇのかよ」

「…というか神に認められるってどんな感じなんだ?」

フェルギアは気になっていたことを素直に聞いた。

神。

その単語だけ聞くと、光に包まれて天から声が聞こえるとか、そういう神秘的なものを想像してしまう。

ルクシスは少し考える。

「んー……なんていうかな」

持っていたリモコンを軽く肩に乗せる。

「魔法を全部覚えなきゃいけないってのは、その特定の場所に入るための条件みたいなもんなんだ」

「へぇ」

「で、その場所に入ると――」

ルクシスは指を折りながら説明する。

「なんか気絶して」

一本。

「起きたら目に激痛走って」

二本。

「なんか目の前に杖とローブあって」

三本。

「終わり」

沈黙。

フェルギアは真顔になった。

「……なにそれ、凄く怖い」

ルクシスは肩をすくめた。

「まぁ、その現象をアウレリアの人たちが『神に認められたんだ〜』って言ってるだけだ」

「呪いかなんかじゃねぇのかよ」

「まぁ後遺症らしきものはないから呪いではねぇんじゃねぇかなぁ……」

他人事みたいに言う。

フェルギアは微妙な顔をした。

「というか目に激痛って……」

そこでルクシスが少し黙る。

「あぁ、それは――」

左手を持ち上げる。

下瞼に指を添え、少し目を開く。

エメラルドグリーン。

綺麗だった。

だが、不自然だった。

ルクシスは静かに言う。

「実はな」

視線を逸らさない。

「元々、俺の瞳の色は茶色だったんだ」

「……え?」

フェルギアの声が止まる。

ルクシスは笑うでもなく続けた。

「つまりこの緑色の瞳は賢者の証ってこと」

指先で自分の目元を軽く叩く。

「歴代賢者はみんな、賢者になったあと瞳の色が適正属性を象徴する色になるんだよ」

フェルギアは完全に止まった。

……また知らない単語だ。

「……てきせいぞくせい?」

ルクシスは口を閉じる。

数秒考える。

そして天井を見上げた。

「…………」

「説明めんどくせぇなこれ」

「おい」

授業はまだ終わりそうになかった。

「……人にはな、生まれつき“適正属性”ってのがあるんだよ」

「いやその前に属性について説明していただけると……」

フェルギアが遠慮がちに手を上げる。

ファンタジー作品で属性という言葉自体は聞いたことがある。だが、作品によって属性はバラバラだ。

ここで知ったかぶりをすると後で詰む気がした。

ルクシスは少し目を細める。

「……五大属性。炎、水、風、光、闇」

説明が短い。

短すぎる。

思わずフェルギアは黙る。

そっちから授業を始めておいて説明をめんどくさがるとはどういうことだと言いたかったが、ここで機嫌を損ねて授業終了になる未来が見えたので飲み込む。

「……理解しました」

「よろしい」

満足そうに頷くルクシス。

なぜ教師側みたいな顔をしているのかは分からない。

ルクシスは近くにあったリモコンを再び指揮棒みたいに持ち直した。

「例えば炎が適正属性の人間と、水が適正属性の人間がいるとする」

「はいはい」

「その二人に炎魔法を教えた場合、炎適正のやつが一回で覚えたとして――」

そこで指を一本立てる。

「水適正のやつは……大体三回くらい必要になる」

フェルギアは少し目を開く。

「おお……じゃあ適正属性の魔法は覚えやすいってことか」

「そーゆーこと」

ルクシスは軽く頷いた。

「あと威力も変わる。適正属性の魔法の方が普通は強い」

「へぇ……」

フェルギアは腕を組みながら考える。

ゲームなら職業補正とかステータス補正みたいなものか。

そう考えると意外と理解しやすかった。

そしてふと、あることに気づく。

「……じゃあお前の目」

ルクシスのエメラルドグリーンの瞳を見る。

さっき本人が言っていた。

賢者になった時、瞳は適正属性の色になると。

フェルギアはゆっくり聞いた。

「緑色ってことは……」

ルクシスは当然みたいに答える。

「俺の適正属性は風ってこと」

そう言って窓の外へ視線を向ける。

夜の風が少しだけカーテンを揺らした。

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