表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの英雄  作者: トネヌ
第二章 『未完成の英雄』
20/45

第二十話 「世間知らず」

「それと……」

 クロードはふと話を切り替えるように呟いた。

 直後。

 彼の視線がゆっくりと落ちていく。

 ルクシスは一瞬遅れて気づく。

 向けられている先は自分じゃない。

 自分の右手。

 そこに握られた杖だった。

「……見たことのないタイプの杖だ」

 穏やかな声だった。

 だが興味は隠れていない。

 クロードはその虹色の結晶を、観察するように見つめていた。

 ルクシスは思わず杖へ視線を落とす。

 木製の持ち手。

 先端の虹色の結晶。

 その周囲を静かに回る金色のリング。

 アウレリアでも珍しい形状。

 初めて見る人間なら気になるのも当然だった。

「まぁ……」

 ルクシスは軽く肩をすくめる。

「大分レアな代物なんでね」

 軽く笑って誤魔化す。

 だが内心は違った。

(……なんだろうな)

 妙な感覚だった。

 別に敵意を感じるわけじゃない。

 なのに。

 観察されている感覚が抜けない。

 クロードの目は研究者みたいだった。

 珍しい植物を見つけた時みたいな。

 知りたい。

 理解したい。

 そんな目。

 少し居心地が悪くなる。

 ルクシスは自然な動作を装いながら、杖を収納魔法へ沈めた。

 杖が淡く光り、空間へ溶けるように消える。

 クロードの視線がわずかに上がる。

 そして今度はルクシスの腰元へ向いた。

「それに」

 小さく笑う。

「君の剣も、ただの剣ではなさそうだったが」

 探るような言い方ではない。

 純粋な疑問。

 だが。

 ルクシスの身体が少しだけ硬くなる。

「……」

 あの二本。

 金色の剣。

 黒色の剣。

 それらが何なのか。

 説明しようと思えばできる。

 でも。

 それをどこまで話すべきなのか。

 そもそも初対面の人間に話していい内容なのか。

 一瞬で考えが巡る。

「ただの剣……って言ったら嘘になりますけど……」

 結局。

 曖昧な返答しか出なかった。

 クロードは静かにルクシスを見る。

 追及はしない。

 だが待っている。

 言葉の続きを。

 ルクシスは視線を逸らした。

 剣の正体。

 自分の事情。

 説明するには長すぎる。

 説明して理解される保証もない。

 何より――まだ話したくなかった。

 すると。

 クロードがふっと笑った。

「……すまない」

 ルクシスが顔を上げる。

 クロードは一歩だけ後ろへ下がった。

 そして小さく頭を下げる。

「言いづらいことを聞いてしまったようだね」

「……」

 予想外だった。

 もっと食いついてくると思っていた。

 なのにクロードはあっさり引いた。

 申し訳なさそうな表情すら浮かべている。

 逆に何を返せばいいのか分からない。

 大丈夫ですとも言えない。

 気にしないでくださいとも言えない。

 結果。

 ルクシスは黙った。

 口を開けない。

 ただ立ち尽くす。

 少しだけ気まずい沈黙。

 その空気を切るように、クロードが顔を上げる。

「……少々長話が過ぎたね」

 いつもの柔らかな笑みに戻っていた。

「君は待合室へ戻るといい」

「資料の準備もあるからね」

 ルクシスは少し遅れて反応する。

「あぁ……はい」

 頷く。

 だが心の中は落ち着かない。

(なんなんだこの人……)

 敵意はない。

 でも底が見えない。

 優しい人なのか。

 危険な人なのか。

 ただ変わってるだけなのか。

 何を考えているのか全然分からない。

(……苦手かもしれん)

 小さく思う。

 ルクシスは軽く会釈すると、その場を離れた。

 足取りは少し早い。

 逃げるように。

 背中へ視線が刺さっている気がして、一度も振り返らなかった。

 ───ルクシス「ふぅ……」

 待合室へ戻る途中。

 ルクシスは何度目か分からないため息を吐いた。

 さっき通った道はある程度覚えている。

 だが、それはある程度止まりだった。

 地下へ続く通路。

 左右に伸びる分岐。

 似たような灰色の壁。

 無駄に広い構造。

 全部が全部、記憶を拒むように似通っている。

 案内図なしで歩いていると、自分が今どこにいるのか分からなくなってくる。

 結果。

「お陰で待合室戻るのに予想の二倍くらい時間かかった……」

 疲れた声でぼやく。

 足取りも若干怪しい。

 試験自体は大したことなかった。

 少なくとも体力的には。

 問題はその後だった。

 地下を延々歩かされたせいで、変な疲労が溜まっている。

 ルクシスは待合室へ戻ると、そのまま力が抜けたようにソファーへ倒れ込んだ。

 柔らかい感触が背中を受け止める。

「はぁぁ……」

 全体重を預ける。

 天井を見上げる。

 しばらく何も考えたくなかった。

 ……だが。

 脳は勝手に思い出してしまう。

「クロード……レイヴン……」

 ぽつりと呟く。

 名前を口にしただけなのに妙な感覚がした。

 思い返してみる。

 落ち着いた口調。

 穏やかな笑み。

 優しそうな雰囲気。

 なのに。

 結局何を考えている人間なのか、一つも分からなかった。

 戦わないと言っていた。

 なのに試験監督をしていた。

 武器に興味を示した。

 なのに深追いはしなかった。

 優しそうだった。

 なのに妙な圧があった。

「……気味の悪い人だったな」

 正直な感想だった。

 悪い人とは思わない。

 だが。

 得体が知れない。

 人間なのに人間っぽくない。

 そんな違和感。

「……リベリオンの人間ってみんなこんな感じなのか……?」

 急に不安になる。

 最大機関。

 色んな世界の人間が集まる場所。

 だから多少変なのがいてもおかしくない。

 でも。

(もし全員あれだったら結構しんどいぞ……)

 所属したことを少し後悔しかけた。

 いや、まだ早い。

 まだクロードしか知らない。

 そう自分へ言い聞かせる。

 もう一度深く息を吐いた。

 その時だった。

 待合室全体へアナウンスが響く。

『ルクシス・サーベンダー様』

 ルクシスが顔を上げる。

『ルクシス・サーベンダー様』

 間。

『受付までお越しください』

「……相変わらず早いなぁ……」

 思わず顔をしかめる。

「休憩が足りねぇよ……」

 ぶつぶつ文句を漏らしながら立ち上がる。

 身体は動く。

 だが心はまだソファーに置いてきている。

 ルクシスは重い足を引きずるように受付へ向かった。

 受付人は変わらずそこにいた。

 微動だにしない。

 黒いスーツ。

 整った顔。

 さっきまでと全く変わらない。

 ルクシスが近づくと、受付人は淡々と口を開く。

「……本試験の合格、おめでとうございます」

「あぁ……どうも……」

 ルクシスは曖昧に返す。

 感情の薄い祝福だった。

 嬉しいはずなのに。

 抑揚がなさすぎていまいち実感が湧かない。

 受付人は構わず続けた。

「そして……リベリオンに所属するにあたっての資料をお渡ししますので、目を通しておいてください」

 そう言うと机の下へ手を入れる。

 取り出されたのは――封筒。

 しかも。

 結構大きい。

「はいはい……」

 ルクシスの返事は雑だった。

 もう頭が回っていない。

 試験。

 地下移動。

 クロード。

 色々ありすぎた。

 封筒を受け取る。

 ……重い。

 思わず声が漏れそうになる。

 嫌な重みだった。

 絶対資料多いやつだ。

 ルクシスは見ないふりを決めた。

 そのまま踵を返し、出口へ向かう。

 歩きながらぼやく。

「ただの試験でこんな疲れるとは……」

 少し考える。

「……いや」

 首を振る。

「半分くらい試験会場から戻る時の疲れだな」

 そう結論づける。

 ルクシスは封筒を脇に抱えながら、少し猫背気味に出口へ向かって歩いていった。

 ルクシスは夜道を歩きながら、ゆっくりと辺りを見渡していた。

 昼間ほど人通りはない。

 街灯代わりなのか、建物の壁や柱に取り付けられた淡い橙色の灯りが石畳を照らしている。

 静かだった。

 完全な無音ではない。

 遠くから聞こえる話し声。

 食器の触れ合う音。

 どこかの店から漏れる笑い声。

 そういう生活音が混ざり合って、この街がちゃんと生きていることを感じさせる。

 ルクシスは歩きながら、ふと足を止めた。

「……流石にあの宿はな……」

 後頭部を掻きながら視線を向ける。

 そこには昨日泊まった木造の宿。

 外観だけ見れば普通。

 だが中にいたあの眠そうな女性。

 慈善事業だから金はいらないと言ってきた謎のサービス。

 寝起き直後の頭痛。

 色々思い出して少し顔が引きつる。

「……いや、悪い人じゃなかったんだけどな」

 むしろ親切だった。

 親切だったからこそ逆に怖い。

 知らない人間にここまで優しくされる経験が少ない。

 ルクシスは軽く首を振った。

 そして再び歩き出す。

 少し進んだ先。

 昨日の宿から離れた場所で、一つの建物を見つけた。

 レンガ造り。

 窓枠や装飾もしっかりしている。

 木造より全体的に重厚感があった。

 入口の横には小さなランプ。

 宿の名前らしき文字も刻まれている。

「……あの宿とは違って洋風なんだな……」

 足を止めて見上げる。

 そこでふと思う。

 中世っぽい街並み。

 レンガ建築。

 なのに昨日の宿だけ木造。

 今更ながら違和感が湧いてきた。

「……なんか今更なことばっか考えちまう……」

 軽く自分の頭を叩く。

 疲れている時ほどどうでもいいことが気になる。

 そういう日もある。

 ルクシスは扉へ手をかけた。

 そして押し開ける。

 カラン。

 小さく鈴が鳴る。

「……」

 中は綺麗だった。

 床も壁も整っている。

 掃除も行き届いている。

 受付もちゃんとある。

 そこには一人の受付人。

 服装はきっちりしていて、背筋も伸びている。

 仕事ができそうな雰囲気。

 ……だが。

 ルクシスは違和感に気づいた。

「人がいねぇのな……」

 誰もいない。

 ロビー。

 ソファー。

 廊下。

 全部空っぽ。

 静かすぎる。

 綺麗なのに生活感が薄い。

 妙な不気味さがあった。

(……失敗したか?)

 一瞬考える。

 だが。

 もう入ってしまった。

 ここで引き返すのも逆に変だ。

 ルクシスは小さく舌を噛んだ。

 覚悟を決める。

 そして受付へ近づく。

 受付人はすぐに反応した。

「ご宿泊ですか?」

 落ち着いた声。

 普通だ。

 むしろ普通すぎる。

「はい」

 ルクシスが答える。

 すると受付人は迷いなく後ろを振り返った。

 壁一面に並ぶ鍵。

 その中から選び始める。

 ルクシスも財布を取り出した。

 金貨がじゃらじゃら鳴る。

 指先で枚数を数える。

 その時だった。

「珍しいですね」

 突然声をかけられる。

 ルクシスの手が止まった。

「えっと……」

 反射的に返事する。

 だが何を言われたのか分からない。

 受付人は鍵を選びながら続ける。

「宿に泊まる人なんて……みんなここ以外を選びますから」

「……?」

 ルクシスは少し首を傾げる。

「それは……どういう?」

「リベリオンの近くに宿があるでしょう?」

 ルクシスは昨日の宿を思い出す。

「あぁ……」

 受付人は淡々と続けた。

「みなさん、あちらの方に宿泊されるんですよ」

「……」

 ルクシスは数秒黙る。

 昨日の宿。

 親切。

 リベリオンに近い。

 そう考えると確かに合理的だ。

「わざわざここを選ぶ理由なんて……ないですから」

 受付人はそう言うと、ほんの少しだけ目を伏せた。

 声色は淡々としていた。けれど、慣れた人間特有の諦めが混ざっている。

 それでも手は止まらない。後ろの棚へ視線を走らせ、鍵を探す動作に迷いはない。

 客が少ないことにも、こういう会話をすることにも、もう慣れてしまったのだろう。

「すみませんね、こんな暗い話して」

 少しだけ困ったように笑う。

 ルクシスは肩をすくめた。

「いえいえ」

 深く踏み込むほどの理由もない。

 ただ、なんとなく聞いてしまっただけだ。

 ルクシスは財布を開き、適当に数枚の金貨を取り出して受付台へ置く。

 じゃらり、と少し大きな音が静かなロビーに響いた。

 ちょうどその頃、受付人も鍵を選び終えたらしい。

 小さな真鍮製の鍵をそっと金貨の横へ置く。

「二階、一番奥です」

 そして顔を上げる。

 作り笑いだった。

 けれど雑ではない。

 客相手に染み付いた、綺麗で、柔らかくて、どこか寂しい笑顔だった。

「どうも」

 ルクシスも鍵を受け取り、横手の階段へ向かおうとする。

 だが――

「……ちょっと待ってください」

 呼び止められ、反射的に振り返る。

 受付人は金貨を見つめたあと、二枚だけ残して残りを指で押し返した。

「多いですよ。金貨なら二枚で十分です」

 ルクシスの目が少し見開く。

(……二枚でよかったのか……)

 一瞬、空気が止まった。

 慌てて金貨を回収する。

 金貨同士が触れて小さく鳴る音が、妙に恥ずかしかった。

「……ありがとうございます」

 若干早口になりながら財布へ戻し、そのまま逃げるように階段へ向かう。

 背後から受付人の苦笑混じりの視線を感じる気がした。

 階段を登りながら、ルクシスは小さく額を押さえる。

(思ってたよりずっと物価安い世界なのな……)

 転生してから色んな場所を見てきたつもりだった。

 それでも結局、自分が知らないことなんて山ほどある。

(……世間知らずなのがバレてしまった…)

 少しだけ顔が熱くなる。

 誰も見ていない階段の途中で、小さくため息を吐いた。

 ――少しだけ恥ずかしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ