第十九話 「異常」
ルクシスは床に転がるロボットの頭部を見つめる。
黄色い単眼は既に光を失っていた。
だが近くで見ると、その造形はやはり格好良い。
「……待てよ」
ルクシスの目が僅かに輝く。
そして次の瞬間には、完全に別方向の思考へ飛んでいた。
「この最高にかっこいいロボットを武器変換しちまえば……」
ゆっくりと口角が上がる。
「最高にかっこいい武器ができるんじゃないか……?」
名案だった。
少なくとも本人の中では。
戦闘試験中だということも忘れ、ルクシスは転がる首へ手を伸ばす。
ロマンの匂いがした。
だが。
その指先がロボットへ触れる寸前。
ガコン――!!
会場全体を揺らすような重低音が響いた。
ルクシスの手が止まる。
「あぁ」
振り返る。
「そっか……」
苦笑が漏れた。
「これで終わりなわけないか」
流石に甘かった。
試験開始からまだ数分も経っていない。
これで合格なら試験として成立しないだろう。
ルクシスは未練たっぷりにロボットの首を一度だけ見つめたあと、ため息を吐きながら立ち上がる。
「あとでな」
まるで友人に話しかけるような口調だった。
そして再び前を向く。
そこには――。
先ほどと同数。
緑色のロボット達が整列していた。
黄色い単眼が無機質に光る。
まるで最初から何もなかったかのように。
ルクシスは頭を掻いた。
(まさかずっとこれ……?)
少し眉をひそめる。
(さっきと同じこと繰り返してたら試験後半の意味ないだろ……)
同じ敵。
同じ攻撃。
同じ結果。
それでは流石につまらない。
ルクシスは小さく息を吐く。
そして数秒考えた後――。
「趣向を変えよう」
そう呟いた。
直後。
両手に握られていた黄金と漆黒の剣が淡く輝く。
粒子となって崩れ。
空気へ溶けるように消滅した。
代わりに現れたのは一本の杖。
木製の柄。
自然な曲線を描く長い杖身。
先端には虹色に輝く巨大なクリスタル。
さらにクリスタルの周囲には金色のリングが浮遊している。
リングはゆっくりと回転し、微かな光を放っていた。
それは剣とは全く違う威圧感を持っていた。
戦士の武器ではない。
魔法使いの象徴。
賢者の杖。
ルクシスはそれを軽く肩へ担ぐ。
「仮にも賢者だしな」
少しだけ得意げな笑み。
そして杖を前へ向けた。
その瞬間だった。
ロボット達の動きが変わる。
黄色い単眼が鋭く明滅する。
危険対象認識。
そんな言葉が似合うほど露骨な反応だった。
複数の機体が同時に腰を落とす。
次の瞬間――。
ドォンッ!!
床を砕きながら突進した。
先程以上の速度。
一直線。
ルクシスへ向かって迫る。
だが当の本人は動かない。
避けない。
構えない。
ただ静かに杖を持ち上げるだけだった。
虹色のクリスタルが淡く輝き始める。
浮遊する金色のリングが回転速度を上げる。
そして。
ルクシスはゆっくりと口を開いた。
「……フレイムバースト」
詠唱はたったそれだけ。
だが。
杖先に現れた紫色の魔法陣。
複雑に絡み合う紋様。
それらが高速で回転し始める。
紫から赤へと色が変わる。
変わり続ける。
魔法陣そのものが燃えているようだった。
そして――。
轟ッ。
杖先から溢れた火花が一つ。
次の瞬間には。
それは災害へ変貌した。
爆発的に膨れ上がった炎が津波のように前方へ押し寄せる。
熱風が会場全体を揺らした。
空気が悲鳴を上げる。
石床が赤く照らされる。
視界が真紅に染まる。
ロボットの姿も。
壁も。
天井も。
全てを呑み込みながら――。
ルクシスの視界は、荒れ狂う炎によって完全に覆い尽くされた。
ルクシスは小さく息を吐いた。
燃え盛っていた炎は徐々に勢いを失い、広い試験会場には焦げた金属の匂いだけが残っている。
熱気のせいで空気がわずかに揺らめき、視界の向こうでは黒く焼け焦げたロボットたちが立ち尽くしていた。
腕を伸ばしたまま。
今にもルクシスへ届きそうな位置で停止したまま。
まるで時間だけが止まってしまったかのようだった。
「……ふぅ」
炎の熱で少しだけ息苦しい。
額に浮かんだ汗を袖で拭いながら、ルクシスは肩の力を抜く。
もし他の試験者がいたなら間違いなく巻き込んでいただろう。
そう考えると少しだけ申し訳なさを感じた。
「そういう意味では感――謝……」
そこまで言いかけて。
ふと視界の端に映ったものを見て言葉が止まる。
「……あ」
近くに転がっていたロボットの首。
先ほど武器に変換しようとしていたそれも、今では真っ黒な炭の塊みたいになっていた。
当然だ。
周囲一帯を焼き払う魔法を撃ったのだから。
当然なのだが――。
「やべ……」
ルクシスは頭をぽりぽりと掻いた。
苦笑いが浮かぶ。
「なんでこんな当たり前のことに気づかなかったんだ俺……」
せっかくの格好いいロボットだったのに。
武器化計画は開始数秒で消滅した。
我ながら悲しい。
未練がましく焼け焦げた首を見つめた後、ルクシスはゆっくりと顔を上げる。
その先には。
黒煙を上げながら停止している複数のロボット。
全員がルクシスへ向かって腕を伸ばした姿勢のまま固まっている。
あと一歩。
あと少しだけ魔法の発動が遅れていたら。
確実に殴られていた距離だった。
「危なかったな……」
そう呟いて。
ルクシスは静かに息を吸い込む。
そして少し勢いよく吐き出した。
その瞬間。
目の前のロボットが――ぐらりと揺れた。
ガクン。
一体の膝が崩れる。
続いて。
ガコン。
ガギギギギッ――。
内部から嫌な音が響いた。
そして。
ガゴォォォォン!!
巨大な鉄塊が地面へ倒れ込む。
凄まじい衝撃音。
床がわずかに震えた。
それは始まりに過ぎなかった。
最初の一体が倒れたことで均衡が崩れ。
隣のロボットが傾き。
さらにその隣が倒れ。
まるで積み木が崩れるように次々と連鎖していく。
ガン!!
ゴォン!!
ガガガガガッ!!
重い金属音が会場中へ響き渡った。
黒煙が舞い上がり。
床が揺れ。
最後の一体が倒れた頃には、目の前にはロボットの残骸の山が出来上がっていた。
ルクシスはしばらくその光景を眺める。
そして。
「……」
無言で頷いた。
数秒後。
「結構爽快だな……」
口元が緩む。
少年みたいな笑みだった。
「もう一回やりたい……」
完全に本音である。
賢者としてどうなのかは置いておいて。
巨大なロボットの群れを一撃で吹き飛ばすという行為は、想像以上に気持ちが良かった。
そして、倒れたロボットの群れを眺めながら満足感に浸っていた、その時だった。
パチ――。
静かな拍手の音が会場へ響く。
ルクシスの耳がぴくりと動いた。
パチ、パチ、パチ――。
広い試験会場に反響する規則正しい拍手。
戦闘音が消えたばかりの空間だからこそ、その音は妙に大きく聞こえた。
「……?」
ルクシスは眉をひそめながら振り返る。
すると。
いつの間にか会場の巨大な扉が開いていた。
その向こうから、一人の男がゆっくりと歩いてくる。
黒髪。
黒いスーツ。
整えられた髭。
落ち着いた足取り。
どこか知的な雰囲気を纏った中年の男だった。
「あいつは……」
ルクシスは目を細める。
そして少し前の記憶を掘り返した。
天井近くにあった大きなガラス窓。
その向こうから自分を見下ろしていた男。
「あぁ……」
すぐに思い出す。
「試験監督者……だよな」
首を傾げる。
「なんで来てんだ?」
試験が終わったからか。
それとも何か説明でもあるのか。
考えてみるが答えは出ない。
その間にも男は近づいてくる。
拍手の速度を徐々に落としながら。
やがてルクシスと会話できる距離まで来ると、最後の一回だけ拍手を鳴らした。
パチ。
そして穏やかに微笑む。
「素晴らしかったよ」
その言葉にルクシスは思わず瞬きを繰り返した。
「え?」
間抜けな声が漏れる。
「あぁ……はい?」
反応に困る。
褒められるとは思っていなかった。
いや、合格する自信はあった。
だが試験官がわざわざ降りてきて拍手してくるとは思わない。
ルクシスは頭を掻きながら聞いた。
「というか……試験は?」
男は小さく笑った。
余裕のある笑みだった。
「あれだけの結果を見せられて、まだ判断を下せないほど優柔不断な人間じゃないのでね」
「はぁ……」
よく分からない。
いや。
なんとなく察しはついた。
「えっと……つまり……」
恐る恐る確認する。
すると男は迷いなく頷いた。
「合格だよ」
その瞬間。
ルクシスの肩から力が抜けた。
「おぉ……」
思った以上にあっさりだった。
もっと面倒な試験が続くと思っていた。
面接とか。
筆記試験とか。
そういうのを覚悟していたのだ。
だから拍子抜けする。
だが。
(まじかぁ……)
心の中では別のことを考えていた。
(ありがたいっちゃありがたいんだが……)
視線がちらりと倒れたロボットへ向く。
(これじゃロボットの部品回収できなくなる可能性大ぃ……)
そちらの方が重要だった。
せっかく格好良い素材を見つけたのに。
試験終了と同時に回収されたら泣くしかない。
ルクシスは内心で頭を抱える。
しかしそんな葛藤など知らない男は、そのまま話を続けた。
「自己紹介がまだだったね」
男は胸へ手を当てる。
動作は自然で、妙に様になっていた。
「私はクロード・レイヴン」
落ち着いた声。
威圧感はない。
だが不思議と相手の言葉を聞きたくなるような声だった。
「君のように戦うことはしないが……」
一度だけ倒れたロボット達へ視線を向ける。
そして苦笑した。
「れっきとしたリベリオンの人間だよ」
ルクシスは反射的に背筋を伸ばす。
「は、はぁ……」
曖昧な返事しか出ない。
正直なところ。
戦わない人間がどうやってリベリオンで働いているのか気になった。
気になったが。
今はそれ以上に――
(ロボット持って帰れたりしねぇかな……)
視線が何度も残骸へ向いてしまう。
そんなルクシスの様子に気付いているのかいないのか。
クロードは穏やかな笑みを浮かべたまま、次の言葉を口にしようとしていた。
「それと……個人的に聞きたいことがある」
クロードは穏やかな笑みを浮かべたまま言った。
その視線はルクシスへ真っ直ぐ向けられている。
どこか探るようでいて、純粋な興味も感じられる目だった。
「君の剣術と魔術は……誰から教わったんだい?」
「ええと……」
ルクシスは少し考える。
剣術。
そして魔術。
どちらも自分にとって当たり前すぎて、改めて聞かれると答えに困る。
「剣術は独学です」
クロードの眉がわずかに上がる。
「魔術は……」
ルクシスは視線を天井へ向けた。
赤い瞳の女性の姿が脳裏を過る。
「友達……ですかね」
少しだけ口元を緩める。
「友達に教えてもらいました」
「そうか」
クロードが静かに頷く。
「そうかそうか……」
そして顎へ手を当てた。
まるで面白い玩具を見つけた子供のように。
どこか嬉しそうに。
「独学……か」
ぽつりと呟く。
その声には驚きと感心が混ざっていた。
ルクシスは首を傾げた。
そんなに珍しいことなのだろうか。
するとクロードは小さく笑う。
「いいね」
「は?」
「君みたいな面白い人間が、ここ最近で二人も来るとは思わなかった」
ルクシスの眉がぴくりと動いた。
「二人ぃ?」
思わず変な声が出る。
クロードは一瞬だけ「あっ」という顔をした。
「あぁ、すまない」
肩を竦める。
「こっちの話だ」
「はぁ……」
気になる。
ものすごく気になる。
だが教えてくれそうな雰囲気ではない。
ルクシスが何か聞こうとした、その時だった。
ふっと。
空気が変わる。
クロードの表情は変わらない。
相変わらず柔らかな笑みを浮かべている。
なのに。
なぜか空気だけが重くなったような感覚があった。
ルクシスは無意識に背筋を伸ばす。
クロードが静かに口を開いた。
「それと――」
一拍。
「さっきも言った通り、君は合格だ」
その言葉には先程までとは違う重みがあった。
「今日から二級として、リベリオンに所属してもらうよ」
「……あぁ」
ルクシスは一度瞬きをする。
そしてゆっくり頷いた。
「ありがとうございます」
自然と頭が下がる。
だが内心では別の感情が渦巻いていた。
(二級……)
先ほど番号札の裏に詰め込まれていた説明文を思い出す。
リベリオンの階級制度。
そして二級という位置。
(たしか最高評価だったはずだよな)
思わず目を丸くする。
もちろん自信はあった。
だがいきなり最高評価スタートとは予想していなかった。
(おぉ……)
胸の奥から安堵が湧いてくる。
知らない土地。
知らない組織。
知らない人間たち。
そんな場所へ飛び込んできた不安が、少しだけ軽くなった気がした。
(まぁ、出だしは好調って感じだな)
自然と肩の力が抜ける。
長く息を吐いた。
そして。
(……いや)
ふと我に返る。
(なんで試験直後に結果発表してんだよ)
冷静になればなるほど不思議だった。
普通こういうのは後日通知ではないのか。
面接とか。
説明とか。
色々あるものではないのか。
(やっぱこの組織どっかおかしいだろ……)
ルクシスは心の中で呟く。
だが。
目の前のクロードはそんな疑問などお見通しと言わんばかりに微笑んでいた。




