第十五話 「英雄との遭遇」
───そしてルクシスは、とある場所まで移動していた。
深い森の奥。
木々に囲まれた開けた空間。
その中央に、“それ”は存在していた。
巨大なゲート。
白い大理石にも似た材質で作られた門は、長い年月を経ているはずなのに、不思議なほど美しい。
縦も横も、大人二人分ほど。
人が通るには十分すぎる大きさだった。
表面には細かな装飾が刻まれており、ところどころへ蔦や植物が絡みついている。
古い。
見れば見るほどそう感じる。
だが――汚れがない。
まるで、つい最近まで誰かが手入れをしていたみたいに綺麗だった。
ゲートの前には、一本の柱のような台座。
腰ほどの高さしかない石柱の上部には、鍵穴のような窪みが存在している。
ルクシスはその光景を見上げ、小さく息を吐いた。
「……相変わらず、謎に綺麗だな」
ぽつりと呟く。
その瞬間。
脳裏へ、少し前の会話が蘇った。
───
『そういや、“リベリオン”ってどこにあるんだ?』
『たしか……“カリュシアン”だったと思うよ』
───
「……カリュシアンって、文明レベル的にはそこまで進んでなかった気がするんだがなぁ」
ルクシスは眉をひそめながら呟き、ゆっくり台座へ近づく。
そして次の瞬間。
――ふっ。
何もなかった空間へ、一つの“鍵”が現れた。
銀色の鍵。
細長い形状。
見慣れない謎の文様。
ルクシスはそれを慣れた手つきで指先へ挟む。
「よいしょっと」
軽い調子で呟きながら、そのまま鍵穴へ差し込んだ。
カチリ。
小さな音。
直後。
――ブゥン……。
ゲート全体が低く振動する。
「おっ」
ルクシスのエメラルドグリーンの瞳が、わずかに細められた。
次の瞬間。
ゲート内部へ、水色の液体みたいな光がじわりと広がっていく。
波打つ。
揺れる。
まるで巨大な水面だった。
そして――。
パキイイイイン!!
甲高い音が森へ響き渡った。
水色の光が砕け散る。
その奥へ、新たな景色が映し出された。
森。
見知らぬ木々。
見知らぬ空気。
ゲートの向こう側には、別の世界が存在していた。
「よし」
ルクシスは小さく口角を上げる。
風が吹いた。
ゲートの向こうから流れてきた空気が、彼の茶髪をわずかに揺らす。
未知への高揚。
それとも、厄介事の予感か。
自分でもよく分からない感情を抱えたまま――。
ルクシスは、そのゲートへ向かって歩き始めた。
中へ足を踏み入れた瞬間――。
空気が変わった。
「……おぉ」
ルクシスは思わず小さく声を漏らす。
肌へ触れる風。
匂い。
湿度。
全てが、アウレリアとは微妙に違う。
空気そのものが、少し軽い。
どこか乾いた風が森を抜け、頬を静かに撫でていく。
ルクシスは周囲を見回しながら、ゆっくりと歩き始めた。
「そういや……カリュシアンって一回くらいしか来たことなかったな」
記憶を辿るように呟く。
見慣れない木々。
葉の色も、アウレリアの森より若干薄い。
地面へ積もる落ち葉を踏みしめながら、ルクシスはとりあえず森を抜けることにした。
───
ザザッ。
遠くで何かが動く音。
小動物だろうか。
葉を踏み、枝を折る音が時折森の中へ響いていた。
だがルクシスは特に気にしない。
周囲を軽く眺めながら、一定の速度で歩き続ける。
「ここらって魔物出るのかね」
ぽつり、と。
「まぁ、ここ確かTier2だったし……問題ないだろうが」
気楽そうな声。
だがその瞳は、無意識に周囲を観察していた。
長年の戦闘経験による癖だった。
そして。
数分ほど歩き続けた頃。
ふっと視界が開ける。
「おっ、抜けたか?」
ルクシスの表情がわずかに明るくなる。
そのまま歩く速度を少し上げ――。
次の瞬間。
「……あー」
足が止まった。
目の前に広がっていたのは、“崖”だった。
かなり高い。
落ちれば無傷では済まないだろう。
ルクシスは頭をぽりぽりと掻きながら、崖下を見下ろす。
「ここ、崖の上だったのか」
そして。
そのまま視線を遠くへ向けた瞬間――。
「……っ」
ルクシスの瞳が、わずかに見開かれる。
眼下には、どこまでも続く巨大な平原が広がっていた。
風が草原を揺らし、波みたいに緑がうねっている。
だが。
その景色の中には、“不自然なもの”が大量に存在していた。
地面へ突き刺さる、巨大な石造物。
柱にも見える。
機械の残骸にも見える。
形状は全てバラバラだった。
折れた塔のような物。
歯車に似た構造物。
意味不明な曲線を描く石塊。
「……なんだ、あれ」
ルクシスは小さく呟く。
自然の中へ、異物だけが無造作に突き刺さっている。
景観として成立しているはずなのに、どこか不気味だった。
そして。
その中央。
巨大な“街”が存在していた。
レンガ造りの建物が並ぶ街並み。
石畳。
煙突。
全体的に中世を思わせる造りだ。
だが。
だからこそ。
街の中央にそびえ立つ“塔”の異質さが際立っていた。
巨大。
ただ、それだけで圧倒される。
空へ突き刺さるようなガラス張りの塔。
周囲の建築物とは明らかに技術体系が違う。
無駄のない形状。
その塔だけが、別世界から切り取って貼り付けられたみたいに浮いている。
ルクシスは目を細めた。
風が吹く。
崖の上で、茶髪が静かに揺れた。
「……なんだ、あそこ……」
その呟きには。
警戒と、好奇心が半分ずつ混ざっていた。
「まぁ……あそこが“リベリオン”って可能性もあるしな……」
ルクシスは崖下に見える巨大な塔を眺めながら、小さく呟く。
半分は独り言。
もう半分は、自分を納得させるための言葉だった。
正直、かなり怪しい。
街の中央に異様な塔。
文明レベルの違いすぎる建築。
どう考えても“普通”ではない。
だが逆に言えば――“普通じゃない”からこそ、リベリオンっぽい。
「……よし」
ルクシスは軽く息を吐き――。
そのまま崖から飛び降りた。
「よっ」
重力が一気に身体を引っ張る。
風圧で茶髪が激しく揺れ、服がばさりと鳴った。
だが。
ルクシスは慌てない。
落下しながら身体を傾け、そのまま崖面へ踵を叩き込む。
ガガガガガガッ!!
轟音。
岩肌が削れ、破片が周囲へ飛び散る。
摩擦で速度を強引に落としながら、ルクシスは崖を滑り降りていく。
靴底から火花が散った。
そして、ある程度高度が下がった瞬間。
――ドンッ!!
ルクシスは崖を強く蹴った。
身体が空中へ跳ねる。
次の瞬間。
ズゥンッ!!
平原へ着地。
地面が小さく揺れ、周囲の草がぶわっと波打った。
ルクシスは軽く膝を曲げて衝撃を逃がし、そのままゆっくり立ち上がる。
「ふぅ……」
小さく息を吐く。
そして目の前に広がる街を見つめながら、再び歩き出した。
───
「……そういや」
歩きながら、ルクシスの表情が徐々に怪しくなっていく。
「リベリオンのあるディメンションが“カリュシアン”って聞いただけじゃねぇか……」
数秒の沈黙。
そして。
「やっべ、大国の中から一軒家探し出せって言われてるのと同じことしてるぞ」
今更すぎる事実に気づいた。
だが。
もう崖は降りた。
今更戻るのも面倒だった。
ルクシスは若干遠い目をしながら、それでも足を止めず歩き続ける。
「いや……でも、リベリオンって最大機関なんだろ?」
自分へ言い聞かせるように呟く。
「ならカリュシアンの人間なら場所ぐらい知ってるよな。うん」
小さく頷く。
納得した。
多分。
そして。
ついにルクシスは街へ辿り着いた。
石畳。
レンガ造りの建物。
木製の看板。
人々の服装も、アウレリアとは微妙に違う。
どこか機能性重視で、全体的に落ち着いた色合いが多かった。
道端では商人が声を張り上げ、露店には果物や雑貨が並んでいる。
子供たちが笑いながら駆け回り。
老人たちはベンチで談笑していた。
平和。
その一言が似合う街並みだった。
だが。
ルクシスは歩きながら、ちらりと中央の塔を見る。
やはり異様だ。
街の空気から、完全に浮いている。
人々の日常の中へ、神話だけが混ざり込んでいるみたいだった。
「……まぁそこらはあの塔を調べてからにしようか」
町中を歩きながら、ルクシスはぼんやりと空を見上げた。
石造りの建物の隙間から覗く空は高く、雲はゆっくりと流れている。 街の喧騒も、どこか穏やかだった。
露店から漂う焼き物の匂い。 石畳を踏み鳴らす靴音。 遠くから聞こえる子供たちの笑い声。
そんな異国の空気を浴びながら、ルクシスは腕を組む。
「そういや……リベリオンって魔物討伐も仕事なんだよな……」
ぽつりと呟く。
「……俺もリベリオンに所属してしまおうか」
半分冗談。 半分本気。
だが、一度考え始めると止まらなかった。
(転生者が多いって話だったしな……) (夢についても、何かわかるかもしれねぇ)
頭の中で思考がぐるぐると回り始める。
気づけば、同じ道を何度も歩いていた。
同じ噴水。 同じ露店。 同じ角。
そして。
(……そういやここ、さっきも通ったような……)
気づくのが、あまりにも遅かった。
「――っと」
その瞬間。
考え事に意識を持っていかれていたルクシスの肩へ、前方から誰かがぶつかった。
軽い衝撃。
互いの身体が少し揺れる。
「おっと、すみません」
先に頭を下げたのは相手の男だった。
反射的に謝るその姿へ、ルクシスも軽く会釈を返す。
「すみません。不注意でした」
男は申し訳なさそうに眉を下げながら、ゆっくり顔を上げる。
その瞬間。
ルクシスの視線が止まった。
「……」
白髪。
陽の光を受け、淡く銀色にも見える髪。
そして白いパーカー。 中央には黄緑色のチャックが走っているが、首元までは閉めていない。
この街では見かけない服装だった。
中世的な街並みの中で、その姿だけ妙に浮いて見える。
ルクシスは思わず目を細めた。
「……白髪か……ここらでは見ない髪色だが……まさか……」
視線が自然と相手へ吸い寄せられていく。
男――フェルギアは、居心地が悪そうに肩をすくめた。
「えっと……なにか?」
困ったように苦笑する。
転生者。
クノーシャの言葉が脳裏を過ぎる。
リベリオンには転生者が多い。
そして目の前の男は、この世界の空気とどこか噛み合っていない。
「……」
ルクシスは数秒だけ黙り込んだあと、ハッとしたように視線を逸らした。
「あぁ、失礼。なんでもない。それじゃあ」
「そう……ですか……」
微妙な空気が流れる。
フェルギアは若干引きつった笑みを浮かべながら、小さく会釈した。
ルクシスも軽く手を上げる。
そして二人は、そのまますれ違うように再び歩き出した。
ルクシスは歩きながら、ちらりと背後へ視線を向ける。
白い髪の男は、もう人混みの中へ紛れていた。
(……あいつは……)
なのに。
妙に気になる。
胸の奥へ、小さな引っかかりだけが残っていた。
そして少し歩いた、その時だった。
ふいに。 ルクシスの足がぴたりと止まる。
「……あれ?」
小さく呟き、眉を寄せる。
妙な違和感。
胸の奥が、何かを訴えていた。
ルクシスはゆっくり後ろを振り返る。
すると。
遠く。 建物群の向こう側に、巨大な塔がそびえ立っていた。
空を突き刺すような白い塔。 この街のどこにいても視界へ入るほど巨大な建造物。
なのに、自分はそこから離れる方向へ歩いていたらしい。
「……疲れてんのか俺……」
ルクシスは額へ手を当て、小さくため息を漏らした。
完全に思考が散っている。
夢のこと。 リベリオンのこと。 さっきの白髪の男のこと。
頭の中が妙に騒がしかった。
ルクシスは一度立ち止まり、深く息を吐く。
それから肩を回し、改めて塔の方向へ身体を向けた。
石畳を踏み鳴らしながら、再び歩き出す。
周囲には相変わらず人通りが多い。 露店商の呼び込み。 談笑する旅人。 荷車を押す男たち。
だが、その中にもう白髪の男の姿はなかった。
当然だ。
少し肩がぶつかっただけの他人。 それだけの関係。
なのに。
(……妙に気になるんだよな)
ルクシスは無意識に人混みへ視線を向ける。
白髪。 白いパーカー。 どこかこの世界と噛み合っていない空気。
脳裏へ、先ほどの姿が何度も浮かんでくる。
(あいつも転生者っぽいし……)
ルクシスは小さく目を細めた。
(仲良くなれそうなんだがな)
根拠はない。
だが、妙にそんな気がした。
どこか似ている。
上手く言葉にはできないが、“同じ匂い”を感じたのだ。
「……また会ったら、名前ぐらいは聞いとくか」
ぽつりと呟く。
そして脳内のやることリストへ、 “白髪の男に会ったら名前を聞く” という項目が雑に書き込まれた。
数秒後には忘れていそうな適当さだったが、それでも確かに刻まれていた。
───そして。
ルクシスはついに、塔の前まで辿り着く。
「……」
見上げる。
近くで見ると、異様なほど大きい。
空へ伸びる白い外壁。 無機質な造り。 中世風の街並みの中で、この塔だけ文明レベルが違いすぎた。
まるで別世界の建造物。
周囲のレンガ造りの建物たちが、逆に背景へ見えてしまうほどだった。
ルクシスは辺りを見渡してみる。
だが、やはり白髪の男はいない。
「……って、なに期待してんだ俺は」
自分で自分へ呆れるように呟き、軽く頭を叩く。
ぱしっ、と乾いた音。
それから改めて塔を見上げた。
入口付近には人の出入りがある。 武器を持った者。 ローブ姿の者。 鎧を着込んだ者。
明らかに普通の組織ではない。
ルクシスは静かに息を飲む。
(……リベリオンであってくれ)
半ば祈るように、胸の内で呟いた。
もし違ったら。 ここまで来た苦労が全部無駄になる。
そんな不安を抱えながらも、ルクシスはゆっくりと歩き出した。
巨大な塔の入口へ向かって。




