episode29 奇術師
「北西戦線はもう持たない!モタニアまで前線を下げるしか無いだろう!」
エリーシェ王国参謀本部、戦地で兵士が戦っているように作戦参謀らも頭を使って日夜戦っている、オルガ王国は魔道具や魔導兵、そして練度の高い参謀本部に潤沢な将校、ほとんどの部分でエリーシェを凌駕しており開戦当時から二年間、常に劣勢を強いられる結果となっている
「馬鹿なのか!?二大湖工業地帯まで失う結果になるぞ?」
「馬鹿はそちらだ!」
声を荒げる将校ら、いくら踊れど進まない議論に戦場に出たことのない者すらいるテーブル
口を閉じ続けるラングレイには一つだけこの状況を打開できる選択肢を持っている、しかしもしそれをすればこの戦争に勝ったとしても自分の義子が危険因子として処分される可能性が確実にある、むしろ国家とはその選択が好ましくなるものだと考えているのだ
(……ドレイブン戦線の兵を一時撤退、その後“雨“を降らすだけで終了だ、だが……オルガの“七賢者“と理外の“魔女会”、そして国の“議会“…難しい世界になったものだ)
ため息をつく、つくづく自分が甘くなったものだと
ーー
シャーレは相変わらず絶望していた
たった一本のタバコでさえ吸うことができなかった、最初から無かったのと吸えたはずなのに吸えなくなったは大きく違うのだ、それがよりシャーレを苦しめた
「クソッ!最後にふざけた真似を…!」
自分を遠くに飛ばした魔道具に恨みを募る、もちろん他責だ
あと少しでも丁寧に敵将校の荷物を取り出していれば、もし当たりが光った時に絶対にタバコを離さない意思があれば、きっと頭痛は引き睡眠不足は紛れていただろう
《こちらA–1、状況を報告してくれ》
通信用の魔道具からスバルの声が鳴る、距離がかなり離れているのか通信状況はあまり良いとは言えない、途切れ途切れの言葉だったが内容を聞き取ること自体は可能だった
《こちらA–4、現在地不明、見渡す限りの森、周囲に敵対存在の確認はなく小官一人、どうぞ》
《今A−2が魔力記録から現在地の特定に成功、おそらくモタニアから北に15kmほどだ、南下してモタニアで合流するどうぞ》
《了解、南下する》
通信を切って水面から顔だけを出して川に寝そべる
あたりに誰もいないことは確認しているからしばらく頭を冷やして歌う、嗜好品なんて滅多に手に入らない戦場、当然水浴びなんてできるタイミングは少ない
シャーレは小さな声で歌いながら水浴びを始めた
スバルらは正確な居場所を把握できていないからシャーレがどれくらいの時間をかけてモタニアにくるかわからない、だからの水浴びである
「……歌声?」
どこかから歌声が聞こえる、自分のような付け焼き刃な歌ではなく一流のオペラのような流麗な歌
歌の聞こえる方、森の方向を向くとそこには戦場には場違いな洒落たシルクハットを被った女性が立っていた、呆けた視線を向けるとこちらに気付いたのか驚き自分の右側に杖代わりにしていた木の枝を縦に構えた
(民間人…?)
「––っ!…あの夜以来だね、……あれ?あの夜以来…?どういうことだろ…」
おかしな発言をし、すぐに我に帰ったところを見るとおそらく疲れているのだろうと予想が立った、シャーレも疲れからか丸太がハムに見えたことがあったからと納得する
「あーっはっは!……エリーシェ王国の兵隊さんですよね?」
大きな声で笑ったかと思えば青ざめた顔で所属を聞かれた
一応敵兵には見えないが警戒を解かずに対応するシャーレ
「エリーシェ王国特殊第909班所属のシャーレ・ラングレイだ、どうやら武装はしていないらしいがなぜこんなところにいる?ここがどこかわかっているのか?」
「よかった〜、……お、おほん、ボクの名前はフェリシア・アンダーソン!稀代の奇術師は世間一般的にはボクのことを指すのだよ」
シャーレの緊張に全く気づかずおそらく頑張って考えたシルクハットを使ったポーズをとるフェリシア、不思議なことにそのシルクハットからは小鳥が出てきて彼女の肩に乗り移る
(愉快な奴、……あれ?本当にどこかで見たことある…か?)
記憶の中を辿っていく、この既視感のある格好つけに見たことのあるシルクハット
一度口を聞いたことがある相手の名前と顔を忘れることのないシャーレが微妙に思い出せないのなら喋ったことはないと断定して既視感の正体を探る
「……その帽子は兄に買ってもらったのか?」
「そうだけど…、なんで知ってるの?」
シャーレは顔を抑える
ようやく合点がいった、この妙な格好つけを十倍程度に希釈して女なれさせた男にシャーレは覚えがあるのだ、写真でしか見たことがないのならこの妙な既視感にも納得がいく
「それよりもなんでこんなところに?」
「そうだ聞いてくれよ!戦災地の人たちに笑顔を届けるためにボクたちハウスメイドは全線より少し後ろで活動してたんだよ、で、少しみんなから離れた時にあたりが光に包まれてこんなところにいたんだよ、もう笑うしか無いよね!あっはっは!」
腰に手を当て、胸を張り大口をあけ笑うフェリシア
肩に止まった小鳥彼女に呼応して一緒に可愛らしく鳴いている
「笑うのか……」
「そういう君は笑顔が足りてないよ、笑うってのはパワーなんだよ?楽しくなくても笑うと次第に気分も良くなるんだ、逆も然り、だから疲れた時とかどうしたら良いのかわからない時こそ無理にでも笑うべきなんだ、そしたらなんとかなるような気持ちになれるから」
人差し指で自分の口を上げてにっこりと笑うジェスチャーをするフェリシア
けれどシャーレは笑うことなく難しい顔をする、自分だけなら簡単にスバルらと合流することはできる、けれどそこに民間人、それも獣道すら歩いたことのなさそうな少女の体調や精神面に気を遣う必要がある、頭の中では無事にフェリシアを助けるので一杯だった
それを察したフェリシアが指を鳴らして注目を誘う
ポケットからトランプを取り出して慣れた手つきでシャッフルしシルクハットに飛ばした、全部入ったタイミングで指を再度鳴らしキメ顔でシャーレの右ポケットを指差す
そんなわけないとシャーレは自分のポケットを見る、するとそこにはなぜか食べかけのバケットがポケットからはみ出していた、ご丁寧に包装までされている
「奇跡をご覧あれ!」
自身ありげにドヤ顔を決め、視線を向けるフェリシア
シャーレの肩が震え、そして耐えきれずになって笑い始めた
「……ふふ、あはは!なんでトランプじゃなくてパンなんだ…!それに食べかけだし…、あ〜可笑しい、久しぶりに笑ったよ」
「あっはっは、実はお父さんにまだ正式な舞台に立たしてもらえてないから君がボクの初めてのお客さんだよ、よく夢に出てきてたんだよ、黒髪金メッシュのエルフがボクの最初のお客さんなんだ、正夢って奴だね……あれ?君は白髪だし…あれ?なんでボクはなんでそんな勘違いを……?」
自分の目を抑えて不思議がるフェリシア、シャーレはポケットから小さな木を削って作った飾りのアクセサリーを取り出してフェリシアの首にかけて小さく呟いた
「––ぃ……」
「え、何か言ったかい?それにこれは?」
「………きっと疲れてるんだ、このお守りをあげるよ、僕の祖国に伝わるものだ、きっと君を災いから守ってくれる」




