episode21
スバルが目を覚ました時、聞こえてきたのは地を這うような低い、体のうちに響くような声だった、いつの間にか自分にかけられた毛布を退け、ベッドに寝かされている自分の仲間を見つつ、シャーレがいないことに気づきすぐに部屋の中を見渡す
(状況がよくわからない、なんで二人がこの部屋に?ていうか椅子で扉が……)
そこまで考えたところで自分の手のひらに、身を守れ、と書かれた紙が握らされていることに気づき二人を起こそうと揺する、しばらく揺すっていると先に目を覚ましたのがティアだった
目を擦りながらゆっくりと顔を体を起こし、少しの逡巡を挟んだ後に男であるスバルが部屋にいることに気づき思いっきり枕で叩いた
「––変態ッ!」
「……緊急事態だ、身を守れ、以上だ」
そこまで聞いた瞬間に隣に置かれていた武器を構えて臨戦体制を取り、そのまま後ろ手でノアを叩いて起こす、こちらもまた寝ぼけた顔で体を起こしたノアだったがすぐに緊張感のある二人を見て臨戦体制に入った
「少尉は?」
「身を守れ……きっとシャーレが見てる、だけどさっさと合流した方が安全だ」
そう言いながら扉に立て付けられた椅子を退け、クリアリングしながらアンダーソン達を探す、そんな三人のところに喉が破けたような掠れた叫び声が聞こえた
「––!?急ぐぞ」
声のした方向に急ぐ三人、部屋の扉を蹴飛ばして中に勢いよく入るとそこにはやっぱり足を組んで、しかし今度は紅茶を優雅に飲んでいるアンダーソンが迎えた、その横にはなぜか砂時計が置かれておりその横には族長が控えている
「……状況を聞いてもよろしいですか?」
緊急事態かと思ったらアンダーソンの態度からは緊急性は何も感じない、しかし族長の方は胃を抑えている、どういう状況なのか全くわからずに尋ねる
「遅かったね、説明か…正直難しい、……卑劣なオルガ王国がエリーシェ王国に侵略を決意、ウルガ大森林を前線基地にするために子供たちを人質に族長に協力を要請、そして情報を仕入れるために私たちに毒を盛った、以上」
「なぁっ!?しゃ、シャーレは!?」
侵略や人質、聞き逃せない言葉が多々聞こえたがひとまずここにいない仲間の安否を尋ねるスバル、アンダーソンは机の上にある血のついた果物ナイフに視線を向けながら答える
「私を庇って族長の娘に刺された、今はそこの部屋で憂さ晴らしだ」
「……憂さ晴らし?」
耳を疑うスバル達だったが族長の顔を見て本当に刺されたのだろうと納得する、しかし憂さ晴らし、この部屋にアジェはいない、そこまで考えスバル以外の二人の顔が青く染まった瞬間、奥の部屋から血で洗ったような手袋をはめたシャーレが出てきた
「何か……」
「––シャーレッ!!刺されたからってそれはダメだよ!」
アンダーソンがシャーレに進捗を尋ねようとするのをノアが遮る、アンダーソンの言葉を聞いてどうやらシャーレが刺された憂さ晴らしでアジェを痛めつけていると考えたらしい、しかしそれを聞いてスバルは呆れ、ティアは流石にそうはならないでしょうと頭を叩く
何事かとシャーレが驚いているとミガが助け舟を出す
「む、娘は勝手ですがしばらく部屋で休ませてもらっています、きっと今ここにいても迷惑ばかりかけるでしょうから」
「そ、そうなんだ…、ごめん」
手袋を外し、座りこむシャーレはそれよりも時間をズラして飲食しろと言ったことを守らなかったことに怒りを向ける、しかしノアはそれに気づかずに勘違いしたことについて怒られていると思う
そんな変な状況に口を挟んだのが族長だった
「……改めて本当に申し訳ございません、盟約を悪用しあまつさえ薬まで盛るというあまりにも恥知らずな行為、どうか勝手ですが私の命だけで済ましてください」
「王国法では脅迫された状態で罪を犯したのなら罪は脅迫したものに加算しなさいと言われている、まぁそれも私たちが生きて帰れたらだけどな」
皮肉を言うアンダーソンだがウルガ大森林は当然エリーシェ王国の外だ、つまりエリーシェ王国の法律を無視するのも可能なのだ、しかしアンダーソンは私情を挟まない、皮肉はせめてもの憂さ晴らしなのである
「で、吐かせた情報について話して良いですか?少尉」
「塩水はもう良いのかい?」
シャーレは捕縛したオルガ王国の兵士を拷問し、聞き出した情報を話し始めた
アンダーソンにとっては予想通り、しかし当たってほしくなかったそれは訓練兵にとっては決して現実的なものではなかった
「四千人からなる独立旅団がここから北に三千離れた場所に待機している、子供もそこだそうです」
「……そうか、一個旅団か、難しいな」
ルーゼント、ウルガ大森林に接しているエリーシェ王国の国境沿いの街の戦力を考え、籠城した場合援軍が到着するまで耐えれるかギリギリだと判断する、しかし続くシャーレの現実味のない言葉がなければの話だった
「歩兵、工兵、砲兵、そして戦車部隊から構成されている混成部隊だそうです」
「なっ!?森の中だぞ!?ただでさえ進軍が難しいというのに戦車が走れるわけないはずだ!?」
ウルガ大森林はとても大きな森林だ、悪路に対応している戦車と言えど縦断するのは不可能、だから長年ウルガ大森林方面の警備は薄く、そして想定していないのだ
そんな状態だというのに戦車部隊までいるのならば抵抗するまでもなく一瞬で蹴散らされる光景を想像するのが容易いのだ
「……いや、だからこそか、ここまで進めれば街まで道がある、だからここまで時間をかけているのか、……すぐに動くぞ」
この時のアンダーソンの判断は最高では無かったが最善ではあった、後世ではそう言われている




