episode20 気高き意志
オルガ王国の軍人を拘束し足の腱を切ってから別の部屋に拘束したあと、執務室にはシャーレの怒声が響いていた
「君には高潔な魂は!気高き意志は無いのか!?」
激情し、義を語る彼の瞳は赤に染まっていた
こうなったのも遡ること数十分前、魔法のインクによる魂の誓約を解き、彼らが知っていることを聞き出そうとしたことがきっかけだった
「情報の隠匿ですね、誓約に抵触する言葉やそれを連想させる行動をとった時点で誓約の罰が発動します、おそらくこの条件だと……誰かが死にますね、かなり強制力の強い誓約です」
魔力を流しながらインクでなぞることですでに消えていた誓約紋を手の甲に可視化させ、その情報を読み解いていくシャーレをアンダーソンは見守る
「で、術式を解くのは可能か?」
「可能ですね、……所詮は人間の術ですから」
最後は小さく小声で、誰にも聞こえぬように呟く
誓約紋には一定のパターンがある、当然だ、契約書に雛形があるように、ありとあらゆるものに定石が存在しているように
しかしだと言っても魔法の誓約は本来触れる機会のないもの、素人でも詳細を調べるのは可能だが膨大なデータが必要になる、ましてや誓約の破棄なんて膨大な時間とデータがかかる、しかし一つだけその煩わしい工程を飛ばして誓約を破棄することが可能な手がある
それは上位のエルフの血を術式に混ぜることだ
エルフの血は正しく使えば術の効果を上げることが可能になる、しかし少しでも用法を間違えれば術が乱れる難しいものなのだ
自分の指をナイフで切って二人の手の甲に擦り、血で黒のインクを消す
するとそこが光を放ち、魔法のインクで書かれた誓約紋が浮かび上がり、最後には綺麗に霧散していった
「ほら、これで誓約は消えた、オルガ王国との関係に知っていること、全部喋ってもらうよ」
薬を盛られたが誓約のせいだった、彼らも被害者だったと自分を納得させ情報を提供してもらおうとするシャーレ、しかし帰ってきたのはシャーレの神経を逆撫でする一言だった
「––貴方のせいで!貴方達がオルガの兵士を殺したせいで!私たちの誓約を解いたせいで妹が!子供たちが!……死んでしまう…!」
「……あ゛?」
今まで誓約のせいで口にできなかった言葉を一気に吐き出すアジェ、それを聞いたシャーレの瞳が赤く染まり殺気を帯びた声が漏れ出る、しかしそんな事お構いなしにアジェは止まらない
「貴方達が素直に眠っていれば!素直にオルガの奴らに捕まっていれば!……せめて死んでくれれば……私の妹は無事に帰ってきていたのに…!」
「す、すみません少尉!娘にも色々あったのです、許してください!」
一瞬動転していた族長のミガもすぐにアジェの口を押さえて無理やり黙らせる
そして沈黙が流れた後、落ち着いたらしくミガはその手を離して事情を話し始めた
「……数ヶ月前、私たちの里に武装した集団が現れました、若い衆はその時狩に出ていて私のような老耄しかいなかった里はすぐに武力で押さえ込まれ、唯一戦える若い衆が帰ってきた時には子供達は人質に取られていました
彼ら曰く、ここをエリーシェ王国侵略の前線基地にすると、そういうと彼らは子供たちをどこかに連れさり翌日から物資や食料を里の北の方に運び始めました」
アンダーソンの整った顔が険しく歪む、それと同じくシャーレの警戒心が段々強くなり、心が戦場に置き換わっていく
「そうして準備が整った彼らは言ったのです、古来の盟約を利用して虚偽の報告でエリーシェの将官を呼べと、そして毒を混ぜて身動きができなくなったところを引き渡せと」
「……私から情報を抜くためか、シュルーグの盟約には最低でも一個中隊、またはそれと同程度と認められた将官が援軍に来ることが決まっている、そういう私も少尉とはいえ白雷双剣勲章を初めとしたかなりの実績を持っている、当然それに見合った情報もだ」
少し悩み、目頭を押さえながら最善手を考えるアンダーソン
彼は今自分だけではなく部下の命、そして最終的には数万を超える自国の国民の命が自分の判断によって危険にさらされることを理解しているのだ
(オルガ王国が我が国の侵略がいつでも可能なこと、これは今すぐ国に報告するべきだ、しかしおそらく私たちが撤退した瞬間に奴らは電撃戦を仕掛けてくる、私ならそうする、しかし忘れてはいけないのは人質に取られた子供だ、彼らはエリーシェ王国の民では無いとはいえ盟友だ、見捨てるにはあまりにも忍びない)
何かを捨てないといけない、部下の命か、盟友の命か、エリーシェの民の命か、はたまた自分の命か、そう悩むアンダーソンがつま先に音を感じた、顔を上げるとラングレイから預かった大切な部下が自分を庇ってアジェに刺されている姿が映った
「……そうだよ、貴方達を殺せば良いんだ、きっとまだ挽回できる…」
「––アジェ!?やめなさい!」
ゆっくりと凶器を持つ手をシャーレが掴む、しかしアジェが無理やり動かそうとする度に血が垂れシャーレの顔が苦痛に歪む
奥歯を噛み締め、手首を捻って無理やり凶器から手を放させてから思いっきり殴り飛ばした
「大丈夫か!?」
「心配しないでください、ただの果物ナイフですし血は大袈裟に出てますが内臓は多分避けてます、それにちょっと刺さってません」
そう言いながら果物ナイフを抜いて本当に無事なことを見せるシャーレ、ちょうど腹の少し上、もしシャーレが体を割り込ませていなかったらアンダーソンの喉に刺さっていた果物ナイフ、しかしシャーレは怒りを覚えていた
何も自分が刺されたことによる痛みからの怒りではない、あまりにも無責任で、あまりにも他責思考で、あまりにも低俗な考えをする目の前のアジェにだった
「……少尉は裏切った君たちの子供たちさえどうにか助けれないかと悩んでいるのだぞ!?君にこの少尉の気高さわかるか!?いやわかってたまるか!
君には高潔な魂は!気高き意志は無いのか!?いつまで被害者でいる!いつまで受け身でいる!いっそ僕がこれ以上君たちが恥をかかないように終わらせてやろうか!?」
激昂し、垂れた血と傷口から見える血を異能で操作して刀を造形するシャーレ、そして抜刀の所作を執る、それを一瞬見たことない武器だと的外れな感想が浮かんだアンダーソンが必死に止めた
「刺されたのは君だ!痛いのも当然君だろう!しかし私のことを思って怒っているのならその殺意をしまってくれ!彼女はまだ子供だろ、成人も迎えていない!君たち訓練を受けてきた軍人とは違うんだ!わかってくれ!」
それを聞いてシャーレは深呼吸をしてから力任せに足を踏み鳴らしてから勢いよく椅子に座った




