前日譚2
シャーレとマサムネの会話からおよそ十二時間後、事が起きた
一つシャーレの予想外だったことといえば派遣された兵士に課せられた命が拘束ではなく殲滅だったことだ
しかしそんなことをシャーレが知る由はない
(……マサムネは逃げただろうか)
無精髭の男を思い浮かべつつもすぐに外から聞こえた発砲音にすぐに意識を戻されて他人の心配をしている余裕がないことを思い出す
後ろ側で枷を付けられた腕を思いっきり引っ張って自分の手首を削る
「……ぅぐ…!」
何度も、何度も響く金属音とシャーレの地を這うような呻き声
血の匂いが濃くなるほどに手に滑りが増し、そして二十を超えたあたりで手枷から勢いよく右手が抜けた
「ははっ…普段のダイエットが功を奏したらしいね」
四年ぶりに自由になった震える右手で目隠しを取る
光が眩しくて一瞬目が焼かれるように感じたがすぐに目が慣れて自分の手についた血と腰あたりまで伸びた髪が目に入った
「……ふっ!」
右手に刺された血液タンクにつながるチューブを抜いて一息をつく
そしてそのままチューブを引っ張って血液タンク揺らす
ガラスの割れる音と共に地面に血液が広がる
「小瓶一つで15万、大体これで3000万ほどの損失か、あはっ」
そう言いながら地面に広がった血液に素足で触れるシャーレ
するとまるで意志を持ったかのように宙に浮き、そのまま足に付けられた鎖を掻き切った
そしてそのまま立ち上がるシャーレ
フラフラとゆっくりと、まるで生まれたての子鹿のような足で、転けないように壁伝いに扉の方に歩いて行く
「チッ、……壊すしかないか」
鍵のかかった金属製の扉に向かって悪態をつく
しかしまぁ当然かと納得しつつ魔力を操作して血液を操る
球体状にまとめ、思いっきり圧縮する
バスタブ一杯ほどあった血液の塊はいつしかガラス玉ほどまで小さくなったそれをドアノブあたりに浮かす
(危ないけど……死にはしないはずだ)
できるだけ入り口から距離をとり、隅に陣取り小さな机をバリケードとし、扉側に背中を向けて縮こまる
そして解放しようとした瞬間、部屋の中に光が入った
「クソがァ!まだだ、まだこいつさえいればどこからでもやり直せる!」
全身に金のアクセサリーをつけた小太りの男が金属製の扉を開けたのだ
「グラント…」
見慣れた男、ここら一体を牛耳る男、おそらく誰も舐めた口が聞けないであろう男
グラントファミリーの首領クレイ・グラントだ
しかしそこに余裕は全くなく、顔には炭のようなものがついており額には血が伝っている
「……!?なんでそんなとこに…いや、今はそんなことはどうでもいい、さっさとこっちに来い!軍の奴がここまできやがった!」
シャーレは小さくため息をつく
そして右手に持った小さなガラス片を強く握りしめ、そのままグラントの元に歩いていく
「そうだ、こっちにこい!お前さえい––」
シャーレの眼が赤く染まる
一気に魔力が膨張し右腕を振り抜く、握りしめたガラス片がシャーレの肩を掴もうと腰を落としたグラントの喉元を切り裂く
「あがっ…!?……ご…ふっ…」
「あぁ!この時をどれだけ待ち望んだか!?……僕に殺されても文句は言えないだろ?なぁグラント」
折れた右腕を押さえながら倒れ込んだグラントを見下ろすシャーレ
そしてまだピクピクと動くグラントにすぐに死ねないように止血をしてから右腕につけた一番高級そうな指輪を一つ懐に入れ、拳銃を奪ってから部屋の外に出る
「……ッ!」
眩しさから目を細める
相変わらず発砲音と怒声がまだ聞こえてくる新鮮なシャバに少し笑みが溢れつつも壁伝いに歩いて行こうとした瞬間に肩に重量を感じた
「これがブラッティローズか?」
振り向くと二人の男が立っていた
シャーレの肩を掴んでいる男は四十代半ばの隻眼が特徴の男、タバコを好んでいるのかマサムネと同じ匂いがする
そしてもう一人の男は隻眼の男が軍服を着ているのに対してこちらはなぜか白衣を着ている、到底戦えるような格好でも、戦う気も見えず薬品の匂いが白衣から染み出している
「ほぼ間違い無いでしょう、ここ数年で勢力を一気に拡大したグラントファミリー、そしてその主要な取引で使われている高魔純度のエルフの血液、彼らにとってまさに金の成る木、いや血の華を咲かす苗床でしょうね」
早口で捲し立てるように喋る白衣の男、目が完全にイカれていて関わってはいけないような雰囲気が漂っている
「解剖して良いですか?良いでしょ?ねぇ、解剖しましょうよ、きっと楽しいですよ?これほど魔力総量の多いエルフは大変珍しい、やはり解剖しましょう」
「おいおい僕は知育玩具じゃないぞ」
シャーレが血濡れた手で隻眼の男に触れる
血の滴る音が沈黙と共に響き、張り詰める空気
「……やるのか?少年」
「気安く触るなよ」
互いに一気に魔力が膨張する
刃物のような触れると血が吹きだすようなシャーレの魔力と海のように静かだが大きい魔力がぶつかる
(驚いた…、ラングレイの魔力に負けない……いや下手したら上回ってるぞ…?さすがだ!やはり是非とも解剖したい…!!)
白衣の男……シャガールの口から笑みが溢れる
そして溢れんばかりの解剖欲が彼の両手をワキワキと無意識に動かす
「––!?…おっと」
シャガールが今か今かと衝突を楽しみにしていたがその欲が満たされることはなかった
倒れ込んだシャーレを支えるラングレイ
その顔は困惑に満ちている
「……俺はまだ何もしてないぞ?」
まるで悪戯が母親にばれたかのような顔でシャガールに言い訳のような言葉をするラングレイ
それを冷めた視線を向けるシャガール
「栄養失調に加えて監禁生活による筋力の低下、それと血を大量に失ったせいでしょう、よく見なくてもわかると思いますが発育が非常に悪いですね、これじゃ解剖してもちょっと…って感じですね」
少しズレた意見が廊下に木魂する
シャガールが解剖を躊躇するレベルらしいことにラングレイは困惑した




